寺地はるなのレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
以前出版社主催の寺地さんのお話会で受けた印象そのもので、実直で嘘のない、お母さんじみてない感じが好きだ。自分の人格を強く保っている感じ、とても素敵だ。
『浮遊霊ブラジル』
p.103 よく、子どもを近所の公園に連れて行ってあそんだ。「遊びにつきあう」ではない。鬼ごっこでは必死のパッチで走り、砂場では地の底目指して穴を掘り、ブラソコは天まで届けと高くこいた。要するに、全力で自分の子どもと遊んでいた。体力的につらいなという日も多かった。仕事で悩んでいる時はとてもじゃないが子どものテンションについていけなかった。それでもこんなふうに一緒に遊べるのは今だけで、「大人と会話ができる」ことよりもずっと重要な時間だということは知っていたから、今この瞬間を大切にしようと思っていた。
子どもは中学生になった。もう親と公園で遊ぶ年齢ではなくなった。このあいた学校帰
りに友人と公園で楽しそうにおしゃべりしているところを見かけた。
声はかけなかった。彼にはもう彼の世界がある。さびしさはとくに感じず、ただ寝不足の身体にムチ打って公園を駆けめぐった日々のことを、なつかしく思い出した。
誰かと楽しく過ごした記憶は、自分の人生や相手との関係性を簡単にあきらめたり、いいかげんに投げ出したりさせない、ストッパーのような役目をはたす。だから子どもには友人やこれから出会う人と、たくさん楽しい記憶をつくってほしい。親との記憶はなくしてくれてもかまわない。私が覚えていたら、それでじゅうぶんだから。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ全て投げ出してしまいたくなるような過酷な状況の中でも碧の、素直で誠実な姿がとてもキラキラしてるように感じました。
中学生の時居場所のなかった碧が一歩一歩成長して周りの協力を得ながら、気がついたらたくさんの仲間に囲まれていて、自らの力で居場所を作っていて魅力的な主人公でした。
(もしかしたら碧本人は自分が不器用だと思ってるかもしれないけど、床のタイル張り替えたりカフェのメニュー考えたり、会話の無い親娘の仲を取り持ったり現実ではかなりハイスペだと思いました。)
朝花がご飯を「適当に済ませる。どうせ食べたら無くなっちゃうし」という言葉に対して碧が「なくならないよ」「誰かと一緒にご飯を食べて楽しかったとかおいしかったとか、そういう記憶ってずっと残るから」という会話が沁みました。
ラスト、結婚に対して煮え切らない彼氏と別れられたのがスッキリして後味さっぱりで爽やかな物語でした。 -
Posted by ブクログ
自分の思春期の頃を思い出した。
学生の頃って、他者を通して自分を見るしかなくて、
自分は自分、これでいいんだってなかなか思えないよね。
周りを見て、わたしも頭良くなりたいなとか、可愛くなりたいなとか。諸々。
今でこそ、人は人、自分は自分と思えるけど、
自分のいいところも、悪いところもわかってきたのは
お恥ずかしながら、
社会人3年目になった今ぐらいからで、
本当最近だなと思うんですよね。。
他者からの評価と、自己の内省を繰り返して、
自分とはなにか、分かっていくんじゃないかなと思っているわたし。
実は寺地はるなさんの作品は初めてですが、
他にも読んでみたい。
装丁をみると、
自分を中心として花が広がっているイラストが、可能性の広がりにも見えるし、女の子(主人公の天かな?)の眼差しは、花々に囲まれているのに、ここではないどこか遠くをみていて、苦しさを感じている表情にも見えて。人の多面性を表してるのかなとか、考えてみたり。
-
Posted by ブクログ
居なくなった弟は色んな顔を持っている。
私も人によってきっとキャラが少し違う。
そんな共通点から気になり読んでみた。
所詮親も人。
自己都合で生きてしまうものなのかもしれないと思うと自分が親になるのが怖くなった。
事勿れ主義は言わば自分を振りにさせない自己防衛だからこそ、誰も救わない。自分すらも救いはしない。
そんな当たり前のことに気づかされるお話でした。
子供は親の道具ではない。
そんなのわかってる。
でも、気が付けば自分の為に動かし、自分に都合いい形の教育を強いてるのかもしれない。
貴方の為に言っている。
私はこの言葉が大嫌い。
この言葉を使う人で
本気で私の心配をしている人はいないと思う。
でも、言葉は何故か残る。自分を否定したと言う事実と共に。
だからこそ、全て消して消えたい時があるのかもしれない。
弟が1番楽な自分で歩けていて欲しいと思うそんなお話でした。 -
Posted by ブクログ
気にする人の気持ちはわからないが、わからないからこそ、ないがしろにしてはいけない。
責任を果たす、って具体的にどうやるの。
他人の思う正解に添うようにわたしは生きてかなきゃならないのかな。
いっぺんに考えるからだよ。いっぺんに考えたら、誰だって、どんな内容だって、混乱するよ。
自分が納得できる理由がある場合はわたしも言葉を尽くして説得するが、「なんとなくそういうことになっているから」という理由で強制することはできない。
自分でもなにがどう嫌なのか、はっきりわかってないのかもしれない。
生きていくって、すっきり、きっぱり解決しない物事と、うまくつきあっていくことなんだろう。
思ったことをぜんぶ言う必要はない。言葉は刃で、鈍器だから。
他人から言われることを、いちいちまともに受け止めていたら、きりがない。聞き流すほうがいい時もいっぱいある。澱のように溜まっていくし、なにかささいなきっかけで湧き上がってきて、心を苦しめられる。
他人の失敗を横目に「わたしはまだあそこまでじゃないから」と胸をなでおろす行為は卑しい。
守るべき優先順位を間違えないこと。
大人なんだから、好きにすればいい。いたくない場所に我慢して居続けるのも、それが本人の選択ならしかたない。
怒っていいんだよ。おかしくない時に笑う必要なんかないんだって。平気じゃないのに平気だって言うのはやめようよ。