寺地はるなのレビュー一覧
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以前出版社主催の寺地さんのお話会で受けた印象そのもので、実直で嘘のない、お母さんじみてない感じが好きだ。自分の人格を強く保っている感じ、とても素敵だ。
『浮遊霊ブラジル』
p.103 よく、子どもを近所の公園に連れて行ってあそんだ。「遊びにつきあう」ではない。鬼ごっこでは必死のパッチで走り、砂場では地の底目指して穴を掘り、ブラソコは天まで届けと高くこいた。要するに、全力で自分の子どもと遊んでいた。体力的につらいなという日も多かった。仕事で悩んでいる時はとてもじゃないが子どものテンションについていけなかった。それでもこんなふうに一緒に遊べるのは今だけで、「大人と会話ができる」ことよりもずっ -
Posted by ブクログ
ネタバレ全て投げ出してしまいたくなるような過酷な状況の中でも碧の、素直で誠実な姿がとてもキラキラしてるように感じました。
中学生の時居場所のなかった碧が一歩一歩成長して周りの協力を得ながら、気がついたらたくさんの仲間に囲まれていて、自らの力で居場所を作っていて魅力的な主人公でした。
(もしかしたら碧本人は自分が不器用だと思ってるかもしれないけど、床のタイル張り替えたりカフェのメニュー考えたり、会話の無い親娘の仲を取り持ったり現実ではかなりハイスペだと思いました。)
朝花がご飯を「適当に済ませる。どうせ食べたら無くなっちゃうし」という言葉に対して碧が「なくならないよ」「誰かと一緒にご飯を食べて楽しかった -
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自分の思春期の頃を思い出した。
学生の頃って、他者を通して自分を見るしかなくて、
自分は自分、これでいいんだってなかなか思えないよね。
周りを見て、わたしも頭良くなりたいなとか、可愛くなりたいなとか。諸々。
今でこそ、人は人、自分は自分と思えるけど、
自分のいいところも、悪いところもわかってきたのは
お恥ずかしながら、
社会人3年目になった今ぐらいからで、
本当最近だなと思うんですよね。。
他者からの評価と、自己の内省を繰り返して、
自分とはなにか、分かっていくんじゃないかなと思っているわたし。
実は寺地はるなさんの作品は初めてですが、
他にも読んでみたい。
装丁をみると、
自分を中心と -
Posted by ブクログ
居なくなった弟は色んな顔を持っている。
私も人によってきっとキャラが少し違う。
そんな共通点から気になり読んでみた。
所詮親も人。
自己都合で生きてしまうものなのかもしれないと思うと自分が親になるのが怖くなった。
事勿れ主義は言わば自分を振りにさせない自己防衛だからこそ、誰も救わない。自分すらも救いはしない。
そんな当たり前のことに気づかされるお話でした。
子供は親の道具ではない。
そんなのわかってる。
でも、気が付けば自分の為に動かし、自分に都合いい形の教育を強いてるのかもしれない。
貴方の為に言っている。
私はこの言葉が大嫌い。
この言葉を使う人で
本気で私の心配をしている人はい -
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気にする人の気持ちはわからないが、わからないからこそ、ないがしろにしてはいけない。
責任を果たす、って具体的にどうやるの。
他人の思う正解に添うようにわたしは生きてかなきゃならないのかな。
いっぺんに考えるからだよ。いっぺんに考えたら、誰だって、どんな内容だって、混乱するよ。
自分が納得できる理由がある場合はわたしも言葉を尽くして説得するが、「なんとなくそういうことになっているから」という理由で強制することはできない。
自分でもなにがどう嫌なのか、はっきりわかってないのかもしれない。
生きていくって、すっきり、きっぱり解決しない物事と、うまくつきあっていくことなんだろう。
思ったことをぜんぶ言 -
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九州のド田舎で暮らす人たちと、そこを去った人たちが織りなす、さまざまな涙の物語。
古い価値観と新しい価値観。みんなその狭間で戸惑ったり迷ったり、あるいは吹っ切れたり切り拓いたりしている。どの時代にも価値観の移り変わりはあっただろうが、最近はそのスピードが速くなっている気がする。
男は泣くな、女は黙ってろ…いまだにそんなこと本気で言う人がいるんですか?と笑いたくなるが、山あいにある田舎が舞台の本作ではよく登場する。
そんな時代遅れの人の考えには全く共感できないと感じる場面がたくさんあった。あったはずなのに、読んでいるうちに彼らと同じ感情に陥って、一緒に涙したくなるから寺地さんの作品は不思議だ