寺地はるなのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
気にする人の気持ちはわからないが、わからないからこそ、ないがしろにしてはいけない。
責任を果たす、って具体的にどうやるの。
他人の思う正解に添うようにわたしは生きてかなきゃならないのかな。
いっぺんに考えるからだよ。いっぺんに考えたら、誰だって、どんな内容だって、混乱するよ。
自分が納得できる理由がある場合はわたしも言葉を尽くして説得するが、「なんとなくそういうことになっているから」という理由で強制することはできない。
自分でもなにがどう嫌なのか、はっきりわかってないのかもしれない。
生きていくって、すっきり、きっぱり解決しない物事と、うまくつきあっていくことなんだろう。
思ったことをぜんぶ言う必要はない。言葉は刃で、鈍器だから。
他人から言われることを、いちいちまともに受け止めていたら、きりがない。聞き流すほうがいい時もいっぱいある。澱のように溜まっていくし、なにかささいなきっかけで湧き上がってきて、心を苦しめられる。
他人の失敗を横目に「わたしはまだあそこまでじゃないから」と胸をなでおろす行為は卑しい。
守るべき優先順位を間違えないこと。
大人なんだから、好きにすればいい。いたくない場所に我慢して居続けるのも、それが本人の選択ならしかたない。
怒っていいんだよ。おかしくない時に笑う必要なんかないんだって。平気じゃないのに平気だって言うのはやめようよ。 -
Posted by ブクログ
学校に行かない熊さんがいう。「なにか理由がないと、泣いたらあかんの?」「すごい説明してほしがる。私を理解しようとする。でも頼んでないし。」
「納得させてくれな承知せえへんでって」
實成が、なるべく人と関わらないでいこうとしていたけれど、夜の散歩の人数がふえてくる。
松江さんや、伊吹さん、塩田さん、みんな深く人と関わることを避けてきたように思う。
そしてみんな、ちょっとしたことでも考えて、言葉を返している。相手に不用意に踏み込まない。
周りには、悪い人ではないけれど、普通を押し付ける人たちや、ちょっと言葉を悪くする人が、やっぱりいて。
夜の散歩の人たちには、ほっとさせられました。
最後の方、隣の人の正体が幽霊ではなかったことなどにちょっと驚きました。
いつも月夜ではなく、それぞれがいつか月夜。それでいいなと。 -
Posted by ブクログ
評価はあまりよくないけど、私にとっては久しぶりに寺地さんらしい、という気持ちになった作品でした。自分自身がちょっと疲れていても、読んでいてなんとなく温かい気持ちになれる、ような。決して幸せいっぱいな話ではないのですが。
「ハッピーエンドって作中人物が幸せになるっていう意味じゃないんですよ、本を閉じた読者が「ああおもしろかった、また明日からも頑張ろう」とか、そんなふうに思える結末のことなんです。」
一気読みではなく、毎日少しずつ読んだので、最後に「おもしろかった」と思うというより、なんとなく1日の疲れとかもやもやを忘れさせてくれた感じでした。
「あたしね、本ってドアなんだと思ったの。自分が今いる場所と違う世界が繋がってるドア。本の数だけ世界があって、誰かが開けてくれるのを何日だって、何十年だって待っていてくれるのよ。」
だからこれからも本を読み続けます。
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Posted by ブクログ
閉鎖的な村社会から飛び出して十数年、久しぶりに集まって会うことになった三人の幼馴染の、悩みや葛藤、その先に踏み出す未来を描いた物語です。
メインの主人公は、高校を卒業すると同時に家出して十数年、まったく地元に寄りつかなかった作家志望の天。この先も喧嘩別れした家族の元には戻る予定がなかったのだが、ある日幼馴染のミナから幼馴染で当時よく一緒にいた三人で会おう、という連絡をもらう。中学を卒業した時に、お互いに宛てて書いた手紙が見つかったのだという。三人でそろって開封しようと言われたが、その手紙に書いた文章を思い返すうち、彼女の中に当時の記憶が蘇ってきて――。
このお話は、何人もの目線から多角的に物語が進むオムニバス形式になっています。視点が違えば、同じ物事でも捉え方が違う。こんなにも人は見事にすれ違っていくことができるのか、と思う部分もあれば、ああ私もこんなこと考えてた時期があったかも、と共感できることもあり、この作者さまは本当にもやもやとして捉えどころのない感情の動きを落とし込むのが上手いなあと感じます。十代の正しい感情に上手く置き換えることができないもどかしさや、もやもやとしてすっきりとしない、あの感覚。するりと読めるのに色々と考えさせられる内容でした。
自分が羨んでいる『誰か』は、自分が思うほど自分の優位に立っているわけじゃなく、自分も全く気付かないうちに誰かにとっては羨ましく思われる部分があるのかもしれない。けれど、結局自分には他人から見た自分のことは見えないし、自分が自分であることしかわからない。だからこそ、この答えのない物語が心の中に沈んでいくのかもしれない。そんなことを考えながらラストまで読み切らせて頂きました。
多角的に物事を捉えること、理解しようとすることは難しいことだと思うけれど、自分が見えるものが全てではないと知っているだけで、人は少しだけ周りとのすれ違いにも寛容になれるのかもしれません。私も、そうありたいと思います。