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Posted by ブクログ
はじめに
寺地はるなさんの小説『月のぶどう』を読み終えた。
ページを閉じた瞬間、胸の奥に小さな灯りがともるような温かさが広がった。
これは、夢を追いかけることの美しさだけでなく、夢を持てなかった人、夢に破れた人、そして「何者かになりたい」と願いながら何者にもなれなかったすべての人へ向けられた、優しくも力強いエールの物語だ。
物語の舞台と登場人物
物語の中心にいるのは、双子の姉弟──姉の光実と弟の歩。
二人が生まれ育ったのは、家族経営の『天瀬ワイナリー』。
代表を務める母、経理を担当する父。ワイナリーは二人にとって生活の場であると同時に、それぞれの人生を形づくる大切な舞台でもあった。
物語は、母の葬儀という静かで重い場面から幕を開ける。
突然の別れ。残された家族。これから始まる新しい生活の気配──読者は冒頭から、登場人物たちの人生の転換点に立ち会うことになる。
「できる姉」と「できない弟」という呪縛
幼い頃から「母のようになりたい」と憧れ、迷いなく家業を継ぐ道を選んだ光実。
彼女には明確な目標があり、進むべき道が見えていた。
一方の歩は、自分が何をしたいのか、どこへ向かうべきなのか分からないまま大人になっていく。
「よくできる姉」と「できの悪い弟」。
そんな言葉とともに育ってきた歩にとって、母の死は人生の大きな転機となる。
この単純な二分法は、彼だけの苦しみではない。
兄弟間の比較、親の期待、そして自分自身への失望──多くの人が経験する痛みがそこにはある。
歩が抱える葛藤は決して特別ではない。だからこそ、読者は彼に自分自身を重ね、その成長を見守りたくなるのだ。
ワイナリーでの日々──仕事を通じた成長
母の死をきっかけに、歩も光実とともに『天瀬ワイナリー』で働くことになる。
望んだわけではない仕事。「やりたいこと」ではなかった選択。
けれど、そこで出会う人々やワイン造りという仕事を通して、歩は少しずつ、しかし確かに変わっていく。
働くことの意味とは何か。
人との関わり方とは何か。
この世の仕事はすべて必要で尊いものだということ。
たとえ望んだ仕事でなくても、夢見た仕事でなくても、目の前のことに真摯に向き合うことはできる──歩が学んでいくこれらの真実は、現代を生きる私たちにも深く響く。
「天職」を待ち続けることの危うさ
「いつか天職が見つかるはず」
「何かになりたい」
──そう思いながら、結局何者にもなれなかった。
そんな経験をした人は、きっと少なくない。
やりたかったことではなかったからといって、適当にやればいいわけではない。
欠点から目を逸らさず、否定していじけるのでもなく、きちんと向き合うことの大切さ。
つらさの度合いを他人と比較することの無意味さ。
作品が静かに、しかし力強く語りかけてくるメッセージは、読者の心に確かな手応えを残す。
「自分のいるべきところは、別にあるはずだ」
そう思っていた歩は、ワイナリーでの日々の中で気づいていく。
自分の作ったものが誰かを笑顔にし、おいしいと言ってもらえることに、価値を感じられるのだと。
天職は“探す”ものではなく、目の前の仕事の中から“育っていく”ものなのかもしれない。
涙を誘うラストシーン──人と人とのつながり
ラストシーンは、歩の友人・広田と光実の結婚式だ。
私はこの場面で、思わず涙した。
ドレスを用意し、化粧を施し、ウェディングケーキを作った友人たち。
祝福の声に包まれる光実の姿を見た瞬間、人と人が結び合う温度のようなものが胸に刺さり、涙がこぼれた。
人は、こんなにも多くの人たちに支えられて生きている──
その当たり前だけれど忘れがちな真実が、静かに描かれている。
入院中で出席できなかった祖父は、ボイスレコーダーで二人にエールを送る。
「結婚したら良いことばかりではない。嫌なことから逃げ続けることはできない。
受け止めることを怖がって目を逸らしたらいけない。
しっかり目を開けて、全体をいろんな角度からよく見ること」
結婚に向けられた言葉であると同時に、人生そのものに通じる普遍的な知恵だ。
二人はこの言葉をどう受け取ったのか──読者である私たちは、どう受け取るべきなのか。
終わりに──さわやかな希望の物語
『月のぶどう』は、さわやかな読後感を与えてくれる作品だった。
それは単なる「ハッピーエンド」だからではない。
登場人物たちが逃げずに、向き合い、少しずつ成長していく姿が丁寧に描かれているからこそ、希望が灯るのだ。
華々しい成功物語でも、劇的な逆転劇でもない。
日々の小さな積み重ねの中に、確かな価値を見出していく人々の物語。
「何者にもなれなかった」と感じているすべての人へ。
この作品は、優しく、しかし確かに語りかけてくる。
あなたは今、いるべき場所にいる。
目の前のことに真摯に向き合うことで、あなた自身の価値は育っていくのだ、と。
いつか漫画家になりたいと思いながら、何者にもなれなかった私にとっても、この物語は胸に迫るものがあった。
読み終えて、机の上に開いたままのノートをそっと手に取った。
「何者かにならなければ」と焦るのではなく、今日できる小さなことに静かに手を伸ばしてみようと思えた。
Posted by ブクログ
真ん中あたりからググッと引き込む展開はさすが。
今回一番ハッとしたフレーズは、
「『ぜんぶ理解できんでもええんや。親族とはいえ、他人なんやから。共感もするな。共感なんてもんは、なんの役にも立たん』
ただお前は、誰にでもいろいろある、ということを理解するだけでええと思う。それが、他人を尊重する、ということや。」
これは寺地さんの作品を読むようになって、私がたどり着いた境地のようなもの。
私自身は姉妹で比べられたという気はしていないけれど、双子の姉たちは常に感じていたかもしれず、特に自己肯定感が低いと最近になって私に話してくれた下の姉に読んでもらいたいと思います。
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