寺地はるなのレビュー一覧
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寺地はるなの本を読むのは三冊目。
『川のほとりに立つ者は』もすごくよかったけれど、こちらも私にとって久しぶりのヒット本。あっという間に読めてしまった。
安西の父が最悪すぎて(ちょっと悪者すぎないか、という節もあるけれど)、そんな中で自分の居場所を切り開いていく碧の姿が清々しく、元気づけられる。
こんなふうに安西を愛して、自分自身を頼みに生きていく碧がすごいと思った。こんなふうに逞しくなりたい。
自分も安西みたいに周囲に甘やかされているなあ⋯と胸がチクリとしてしまったところもあった。日々頑張るしかないけれど。
食べる、という基本的なことがこれほど大切に愛おしく描かれている小説もなかなかないと思う -
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ネタバレ1988年から5年ごとに章になっている。
始まりは8歳だった羽猫山吹は、終章では38歳になっている。
よく「生きづらさ」というけれど、「生きやすい」人なんているんだろうか。
みんな心の中に犬を飼っている。
人によってその犬はアイドルだったり、現実とは違う架空の親だったり、別の世界の自分だったりするだろうけど、その犬の頭を撫でて、
少しだけ心が和らいで、今夜をやり過ごすことが出来るんじゃないだろうか。。。
弟の青磁は幼い頃に水難事故で亡くなった。
母は青磁の死を認めず、生きてるように振る舞う。青磁がいないから探しに行くと言って出ていったりする。
山吹は青磁のフリをして手紙を書く。「お母さんお元 -
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いやー!よかった!!
まずタイトルからしていいよね! 絶対読もう、ってタイトルで決めた本は久しぶりだったなぁ。そして大当たり。私の勘、よくやった!
中心人物は、中高年世代。世間一般のイメージする女性よりも、しぶとくてやかましい女性たちだ。田舎町の男たちからは「こわい女」という括りにされる、たくましくて底力のある女性たち。
全体としてのテーマは、ジェンダーだ。女性にあてがわれるイメージからの脱却であったり、色事であったり。弱いとされる女性の本当は強いところに焦点がある。と同時に、男性のジェンダーも扱っているのがよかった。男だから言い出せない、男だからわかってもらえないという厄介さも描いている -
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とても生きづらい境遇で生きる男の子の成長物語。良かった。
羽猫家にはまともな大人がいない。紅と山吹はまだ子供だ。祖母がややまとも寄りなのだが、今はインドに行っていていない。参観日のプリントを渡す相手がいない。
姉弟の父淳吾は女の鮎子の部屋にいる。青磁が亡くなって、家に居場所がなくなった。雪乃は青磁が生きているように振る舞う。山吹が学校から帰ってくる時に、青磁を探していた。
参観日誰も来ないと思ったのに、祖母が来てくれた。祖母はお好み焼きを作ってくれる。祖父は遊園地を作る計画は中止だという。
山吹は中学生になる。数学ができない。去年腕の立つ職人さんが定年退職して羽猫工務店はパッとしなくな -
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この小説でも寺地はるなさんの巧みな心理描写に、はまってしまった。
鳥取砂丘のある街で暮らしてきた万智子(24)は、職場のある大阪での知らない場所を歩く時、やわらかい砂の上で歩いているようだと思う。歩きにくいけれどなんとか歩かなきゃと頑張るような真面目な彼女。小説が進むにつれ成長していく様子に、すごく共感できた。
税理士事務所で働きつつ、オーダーメイドドレスを作る会社でも働くようになり、出会った女性達に感化され、自分の言葉に意見されていくうちに、万智子は自分がどうあるべきかに気づかされる。
恋することを怖がっていた彼女は、だんだん自分がどうありたいのか、そして人に完璧さを求めなくてもいいこ -
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1 オムレツ、あるいは
2 木曜日のサンデー
3 プウンドケーキ
4 恋とレモネード
5 チョコレートサンドイッチと未来
6 ピクニックバスケットの歌
各章にはいずれも食べ物の名前(らしきものもあるけど)がついています。
それぞれ登場人物のこれまでだったりこれからだったりに深い関係がある食べ物です。
それは、この小説が食べ物を通して登場人物たちのトラウマとそこからの解放を描いているからです。
ぜひとも、最終章の「6 ピクニックバスケットの歌」まで読んで欲しいと思います。
そこには、登場人物(や作者)が心から言いたかったことが、まとまって語られているからです。
読者はそこで人生で -
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全般的に家族の話。適切な距離というのは難しい。手を離すのも愛情だよ、という台詞が胸に残る。ちなみに私の中のシロウさんは内野聖陽だ。
第1話 理津子の夫は子育てに非協力ばかりか、育児から目を背けている。保育園には全滅して非認可保育園。達樹はとても手がかかる。ベビーシッターがついているという星母島のチラシを見て、行きたいと強く願う。民宿えとうにやってくる。
第2話 千尋は一才の時に政子さんに引き取られた。親戚だったらしい。大阪でベビーシッターをして働いていたが、政子さんが民宿を閉めるかどうか迷っているというので、戻ってきた。麦生もついてきた。母の愛が重すぎるタイプの母子が島に泊まりにくる。
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男なら、女なら、母なら、世の中には数えきれないほどの「普通」が存在する。
手芸が好きな高校一年生、松岡清澄。彼は「男の子なら普通は」と自分の好きなものを、世間から受け入れてもらえない。
かわいいものに抵抗がある姉の水青。彼女は「女の子なら普通は」と自分の怖いものを受け入れてもらえない。
この二人を見ていて、好きなものも怖いものもその人を形作る一部なんだと感じた。だから、否定されると自分ごとバツ印をつけられたような気持ちになってしまう。
シングルマザーとして子ども二人を育てる母、さつ子。彼女は「母親なら普通は」に苦しんでいる。ここの描写が私にはかなーりズシンときた。
母親=我が子に無限の愛を