あらすじ
「寺地さんの作品の中で、一番好きです」原田ひ香さん
ぼくたちは、夜を歩く。眠れない夜に。不安な夜に。静かで、藍色で、心細い。でも歩かずにはいられない。そんな夜に。
「一緒に歩かない?」
会社員の實成は、父を亡くした後、得体のしれない不安(「モヤヤン」と呼んでいる)にとり憑かれるようになった。特に夜に来るそいつを遠ざけるため、とにかくなにも考えずに、ひたすら夜道を歩く。そんなある日、会社の同僚・塩田さんが女性を連れて歩いているのに出くわした。中学生くらいみえるその連れの女性は、塩田さんの娘ではないという……。やがて、何故か増えてくる「深夜の散歩」メンバー。元カノ・伊吹さん、伊吹さんの住むマンションの管理人・松江さん。皆、それぞれ日常に問題を抱えながら、譲れないもののため、歩き続ける。いつも月夜、ではないけれど。
感情タグBEST3
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もっちゃんと冬至の静かなお話。トーンが抑えてあって良かった。
實成の父が亡くなった。モヤヤンが部屋にいる。塩田さん親子と夜に散歩する。娘はエリザベート・ネコスキー一世と名乗る。ザベ子と呼んでいる。しかもザベ子は塩田さんの娘ではなかった。ザベ子が熊と呼べと言い出す。
夜の散歩の人数が増える。伊吹さんと、松江さん。母に荷物を送らなくてもいいと言ってるのに送ってくる。熊が実の親に連れ帰られて、出て行かないように監禁される。みんなで救いに行く。
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夜中に歩いてる人たち同士で、偶然合って、だんだんと繋がっていく姿、支えようとしている姿にあたたかみを感じました。
最後はやっぱり家族だなあと、しみじみと感じました。
元カノの伊吹さんと特に色々とあったけど、最終的には伊吹さんの方からいなくなって、これでお互い良かったのではと思った。それぞれの優しさも伝わる物語だなと感じた。
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1冊を通して、特段目立った場面展開がある訳ではなく、深い繋がりがある訳でもない、不思議な繋がりの人たちをただ夜をお散歩するだけのお話。人には何とも形容しがたいぼんやりとした不安や悩みがつきもの。そういった気持ちを、穏やかに丁寧に、時にはクスッと笑っちゃう表現で描いていて、そこが『いつか月夜』の大好きなところだなあと再読して改めてしみじみ思った!
特に理由はなく、ただぼんやりのんびり夜を散歩するのって、もしかしたら凄い気分転換になるのかもしれない…!
あと、實成って苗字がかっこよすぎる響きだと感動すら覚えたのは私だけ?笑 えびの背ワタを取るところとか、實成の自炊場面が何気に好きだという新しい発見もできました。笑
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父の死後に時々不安など負の感情に駆られるようになって、それを断ち切るために夜な夜な町を歩いている主人公。歩いている時に偶然出会った会社の同僚とその知り合い、元カノとその知り合い。それぞれに悩みを抱えた人たちが「夜の散歩」に加わっていく。
知り合い以上友だち未満、みたいな、お互いに深いところには触れないけど、それでいてお互いを思い合っている(だんだんそうなっていく)関係が素敵だと思いました。私も夜にウォーキングをするので、そういう仲間がいればいいなと思いました。
個人的には主人公たちの恋愛観に印象を受けました。主人公は「いつもそばにいて同じものを眺めて笑い合えるような恋愛関係」を望んでいる。それに対して、元カノは「わたしだけをいちばんに愛してほしい」と言っている。そして、主人公は現在の「気になる人」である幼なじみについて、「やりたいことがいっぱいあるアグレッシブな人。自分の望む恋愛観では退屈なのではないか」と思っている。
私自身の恋愛観は主人公に近いかな、と思いました。その他にも主人公には共感できるところが多くて、だからこそストーリーに感情移入できたのかな、と思います。
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寺地作品の好きランキングでかなり上位に食い込む、これは。最近は家族のことを書いてるのをよく読んでたけど、家族じゃない人との交わりメインの寺地さんもいいんだよな〜。「いつか月夜」のタイトル回収も美しかった。ミスチルの「足音」みたいな一冊。
おこがましいけど、實成くんと人間関係に対する価値観が結構近いと思った。必要なときに近づいて役割が終わったら離れていくって諸行無常感について、丁寧に言語化してくれた。
あと、人間関係って良くも悪くも「出会い直す」瞬間ってあるのを思い出した。「いい人だと思ってたけどそうでもないよね」を描くときの、絶妙に人を苛つかせるレベルの人間の裏表が好き。(でもその人の背景の描写がしっかりしてあるから「そういうこともあるよね、人間だもの」と納得せざるをえない)
良いほうの出会い直し、私は泣きそうになってしまった。その部分が良すぎて脳内で映像化してた。
モヤヤンの話は思ったより少なめ。
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元恋人だったり同じ職場の人だったり関係性は複雑だけど、家族や恋人、友達以外でお互いに干渉せず、否定もせずになんとなく話ができる相手がいることすごく素敵でした、それにわざわざ話さなくても散歩してるだけで、特に話をしなくても間が持つっていうのも。
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暗い夜道、その中を歩く人たち。
誰かが一緒だと心強い。
でも、その誰かが増えていくと、
小さな温もりも増えると同時に
小さなモヤモヤも増えていく。
仲間がいてくれることは嬉しい。
でも、その喜びは、いつも仲間と同じ
温度や形ではない。
小さなモヤモヤと、ぶつかりながら
少しずつ逃げずに対峙していく主人公。
相手に投げかけた想いは、
自分の思い通りに返ってくるわけではない。
それでも、出会えたことで
モヤモヤも心強さも、悲しみも喜びも
いろんなものが得られる。
人は出会ったら、別れていく。
かつて、仲間だったみんな、
元気かな。
そんな懐かしく、恋しい気持ちになれた。
後半は、泣きっぱなし。
でも、爽やかな読後感。
大好きな一冊に出会えた。
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寺地はるなさんの『いつか月夜』を読み終えた。ページを閉じた後も、心の中で余韻が静かに波紋を広げている。そんな読後感に包まれる作品だった。
タイトルに込められた意味
『いつか月夜』──このタイトルは「いつも月夜に米の飯」という諺から来ている。月明かりに照らされた夜、温かい米の飯。何不自由ない生活、満足のいく暮らし。しかし、人生はそう上手くは行かない。そんな現実への洞察が、このタイトルには込められている。
美しくも切ない、この諺の響き。寺地さんが選んだこのタイトルは、物語の本質を見事に言い表している。
深夜のウォーキングが導く「人生の旅」
主人公の實成が歩くのは、深夜の街。
静寂に包まれた時間帯に、彼は一歩ずつ足を進める。そのウォーキングを通して、實成は多くの人々と出会い、そして別れを経験する。
亡き父が遺した教え──「善く生きよ」。
この言葉の意味を、實成は深夜の道を歩きながら、出会った人々との交流を通して、深く考えることになる。それはまさしく「人生の旅」そのものだった。
歩くという行為が、同時に自分自身の内面を歩むことでもある。寺地さんの筆致は、そんな二重の旅を丁寧に描き出していく。
「善く生きる」とは何か──物語が問いかける生き方の本質
この作品の核心は、「善く生きる」とは何かという問いにある。
物語を通して、實成が、そして読者が辿り着く答えは、決して一つではない。しかし、その過程で示される数々の気づきは、私たちの日常に深く突き刺さってくる。
「まじめ」が悪口にならない世界があるべき姿だということ。現代社会では、真面目であることが時に揶揄の対象になる。しかし本来、誠実に生きることは賞賛されるべきことではないだろうか。
他人をコンテンツにして楽しまないこと。他人の事情や誰かの失敗や不幸を面白おかしく消費する風潮に、この作品は静かに「否」を突きつける。
慣れる必要のないものに慣れないこと。理不尽なことに慣れてしまえば楽になるかもしれない。でも、慣れてはいけないものもある。その境界線を見失わないことの大切さを、物語は教えてくれる。
他人の言葉に流されずに自分で決断すること。情報が溢れる現代だからこそ、自分の軸を持つことの重要性が際立つ。
関係性の中で見出される「善さ」
物語が示す「善く生きる」ことの指針は、多くが人との関係性の中にある。
自らの願望を他人に押し付けないこと。大事な存在を縛りつけないこと。愛する人だからこそ、その自由を尊重する。簡単そうで、実は最も難しいことかもしれない。
やってみることもせずにあきらめないこと。可能性を自ら閉ざすことの愚かさ。實成の旅は、そんな勇気を読者にも与えてくれる。
特に印象的だったのは、子どもの物分かりの良さを賞賛せず、わがままを言うことを許すという視点だ。大人の都合で「良い子」を求めることへの批判。子どもが子どもらしくいられる空間の大切さ。寺地さんの優しさと厳しさが同居する、鋭い指摘だった。
相手の考えを否定せず、脅かさないこと。相手の話を素直に聞くこと。コミュニケーションの基本であり、しかし私たちが日々忘れがちなこと。
現実を直視する勇気
物語は、耳障りの良い言葉だけを並べるわけではない。
嫌な目にあったのに、不幸中の「幸い」だなんて言うのはおかしい──この指摘は胸に刺さった。辛い経験を無理やりポジティブに解釈しようとする風潮への抵抗。嫌なものは嫌だと言える正直さの価値。
誰かのために行動することと、誰かが喜んでくれることが嬉しいことはイコールではないという認識も重要だ。善意の押し売りにならないための、繊細な感覚。
おかしい人に合わせて行動を制限するのはおかしいという当たり前の主張も、実際の社会では声高に言いにくい真実だ。
言葉は通じるのに話が通じない人がいる──これほど的確な表現があるだろうか。コミュニケーションの難しさを、この一文が端的に表している。
自分自身であることの自由と重さ
物語の終盤で示される視点は、さらに深い。
何を成し遂げても何をやらかしても自分自身であることからは逃げられないという現実。成功しても失敗しても、自分は自分。その事実を受け入れることの重さと、同時に解放感。
そして、何者にもならなくて良い自由。
現代社会は「何者かになれ」というメッセージで溢れている。しかし、何者にもならなくていい。ただ自分として生きていい。その自由を肯定してくれる言葉に、どれだけの人が救われるだろうか。
さびしさを自分のものだと言える自由も同様だ。孤独や寂しさを否定せず、それを自分の感情として受け入れる。そこから始まる自己理解がある。
「寺地メソッド」の結晶
今作も、いわゆる「寺地メソッド」が多く詰まった作品だった。
日常の中の小さな気づき。人との関わりの中で見出される真実。優しさと厳しさが同居する眼差し。そして何より、読者に「考えること」を促す問いかけの数々。
寺地はるなさんの作品を読むたびに思うのは、その誠実さだ。読者に媚びず、かといって突き放すこともなく、ただ真摯に「善く生きる」ことについて考え続ける姿勢。それが、多くの読者の心を捉えるのだろう。
深夜の静けさの中で
『いつか月夜』は、深夜の静けさの中で読むのがふさわしい作品かもしれない。
主人公の實成が歩いた深夜の街のように、静かな時間の中で、この物語は読者の心に深く染み入ってくる。
「善く生きよ」という父の教え。
その答えは、きっと一つではない。でも、この物語を通して、私たち一人一人が自分なりの答えを見つけることができる。それこそが、この作品の持つ大きな価値なのだと思う。
いつか月夜に米の飯を食べられる日が来るのだろうか。いや、そんな完璧な日々を求めるのではなく、不完全な日常の中で、それでも「善く生きる」ことを模索し続ける。そんな生き方を、この物語は静かに肯定してくれている。
寺地はるなさんの『いつか月夜』、多くの人に手に取ってほしい一冊だ。
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最後、塩田さんや松江さんや伊吹さんたちと一緒に歩くことが無くなったのが、悩みから解放されて新たな生活への門出となったのかなと思えていい終わり方だと思った。
實成が伊吹さんと猫のカフェに行く場面がとても好きだった。塩田さんや松江さんたちを好きだと思うように伊吹さんを好きだと思うこと、夜中にただ一緒に歩いてケーキを食べに行くという名前の無い関係が羨ましい。けれど、伊吹さんとは決別をして新しい生活に進んでいく實成は強いなと思った。
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みんな何かを抱えていて、それの傷の舐め合いでもなく、ただ歩く。しかし最終的には自分がどうしたいか、おかしい方に流されてそれが楽だと思わないようにすることが大切だと感じた。
もう二度とフルメンバーの散歩は実現しないのだろうけれど、それぞれが1人でも正しいと思うほうに歩いていくのだろうと、そう思った。
個人的に気になったのが、自分がこの本を手に取ったのがあらすじで面白そうと思ったからであるが、思ったような話じゃなかったなと感じた。モヤヤンの登場が少なく、人間模様が丁寧に書かれていたが、得体の知れないもの、モヤヤンに苦悩する様と自分を照らし合わせたいと思っていたので、少し驚いた。(それが悪いという訳では無い)
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p229
私なんかもう何者にもなれないもんね。でもね、何者かにならねばならないというプレッシャーもない。
ピアニストになれるわけじゃないし、って母は言ってたけどじゃあ今の私は自分の楽しみのためだけにピアノを習える。それって意外と悪くないよね。可能性が少ないって、もう何者にもならなくていいって自由だね。
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眠れない夜の散歩。
得体の知れない不安を遠ざけるために歩くうち、いつしか仲間が増えていく。
割りきれない想いを有耶無耶にしない
優しいけど強い人たち。
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慣れる必要のないものには慣れてはいけないのだ。
自分は自分のままで、変わりながら進んでいきたい。
後半にかけての名言ラッシュがすごい。
時間を開けて読み返したい。
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眠れない夜に、不安な夜にひたすら歩く。いつしか一緒に歩いてるメンバー。誰もが不安をかかえて、何かしら感じるものがあって歩いている。實也はその不安をモモヤンと呼んでいる。面白い表現で不安に名前がつくとより具体的になる。實也の言葉がとてもいいなあと思う。丁寧な作品。
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父が亡くなり、読書から少し離れていたところ、寺地さんのこの本になにか共感するものがあるかも、と思い手に取りました。
實成は父が亡くなったあと『モヤヤン』を時々みるようになる。ただただ、夜の散歩でひたすら歩く。そんな時、いろんな不安、境遇をかかえたメンバーが集まってきた。余計なことは言わずに歩く。
言葉にしたくない、次どうやって進んだらいいのかわからない。そんな人達が少しずつ前に進んでいく。
實成の善く生きるとは。静かですがジワジワくる優しいお話でした。
散歩って前を向いて歩いているので、話しやすい。
私が印象に残ったのは、實成のお母さんが『わたしのさみしさはわたしのもんや。娘や息子ごときがどうこうできる問題やない』ときっぱり言った言葉です。
勝手にわかった風に言わないで欲しいし、自分で解決したいし、私はそんなに弱くない。私の何がわかるんだ!ってめちゃくちゃ共感しました!
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みんなそれぞれ何かを抱えて生きているんだなって思える。物語の世界自体が、自分のすぐ周りにもありそうな、そんな独特な読後感。いつか月夜。ちなみにことわざは初見だった。
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もやもやを遠ざけるため、ひたすら歩きたくなる気持ちわかります。
夜になんとなく集って歩くことになった5人。
それぞれが譲れないこと、日常には抱えるものがあり、歩いて話して心通わせ、人に話せば心が軽くなるのだと伝わります。語らいのなかで、現状に向かっていきます。相手に踏み込んでいかない関係性が良かった。
言葉のやり取りが、優しいのに、ずきっと胸にきます。みけねこ洋菓子店が出てきたところでほっとしました。
塩田さんの存在は貴重で、ありがたい出会いです。
どうかしてもらおうとかでなく、自分をみつけてくれる、それだけでよかった、すごくわかる。
もっちゃんのエピソードもう少しほしかった。
大きな出来事では無く、問題に向き合う考え方が描かれていると思いました。
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特に何かが起きる訳ではない日常が描かれています。
ただ、そこに描かれている人々同士のまなざしのあたたかさを感じることができました。
人は誰かがまなざしを向けていることにより、生きていけるのかなと思いました。
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学校に行かない熊さんがいう。「なにか理由がないと、泣いたらあかんの?」「すごい説明してほしがる。私を理解しようとする。でも頼んでないし。」
「納得させてくれな承知せえへんでって」
實成が、なるべく人と関わらないでいこうとしていたけれど、夜の散歩の人数がふえてくる。
松江さんや、伊吹さん、塩田さん、みんな深く人と関わることを避けてきたように思う。
そしてみんな、ちょっとしたことでも考えて、言葉を返している。相手に不用意に踏み込まない。
周りには、悪い人ではないけれど、普通を押し付ける人たちや、ちょっと言葉を悪くする人が、やっぱりいて。
夜の散歩の人たちには、ほっとさせられました。
最後の方、隣の人の正体が幽霊ではなかったことなどにちょっと驚きました。
いつも月夜ではなく、それぞれがいつか月夜。それでいいなと。
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他人の人生を生きる感覚になるという小説の醍醐味を感じられる作品だった。
特に下の二つの引用は新しい気づきを得た感じがした。寺地さん、やっぱり好きだな〜。
「誰それの幸せのために行動する」と「誰それが幸せになったら、自分は嬉しい」は、そうだね、混ぜるな危険ってやつかな。(p.41)
「二度と行けない場所があるって、なんかよくない?」
「記憶の中でしか行けない場所。...いつか過去を振り返った時に、なんかそこだけきれいに輝いてそう」
Posted by ブクログ
夜型人間の自分としては、深夜に一緒に散歩してくれる人がいるのが羨ましい。お互いの悩みを話ながら、ちょっとずつ皆の距離が近づく感覚も心地よい。癒し系の一冊。
Posted by ブクログ
モヤヤンを抱えて散歩してる人たちと勘違い?しながら読んでいたけど、モヤヤン出てくるの序盤だけで気づいたらいなくなってて悩みの根本が解決されていく過程を見た気がする。
私もひたすら悩む時とかあるけどとりあえず歩いてみようかな。
優しい人は勝手な人
2度と行けない店があるのはいいこと
記憶の中でずっと輝く
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この筆者はジェンダー論者なのかな、過去に読んだ作品においても多少そのようなニュアンスがあり。
私はこの作品にその辺の社会的な問題を求めて読んでいなかったので本テーマでないんだったら要らなかったのではと思ってしまった。
ある青年の成長物語なら良作、恋愛モノとしては消化不良。
この筆者はデリケートな人間のデリカシーの無い人間関係を描くのは上手ですね。