あらすじ
「寺地さんの作品の中で、一番好きです」原田ひ香さん
ぼくたちは、夜を歩く。眠れない夜に。不安な夜に。静かで、藍色で、心細い。でも歩かずにはいられない。そんな夜に。
「一緒に歩かない?」
会社員の實成は、父を亡くした後、得体のしれない不安(「モヤヤン」と呼んでいる)にとり憑かれるようになった。特に夜に来るそいつを遠ざけるため、とにかくなにも考えずに、ひたすら夜道を歩く。そんなある日、会社の同僚・塩田さんが女性を連れて歩いているのに出くわした。中学生くらいみえるその連れの女性は、塩田さんの娘ではないという……。やがて、何故か増えてくる「深夜の散歩」メンバー。元カノ・伊吹さん、伊吹さんの住むマンションの管理人・松江さん。皆、それぞれ日常に問題を抱えながら、譲れないもののため、歩き続ける。いつも月夜、ではないけれど。
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暗い夜道、その中を歩く人たち。
誰かが一緒だと心強い。
でも、その誰かが増えていくと、
小さな温もりも増えると同時に
小さなモヤモヤも増えていく。
仲間がいてくれることは嬉しい。
でも、その喜びは、いつも仲間と同じ
温度や形ではない。
小さなモヤモヤと、ぶつかりながら
少しずつ逃げずに対峙していく主人公。
相手に投げかけた想いは、
自分の思い通りに返ってくるわけではない。
それでも、出会えたことで
モヤモヤも心強さも、悲しみも喜びも
いろんなものが得られる。
人は出会ったら、別れていく。
かつて、仲間だったみんな、
元気かな。
そんな懐かしく、恋しい気持ちになれた。
後半は、泣きっぱなし。
でも、爽やかな読後感。
大好きな一冊に出会えた。
Posted by ブクログ
寺地はるなさんのお話は、自然に心へスーッと入ってくる現実感がステキです。
女の人が感じるDVやセクハラや性犯罪の被害者としての生きづらさがいろいろと描かれているのだけれど、主人公を男の子の實成(みなり)くんにして、女性たちの様子を見させている形なので、男性側からの見方と対比され、女性の気持ちや置かれている状況がより際立つように思います。
でもその實成くん自体も、彼なりのモヤモヤを抱えていて、みんなそれぞれにたいへんなのです。
ツライ話や嫌な人もでてきますが、読んであげることで、登場人物たちのやるせなさを分かってあげられるように思いますので、ぜひ読んで上げてください。
あなたの周りにもよく似た境遇の人がいるような気がしますから♡
〔作品紹介・あらすじ〕
会社員の實成は、父を亡くした後、得体のしれない不安(「モヤヤン」と呼んでいる)にとり憑かれるようになった。
特に夜に来るそいつを遠ざけるため、とにかくなにも考えずに、ひたすら夜道を歩く。
そんなある日、会社の同僚・塩田さんが女性を連れて歩いているのに出くわした。
中学生くらいみえるその連れの女性は、塩田さんの娘ではないという……。
やがて、何故か増えてくる「深夜の散歩」メンバー。
元カノ・伊吹さん、伊吹さんの住むマンションの管理人・松江さん。
皆、それぞれ日常に問題を抱えながら、譲れないもののため、歩き続ける。
いつも月夜、ではないけれど。
Posted by ブクログ
寺地はるなさんの『いつか月夜』を読み終えた。ページを閉じた後も、心の中で余韻が静かに波紋を広げている。そんな読後感に包まれる作品だった。
タイトルに込められた意味
『いつか月夜』──このタイトルは「いつも月夜に米の飯」という諺から来ている。月明かりに照らされた夜、温かい米の飯。何不自由ない生活、満足のいく暮らし。しかし、人生はそう上手くは行かない。そんな現実への洞察が、このタイトルには込められている。
美しくも切ない、この諺の響き。寺地さんが選んだこのタイトルは、物語の本質を見事に言い表している。
深夜のウォーキングが導く「人生の旅」
主人公の實成が歩くのは、深夜の街。
静寂に包まれた時間帯に、彼は一歩ずつ足を進める。そのウォーキングを通して、實成は多くの人々と出会い、そして別れを経験する。
亡き父が遺した教え──「善く生きよ」。
この言葉の意味を、實成は深夜の道を歩きながら、出会った人々との交流を通して、深く考えることになる。それはまさしく「人生の旅」そのものだった。
歩くという行為が、同時に自分自身の内面を歩むことでもある。寺地さんの筆致は、そんな二重の旅を丁寧に描き出していく。
「善く生きる」とは何か──物語が問いかける生き方の本質
この作品の核心は、「善く生きる」とは何かという問いにある。
物語を通して、實成が、そして読者が辿り着く答えは、決して一つではない。しかし、その過程で示される数々の気づきは、私たちの日常に深く突き刺さってくる。
「まじめ」が悪口にならない世界があるべき姿だということ。現代社会では、真面目であることが時に揶揄の対象になる。しかし本来、誠実に生きることは賞賛されるべきことではないだろうか。
他人をコンテンツにして楽しまないこと。他人の事情や誰かの失敗や不幸を面白おかしく消費する風潮に、この作品は静かに「否」を突きつける。
慣れる必要のないものに慣れないこと。理不尽なことに慣れてしまえば楽になるかもしれない。でも、慣れてはいけないものもある。その境界線を見失わないことの大切さを、物語は教えてくれる。
他人の言葉に流されずに自分で決断すること。情報が溢れる現代だからこそ、自分の軸を持つことの重要性が際立つ。
関係性の中で見出される「善さ」
物語が示す「善く生きる」ことの指針は、多くが人との関係性の中にある。
自らの願望を他人に押し付けないこと。大事な存在を縛りつけないこと。愛する人だからこそ、その自由を尊重する。簡単そうで、実は最も難しいことかもしれない。
やってみることもせずにあきらめないこと。可能性を自ら閉ざすことの愚かさ。實成の旅は、そんな勇気を読者にも与えてくれる。
特に印象的だったのは、子どもの物分かりの良さを賞賛せず、わがままを言うことを許すという視点だ。大人の都合で「良い子」を求めることへの批判。子どもが子どもらしくいられる空間の大切さ。寺地さんの優しさと厳しさが同居する、鋭い指摘だった。
相手の考えを否定せず、脅かさないこと。相手の話を素直に聞くこと。コミュニケーションの基本であり、しかし私たちが日々忘れがちなこと。
現実を直視する勇気
物語は、耳障りの良い言葉だけを並べるわけではない。
嫌な目にあったのに、不幸中の「幸い」だなんて言うのはおかしい──この指摘は胸に刺さった。辛い経験を無理やりポジティブに解釈しようとする風潮への抵抗。嫌なものは嫌だと言える正直さの価値。
誰かのために行動することと、誰かが喜んでくれることが嬉しいことはイコールではないという認識も重要だ。善意の押し売りにならないための、繊細な感覚。
おかしい人に合わせて行動を制限するのはおかしいという当たり前の主張も、実際の社会では声高に言いにくい真実だ。
言葉は通じるのに話が通じない人がいる──これほど的確な表現があるだろうか。コミュニケーションの難しさを、この一文が端的に表している。
自分自身であることの自由と重さ
物語の終盤で示される視点は、さらに深い。
何を成し遂げても何をやらかしても自分自身であることからは逃げられないという現実。成功しても失敗しても、自分は自分。その事実を受け入れることの重さと、同時に解放感。
そして、何者にもならなくて良い自由。
現代社会は「何者かになれ」というメッセージで溢れている。しかし、何者にもならなくていい。ただ自分として生きていい。その自由を肯定してくれる言葉に、どれだけの人が救われるだろうか。
さびしさを自分のものだと言える自由も同様だ。孤独や寂しさを否定せず、それを自分の感情として受け入れる。そこから始まる自己理解がある。
「寺地メソッド」の結晶
今作も、いわゆる「寺地メソッド」が多く詰まった作品だった。
日常の中の小さな気づき。人との関わりの中で見出される真実。優しさと厳しさが同居する眼差し。そして何より、読者に「考えること」を促す問いかけの数々。
寺地はるなさんの作品を読むたびに思うのは、その誠実さだ。読者に媚びず、かといって突き放すこともなく、ただ真摯に「善く生きる」ことについて考え続ける姿勢。それが、多くの読者の心を捉えるのだろう。
深夜の静けさの中で
『いつか月夜』は、深夜の静けさの中で読むのがふさわしい作品かもしれない。
主人公の實成が歩いた深夜の街のように、静かな時間の中で、この物語は読者の心に深く染み入ってくる。
「善く生きよ」という父の教え。
その答えは、きっと一つではない。でも、この物語を通して、私たち一人一人が自分なりの答えを見つけることができる。それこそが、この作品の持つ大きな価値なのだと思う。
いつか月夜に米の飯を食べられる日が来るのだろうか。いや、そんな完璧な日々を求めるのではなく、不完全な日常の中で、それでも「善く生きる」ことを模索し続ける。そんな生き方を、この物語は静かに肯定してくれている。
寺地はるなさんの『いつか月夜』、多くの人に手に取ってほしい一冊だ。
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モヤヤン。得体の知れない不安。どんどん増える深夜の散歩メンバー。気になることがあっても深く追求せず、相手の言葉を否定しない主人公の性格は素敵だと思ったし、見習いたい。世代もバラバラだが、こうやってなんでもない会話をしながらの散歩、いいな。
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夜に読むと良い作品。しんみりじんわり心を温めてくれる作品だった。
主人公實成の性格がとても好き。深慮深く相手が求めていることを自然にやってしまえるし、人との距離の取り方がとてもうまい。そして何より誰のことも否定せず肯定する。好きだなー。私もそういう人間になりたい。
悩んでいる時ってただ話を聞いてくれる、ただ一緒に居てくれる。そんな人が居れば人は前を向いて歩いていけるのかもしれない。
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久しぶりの寺地はるなの小説。登場する人物も等身大のどこにでもいそうな人たちで、いろんなことを抱えて他人を思いやりながら生きている。相手から求められることと、自分が与えられることのギャップに思い悩みながらも、自分自身であることをやめられない悩ましさ。煮詰まった関係に嫌気が差して、離れたいと望みながらも、求められることの安寧から抜け出ることができないもどかしさ。自分の気持ちを理解してもらおうとどんなに言葉を尽くしても、受け止めてもらえない絶望。特に大きな事件が起きるわけではない日常を淡々と描くなかで、複雑で難しい人間関係の機微を言語化して気づかせてくれる、最初から最後まで、なめらかで味わい深い日本語表現が心地よい、こころに滲みる小説だった。
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不思議な話だった
タイトルの通り眠れない夜に読むとホッとするようなそんな小説だと感じた
冬至は色々なことに気づきひっかかる
そして深いことを考えてる
なんだかじわじわと心をあっためてくれる作品でした
夜のウォーキングもう少し涼しくなったら私もやってみようかな
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特に何かが起きる訳ではない日常が描かれています。
ただ、そこに描かれている人々同士のまなざしのあたたかさを感じることができました。
人は誰かがまなざしを向けていることにより、生きていけるのかなと思いました。
Posted by ブクログ
それぞれにモヤモヤを抱えたひとたちの深夜のお散歩。気持ちの良い季節に、夜に外を歩くのは私も好きだけど、それとはまた違う意味を持つ散歩。予想外にだんだんメンバーが増えて、一緒になって歩くけど、最後にはみんなが自分の世界で一歩踏み出して、またそれぞれの道に戻っていく。寂しさもあるけど、前に進むために絶対に必要な時間だったと思えて、最後には優しい気持ちが残る。
他人のあれこれを勝手に想像して自分のエンタメとして消費すること、自分も簡単にやってしまいがちなので気を付けよう。。お散歩メンバーの中では管理人の松江さんが好きだった!
Posted by ブクログ
学校に行かない熊さんがいう。「なにか理由がないと、泣いたらあかんの?」「すごい説明してほしがる。私を理解しようとする。でも頼んでないし。」
「納得させてくれな承知せえへんでって」
實成が、なるべく人と関わらないでいこうとしていたけれど、夜の散歩の人数がふえてくる。
松江さんや、伊吹さん、塩田さん、みんな深く人と関わることを避けてきたように思う。
そしてみんな、ちょっとしたことでも考えて、言葉を返している。相手に不用意に踏み込まない。
周りには、悪い人ではないけれど、普通を押し付ける人たちや、ちょっと言葉を悪くする人が、やっぱりいて。
夜の散歩の人たちには、ほっとさせられました。
最後の方、隣の人の正体が幽霊ではなかったことなどにちょっと驚きました。
いつも月夜ではなく、それぞれがいつか月夜。それでいいなと。
Posted by ブクログ
「出生の秘密も家族の問題も抱えていないし、壮絶な過去の心的外傷もない」という会社員、實成冬至が主人公。實成は父を亡くした後、得体のしれない不安(モヤヤン)にとり憑かれるようになり、それを遠ざけるため夜道を歩くようになるが、そのうち、それぞれに複雑な事情を抱える会社の同僚や元カノなど、深夜の散歩のメンバーが増えていく。その散歩メンバー間のゆるやかなつながりやほのかな成長を描いている。
大きな盛り上がりがあるわけではないが、心に沁みてくる良い小説だと感じた。迷いながらも善く生きようと日々の生活に向き合う「まじめ」な主人公に好感を持った。
夜の散歩メンバーが解散してしまうという結末は、この小説としては必然なんだろうが、夜の散歩は続けながらそれぞれの道を歩むという結末でもよかったのになーとは思った。
Posted by ブクログ
生きづらい
家族 職場でも
主人公は父から言われた
善く生きるを忘れずにいる
皆んなの明日が良くなればいいと思う
一気に読みました
次に読むのは
九月姫とウグイスです
Posted by ブクログ
みんなみんな1人で、でも繋がっている。
寺地はるな先生が紡ぐ夜は、
ほんのりあたたかくて心地いい。
夜っていいな、1人じゃないっていいな…
じんわり染み入る、ひととひととの物語。
實成冬至には、父が亡くなってから「モヤヤン」という何かにつきまとわれている。そいつから逃げるように、實成は夜を歩く。そこで出会う様々な人もみな、何かを抱えている。複雑な家庭環境だったり、上手く恋愛できなかったり…そんな何か引っかかる気持ちを、ただただ夜が、一緒に歩くメンバーたちが、軽く柔らかくしていく。
最後にみんなが選ぶ未来や冬至が導く答えは、リアルで決してキレイなものじゃないかもしれない。それでもそのリアルさが、現実世界を生きる私にはとても染みた。キレイじゃなくても、登場人物たちみたいに遠回りして悩んで足掻きながら…1歩を踏み出していきたいと強く思えた。
寺地はるな先生が描く夜がリアルでとても好きだ。そこには暗闇だけじゃなくて、ちゃんと夜明けが待っているという確信がある。「明けない夜はないよ」って伝えてくれているような先生の作品をこれからも愛読していきたいと思う。
Posted by ブクログ
初めて寺地はるなさんの作品を読みました。書店で、表紙と帯のコメントに惹かれて手に取った一冊です。
タイトルが、「いつか月夜」ですが、「いつか」月夜であって良いけど、「いつも」月夜であってはいけないという意味が込められていると感じました。
月夜のように、何かに照らされて、その明かりを頼りに生きるときがたまにはあっても良いかもしれないけれど、その心地良さに甘んじてはいけない。何に照らされなくても、自分の意思で歩かなければいけないときもあるということです。
話の内容としては、様々な事情を抱えた登場人物が、主人公と共に散歩会をするのですが、その抱えている事情や複雑な人間関係がだんだんと分かってきて、読んでいて先が気になるストーリーでした。
他の作品も読んでみようと思います。
Posted by ブクログ
月夜に食べる米の飯。
善き人。
言葉の表現がよかった。
勉強になりました。
みんなで協力したり共感したり。
私にもこんな友達が欲しいと思わせる
作品でした。
Posted by ブクログ
決して波瀾万丈でない大変静かな展開の中で登場人物達の心情が機微描かれ、善く生きるって何だろうねと問いかける賽成の様子が大変身近に感じられて好印象でした。
印刷会社に勤める賽成冬至(みなりとうじ)。夜中の散歩中に、同じ会社に勤める塩田有希子(うきこ)さんが女の子と歩いているのに出会い、三人は一緒に散歩するようになります。さらに別れた彼女やマンション管理人さんなども巻き込みながら、その関係性の中で賽成が悩み考える物語りでした。
星4つです。
#美文
Posted by ブクログ
この筆者はジェンダー論者なのかな、過去に読んだ作品においても多少そのようなニュアンスがあり。
私はこの作品にその辺の社会的な問題を求めて読んでいなかったので本テーマでないんだったら要らなかったのではと思ってしまった。
ある青年の成長物語なら良作、恋愛モノとしては消化不良。
この筆者はデリケートな人間のデリカシーの無い人間関係を描くのは上手ですね。
Posted by ブクログ
あーめっちゃ素敵男子!
そして色々な意味でナチュラルな登場人物たち。
思わず線を引いて見返したくなるような一言が散りばめられていて癒しの1冊。
毎度なんと答えたらいいか分からない返事をそのままでいいと許してくれている優しさ。
隣人のやり取りに毎度ほっこりした。
最後がなー最後なー。と思ってしまう現実主義な私。
Posted by ブクログ
實成君は、印刷会社に勤める会社員。父の葬儀のあと得体の知れないもやもやとしたかたまりが、時々自分にまとわりついてきた。もややんと名付けた、そのもややんがきて眠れないとき、夜に近所を歩く事にした。
会社の同僚の塩田さんと、連れの中学生の女の子熊と夜散歩をするこになる。段々と、歩く連れが増えていく。
善く生きろと父は言う。他人の目、評価を気にして自分を偽って生きてきた實成くんは、少しずつ自分を取り戻していく。
Posted by ブクログ
父親を亡くした会社員・實成(みなり)が夜の不安(「モヤヤン」)を払うため夜道を歩き始め、同僚や元カノなど、それぞれ悩みを抱える人々が深夜の散歩を通じて繋がり、日常の「なんかへん」を共有し、前に進むきっかけを見つけていく物語です。大きな事件は起こらず、淡々とした夜の散歩と交流の中で、ささやかながらも大切な気づきや癒やしを見つけていく再生の物語が描かれています。
Posted by ブクログ
この心地よい集まりはいつまでも続くものではないんやろうとまず思う。満たされた人は自然に離れていくやろうし満たされなくても細い絆の集まりなんでちょっとしたことで切れてしまうやろう。そんなせつなさを内包しながらも補完し合っているうちにそれぞれの夜道に月が出たらええなという話。
自己の価値観を正しいとして押しつけてくる人々は実はそれこそが究極の「悪」やとは気づかないまま他者に澱を溜めさせるので深夜の散歩はその掃除でもあるんやろう。実のところ自己の価値観と他者の価値観は常に違うということさえ皆が理解しようと努力すればだいたいは改善できるんやろうけどそれが人には難しい。この話もスカッと終わるわけではないけれど少し満たされた感はあります。
■深夜の散歩についての簡単な単語集
【亜子】實成に懐いている姪。秋穂の娘。
【伊吹さん】實成の元恋人。会社の二年先輩だった。後に深夜の散歩グループに参加することになった。表紙カバー絵の右から二人目の白い服の女性かと思われる。《二度と行けない場所があるって、なんかよくない?》p.186。
【えび】アルゼンチン産のえびの生涯に思いを馳せていた實成の好物だがうっかり「よく見たら虫みたいだな」と思ってしまった。僕はずっとそう思ってます。生物としても節足動物やから類縁やし。関係ないけど、吉行淳之介さんがどこかで、虎も海老も見たことがなかったら海老を見てこれが虎やと思うやろうと言うてはった記憶があります。實成の今年の目標はえびの背わたを上手に取ることになったらしい。
【奥本幾太郎】實成が今暮らしているアパートの大家さん。父の知人で紹介された。
【奥本真翔/まなと】實成の小学生の頃のクラスメートだった。わりと完璧な少年だった。奥本家は新興宗教にハマっていて彼の母と祖母は「見える人」だったのでいろいろ相談を受けたりして裕福だった。
【お隣さん】實成の部屋のお隣さん。男性。顔を見たこともないがベランダでときおりコミュニケーションをとっている。猫の「センザイ」を飼っているのかもしれない。寒いベランダでシーフードヌードルに黒コショウをゴリゴリかけて食べるのが好き。
【熊】塩田さんと同居している中学二年生の少女。一緒に深夜の散歩をしてる。何か事情はあるのだろう。名前を聞いたらエリザベート・ネコスキー一世だというのでいろいろあって「ザベ子さん」になったが本人がさん付けを嫌がるのでザベ子となった。その後さらに「熊」という名前になった。かつて塩田さんが交際していて別れた檜山という男の娘。ドクターペッパーが好き。大阪ではあんまり見かけへんけどなあ。コーラっぽく見えるけど違うらしいというのは聞いたことがある。表紙カバー絵の右手前にいてる黒髪ロングの人物が熊やと思われる。
【ザベ子】→熊
【塩田さん】塩田有希子(うきこ)。伊吹さんの後任。四十代か五十代の女性。スーパーで糸で編んだ青い花をたくさん落としていた。ザベ子とともに深夜の散歩をしていた。實成くんのことを「いつもちょっと悲しそう」と言った。《すべての物事にたいして一定の精神的な距離を保っている印象がある。》p.39。表紙カバー絵のいちばん左にいてる人物やと思われる。
【自由】塩田さん《もう何者にもならなくていいって、自由だね》p.229
【深夜の散歩】ゆるいが「チーム深夜の散歩」みたいなグループができた。實成、塩田さん、熊、伊吹さん、松江さん。昔、『深夜の散歩』というミステリ案内した出版されました。福永武彦、中村眞一郎、丸谷才一さんが著者でした。参考にしてけっこう読みました。
【説明】熊《みんな、すごい説明をほしがる。わたしを理解しようとする。でも頼んでないし。理解してくれとも寄り添ってくれとも言うてないし。》p.92。實成《なんか違う、と思う。でもなにがどう違うのか、うまく説明できない。「説明できなさ」は澱のようにたまっていくもので、ほうっておくと確実に心を汚す。》p.124。この二つの「説明」はちょっと違うかもしれない。他者を自分の理解できる枠内に嵌め込んでしまおうとする指向と、自己を見定めようとする指向とモヤモヤがそのまま残っていることの危険と。
【センザイ】お隣さんの飼っているかもしれない猫。實成は当初「洗剤」かと思ったが「千載一遇」の「千載」らしい。
【旅】もっちゃん《どこにも移動せずに、旅をする人もいるんだよ》p.235。
【永瀬さん】無口な女性社員。毎年二月十四日に男性社員全員にチョコレートを配っている。ホリゾンタル印刷の社員は八十四名、うち女性は社長と社長の妹である専務を入れて十名なので男性社員数は七十四名。なんぼ小さいチョコであってもけっこう大変やわ。
【謎スペース】ホリゾンタル印刷の正面玄関から食堂にかけての長い廊下の途中にある無駄に広い空間。かつては卓球台が置かれていた。
【ビジネス】《「ビジネス」の現場というものは自分が思っていた以上にウェットで、さまざまなことが個人の感情や思惑で動くものらしい》p.18
【檜原】ザベ子の実父。かつて塩田さんと交際していたが他に好きな女ができて別れた。
【変質者】夜一人で歩いている女性に近づいてきて「髪の毛をくれ」と言う。自治会による自警団ができたりしたので深夜の散歩族にとっては邪魔。
【へんな人】《へんな人は、時間に関係なくいる。》p.115
【ホリゾンタル印刷】實成が勤めている。副業禁止だが給料が安く守られてはいない。
【まじめ】《「まじめ」が悪口になる世界は間違っていると思う。》p.154。
【松江さん】塩田さんとこの管理人さん。困っている人を見過ごせないタイプ。頭に傷がある。表紙カバー絵の左から二番目の男性かなと思う。
【みけねこ洋菓子店】見逃すような小さい看板、21:00〜4:00という不可思議な営業時間。
【實成冬至/みなり・とうじ】主人公。大阪在住。上に春香、夏生、秋穂がいる末っ子。秋穂の娘の亜子に懐かれている。母は健在だが父は肝臓を病んで今年の五月に亡くなった。実家は滋賀の大津にある。父の口癖だった影響か「善く生きたい」という願いを抱いている。モヤヤンの勢力が強くなると深夜の散歩をすることにしている。表紙カバー絵の真ん中の空を見上げてる人物やと思われる。最初女性かと思ったが消去法で。
【飯もり子】SNSでひたすら知育菓子をつくる工程を撮影した動画を投稿している謎の人物。實成はよく見てるようだ。實成は伊吹さんではないかと疑っている。根拠は指輪が似てること。
【望月ピアノ教室】實成が子供の頃通っていた。なぜか楳図かずおと日野日出志の漫画が豊富に揃っていた。
【もっちゃん】望月ゆうな。望月先生の孫。實成は恋愛関係に発展させたいと思っているが難しそう。なんかとても忙しいらしい。
【モヤヤン】父の死後、實成につきまとってるあれ。實成がじっとしていると存在が大きくなり部屋いっぱいに広がることもある。古い服を捨てようとしたら気配が遠ざかった。名前をつけたら正体不明でなくなるという理由でもっちゃんが「モヤヤン」と名づけた。その瞬間、實成はもっちゃんに恋した。
【理解】《でも理解できないからと否定するのも違う。》p.190。
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主人公のよく考えるところが好き。最後にウォーキング仲間がバラバラになるのはさみしい。根っこの部分では繋がっているんだろうけど、これからも関係を継続してほしいなーと思った。
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ただ生きていくことは、旅のように流れ移ろい行くのかもしれない。同じ闇を抱えているように見えたから、いっときだけ一緒に歩き、救われる人もいる。が、必ずしも、そのひとたちと一緒に生きていくのが正しいわけではない。
そして、人が変わっていくことに、何か大きなきっかけが必要なのではないと思った。だから変わりたい時に大きなきっかけを求めなくてもいい。そんな気がした。
Posted by ブクログ
何か大きな出来事があるわけではなく、誰にでも起こりうる日常を描いた作品なんだなと思った。
主人公で語り手の實成は、人に流されず、自分の気持ち、考え、抱いた違和感など、機微を大切にしていて、そして言葉も選んで会話ができる人で素敵だなと思った。
塩田さんとの最後のシーンは、2人の会話がとても素敵で、互いのことを深く理解しあっていることが伝わってきて感動した。
ただ「もっちゃん」はそこまで作中で触れられてなかったので、最後いきなり話が飛んだような、少し気持ちがついていけなかった。
そして真面目で大人しい人だと思ってた伊吹さんはいろいろ大変だった……實成への嫌がらせはさすがに酷いと思った。
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納得できないなら誰かの親切をありがたく受け取る必要はない、違和感を感じているなら距離をとってもいい、皆に合わせようとして無理する自分を嫌いになることなんてない。時には誰かの手を借りつつ、誰より一番近くにいる自分の声を聞いてあげようと思います。
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人は誰もが不安(モヤヤン)を持っている。
それに流されたり、流されてそれに合わせることが居場所に思えたり、気づかないフリをしたり、人に押し付けたり、人のそれに土足で踏み込んだり‥
それを振り払う手はあるし、差し伸べてくれる手もあるけど、最後に踏み出すのは自分。踏み出せば変わっていく。そして差し伸べるよりも、側にいて存在や生き方を認めることこそが、周りの人の役目かもしれない‥
ほんわり暖かい登場人物の、ほんわかな話だけど、ゆるく優しい中に、ものすごく強い芯が胸に残る話でした。
「いつも月夜に米の飯」深いなぁ。
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夜に散歩する人たち。わだかまりや譲れないものを抱えて歩き続ける。でも最後には離れていく。いつも月夜ばかりではないし、月がなくても歩ける、あなたは別の人と歩くべきという塩田さんのラストの言葉が良かったなあ〜。一時、とても心地良い仲間のようになったけど、この散歩を通して変わっていった彼、彼女たち。変わらないものなんてないんだな。
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主人公と散歩仲間たちとの交流が描かれている。それぞれが抱えてる問題が少しずつほぐれていくのが心地よい。
伊吹はちょっと性格悪いなと思った。