寺地はるなのレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
寺地はるなさん作品2冊目。本作もみずみずしくも深くじんわり心に残る文章が多く、メモが止まらなかった。
なかでも道のまっすぐで誰にとっても分かりやすい言葉に、ハッとする場面がたくさんあった。
ガラス工房を営む兄妹。兄の道はコミュニケーションが苦手で、協調することができない。妹の羽衣子は、何事もそつなくこなせるが個性を見つけられずにいる。正反対のふたりの物語。
「なんでも許されると思ってんのか、それは世間への甘えとちゃうんか、みんなお前よりがんばってんねんぞ」
苦手なことがたくさんある道に対する、この言葉がずっと引っかかっていた。
どうしてこの人は、道がどれほど頑張っているのか分かるんだろ -
Posted by ブクログ
あんなすごい作品書く人はどんな人なのか、私はそういうことがとても知りたい類の人間なので、エッセイが出ると待ってましたとばかりに読む。
初めは寺地はるなさんも普通の主婦であられたのか…と読んでいたら、やはり、ん?!という記述にぶち当たる。(当然)ただものではなかった。
言葉えらびの鋭さに打ちのめされる一方、気さくな語りかけに安心したりする。
一日中、起きている時はいつも小説のことを考えながら生活していて、その中で家事をこなすということの失敗談もあるが、そこから生まれる発想の転換、哲学とも言える考え方の方向がわかってとても面白かった。
しかも、共感できる価値観が多かったのも、自分にしてみれば意外だ -
Posted by ブクログ
実際に三葉みたいな子がいたら『なんか面倒くさいなぁ』と思ってしまうかもしれない。友達にはなれないかもしれない。でも作品の中の三葉に共感出来たり出来なかったりしながらも気になってサクサク読めてしまい一気読み。
物語が面白いだけではなく、気づかされることがたくさんあって最終的には三葉がとても愛おしく感じられた。彼女は自分自身ができること、出来ないことをよく知っていてそれを受け入れている。ある意味とても強い女性だと思った。
私自身の経験から思うに、常識や暗黙の了解というのは自分の周りの環境によって都合よく変化する。それを私たちは気づいていないことが多く、自分は常識やマナーを守って行動しているような気 -
Posted by ブクログ
寺地はるなさんの『やわらかい砂のうえ』を読み終えた。
ページを閉じた瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなるような、そんな読後感に包まれた。
「やわらかい砂のうえ」が意味するもの
タイトルの「やわらかい砂のうえ」。
これは主人公・万智子の言葉で、「心もとない」ことの例えだ。
足元が定まらない、一歩踏み出すたびに沈み込んでしまいそうな不安定さ。私たちが生きる日常は、まさにそんな「やわらかい砂のうえ」なのかもしれない。
確固たる正解などどこにもなく、常に揺らぎながら歩いていく。そんな不確かさの中で、どうやって自分らしく生きていけばいいのか。この作品は、そんな根源的な問いに真摯に向き合っている -
Posted by ブクログ
寺地はるなさんの『こまどりたちが歌うなら』を読み終えた。
正直に言う。
この本を読むのは、とても辛かった。
大好きな作家さんの作品なのに、はじめて「早く読み終えてしまいたい」とさえ思ってしまった。それほどまでに、この物語は容赦なく私の傷口を抉ってきた。
表紙に騙されてはいけない
可愛らしい表紙。
どこか温かみのあるタイトル。
手に取ったときは、きっと心温まる物語なのだろうと思っていた。
だが、ページをめくった瞬間から、その予想は裏切られた。
この作品は、容赦なくリアルな社会の現実を突きつけてくる。優しさで包まれた物語ではなく、私たちが目を背けたい「職場の闇」を、まっすぐに照らし出 -
Posted by ブクログ
寺地はるなさんの『大人は泣かないと思っていた』を読み終えて、しばらくページを閉じられなかった。
九州の山々に囲まれた田舎を舞台に描かれる、何気ない日常の中に潜む人生の本質。
この作品は、私たちが普段目を逸らしがちな問いを、静かに、しかし確実に突きつけてくる。
田舎という舞台が映し出すもの
物語の舞台は、九州の山々に囲まれた小さな町。
都会の喧騒からは遠く離れた、時間がゆっくりと流れる場所だ。
しかし、その穏やかな風景の下には、目に見えない「空気」が重く漂っている。
古い価値観、世間体、「みんなと同じ」であることを求める圧力。
田舎特有の閉塞感が、登場人物たちの人生に影を落として -
Posted by ブクログ
はじめに
寺地はるなさんの小説『月のぶどう』を読み終えた。
ページを閉じた瞬間、胸の奥に小さな灯りがともるような温かさが広がった。
これは、夢を追いかけることの美しさだけでなく、夢を持てなかった人、夢に破れた人、そして「何者かになりたい」と願いながら何者にもなれなかったすべての人へ向けられた、優しくも力強いエールの物語だ。
物語の舞台と登場人物
物語の中心にいるのは、双子の姉弟──姉の光実と弟の歩。
二人が生まれ育ったのは、家族経営の『天瀬ワイナリー』。
代表を務める母、経理を担当する父。ワイナリーは二人にとって生活の場であると同時に、それぞれの人生を形づくる大切な舞台でもあった。 -
Posted by ブクログ
読み終えた今、胸の中に温かいものがじんわりと広がっている。
この物語の舞台は「ほたるいしマジカルランド」という遊園地。
そこで働く人々の日常が、丁寧に、そして愛情深く描かれている。
⸻
◼︎人の心を見通す作家の眼差し
読みながら何度も思った。
寺地はるなさんは、何故こんなにも他人の感情が分かるのだろう、と。
登場人物たちの喜びも、悲しみも、迷いも、葛藤も。
その全てが、まるで自分の心の内を覗かれているかのようにリアルで、切実で、そして優しい。
寺地はるなさんの作品はいつも私に大切なことを教えてくれる。
今回もまた、たくさんの宝物のような言葉に出会うことができた。
⸻
◼︎こんな -
Posted by ブクログ
ページをめくる手が止まらなかった。ガラス工房を営む兄妹の物語──それも、骨壷を作る二人の静かな日常を描いた作品だ。透明で繊細なガラスのように、登場人物たちの心の機微が丁寧に描かれていた。
「道」という鏡
主人公の一人、「道」に私は自分を重ねずにはいられなかった。
「道」は34歳の兄だ。妹と二人で工房を切り盛りしている。
彼は恐らく発達障害があり、あいまいな言い回しが理解できない。臨機応変な対応が苦手で、予想外の予定変更に対応できない。何もないところでよく転んでしまう。他人の気持ちが分からないことも多い。その姿が、痛いほど私に似ていた。
でも、彼はとてもまっすぐで優しい人なのだ。
-
Posted by ブクログ
ほたるいしマジカルランドという遊園地でのお話。
前回夜が暗いとはかぎらないでも思ったのですが、登場人物がたくさん出てきます。前ほどではないし、そこで働く人達のお話。
名前を覚えるのが苦手なわたしの脳が頑張りました笑
ほたるいしマジカルランドにいけば働いてるんだってリアルに感じられるような背景、人物像がしっかりあって、皆好きで働いてる訳ではない、でもちゃんと責任持って仕事をして生きてる。
ちょっと苦手だなって思う人物もちゃんと背景を知るとそういう部分もあったから、今があるのね。と思ったり。
人を知るためにはどちらからともなく、1歩踏み出してみないと良いも悪いも分かりませんよね。
寺地はる -
Posted by ブクログ
「わたしはなんにでもなれる」は前進させるコトバであり、心を引っ張る呪いのコトバでもあった。
寺地はるなさんの紡ぐ物語がわたしはやっぱり好きだなぁと、読み終えてすぐにそう思う。
自分も含めて上手くスマートに生きたいと思いながら、もがいている不器用な登場人物達が、劇的に何かが変わることがなく少しずつ勇気を出して前に進んでいる姿を感じることが出来るから。
この作品は、「発達障害と才能がセットに考えられているのがおかしい」ことにも触れられている。
何かが出来ないから、何かの才能はあるハズだ。物語風にしたらこれは定石であるが、現実的には違う。いや、そうであってはならない。
自分はこの世で自分だけ。
自