あらすじ
カフェの店長として忙しく働く清瀬は、恋人の松木とすれ違いが続いている。関係がこじれた原因は彼の「隠し事」にあると思っていた。そんなある日、松木が怪我をして意識が戻らないと病院から連絡を受ける。入院中の松木の家を訪れ、彼が隠していたノートを見つけた清瀬は、すれ違いの「本当の理由」を知ることになり――。‶当たり前〟に埋もれた声を丁寧に紡ぎ、他者と交わる痛みとその先の希望を描いた物語。
解説:瀧井朝世
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
少しずつ読み進めていたけれど、終盤からの展開が面白くて一気に読み進めてしまった。
他者との関わりや障害への理解の難しさを掘り下げながら展開される物語。主人公が恋人の抱える秘密を追っていく過程は価値観の違いや共感・理解の難しさを丁寧に描いていると感じた。
発達障害への理解が広がった現代だからこそ、「知っている」ことで生まれる余計な配慮や先入観が、当事者を苦しめてしまう側面もあるのではないかと思う。人は簡単に「
Posted by ブクログ
2023年の本屋大賞ノミネート作だったらしい。
どこらがそこまで良いのかはよくわからないけれど、私はなんとか読み終わったなぁという感想。松木くんが意識を取り戻すまでが長くて単調に感じられてしまったのと、樹くんが意識戻ったらしばらくして松木の意識が戻ったのが現実的ではないように感じたのと(医者なので仕方ない)、最初「清瀬」が男だと勘違いして読み進めて、え?婚約者?は??男同士で結婚?いや良いんだけど、そもそも唐突に恋人出てきたな、いや男性同士で誰もつっこまない世界??ってなって、あら女の人でしたかなんてやってたので、最初から物語に入れなかったためかと思われる。
女性男性名は分かりやすくして欲しいなと思った。
清瀬はオシャレなカフェの雇われ店長だが、3月のある日恋人の松木が喧嘩して倒れ、病院に運ばれた。喧嘩していた相手は小学校からの友達の樹で、ふたりとも意識不明のままだ。清瀬は最近、喧嘩をして松木と会っていなかった。なので、何が起こったのかわからない。
1月に遡る。松木は樹の恋についてきかされていた。樹の働く弁当屋に弁当を買いにくる天音さんに恋をしたらしい。近くの公園で会った時に、樹は文通して欲しいと天音に言われるが、樹は識字障害だった。樹は松木に字を教えて欲しいと頼まれる。
7月になっても松木は意識不明のままだった。清瀬は篠ちゃんとカフェに出かけた。刑事さんがやってくるというので、清瀬のうちに2人で帰る。実は殴りあっていたわけではなく、天音さんの同棲していた男に殴られていたことがわかった。そしてその男は清瀬の店に来て清瀬を同定していたことがわかる。気をつけてと刑事に言われるが、何を気をつければいいのだろう。
Posted by ブクログ
本屋大賞ノミネートぶりなので、3年ぶり。
当時読んだ時よりも更に深く刺さったな〜
そして前も思ったけど、読んでよかった本当に。
これを読んで、まったく他人の話だ、自分には関係ないって思う人は居ないんじゃないかな?
一度読んでいるはずなのに、
この3年でやっぱり意識から遠ざかってたことが多々。
改めて自分は"川のほとりに立つ者"だと思うし
あああ反省だ、反省だぁぁと思いながら読んでた。
あと良い人、嫌な人の話。
全面的に「良い」人ってのは絶対居ないよなと共感、、、絶対「良い」人になりきれないと現実突きつけられてる。
でも自分以外の誰かの、明日が良い日になりますようにと祈ることはできる。
好きな本だな〜寺地はるなさんの作品読みたい!
Posted by ブクログ
人と接するときの考え方について改めて見つめ直すキッカケとなるような内容だと思う。自分も気をつけようと思っていることだが、それでもどこかに思い込みや決めつけを抱いて人とコミュニケーションをとっているのかもしれない。難しい、とても。
だから本作の諸々も難しく感じ、理解しようと頭を悩ませていたのだと思う。
僕は水底に沈む石の数を知り得ない。知ろうともしていない?もしかして川のほとりにすら立てていない?まずはそこから。
ちょっとずつでも考え方を変えようと思いました。
また感化されてる。でも、きっとまた読もう。
Posted by ブクログ
すごく考えさせられるお話でした。っていうと薄っぺらく感じますが、色んな登場人物から色んな気づきを感じました。
読むのは寺地はるなさんの作品は5作目なのですが、なんか今までとは違うこれから何が起きるのか?と思わせる始まりで、2人の視点でストーリー展開していくのですが、
川のほとりに立つ者は、水底に沈む石の数を知り得ない
というフレーズが何度か出てきますが、これがとても深く、人間とはやはり難しいなぁと思います。
あんまり話すと内容に触れてしまうのでぼんやりな感想になりがちですが、
善意が必ずしも相手に伝わるとは限らないですよね。あと、無知であるという事で相手を知らずに傷つけてしまっているなど。
とある1人の女性に対してどう思うか…
ですが、わたしはなんとなくわかるような気がします。というのも分かった気になってるだけかもしれません。
わたしも家庭は恵まれていたかもしれません。
金銭面とかではなく、わたし個人を尊重してくれるという意味で。
でも、友人などでは恵まれてこなかった為、羨ましく思う部分もありました。
でも、今自分が置かれている環境が小さな事でもなんでも感謝だなぁとつくづく思わされます。
Posted by ブクログ
一気に読んでしまいました。
心の痛みや歪みに正面から向き合っている作品だと思います。
手を差し伸べられた人間はすべからく感謝し、他人の支援を、配慮を、素直に受け入れるべきだと決めつけていた。歪みを抱えた者はみな改心すべきだと。
これこそがいちばんの罪かもしれないと。
主人公のこの思いに、激しく共感しました。私も反省しなければ!
Posted by ブクログ
先が気になり一気に読んでしまいました。
人それぞれの背景を考えたり自分の見えているものだけが全てじゃない、そう思いました。
ハッとさせられることが多く自分も気をつけないといけないなと考えさせられました。
Posted by ブクログ
−川のほとりに立つ者は、水底に沈む石の数を知り得ない。
本作を読んだ後にこの文章の意味を深く考えさせられる。
思いを言葉にできない表現がたくさんあって言語化のすごさを感じた。
Posted by ブクログ
自分から見えている部分は、その人全てではない事。普段の生活すら変えられる本だと思った。見えているものが全部じゃない。
例えばいつも不機嫌な身近な同僚だって、何かしらの理由があるのかもしれない。『不機嫌』だって、私が思っているだけかもしれない。私がその人を決め付けたらいけないよな…。反省してしまった。寺地はるな先生の本は以前も読んだけど好き。
Posted by ブクログ
男女のすれ違いの奥にある真実を丁寧に描く物語。
清瀬は松木のことを知ろうとしすぎてしまったが、松木は家族と不仲、いっちゃんは字の練習をしてることを誰にも知られたくなかったし、清瀬も相手に対してそういう背景があるかもしれないと、配慮する必要があった。
清瀬の考え方について、犯罪者のニュースを見てこんなことする人がいるなんて有り得ないだとか、こんな字の汚い人考えられないと言ってしまうのは、「自分はそうではないとして、切り離そうと考えている」という言葉にハッとした。
手を差し伸べて助けようとしても、真っ直ぐに喜んでくれる人だけがいるわけじゃない。天音の「助けられたら感謝しなきゃいけないんですか?」や、「優位に立とうとしている。」には考えさせられるものがあった。
Posted by ブクログ
中盤まではあんまり面白くないかもと思っていたのと、清瀬にめっちゃイラッとしてたのですが、後半戦すんごく面白くてぐぐいっと引き込まれました。見方を変えれば真逆ってこと考えないとな… すごい考えさせられます。
Posted by ブクログ
本当の意味でその人を理解するとはどういうことかを考えさせられた。発達障害について知る人は増えたけれど、逆に発達障害だと知ったからこその不必要な配慮が相手を傷つけることもあるよなと思う。
その人の性質や性格は、生きてきた環境に左右される部分が大きい分、恵まれた環境で生きてきた自分には分からない苦しい過去を乗り越えて何とか生きている人がいることを覚えていたいと思った。
Posted by ブクログ
29歳、カフェの女店長の清瀬。
意識不明になった恋人の、隠していたことの真実に、少しずつ向き合っていく。
29歳で、こんなにしっかりと物事を考えて、大人な対応ができる人ってどれくらいいるんだろう。
そんなことを思いながら読んでた。
同じ境遇にならない限り、もし自分だったら、と想像するのは難しいけれど、同じような態度は取れない気がした。
Posted by ブクログ
よい小説だった。
映画化されるらしいのでそれも観てみたい
天音のことが許せない気持ちがあったが、読み進むうちに自分の中にも天音がいるかもしれないと気づく
さらに言えば小瀧もいるし、もちろん清瀬も青木くんもいる
篠ちゃんの言う通り、濃くなったり薄くなったりするだけなのだろう
「明日がよい日でありますように」で締めくくられる解説に、自分もその言葉が言えるようになりたいと願う
Posted by ブクログ
話し合うことがいかに大切か教えてくれる小説。
言えないこともあると思う。それでも伝えるべきことは伝えないとね。信じたい人を信じれる自分でありたい。
Posted by ブクログ
隠し事をしていると思い距離を置いていた恋人が意識不明に
主人公・清瀬が隠し事の内容やその殴り合いの真相を知っていくお話
自分に見えてる部分が相手の全てだと思っていないか?
相手の立場で考えることが苦手な私には痛い内容だった
Posted by ブクログ
展開が気になり、一気に読めた本。
考え方の根本が主人公に似ている気がして考えさせられた。
自分がこうしていられるのはたまたま運が良かったということ。
清瀬の天音さんとのかかわりが、親切の押し売りみたいで、案の定天音さんに跳ね除けられるわけだけど、そうしてはじめて清瀬の心に「川のほとりに立つ者は」が腑に落ちたのが痛いくらいにわかる。
優しい人であることが正しいわけではないと言う感じがすごく自分に刺さった。私はいかにも上っ面の優しい人なんだなぁと思い知らされる。
川の底の石の数はわからなくても、これからは少しでもわかろうとする人になりたい。
Posted by ブクログ
友人Aの勧めで読んだ本。
寺地はるなさんの本はおそらく初めて手にしたが、書き振りがその友人のかんじがすごくて、好きな小説を自分で手繰り寄せるってこういうことかーすごいなあって思った。文学作品が中に出てくるところや、「川のほとりに立つ者は」の続きの言葉。
全体的に、その面から見ただけじゃ知り得ない事情だったり、見えない思いがあるんだよね、それを想像できますか?できたとして、どうしますか?っていう問いがずっとあった。それは、男だから、女だから、努力不足だから、発達障害だから、恵まれてるから、恵まれないから、など、川のほとりに立つ者から見ればそうやって決めつけられることも、川底の石の本音とは違うことが思ったよりもたくさん(今回はほとんどの登場人物に主人公から見た印象との差があった)ある。じゃあ本音を聞いたら解決するのかというとそれも違って、自分の想像できる範囲より広い宇宙があることを受け入れる、みたいな姿勢とか、そこに働きかけたことが失敗でもそのままにしておく、のような考え方ができるようになったらすごいよね。と言われているのかなと捉えた。
最近そういう、簡単にまとめると【多様性】みたいなものを高解像度で見始めたことによるモヤモヤを描く話によく出会う。朝井リョウの「正欲」もそうだった。もちろん以前にもそのモヤモヤを感じる人はたくさんいただろうが、それが言葉にされてたくさんの人に共有されているということなのかな。
あと最後の天音ちゃんと隣を歩く女性のシーンがとても好きでした。
Posted by ブクログ
作中にはっきり出てくるADHD、ディスレクシアだけじゃなく、登場人物それぞれに何かしらあるのだろうなという印象。
なので、割と情報量が多いなというか、発達障害にすごくフォーカスしてるなと思った。ここまでフルメンバー揃う環境も逆になかなか難しい。
発達障害盛りだくさんとはいえ、薄っぺらさを感じることもなく、それぞれの人物像がきちんと見えるものだった。
障害があると先に言っていたら何なんですか?という彼女の言葉は、本当にその通りだと思う。
先に情報を与えられたら、そのフィルターを通してしか見ない、接しない人もいる。
それを知って一緒に手立てを考えてくれようとする人の方が少ないのではないか。
障害や病気を憐れんでほしいわけじゃないし、むしろそれを言い訳にしたくない当人にとってはあえて説明したくないだろうな、と。
全体的に物語の進み方もおもしろく、休日に一気読み。
わたしも、川のほとりに立った時、川底の石を分かろうとする人間になりたいと思った。
Posted by ブクログ
読んでて胸が痛くなった。
他人の全てを理解することは難しいよねって改めて思った。みえるものが全てじゃないからなぁ。
伝えることって難しいよね。
だけど寄り添える人間でいたいな。
Posted by ブクログ
私も人の話を聞く時は、言葉を選び、相手の気持ちに寄り添っていたつもりでしたが、もしかするとそれは、結局自分の尺度で相手を理解していたつもりだったのかもなと気付きました。
初めて寺地はるなさんの作品を読みましたが、とても読みやすい文章で一気に読めました。
ーー川のほとりに立つ者は、水底に沈む石の数を知り得ない。
この言葉を胸に抱えつつ、「明日がよい日でありますように」と願える人でありたいです。
Posted by ブクログ
初読みの作家さん。
なかなか深い所を突くなあと、予想以上に心に響く。
仲が良くてもそうでなくても、人間同士の心の機微の複雑さを細かく深く描写している。
そんな鋭さと繊細さを持った作品だなと思う。
かなり大まかではあるけれど、
「相手を助けたいと思って行動したとしても、相手にとってみたら迷惑で不快だった」という事ってあると思う。
偽善とかそういったものだけでなく、逆に相手を傷つけてしまった場合…とか。
いろんなタイプやパターンがあると思う。
人の心って難しい。
そして心は相手によって様々。
それでも誰かの幸せを思う気持ちって、何より希望に満ちてて温かいものだなと思う。
私はこの物語に温かいものを感じた。
Posted by ブクログ
カフェの若き店長・原田清瀬は、
ある日、恋人の松木が怪我をして意識が戻らないと病院から連絡を受ける。
松木の部屋を訪れた清瀬は、彼が隠していたノートを見つけたことで、
恋人が自分に隠していた秘密を少しずつ知ることに。
乱暴な言い方をすれば、誇大妄想に近い勘違いとすれ違いの話。
正直、登場する人物の大半に感情移入できない。
それはきっと自分の中で勝手に「正解」を決めてしまっているからだ。
その自分の中で勝手に決めた「正解」にどの人物も当てはまらない。
だから、感情移入することができないのであろう。
つまり、それだけ自分が誰かを知らずに傷つけているということだ。
ある一点の見方も角度を変えれば違ったものに見える。
まさにそのことを思い知らされる作品。
無知は一番の罪だとよく言う。
だがそれは、本当に無知だからという理由だけなのだろうか。
この作品に込められた深みが、とことん胸を突き刺してきた。
勧善懲悪を求めている人にはお勧めできない作品かもしれない。
Posted by ブクログ
元彼が意識不明と連絡を受けて、勢いで婚約者として関わることで、彼と喧嘩した原因の真実を知る。
発達障害、識字障害。
人にも出来事にも表と裏があって、表ばかり見て批判してしまうけど裏を知ることも大切、と感じた作品。
Posted by ブクログ
「わたしは『ほんとうはいい人』とか、「ほんとうは嫌な奴』みたいな言いかた、嫌いや」「ほんとうの自分とか、そんな確固たるもん、誰も持ってないもん。いい部分と悪い部分がその時のコンディションによって濃くなったり薄くなったりするだけで」。
その通りで喰らった。
Posted by ブクログ
あなたの明日が、よい日でありますように。
いい言葉だ。あたたかいものが心に沁み渡るような感じがする。
日々生活していると、たまに自分はひとりだと感じることがある。どうすればいいのか分からず途方に暮れたとき、何をしてもなぜか上手くいかないことが続くとき、自分 対 世界というような意識に陥ることがある。ひとりの力で、この先の見えない世界を切り開いて行かなければならないのではと怖くなる。
けれど、誰かが自分の明日を「よい日でありますように」と願ってくれていると思うと、途端に心強くなる。その誰かが大切な友人や家族であれば、より一層。
そうして思い出す。友人や家族も、同じ季節の同じ今日を生きていて、みんなそれぞれ寂しかったり悲しかったり、何かと戦っていたり打ちのめされたりしているのだと。
それもまた、私を心強くさせてくれる。みんなが同じ道を歩んでいるわけではないけれど、みんなそれぞれの人生に向き合って戦っていることに気づけるから。
あなたの明日が、よい日でありますように。
お守りみたいな言葉に出会えただけでも、読めてよかった。
Posted by ブクログ
一瞬の人の行動や表情で、『この人はこういう人』というラベルを貼って、そのラベルは変わらないと信じこんでしまいがち。
でも、それはその人の一部分だけを見たに過ぎない。
ラベルの反対側もあるし、ラベルの内側もあるし、そもそもラベル自体も正面から見るか、左側から見るかで見え方も違う。破れてる箇所や膨らみのある箇所もあるかも。
そんなふうに人を見て、見たものも受け入れていくようにしたい。