あらすじ
カフェの店長として忙しく働く清瀬は、恋人の松木とすれ違いが続いている。関係がこじれた原因は彼の「隠し事」にあると思っていた。そんなある日、松木が怪我をして意識が戻らないと病院から連絡を受ける。入院中の松木の家を訪れ、彼が隠していたノートを見つけた清瀬は、すれ違いの「本当の理由」を知ることになり――。‶当たり前〟に埋もれた声を丁寧に紡ぎ、他者と交わる痛みとその先の希望を描いた物語。
解説:瀧井朝世
感情タグBEST3
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Posted by ブクログ
また時間をあけて読み返したいと思う作品。
『川のほとりに立つ者は、水底に沈む石の数を知り得ない』
目に見えるものが全てではないし、差し伸べられた手を
とって感謝されることも当たり前ではない。
それでもその人の明日がよい日になればと
祈ることはできる。
自分の恵まれた環境や立ち位置は決して当たり前ではなくて
偶然の上に成り立っていること。
これはこれからの人生で忘れてはいけないなと思いました。
人との寄り添い方を教えてくれるそんな一冊でした。
Posted by ブクログ
あたたかいけれど、残酷な現実を改めて見つめ直させられる感じ。とても新しい、答えが出ないタイプの作品だった。物語だからといってなんでもかんでもうまくいくように作られる作品も多いけれど、現実はそうじゃない。自分自身も知らぬ間に偏見を抱きつつ、人に接していたのかもなと考えさせられた。私も、清瀬と同じように心のどこかでは、手を差し伸べられた人は素直に受け入れるべきだと決めつけてしまっていたと思う。
Posted by ブクログ
想像豊かな人はその分傷つくことが多いし、自分が想像して傷ついただけで何も変えられないことが世の中には沢山あるけど、それでも色んな視点を想像して、知ろうとできる人でいたいなー!と思ったけど、最近の私は子どもが入院生活送ってたり、亡くなったり、海外で貧しい生活をしてる子どもと出会ったりしても、休みの日にはふつうに笑って生活できる自分を知って悲しくなったり、でも悲しんでも何も変わりはしないし、それなら休日は思いっきり自分のために生きて、安全な看護できた方がいいしーーとかも思ったり、、まぁどんな自分も受け入れていくしかない!となったのと、品川さんは、これまでに周りの人が当たり前に受け入れていたら最初から自分のこと伝えられてたのかなーって思った、、結論、想像する!でも自分が傷つきすぎない、でも、周りの人は傷つけないよう想像する、!ただ、想像してもどうしようもないこともいっぱいあるんだよなーーでも出来るだけ多くの人がいい日になりますよーに!
がんばり屋。それは清瀬の長所だ。でもたまにその長所はそのまま、他人への狭量さという短所に変わってしまう。
そういうのを浅はかやとか努力が足りんとか言う人は、その状況におらんかった人や。俺はそういう批判はしたくない。「その場を乗り切る」を繰り返して生きてる人っていっぱいおるやんか。
蝉の死骸など目にとめることなく歩けるほうが、あるいは目にとまっても別段心を動かされぬ人間のほうが、人生はたぶんずっと容易い。それでも清瀬は、これからも蝉の死骸に気づく人間でありたい。願わくば岩井さんのように、自分以外の存在の悲しみに思いを馳せられる人間になりたいとも。無神経に他者を踏みにじるよりはずっといいはずだ。
清瀬が「そんな人間」にならずに済んだのは清瀬自身が努力したからではない。恵まれていただけだ。
これまで、鍵多の美しい物語を読んできた。傷ついた人びとが他者に救われ、再生する物語に、幾度も涙を流してきた。物語の中の人びとは、差し出された手を振り払わない。途中までは主人公に反発していても、最終話までには心を開いて相手に感謝する。読んでいるあいだ、清瀬はそれを然るべき展開だと感じ、本を閉じた後もずっと疑ったことがなかった。それこそがいちばんの罪かもしれないと、清瀬は今ようやく思い知る。手を差し伸べられた人間はすべからく感謝し、他人の支援を、配慮を、素直に受け入れるべきだと決めつけていた。
できることが増えるのは、ええことかもしれんけど。あれでよかったんかな、と今でも思う。なんやろ、努力ってたしかに尊いけど、努力だけが正解なんかな。近眼の人はメガネをかける。努力して視力あげなさいなんて誰も言わん。足怪我したら、杖使う。でもいっちゃんは『努力』を求められる。
川のほとりに立つ者は、水底に沈む石の数を知り得ない。でも清瀬は水底の石がそれぞれ違うことを知っている。川自身も知らない石が沈んでいることも。あるものは尖り、あるものはなめらかに丸く、またあるものは結晶を宿して淡く光る。人は石を様々な名で呼びわける。怒り。痛み。慈しみ。あるいは、希望。
Posted by ブクログ
私は小さい頃から、思いやりを大切にしなさいとよく言われて育ってきました。
なのに清瀬になったつもりでこの本の中で人生を生きていたら、ここは腹立つなぁとか障害を知った途端に、見る目が変わる部分があることを私も知ってしまいました。
寄り添うことは得意なはずだけど、実際しっかりただただその人と向き合ってちゃんと話して理解出来ているのだろうか?と思いました。
ただの薄っぺらい思いやりじゃなくて、その人自身をしっかり見ていこうと思いました。
Posted by ブクログ
途中まで天音さん好きになれないなと思って読んでいたけれど、環境が違えば、出会うタイミングが違えば変わっていたという言葉に気付かされた。
それに気づいて手を差し伸べようと理解したいと思った清瀬は偉いし見習いたいなと思った。