谷川俊太郎のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
作品によって一人称が変わるのだが、なぜこの詩にこの一人称を選んだのだろうという疑問が残る。例えば「ひとり」という詩。鬱々とした状況にある(おそらく若い女性)が、両親からの慰めや励ましを疎んでひとりになりたいと思い詰める作品だが、なぜ設定を若い女性にしたのだろうか。それから「捨てたい」という作品も。
男性が女性に代弁させる場合、または逆の場合も、そこには何かしらの意図や思い入れがあると思う。特に男性作者の場合、どの媒体でもそうだが、若い女性に代弁させようとする傾向がある。そこにはある種の憧れや願望、あるいは偏見が含まれているように感じる。
話は変わるが、「春に」が谷川俊太郎の作詞だったことを -
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◼️谷川俊太郎「夜のミッキーマウス」
タイトルに惹かれて。思ったより生の人間感が強い。
前に初めて読んだ詩集の書評でも書いたが、実は谷川俊太郎の詩はあまり読んだことがなかった。今回タイトルに惹かれて読んで、けっこう生の人間味が出ているなと。
「夜のミッキーマウス」「朝のドナルド・ダック」「詩に吠えかかるプルートー」「百三歳になったアトム」
がキャラクターの詩で真実のねずみに戻ったミッキーはホーチーミンへ、ドナルドは手前のアヒルに語りかけるような微笑ましいテイストで、プルートーはなんか社会に出た者にある心の闇のような感覚で、アトムは魂を探してジェット噴射する。
以降の収録作品は人間的な -
Posted by ブクログ
久しぶりに「谷川俊太郎選、茨木のり子詩集」を
じっくりと時間をかけて読む。
「自分の感受性くらい」を初めて読んだ時の衝撃は
今でも忘れられない。後ろ頭をガンと殴られたようだった。
ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて
気難かしくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか
苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし
初心消えかかるのを
暮しのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった
駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄
自分の感受性くらい
自分で守れ
ば -
Posted by ブクログ
谷川さんがブレイディさんの手紙に応えていないという指摘を第三者から受けていたのはちょっと笑った。
あと人間は体があるから飢えや貧困が発生して苦しい、体を無くしてデータ化することで争いを無くししあわせになれるという考え方が英国の若者の間で流行っているとのことで、かなり極端で宗教っぽいな…と驚きました。
音楽を聴いている時など、自分がこの世から少し離れた感覚になるのを「その世」と表現している。
「あの」「この」は英訳できないけど「その」はできない(あのと同じthatになるか、別の表現になる)。
日本語の複雑さ、寛容さ…言葉について考えさせられました。
普段詩に触れることが無いのでよい感覚を味 -
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