森まゆみのレビュー一覧
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このサイトで著者を見ると勘違いする人もいると思うが、これは、おつまみについていろんな作家さんが書いたアンソロジーである。
どれも私にぴったりで、最後まで楽しく読めたし、つまみの参考にもなった。
あまり手の込んだものつまみは出てこず、なかにはコンビニつまみランキングなるものもあり、かなり参考になった。また、各作家さんの酒との距離感、そして、つまみのポジションが明確で、スッキリ読める。
人それぞれ、酒とつまみの位置付けは様々だが、押し付けがましくなく、自分の日常を赤裸々(?)に語っているのが最高。
さらに、一編ずつが短いのもポイント。
ネックは、つまみを食べたくなり、酒を飲みたくなることだけです〰️ -
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谷根千、上野あたりにゆかりの文学者について書いてきた森まゆみ氏だが、最後に子規を書きたい、一番、親愛と共感が深いからとのこと。
私事だが、夏井いつき著の「子規365日」を読んで、子規その人に興味を持ち、子規本人の「仰臥漫録」を通り、最後にこの本に辿り着いた。
正岡子規は幕末に松山の貧乏士族の家に生まれ、大志を抱いて上京、最後に根岸に10年間住んでそこで死去した、その一生が書かれている。思い残すことはないというほどに。
子規といえば「病気なのに大食漢」「病気なのにネアカ」
生涯の親友、夏目漱石の「神経衰弱で胃弱」と、良く対比される。
性格の違いだろう。
生涯、バイタリティーにあふれ、何にでも興味を持ち、興味を持ったらやってみる人だったことが分かる。
・松山にて立身出世を望み、松山中学は自分のような大志を抱く者がいるところではないと罵倒して退学。
母子家庭だったため叔父を頼って上京した。
・まだ、藩士の子弟を藩が面倒を見る時代だったため、育英制度を利用し、ついに帝国大学へ入学する。
この頃俳句を始める。
大学では生涯の友・夏目漱石とも出会う。
真面目な漱石はきちんと卒業したが、自分のペースで興味のあることを極めたい子規に、ひとコマずつ教科が変わる学校という制度は合わなかったようだ。
・旅ばかりして、野球にも熱中。
しかし、生涯の病を得て喀血。
一生付き合うことになる病だが、創作の糧でもあった。
・子規の病をひどくした理由の一つは、病をおして従軍記者として大陸へ行ったことだろう。
武士の血を引く人。戦後の私たちとは考えが異なる。
新聞社の皆が戦地へ行くのに、自分だけ行けないのは男として情けない、と嘆かれ、誰にも止められなかったという。
・帰国して入院。ここで滋養のあるものを食べるよう言われ、家族や友人が食料を調達に走ったのが、後の子規の大食いのはじまりかもしれない。
・うつる病にもかかわらず、大勢の友人知人門人が子規の家を訪れた。
子規自身、人が来ないと寂しがった。
自分が遠からず死ぬことが分かっている。
死者が一番恐れることは忘れられることだ。
病気と果敢に戦い、何でも文章に記し、精力的であったが、自分の死後のことを考え、その後は力及ばないと焦ればこそ、妹にさんざん文句を言い、弟子たちに長々しい説教の手紙を書きもした。
痛い、痛いと声をあげて泣いた。
・ひじょうに人間くさい。
そんなところが愛されたのだろうか。
もういけない、というほど病状が悪化すると、弟子は子規の看病のために家族で近くに引越し、友人知人たちも3日に一度のローテーションを組んで交代で子規の家族を助けて看病をした。
何という人間関係だろう。
「子規の音」とは、体の自由を奪われ、かわりに研ぎ澄まされた感覚の一つ、彼の耳が病床で聴いた、かの日の東京の音である。
森さんも、子供の頃は聞いていた音。
今は様々な近代的騒音にかき消され、遠くに押しやられてしまい、または廃れてしまった、懐かしいもののひとつである。 -
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森まゆみ『東京老舗ごはん』ポプラ文庫。
先に第2弾の『東京老舗ごはん 大正味めぐり』を読んだので、第1弾も読まねばと思っていたところ、最近やっと本屋で見付けた。
この第1弾では明治時代に創業した東京の魅力ある老舗名店27店が素晴らしいエッセイにより紹介されている。森まゆみさんの食のエッセイは趣があり、時代や文化を伝えつつ、食の魅力をストレートに伝えてくれるのが嬉しい。
訪ねたことのある老舗は1つも無いが、神谷バー、かんだやぶそば、たいめいけん、銀座天國本店、ビヤホールライオン銀座七丁目店、中村屋、資生堂パーラー銀座本店、みますやは他のエッセイやテレビなどで知っている。
本体価格620円
★★★★★ -
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ネタバレ国費での英国留学から帰った漱石は、一旦、妻の実家に身を寄せた後、千駄木の借家に移る。
そこは、十年ほど前には森鴎外も住んだことのある家だった。
その、「千駄木の家」で、『吾輩は猫である』『坊ちゃん』が執筆され、漱石は人気作家となった。
少し前に、『硝子戸の中』を読んだ。
漱石の最後のエッセイだが、自身の内面と人生を振り返ったものが多く、千駄木時代のことも多く書かれている。
この作品は、それを外から裏付けているような面もあり、漱石が立体的に浮かび上がってきた。
家族から見たらとても怖い人だった、というのを以前に読んだが、それは漱石の本来の人間性ではなく、どうも「神経衰弱」の発作のためだったらしい。
後輩の面倒見が良かったので弟子たちからは尊敬される。
残っている書簡を見ても、まじめであり、ユーモアと人徳のあった人のようだ。
人付き合いが苦手で、過干渉な隣組的お付き合いを嫌う。
能や歌舞伎、寄席、美術館通いが好き、権力が大嫌い。
自分の健康と気分が最優先。
立身出世にきゅうきゅうとするより、小さく暮らしたい、そんな人であったらしい。
…他人とは思えない(笑)
仲の良かった寺田寅彦のこと、明治の二大文豪として漱石と並び名前の挙がる森鴎外のこと、弟子たち、本づくりにかかわった人たちが多く描かれる。
もちろん、千駄木という土地も、この本の一方の主役である。
漱石は、内容そのものはもちろんのこと、誤植のないこと、装丁装画の美しいこともふくめて「良い本を作ること」そのものが大好きだったようだ。
「漱石先生」を、とても身近に感じるようになった。 -
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千年以上の歴史を誇る京都とは違い、東京は江戸幕府以降に都市となった土地だ。
でも、明治維新で大変化を遂げ、元大名屋敷だった建物は残り、持ち主が変わった。
その後、関東大震災で壊滅の危機に瀕し、さらに東京大空襲で焼土と化す。
何度にも及ぶ破壊を生き抜いてきたのが、今残る、昔ながらの土地建物なのだろう。
この本の主役はもちろん、東京という土地を通り過ぎていった人々であるが、歴史を生き抜いてきた土地や建物も、人を動とするなら、静の主役であると思う。
土地が変わっていくのは仕方がないけれど、残せるものは残して欲しい、と思うのだ。
最後の、渡辺一族の話は、印象に残る。
短期間に財をなし、昭和二年の買い付け騒ぎであっけなく滅びたお大尽…
あらためて東京散歩がしたくなったが、文庫版あとがきで作者は、最近の軽薄な谷根千ブームに立腹している。
そういうブームが更なる東京破壊を呼ぶからだろう。 -
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“シベリア鉄道”というタイトルにロマンを感じて買いました。
加えて、女三人!
勝手に想像した騒々しいおしゃべり旅ではなく、文学と社会主義を感じる紀行文でした。
与謝野晶子については、以前も読んだことあり、この本で注目したのは、宮本百合子。
いずれにしてもこの時代に、言葉もよくわからない異国に旅した女性たちの度胸に脱帽する。
私はロシア人の名前が覚えられず、ロシア文学はほとんど読んでいませんでした。
これからも、ロシア“文学”は読めないかもしれないけれど、この期に興味を持った、シベリア鉄道についての旅行記は、読みあさってみたいと思います。