森まゆみのレビュー一覧
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西の新撰組・東の彰義隊として、佐幕の忠義に殉じた武士たちの残光は、新撰組が多くの注目を集める一方で、彰義隊はわずか半日で壊滅した烏合の衆という評価になってしまっている。しかし旗本・御家人といった幕臣身分が中心の彰義隊は、人物としての魅力に溢れた隊士がたくさん存在しており、その足跡を辿ると数奇な運命を辿っていることに行き着く。
新一万円札の顔となった渋沢栄一は、欧州視察に行っていなければ彰義隊に参加していた可能性が高く、賊軍の汚名を着せられたならばここまでの栄達はなかったのではないか。実際に彰義隊のリーダーとして従兄の渋沢成一郎がおり、また義弟の渋沢平九郎はこの戦争で亡くなっている。それ以外にも優秀な人材が数多く参加しており、維新以降は名を変え身分を隠して近代日本の発展に尽くした人々も多数いたのだ。
彰義隊はなぜ上野の山に立て籠もったのか。当時そこを境内としていた寛永寺は徳川家の菩提寺であり、最後の将軍徳川慶喜が蟄居していた。寛永寺の歴代住職輪王寺宮には天皇の血を引く法親王が就くしきたりであり、尊皇の立場を守るためには絶対的に保守しなければならない場所だった。その後東北地方に逃れた輪王寺宮は、欧州列藩同盟の盟主に祀り上げられ、台湾出征時に没した。
彰義隊とは何だったのか。官軍に抵抗する烏合の衆な賊軍という一面的な評価では伺い知れない大きな魅力がある存在だし、上野の地を中心にその所縁も様々残っている。大政奉還~戊辰戦争~明治維新という大きな時代の流れに翻弄され、最後まで武士としての忠義に殉じようとした若者たちの光はかくも明るく儚い。 -
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防災まとめ
1、いつどこでどんな地震が起きるかは予知できない。
2、しかしどのくらいの確率で来るかは予測できる。
3、一つ大きな地震が来たら、連続して地震が起きる可能性がある。
4、新耐震以降の建物は関東大震災級が来ても壊れないから、すぐに逃げなくてよい。
5、地震には必ず余震がある。ぐらっときたらまず身の安全。頭を保護する。
6、車で逃げてはいけない。
7、新耐震以前の建物の人と、周辺で火災が発生した人は近くの緊急避難所へ。
8、家が壊れたり焼けたりした人、住み続けられない人は、避難所へ。事前に、緊急避難場所と避難所の場所の確認。
9、家にとどまるために、一週間分の食料と飲料、常用薬、携帯トイレと懐中電灯は必須。
10、家具は固定し、窓には近づかない。エレベーターは使えない。
11、スマホチャージのための電池式充電器か小さなソーラー発電機、手回しラジオも役立つかも。
12、日頃から、マンション自治会、町会との付き合いも大事。いざというときの訓練や予行練習をしておこう。防災倉庫の鍵や消防車用の水道栓も確かめておく。
13、家族の集合場所を決めておく。 -
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読み応えのある一冊だった。
森さんの『鴎外の坂』が大好きだ。
見ることのできない明治の街並みが浮かび上がるような文章に強く惹きつけられた。
「逝きし世の面影」を見るというか、幻の明治の東京を幻視するかのような体験だった。
その後、『千駄木の漱石』も読んだ。
本作も、この人のそういう系統の仕事なのだろうと思った。
ただ、『子規の音』というと――病床の子規が町の音、家の中の音に耳を立てていたことを句の中に見つけていくような内容か?と予想ができてしまう。
明治期の東京のサウンドスケープを再現するということなら面白いだろうけれど…。
予想がある程度当たったのは事実だ。
が、この本は、子規の生涯を追う。
若いころの句や作品も引用される。
子規というと、野球、漱石、大食漢で脊椎カリエス。
しかし本書は、それにとどまらない部分をたくさん見せてくれる。
興味深かったのは、子規の人柄。
家族に対するあの我儘放題。
あれだけの仕事をしたとはいえ、攻撃的な文章も残っていることから、戦闘的なタイプかと思っていたが…。
割と身勝手な人かと思っていたが、人を惹きつけるようなユーモアややさしさを持っていたことがわかった。
虚子と碧梧桐という二人の弟子に、盛んに勉強を勧め、怠惰に流れがちな二人に苛立っているのは、まるで親のようだった。
東北の大津波の報に示した痛切な哀悼の気持ち。
隣家の陸羯南の娘たちを可愛がったことも、ここで初めて知った。
漱石とは世間話もできない気がするけれど、子規ならできるかもしれない…という気になる。 -
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2000年に出された森まゆみの自分の暮らしを題材にしたエッセイ集。20年前を読み返してみるとなんとこの間に世界は変わってしまったことかと思う。森とわずかにしか年の違わない私も都市の道路がまだコンクリートに覆われていない時代を知っている。道端のよもぎやつくしを採って母に料理してもらったこともある。しかし今こんな話は、30歳以下の人にはきっと何百年も前のどこか別の世界のことのように感じられることだろう。そしてスマホ、ITの普及と原発事故。こんな決定的な事件が起こり、今コロナ感染症で人々は慣れ親しんだワイワイガヤガヤより集うことができなくなっている。いつかはこの感染症は終息するだろうが、世界の人々の暮らしがこの間に急速に身近なものになっている。軒先の庭から野菜を採るのではなく、毎日われわれは空輸された野菜を食べているのだ。この世界が距離的にも情報伝達的にも小さく身近になったことの衝撃が、われわれをどのように変えていくのか。それを測る定点になる作品である。
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千駄木時代の漱石、というと、ロンドン留学後、『吾輩は猫である』や、『坊ちやん』、『野分』を書いたころらしい。
千駄木のその家は、鴎外兄弟も住んだ家だという。
ということは、今は明治村にあるあの家ということか?
さすがの森まゆみさんで、明治のころの街の様子、借家事情、経済生活など、細部まで調査されていて、そのころの漱石の様子が今までよりクリアに伝わってくる。
かつてであれば、偉大な文豪、弟子たちに慕われ、漱石人脈を形成した偉人のイメージがあった。
近年は鏡子夫人の立場からのドラマや書籍も多く、家族からすれば厄介な人という側面もクローズアップされている。
本書は、そのどちらにもバランスよく目を向ける。
身勝手で、暴君で、外面がよくて、面倒見がよく、率直で・・・という、漱石の多面性が見えてくる。