森まゆみのレビュー一覧
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●は引用、その他は感想
●「九州人は原という字が下に来る地名をすべて『ばる』という。島原も『シマバル』だ。風俗の淫靡なことは有名なものだ。良家の処女といえども他国から来た旅客が所望すれば欣々として枕席に侍する、両親が進んでこれを奨励する。他国人と一度関係を結ばぬ女は縁附きが遅いというほどだ」。通婚を繰り返すことによって村の血が濃くなることを避けるため、旅人を「まれうど」として接待する。「御胤頂戴」のことと思われる。明治の若い旅人たちも、実行はいざ知らず、こうした願望を含んだ記載になったものであろう。
平戸、佐世保、長崎、島原、天草へ行ってみたくなってきた。 -
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Posted by ブクログ
中島岳志との共著の「帝都の事件を歩く」以来久しぶりの森まゆみ。今回は京大の工学部の先生だった人との対談で、森まゆみの交流人脈の広さに感心します。鴎外にしても一葉にしても谷根千の隣人としての興味から街を歩き著作に成していく彼女は、まさに行動の人。その行動が「縮小社会」というポスト資本主義的なところまで至っていたのですね。でも言っていること、やっていることは一貫していました。彼女の好きな漱石の言葉「菫程の小さき人に生まれたし」みたいにポスト2020の日本は「小さき国」を実現できるのかな?全然関係ないけど、国立歴史民俗博物館でやっている「1968展」で噴出していた「無数の声」を今、継承しているのは森
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Posted by ブクログ
お寺の境内の家に引っ越すところから始まるエッセイ。
少しずつ荷物を運ぶ引っ越しも、新しい机も、新しい景色も、読んでいるだけで心が浮き立つようだった。
急いで読む気になれずにのんびり読んだ。
そこにいる時間が心地よいか、はたまた心身ともに疲弊してしまうかは、かなり大きな問題だと思う。
良い悪いではなく、合う合わないがあるのは家も人も同じなのかもしれない。
もしかしたら自分にはこの家はあまり合わないかもしれないな…とも思ったけれど、それはこの家が悪いということではないから。
ただ長く暮らすことで慣れたり愛着を感じることもあるわけで、そこも同じかもしれない。
そんなことをいろいろ考えて、温かい