アガサ・クリスティーのレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
前半1/3くらいまでは和訳にやや違和感があった。
英語を文頭から文末までそのまま訳した感じ。
やっぱり原文のままで読めた方が楽しいんだろあなぁなんて考えながら、とりあえず読み進めたら後半からすごく面白かった。
映画はまだ観てない。
一番オススメしたいポイントは、なんと言っても一緒に推理していける事。
伏線もしっかりはられている。よく、(本当によく)考えたら分かるように。推理小説が好きな人の、欲しがってる部分を埋めてくれる感じ。
読み進めていく中で感じる違和感は、やはり必ず重要な部分なのだと再認識。
1940年代に書かれたなんて信じられない。あまりにも色褪せない。
1940年に生きようと2020年に生きようと有能な人は有能なんだと改めて思った。
探偵ポジションとして君臨していた主人公はポンコツだった。言われた言葉で毎回綺麗に惑わされていた
以降、記録ネタバレ
犯人→ジョセフィン 探偵ごっこしていた少女
動機→あまりにも子供らしい理由
-
Posted by ブクログ
NHKで同名の海外ドラマとして放送された作品の原作。
殺人事件というのは往々にして、エゴイズムの塊であるが、本書はそんなエゴイズムが、悲劇を巻き起こす。
資産家の女性、レイチェルが殺された。
殺人犯とされるのは、彼女の養子である、今は亡きジャッコ。
なんと、「おまえはもう死んでいる」状態の設定。
話、終わりじゃん。
しかし、第三者であり、本作の探偵役のアーサー・キャルガリが現れたことで、事件が蒸し返され、改めて真犯人探しが始まる。
解説にもあるが、めでたし、な終わり方は妙な唐突感があるし、真犯人が判明するのも、なんとなく取ってつけた、感はある。
その意味では、ドラマ版の方が、私は鮮やかで面白かったと思うし、登場人物たちの育ちの背景や心情が補足されていて、面白かった。
ただ、そちらを先に見ていたからこそ、本作が分かり易かったし、読みたいと思ったきっかけであるので、優劣をつけるつもりはない。
登場人物たちにあまり感情移入ができなかったが、自分勝手さは誰もが持つ心の動きであろう。
母親との関係も、よく問題になる。
愛したのに、その愛は帰ってこないし、良かれと思っても疎まれる。
愛は自己満足に過ぎない。
それでも、愛を持って解決したのは、著者の心のうちに、愛を信じたい気持ちがあったからではないか。
何とも陳腐な憶測ではあるけれど、私も、それでも愛を信じたいと思う。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ私はその風景を見たことがある。
タペンスは、トミーの叔母の遺品に描かれた家を見たことがある気がした。叔母を見舞った時に出会った老婦人が元々の所有者であり、彼女の行方が知れないことを知ったタペンスは、老婦人の言い残した言葉の謎を解くために出かける。会議から帰ってきたトミーが知ったのは、帰ってくるはずのタペンスがまだ帰ってきていないことだったーー。
タペンスのお節介とも言える、しかも有り余る行動力で、ぐいぐいと読ませる。事件が起きるとは思わず、せいぜい過去の悲劇を明らかにするものだと思っていたら、事件は現在形になった。トミーが別の方向から参加することで加速する謎解き。明らかになった真相は、一線を超えてしまった犯人の思想。誰かを愛する気持ちから生じる他人への害意の底知れなさを、クリスティは容赦無く描いていた。
トミーのぼやきは健在で、そこはほっとして読める。 -
Posted by ブクログ
愛の重さは、愛すること、愛されること、これが同じ重さになるのが理想なのか。親対子、兄弟姉妹、夫対妻、どちらかが一方的に愛するだけでは破たんし、愛されるだけでも、愛するだけでも幸せにはならない。
賢く愛くるしい兄、控え目でおとなしい妹ローラ、両親の愛は兄に傾きがち。妹はそこで葛藤する。だが兄は病気であっけなく死んでしまう。そこに兄に似た妹が生まれる。また両親の愛は妹に向かう。私は妹の死を願う。が家が火事になり、とっさに妹を助け出したことで、妹への愛に目覚める。
主人公ローラは誰かに愛される事を願いながら、ずっと愛することで人生を生きてきた。親に愛されなかったと思い込んでいるローラ、妹をひたすら愛したローラ、それは不均衡な愛で幸福な結果にはならなかった。最後に愛し愛される男を配し、均衡な愛を授けた。
妹シャーリーの結婚相手、押しが強く悪気はないが不誠実な男、の描写がクリスティの最初の夫アーチボルトを念頭においてるのか。妹に次に思いを寄せる思慮深い旅行家はクリスティの再婚相手の考古学者マローワンを思わせる。
1956発表
2004.9.15発行 2019.7.25第3刷 -
Posted by ブクログ
若くして夫を亡くし育てた一人娘も19歳になった。そこに再婚してもいいかと思う男性が現れた。ところが娘と男性はそりが合わない。娘は全力で男性を排除しようとする。男性には娘と自分とどちらを択るのか?と選択を迫られ、娘を選ぶ。まるで一人息子を争う嫁姑のような会話が展開される。
また女性が間にはさまり対立が異性という点では婿取り娘対実母と婿。これも間にはさまる娘は大変。自分がこの立場なので、対立相手は娘ではなく実母だが、この小説の未亡人アンが娘と愛する男との間にはさまり神経が摩耗する会話が実にリアルに響いてきて、読むのがつらくなるほどだ。
娘は母親が相手の男性を好きな事に気づかないし気づいてやる余裕も無い、という描き方だが19歳ならそうなのかなあ。あるいはクリスティ自身の再婚あたりの実情はどうだったのか。
娘は娘、A Daughter's a Daughter's 娘のために自分のしたいことを犠牲にした と思い娘のあやうげな結婚にも親身にならない。娘は相談した時否定して欲しかった、と最後に言っているが、修羅場とはこういうことか。
1952発表
2004.8.31発行 1018.7.25第3刷 -
Posted by ブクログ
ネタバレポアロシリーズ29作目。
あらすじの内容に惹かれて読みはじめたのだけれど、<死体を囲むあまたの時計の謎に、ポアロが挑む>というほど時計は多くない。笑
そして晩年の作品だけあって、年老いたポアロの登場が少ないのが残念。
ほとんどが情報部員のコリンとハードキャスル警部の捜査でストーリーが進む。
でも、いいとこ取りのポアロの謎解きスピーチはやっぱり引き込まれる。
複雑な人間関係と、こことここが繋がるのか、と読んでいるだけでは想像つかない結末だったけれど、ポアロの謎解きでおおー!と合点がいった。
ポアロが読み耽っていた歴史ミステリーと、その講義のような紹介も大事な構成のひとつだったのだと納得。
ヘイスティングズを想い、回想するシーンは切なくなってしまった。
ポアロシリーズ、やはりポアロとヘイスティングズのバディがいちばん好きだ! -
Posted by ブクログ
アガサ・クリスティのポアロ作品を中心とした短編集。
表題作の「クリスマス・プディングの冒険」はクリスマスの雰囲気を楽しめるお話。
どちらかというとほのぼのするエピソードですし、短めなのでクリスマスの当日に読むのもおすすめです。
わたしのお気に入りは「24羽の黒つぐみ」。登場する料理がなんともおいしそうでした。
「習慣」に対する違和感から始まるポアロの推理もさすが!という感じです。
ポアロの生活圏内で起こる事件のほうが個人的には好きなので、その点もよかったです。
◇おすすめポイント
・表題作のクリスマス感
・さまざまなポアロ作品+マープル作品1つを楽しめる
・お気に入りのエピソードを見つけて楽しめる
◇こんな方におすすめ!
・クリスティの短編を読みたい
・クリスマスは本を読んで過ごす
・イギリスのクリスマスの雰囲気を楽しみたい -
Posted by ブクログ
病死に見えるがなにやら降霊術による呪いが背後にあるようだ。降霊術の謎にせまるべく若き学者が相棒の女性とともに謎の降霊会に挑む。え~ クリスティーがまさかのオカルト解決と思いきや、手品の種明かしのように種が最後に示される。おきまりのカップルも誕生しめでたしめでたし。犯人は意外だった。
全25章にわたり「マーク・イースターブルックの物語」と題名がついている。このマークが素直で好感が持てる。
主人公マークは知識も教養もある女性ハーミアと先入観にとらわれない行動型の女性ジンジャーの間で揺れ動く。クリスティは主人公には行動型の女性に引かれる、という設定が多いがこれもそうである。
オリヴァ夫人も登場。
1961発表
2004.8.31発行 2012.3.15第3刷 -
Posted by ブクログ
ナス屋敷で屋外パーティが開かれ、余興に殺人犯探しゲームが行われる。筋立ては小説家のオリヴァ。ポアロは賞金渡し役にと呼び寄せられる。ところが犯人役の少女が本当に殺されてしまう。そしてナス屋敷の主人の妻、ボート小屋の老人までも殺される。
書かれたのは1956年で、お屋敷が売られてユースホステルになっている、とか、ユースホステルの客が皆外国人で北欧とかイタリアとかでしかもショートパンツ姿、などという当時の状況が興味深い。そして古くからあるナス屋敷の女主人は息子二人が戦死して相続税で家を失ったが、新しく買った人の好意で庭さきの番小屋に住んでいる、という設定。戦後の社会の変化を取り込んだ作品。
これはドラマの記憶がわりと残っていて、読んでいてもそのパーティの情景とか、ヒッチハイクの少女とかボート小屋とか、占い小屋、なによりオリヴァの衣装が頭の隅にあった。が、犯人はまったく覚えていなかった。実は○○は△だった、ということがあったようだったかな、とおぼろげな印象はあったのだが。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ実はマイケルはグレタと手を組んでエリーを殺害した犯人。莫大な遺産を受け継ぐのが狙いだった。果てなき欲望がもたらした殺人。けれどもエリーとの日々が一番幸せな時間だったと気づく。グレタも殺し、ただ自分は「終わりなき夜」にいる…と発狂したように囁き、この文章を供述書のかわりに書いた、という設定。
マイケルの独白という体なのに叙述トリックなのはどうなんだ? マイケルが読者を想定してわざわざエリー殺害の意図を隠していたのか、それともエリーとの幸せな日々を振り返るのに殺人の計画を思い出したくなかったからなのか。
全編マイケルの口を借りたせいか空想のような不安定で地に足ついていない語り口である。アガサ・クリスティ全作品に似たような傾向はある。
やけにマイケルがナルシストなのは、自分(=作者が)が死んでも相手の中で一生心に残る最後の人間になりたかった、というような願望からマイケルを魅力ある人間として書いてる気がする。私は読んでていけ好かない人物だと感じたが。