司馬遼太郎のレビュー一覧

  • 関ヶ原(下)

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    今年の大河ドラマは「どうする家康」。司馬遼太郎が家康を書いた『覇王の家』を読んでも関ヶ原合戦の部分はあまり書かれていない。それはもうすでに他の本に書いたからだと言う。それで『関ケ原』を読み返してみることにした。
    石田三成の視線から見た関ケ原合戦がよく分かった。

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    2023年11月26日
  • 覇王の家(下)

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    大河ドラマ『どうする家康』を観るようになって再読しました。
    改めて読むと、家康のイメージが少し変わったような気がします。
    でも、大河を観るほどでもないか・・・

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    2023年11月22日
  • 功名が辻(一)

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    山内一豊にスポットが当たるという個人的には意外な所であった。

    確かに山内一豊は内助の功で有名な千代から出世していき土佐一国の大名として名を馳せるが、書籍として単品のスポットが当たるとしたら他にも浮かぶ武将がいる。しかしそれを、退けてというところに読み進めてしまう面白みがある。

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    2023年11月02日
  • 覇王の家(下)

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    『覇王の家』とはどういう意味なのかを探りながら読んだ。特に『家』は風土、文化、三河気質というもので、覇者である家康を作り上げた土台をいうのであろう。「三河」という場所については田舎者的な意味で使っているが、そこで培われた「徳川」が「幕府」という大きな家にまで発展していく過程が描かれていると思った。
    また、数人の家臣についても細かく描写しているのは、「徳川」という家を作り上げたのは忠臣の力でもあると読める。家康という個人を描きながら、江戸幕府は一人が作り上げたものではなく、三河のTEAM徳川という「覇王の家」の力によるものだと思った。

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    2023年10月19日
  • 新選組血風録 新装版

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    短編集で新選組の隊士1人1人の心情が丁寧に描かれていて読みやすかった。
    マイナーな人物の話もとても面白い。

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    2023年10月11日
  • 街道をゆく 43

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    街道をゆく未完の著作。巻末には取材を共にした盟友からの寄稿と取材風景が収録されている。三英傑を産んだ尾張三河について司馬遼太郎さんがどんな思案をしていたのか、なぜ他の地域より後になって書こうとしたのか、想いを馳せる。

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    2023年10月03日
  • 以下、無用のことながら

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     司馬さんの小説はほとんど読んだことがない、あの『坂の上の雲』も読んでいない。読まず嫌いということもないのだが、何となく敬遠してきてしまった。その代わりといっては何だが、『街道をゆく』シリーズはほとんど読んだし、エッセイがとても好きだ。歴史を通しての深い知見がちりばめられ、難しいことも分かりやすく説明してくれるし、ユーモアのある文章も多い。

     本書には71篇もの文章が収録されており、どれも滋味に富んだ文章で、読んでいて気持ち良い。それらの中で特に興味を持って読んだのは、「浄土ー日本的思想の鍵」「蓮如と三河」「日本仏教小論ー伝来から親鸞まで」。なかなか分かりにくい日本の仏教、特に真宗について、司馬さんが丁寧に説明をしてくれる。

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    2023年10月03日
  • 覇王の家(下)

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    下巻を読み終えた。
    数ある司馬作品の中でもあまり人気がない−少なくともひぐ的には“主要な作品”に入れていない−理由がわかった。作者自身が家康に好意を抱いていないからだろう。家康の能力や人柄はさておき、没後270年あまりも続いた幕府を築いたという業績に関心がある。それにしても、小牧・長久手の戦いの冗長とも思える記述の後、いきなり74歳で没する最期に飛ぶのは構成的に興ざめだ。

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    2023年09月30日
  • 空海の風景 下巻 (改版)

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    空海が真言宗開祖として各プレイヤー(朝廷、貴族、他派仏教)を御しつつ宗派の礎を巧みに築くあたりは面白かった。僧という武力を用いない勢力間が鎬を削るわけで当然に清々しくはなく社内政治が如くで妙に刺さる部分があった(司馬遼太郎の題材では少数派だろう)。ただ全体を通して仏教、密教と言った話が多く、また自分には難しかった。恥ずかしながら相当な部分を読み飛ばした。

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    2023年09月18日
  • 街道をゆく 9

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    以下抜粋
    ・大和政権というのは要するに水稲農業を奨励し普及し、それによって権力と富を得、秩序と安定を得ようとする政権ということがいえるであろう。
    極端にいえば、徳に化していることは定着して稲作をしていることであり、徳に化していない(化外)ということは、稲作をせずにけものを追ったり、魚介を獲ったりしているということであったにちがいない。

    ・この「公民」をきらった者が、逃散して浮浪者になり、関東などに流れて原野をひらき、農場主になった。ただ律令体制ではそういう場合の土地所有の権利が不安だったため、かれらは流人の頼朝を押して立て、京の「公家」に対抗し、ついに鎌倉幕府を頼朝にひらかせることによって、自分たちの土地所有の権利を安定させた。
    私はそういう意味で、鎌倉幕府の成立というのは明治以前における最大の革命だったと思うのだが、ただ「公家」を潰さずにその権威や制度、あるいは官名といったものを政治的習俗として残したというところに可笑し味がある。

    ・周知のように、日本の古い神道信仰にはもともと社殿がなく、山一つを神体としたり、磐を神体としたりして、拝殿さえなかった。神社が社殿をもつのは仏教が荘厳な中国式建築とともに渡来したことの影響が主たるものかと思われる。

    ・平清盛は、経世家としては、頼朝以上だったであろう。かれは海運をさかんにし、対宋貿易をもって立国しようとしたという点で、日本最初の重商主義の政治家だったといっていい。

    ・七世紀後半に百済が新羅のためにほろぼされ、その遺臣や遺民が大量に日本にきて、日本の上代文化に重大な影響をあたえた。
    日本の外洋船の建造技術にも、大きな影響をあたえた。遣唐使船というのはほぼ百済技術による大船だったわけで、百済式船舶といっていいであろう。

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    2023年09月17日
  • 竜馬がゆく 5

    ネタバレ 購入済み

    剣客

    史実、竜馬が免許皆伝は、分からないが、剣より銃で後に手配者に成り、遺恨の始まり。の前、江戸でのびのび生きる、竜馬が楽しい、人たらしも。

    #ほのぼの

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    2023年09月03日
  • 項羽と劉邦(下)

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    項羽と劉邦の最終決戦までを描いている。韓信における蒯通や劉邦における候公のように自分自身で活躍するというよりも主人をもって覇者にさせようとし、言葉で天下を取ろうとする士の活躍が描かれてた。この時期の日本はまだ稲作も伝わってないのに隣の中国では高度な文明が起きていたのが伝わる。最後項羽が漢軍を一人で薙ぎ倒す描写は痺れた。強すぎた故に周りの才能に気づかずまた重宝しなかったことで劉邦に負けてしまったのか、

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    2023年09月02日
  • 項羽と劉邦(中)

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    ネタバレ

    秦帝国が滅亡したあとの話。先に関中に辿り着いた劉邦は関中王となり、項羽と敵対することとなる。元々敵対するつもりはなかったが劉邦の側近に函谷関を閉じれば関中は手に入ると唆されたことで項羽と争うこととなる。その後項羽に謝罪をし中国の山の中である漢、巴蜀に封じられることとなった劉邦はそこで挙兵し再び関中を制圧し漢王と名乗ることとなる。前回関中に入った際に、劉邦軍は秦の人たちに対して略奪をしておらず逆に項羽軍は掠奪強姦をしたことで秦の人たちは劉邦軍を歓迎することとなる。その後劉邦は項羽軍の本拠地である彭城を一度は占拠するも留守から戻ってきた項羽によって返り討ちに遭い劉邦は敗走し、滎陽にて籠城する。この敗走する場面で劉邦は自分の子供を馬車から投げ捨て車を軽くしようとするがあまりにも必死すぎる。
    最後籠城から抜け出すために同郷の紀信を影武者として項羽に降伏する間に劉邦は滎陽から抜け出し関中へと向かう。
    なんでもできる項羽に対して何もできない劉邦の対比が面白い。前者は有能な部下がいても重宝せず、身内を才能に関わらず信用していたため大事な軍師である范増が抜けてしまう。逆に後者は張良、韓信、蕭何と言った有能な人材をしっかり登用していく。何もできないのもどうかと思うが人を信じて適用するのも才能の一つか、

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    2023年08月29日
  • 酔って候

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    短編集。幕末の大名4人。山内容堂、島津久光、伊達宗城、鍋島直正。最初二人は面白かった。残り二人はそこまで。伊達宗城に関しては、伊達宗城がメインの話ではなく貧乏男が主人公。

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    2023年08月27日
  • 項羽と劉邦(上)

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    始皇帝が中国を統一したところから物語が始まる。始皇帝が全国に顔を見せるために巡回している間に死んでしまい、それに漬け込んだ宦官の趙官が胡亥を要して実質の皇帝になる。始皇帝から始まった建設事業によって多くの人たちが駆り出され不満が溜まっていきついに陳勝が反乱を起こすことで秦帝国の崩壊が始まる。これに続き呉中の項梁、項羽や沛の劉邦らが反乱軍を組織。鉅鹿城にて章秦軍を倒した項羽は20万もの秦軍を捕虜とするも新安で20万の兵を谷に生き埋めにしてしまう。
    シンプルに戦国時代の中国を統一した始皇帝はすごいが封建制度から法治国家にするのは難しかったか。無駄な建設はしないに限る。キングダム読んだことあるから少しだけ理解しやすかったが、全体的に登場人が多くて難しいのと中国の地理が馴染みがないので揚子江より南が全くの異文化とかわかりにくかった。

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    2023年08月24日
  • 世に棲む日日(四)

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    高杉晋作が俗論派の政権を倒すべく周囲を巻き込んでいくところから第二次長州征討で小倉城を奪い、死すまで。
    長州藩に関心が湧かないのか、高杉晋作に思い入れができないためか、コロナでしばらく読めてなかったためか、理由はともあれ強くは惹き込まれなかった。

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    2023年08月14日
  • 功名が辻(一)

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    最近続けて掛川城と高知城に行く機会があったが、山内一豊と千代のことをよく知らない自分に気づき、久しぶりに司馬作品を手に取った。
    戦国合戦の裏話的なものが満載で、やっぱり司馬作品面白いな、と思いながら読んだ。
    今の時代から考えると、男性と女性の立ち位置があまりにも違うことに納得できない部分もあるが、こういう時代を経て現在に至っている(いやいやまだまだではあるが)のだし、戦国時代としては、千代はとても賢い女性の一人だったので、彼女の生き方はどうだったのかと興味深く続けて読んでいきたいと思った。

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    2023年08月10日
  • 燃えよ剣 1巻

    無料版購入済み

    いいとこ取り

    司馬遼太郎の人気作品のコミカライズである。幕末、新選組、土方歳三 と大人気の組み合わせだけあって繰り返し、映画化、テレビドラマ化されているが、コミカライズ版はどうかと思い読んでみた。登場人物が見な原作のイメージよりも若すぎる 稚すぎる感じがするが、できるだけ原作に忠実であろうとする努力は認められると思う。

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    2023年08月04日
  • 世に棲む日日(二)

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    安政の大獄で吉田松陰が死刑となり、高杉晋作の物語に。2巻は高杉晋作が攘夷を決行すべく異国人を打ち払う準備を整えるところまで。

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    2023年08月01日
  • 街道をゆく 32

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    ネタバレ

    以下引用~
    新政府がその裁きとして、稲田の家臣団を北海道に移したことはすでにのべた。(徳島の稲田騒動。阿波蜂須賀氏との対立)

    この脇町を脱出した小野五平にとって、目的は政治ではなく、将棋だった。
    当時、将棋界には弊風がつもっていたが、かれは実力と努力でこれを改革しようとした。
    柔術を改革して柔道をつくりあげた嘉納治五郎は阿波の対岸の大阪湾岸の人だったし、また俳句短歌を改革したのは、阿波のとなりの伊予の人正岡子規だった。かれらがいなければ、将棋、柔道、俳句といったものは、こんにち衰弱していたかもしれない。

    豊臣政権というのは、名子制を廃止したという点で、革命政権だった。当時、それに反対する地侍(名子の親方)による一揆が各地でおこった。豊臣政権はいちいちそれらを攻めつぶし、地侍を城下によんで大名の家臣にするか、あるいは在地のまま農民身分におとすか、どちらかにした。名子については土地をあたえ、自作農にした。豊臣政権は、ひとことでいえば、自作農設定政権、だったといっていい。徳川政権が、それをひきついだ。

    根来寺は、全国に情報網をもっていた。たとえば、1543年、薩摩の南にうかぶ種子島に鉄砲が伝来したときくや、すぐ人を出すという機敏さは、容易なことではない。
    鉄砲伝来譚には、かならず根来寺が出てくる。
    その後、根来衆は、戦国大名にさきがけて鉄砲をもって武装し、後年、豊臣秀頼によって堂塔・行人ともにほろぼされるまで、抜きん出た鉄砲集団として四方からおそれられていた。

    どうも、日本の大寺は、当時のヨーロッパ風にいえば、大学にあたるらしい。二和寺は真言学の単科であり、興福寺も東大寺も、仏教古典学の大学であった。

    信長は、中世的な不合理なもの、説明しようのない怪態が、政治や経済、あるいは軍事を握っていることを、身震いするほどきらった。このため比叡山延暦寺を焼きはらった。

    根来塗の赤は、似たようなものがないといえるほどに美しい。本来、赤というのははげしく主張する色である。が、根来塗の赤は、主張や執着というどぎつさを去ってしまったもので、こういう色はまれに天然のなかに見る。たとえば残照の雲間にふとあらわれてつぎの瞬間に消えるかもしれない赤である。

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    2023年07月17日