あらすじ
義経は華やかに歴史に登場する。木曽義仲を京から駆逐し、続いて平家を相手に転戦し、一ノ谷で、屋島で、壇ノ浦で潰滅させる……その得意の絶頂期に、既に破滅が忍びよっていた。彼は軍事的には天才であったが、あわれなほど政治感覚がないため、鎌倉幕府の運営に苦慮する頼朝にとって毒物以外の何物でもなくなっていた。
...続きを読む感情タグBEST3
Posted by ブクログ
まず、歴史の知識が皆無の人間が書いていることをご承知おきください。
義経、頼朝、弁慶、壇ノ浦の戦い、単語は知っているけど単語しか知らないという状態で読みました。
ところどころで関連書物を引用していると思われる部分があり、事実と司馬遼太郎さんの空想が入り混じって描かれた世界なのだと思います。
表現力巧みな上一人一人のキャラクター設定が緻密で物語の中に引き込まれます。
また、出来事が一通り書かれた後につまりは〜ということである。というような要約もあり無知な私でも物語のスピードに置いていかれることはありませんでした。
上辺だけを知っている私は様々なところで衝撃を受け、また義経がこれほどに人懐っこく愛嬌のある人間だとは思いもせず、最後まで心がギュッと動かされました。
司馬遼太郎さんの作品を初めて読みましたが、面白い、面白すぎる。これからたくさん読み漁ることにします。
Posted by ブクログ
小学生の頃、日本昔ばなしの「牛若丸」を観て以来の「判官びいき」です。
今回、司馬遼太郎さんの作品を読んでみて、源氏と平氏の争いと言うよりは、源頼朝と後白河法皇の争いと言う印象を強く持ちました。
今、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」を毎週見ていることもあって大変興味深く読むことができました。
Posted by ブクログ
いやー面白い!
こんな天才的な人物ひどく惜しい。
が政治的能力がまるでないので頼朝に嫌われるのも仕方ないかな。
つい義経目線で読むので頼朝を憎みそうになるけど。
大河ドラマ、今後の展開楽しみ!
Posted by ブクログ
義経を評して「政治的痴呆」という形容が数限りなく出てきて可哀想な位だが、政治のみに長けた新宮行家よりは断然カッコいい。
地元唐津は義経とは何の関係もないが、唐津くんち四番曳山が「源義経の兜」な位ずっと義経が愛されてる「判官贔屓」の由来を、Wikipediaは「北条執権政治を正当化するために書かれた吾妻鏡による情報操作」として解説している。
義経は合戦の天才か?という点については、典型的な選択バイアスとも思えるが、伝説はとうの昔に完成しており、義経は永遠に英雄だ。
Posted by ブクログ
機動戦士ガンダム。アムロ・レイ。zガンダム。カミーユ・ビダン。シャア・アズナブル。
うーん。彼らの原型が、「源九郎義経」だったとは。
ガンダムファン、必見、必読の作品だと思いました。
#
司馬遼太郎さん「義経」(文春文庫、上下)。1968年発表だそうです。
これは、面白い。
つまり、司馬遼太郎版の「平家物語」なんですね。
平清盛の栄華から。
少年義経の放浪。
頼朝の挙兵、木曽義仲の挙兵。
富士川の戦い、宇治川の戦い。木曽義仲の敗死。
一の谷の戦い、屋島の戦い、壇ノ浦の戦い。義経の絶頂。
義経と頼朝の対立、腰越状。
そして、義経の没落まで...。
いわゆる「源平」の美味しいところをわしづかみにした、上下巻です。
#
この小説と、「街道をゆく 三浦半島記」を読むと、立体的に判ってくるのが、司馬さんの解説する「鎌倉時代」というものです。
平安時代までは、基本の土地所有の仕組みがどうなっていたかというと。
つまり、日本全国の土地は全て、「政府=朝廷」のものだったんです。
ただこれは当然、徐々に形骸化していきます。
どうしてかというと、朝廷という言葉の中身が、実力者が、徐々に藤原一門にスライドしていきますね。
そうすると、藤原一門は、簡単に言うと私有財産が欲しい。私有地が欲しい。
そこで、新たに開発した新田などを、「荘園」として、一部貴族が所有できるようにしました。
これが味噌で、特殊例外以外は、「土地私有」が認められていなかったんですね。
さて、東国、関東を中心に、徐々に技術が進み、新しい田畑が増えていきます。
これを新田開発した、開発農民たちは、地域でのいざこざを日々乗り越えるために、たくましく武装します。
そして、一族で新たに開発した土地に執着します。必要なら戦います。「一所懸命」。
これが、武士の誕生です。
ただし、この武士たちは、頑張って新田開発しても、制度上、土地を私有できなかったんですね。
自分たちの親分にお願いをする。
お願いされた親分は、京都の貴族たちのところに行って、召使のような奉公をする。それも、ノーギャラで。
そうやってぺこぺこして、ようやっと、自分たちの田畑の、管理権みたいなものを認めてもらう。
かろうじて、「管理権」な訳です。
ところが、もう実際に現地で武力を持って土地を守って、耕作して収穫まで、一切は土地の農民=つまり武士、が経営している訳です。
なんだけど、貴族に、つまりピンハネされる。
みかじめ料みたいなものです。
それも、相手は物凄く威張ってて。見下される。
これは、おかしいなあ、と。改革が、革命が必要なんぢゃないか。
不満が溜まっていたわけです。
(恐らく、平将門の乱なども、こういう現象の延長にあるのでしょう)
#
大事なのは、この不満を取りまとめた英雄が、「朝廷=京都=貴族」というシステムと、決別することなんですね。
平清盛がそうですが、武士の大将が京都で実権を握っても、「貴族化」してしまったら、意味が無い。
「藤原」が「平氏」に代わるだけで、仕組みが変わらない。
仕組みを変えるためには、「朝廷=京都=貴族」というシステムを壊さないといけない。
#
これを痛いほど自覚していたのが、源頼朝。北条政子。北条時政。北条義時。このあたりだった。
と、言うのが司馬さんの説です。
この人たちは、圧倒的に革命家な訳です。
何しろ、「日本史上、全く前例のない、世の中の仕組み」を作らなくてはなりません。
平氏を武力で滅亡させるんだけど、「朝廷=京都=貴族」に、どれだけ誘われても、そこに参加しない。
圧倒的な武力で実力を握っておいて、「各地の土地所有の割り振り権限」を朝廷から奪って。
「幕府」という新しい政治の仕組みを作る。それも中心地を近畿ではなくて関東、「鎌倉」に置く。
これは全て、ずっと「朝廷=京都=貴族」に虐げられ、理不尽に搾取されてきた、「東日本を中心とした開発農民団体=武士」たちにとって、ついに訪れた「自分たちの時代」だった訳です。
#
というこの辺が、「地球に残った人類」「スペースコロニーの民」「コロニーの民の権利」「ニュータイプ」と言った、ガンダムの世界に良く似ていますね。
まあ、当然、過去の歴史的な葛藤から作られたフィクションな訳で、当たり前なんですが...
#
頼朝なぞは、挙兵した瞬間は、信じられないことに、総勢20名くらいだった訳です。
それも、「やばい、このままではどのみち平家に殺されるから仕方なく挙兵」だったそうです。
それが、連戦して割と連敗するんだけど、どんどん豪族たち、武士たちが味方についてくる。膨れ上がる。
それは全て、頼朝に「朝廷に隷属しない、新しい仕組み」を期待していたからなんですね。
それを、頼朝は判っていた。
判っていなかったのは、義経だった。
#
義経は、父を平氏に殺されて。(まあこれは当然、頼朝も同じなんですが)
幼かったから、色々苦労をして育ち。
ある時点で、復讐=平家の滅亡、だけを夢見て成人し。
あとは若いながらに戦争の現場に入ってしまったので、政治や土地所有の仕組みが判っていない。
単純に、平氏を滅ぼして、源氏が入れ替わりに京都を、朝廷を、我が物にすればそれで万々歳だと思っています。
なにより、兄・頼朝もそう思っている、と、思っている。
そして、平氏と、藤原氏と同じように、「血縁」であるがゆえに自分も尊重されるべきだ、と思っている。
これはこれ、京都的にはその頃の常識なわけです。
だけど、東国では、違いました。
まだ、長子相続すらちゃんと決まっていない。
兄弟でも武力で戦争が当たり前。
さらには、頼朝に求められているのは、「第二、第三の平氏や藤原氏になって、一族でウハウハになる」ことではなくて。
「東国の開発農民団の利益を誘導してくること」なんです。
東国の開発農民団=武士、からすれば、義経が弟だからって、重宝されて、領地とかばんばんもらったりしたら、噴飯ものなわけです。
このあたりの機微を、頼朝は痛いほどわかっていた。
そして、義経は笑えるほど、判っていなかった。
#
ただ、問題は。
その義経が、「戦争の天才だった」ということなんですね。
その天才ぶりが、哀しい輝きという感じですね。
なんかもう、機動戦士ガンダムのアムロであり、鉄腕アトムであり。
つまり、強い、かっこいいんだけど、それが幸せに繋がらない。却って疎まれたりする理由になる...。
そういう、「哀しい不器用な、強すぎる戦士」というヒーロー像の、元祖なのではないでしょうか。
#
とにかく、強い。
圧倒的に強い。
数年はかかる、かかっても無理かも、と思われた、「平家を滅亡させて、三種の神器を取り返す」という難行を、
またたく間に達成してしまう。作戦は常に電光石火。独断専行。天才の技。
そして、イッキに武士たちの間でその才は認められ、貴族平民の間ですらヒーローになってしまう...
#
その有様を、描くのに、司馬遼太郎さんはうってつけですね。
鎌倉時代、という分析や、物語能力に加えて。
何と言っても司馬さんの個性は、なんだかんだ言って「元軍人」ということだと思います。
凄くゆがんだ形で、結局は「戦争行為」というもの事態に興味があって、ある種の愛着があって。造詣が深い。
#
この「義経」が、小説として素晴らしいのは、
「鎌倉時代、という新しい、革命的な動きの中で。義経というのは貴種でありながら、野盗風情の仲間しか居ない、という、革新の動きの中でも、更に例外で異例な存在だった」
という、二重構造、入れ子構造が凄く、判りやすく面白く描かれます。
さらにもはや、善悪とかモラルではなく、
「新しい時代を判っている男」=頼朝
「判ってない男」=義経
という、ほぼ抱腹絶倒なすれ違いが、はっきりくっきり判ります。
もう、これは殺しあうしかないんですね...
(この延長線上に、頼家や実朝の悲劇があります。そのあたりは「街道をゆく 三浦半島記」が実にすばらしい。)
#
という視点がありながら、平家物語の美味しいドラマチックな名場面がてんこ盛り。
これは、たまりません。
最後、義経の没落の始まりで筆をおいて、死の場面までは描かない。
そんな手法が実に、司馬さんらしい合理性。つまり、もう司馬さんの描きたいドラマは終わってます、ということなんでしょうね。(あるいは、司馬さんが、飽きたのか)
#
実はこの「義経」上下巻。
多分、10歳の頃に生まれて初めて読んだ司馬遼太郎さん作品。
個人的には思い入れがあります。
それからもう30余年になりますが、多分どこかで一度は再読していたんだと思いますが、今回、初めて舐めるように魅力を味わえた気がします。
歳を取るのも愉しいものですね。
Posted by ブクログ
源義経の強さは弱さでもある。報連相の大切さ。上司の背景の理解の大切さに気づかさせれる。
義経の最期はとても哀しい。
韓信を彷彿とさせる。
敵がいるうちは華。敵を倒した後には味方との闘い。世の中の複雑さに気づける。
Posted by ブクログ
政治が苦手
血縁を重んじる
女好き
お洒落
涙脆い
生涯を通じて
そのキャラクターはブレないように
描かれていたけども
義経を義経にしたのは
後世を生きる私たちなのかも
不遇な運命に
作用した人物は描かれていた
最後、どんな思いで死んでいったのか
読みたかったな
Posted by ブクログ
痛恨のミスで、まさかの下巻から読んでしまった。
元々義経は興味があったので、深く知れて良かったけど、頼朝と後鳥羽が大嫌いになった。当時の歴史観から致し方なしとも思いつつ、不愉快な奴らだ。
これから上巻を読む憂よ…
Posted by ブクログ
さすがの司馬遼太郎。キャラが立っている。
義経だけでなく、すでに死んでいる登場人物すら、キャラが立っている。
義経は全然爽やかではないけど、一芸に秀でていて、それによって身を滅ぼす、という、すごいけどすごくないという感じが同情を誘うのかも。
Posted by ブクログ
歪な義経が次第に際立ってくる感じが、終幕の気配を掻き立てます。終わりの呆気なさは、伝聞物らしさが出ていいと思います。実は後白河法皇に支えられた物語だったのかも、と思って妙に納得しました。
Posted by ブクログ
義経って不幸だなと思った。子供のまま大人になってしまった、その生い立ちも政治感覚の無さに関係してるんだろう。頼朝の考え方、葛藤もよく書けてるなーと思った。
Posted by ブクログ
戦での歴戦の雄でも思い浮かべられないような戦略と決断の早さ。一方で政治面の無知さや純粋さ幼さ。昔の英雄ならあたり前ではあっただろう好色さ。やはり切ない。追討の院宣が出て以降の最期は意外にシンプルに書かれているのが、多くのファンがいる義経への敬意なのかなと勝手に納得しました。
Posted by ブクログ
義経が一ノ谷の戦いで鵯越の逆落としをやった際に文中で「人よりも百倍臆病であるとすれば、百倍勇気を奮い立たせればいいではないか」という表現がとても人間味に溢れていて好きだ。
いくら奇襲だとしても、崖を目の前に馬に乗りながら駆け下りるなんて相当怖いだろう。
当時、就職の面接を控えていてこの言葉に勇気を貰った記憶がある。
Posted by ブクログ
下巻でついに義経登場!という感じです。
天才的戦術で勝ち誇っていくたびに、その後訪れる悲劇の種が何度も何度も描かれ、壇ノ浦のところでは「この戦を読み終えたら悲劇しかないー!」と思ってなかなか読み進められなかった思い出です。笑
ですが悲劇の種が描かれていたからこそ、その悲しみを受け止められたかなと思います。
最後はあっさりした終わり方ではありましたが、読みごたえはじゅうぶんにあります。
Posted by ブクログ
戦の天才は平家を滅亡させて京へ凱旋する。この単純な思考を持つ天才は、なぜ頼朝が上洛しないのか?を理解することは生涯なかった。相手の立場を理解せずただ自分を見て欲しいとせがむ純粋さが悲哀。
奥州への都落のシーン、弁慶との逸話などが書かれていない。何故?あっさり終わる理由とは?謎に包まれた下巻である。
Posted by ブクログ
現代人がイメージする主従関係、戦術、戦略は、戦国時代のもので、平安末期、鎌倉時代のそれは非常に淡白であるけとがよくわかった。
結局、最後まで頼朝の考えを理解できなかった義経。
天才でありながら、鈍感。登場、活躍、栄華、没落が一生のなかで如実に分かれ、最後は悲しみを抱えながら、消えていく。
作中にもあるように人々を惹きつける魅力が義経には揃っている。
まさに、諸行無常を体現する人物。
欲を言えば、義経が平泉で滅亡するまでを詳細に描いてほしかった。それにしても、頼朝、戦に行かなすぎ。
Posted by ブクログ
「国盗り物語」から司馬遼太郎さんの作品を読み始め、二作目です。
相変わらず、作者の知識量のすごさに圧倒されます。
日本史史上で珍しい「騎馬隊」を用いた武将で、とってもかっこいいです。そして、愛されるキャラクターでもあります。それ故に、頼朝に追われることになるのですが、、、
義経の結末は有名なだけに、読み進めていくことが少し辛くなっていきました。
Posted by ブクログ
私がこれまで描いていた義経像とは、まったく違う義経が描かれており新鮮で面白かったです。
子供のまま成人になってしまい哀れに感じるほど政治感覚がない本書での義経は、うっすら記憶に残っている大河ドラマの義経とはかけ離れていました。
この本から、周りの反応がおかしいなと感じたら、直す直さないは別にして自分の行動を反省するのは重要なことだと再認識しました。
Posted by ブクログ
義仲の滅亡から一ノ谷、矢島、壇ノ浦の戦いを経て義経の滅亡までを描く下巻。義経の戦における才能と裏腹に政治的才能も情勢を見極める事ができる家臣もなく、やがて落ちぶれていく過程が上手く描かれている。物語のきっかけとなる政治家の行家とうまく折り合えばと考えるが、それにしても歴史というものは際どい所で成り立っているものか。
終盤はかなり急ぎ足で締めくくっており、その後の頼朝の状況や義経の敗走のエピソード、安宅の関での弁慶との勧進帳の逸話も触れることなし。弁慶は出会いこそ劇的に描かれているが活躍の場があまりなく残念。
法王のあまりの俗人的なところは宮内庁あたりから文句が出そうな描かれ方で、ある意味人間臭さがあり面白い。
ともあれ、物語としてとても面白かった。
Posted by ブクログ
平安時代末期から鎌倉時代初期が舞台です。
源義経が主人公ですが、色んな人の視点から物語が語られます。
1,000ページに迫る大作でした。
馬鹿と天才は紙一重といいますが、義経はその両方だったのかもしれません。
Posted by ブクログ
2冊合わせて900ページ弱の超大作。歴史上でも指折りの悲劇のヒーロー、源義経。その半生を司馬遼太郎節全開で描く。最近ではよくよく分かってきたことであるが、この作品を読む中では義経という人物はおよそ幼稚で政治感覚の優れなかった人物だったのだな、というのが分かる。ただ戦、という面においては圧倒的なセンスの持ち主で天才肌だったのだろう。それ故に兄の頼朝に疎まれて最終的には敵対するまでに至るのが寂しい。作品としては頼朝に弓を弾いてからはサクッと終わってしまうのでそこに至るまでの過程を楽しむ作品だったのだろう。
Posted by ブクログ
ついに義経さんの活躍が鮮やかに!と思いきや、彼の極端な性質によって、勝ちも勝ちではなくなってしまう。
なるほど、頼朝さんや後鳥羽様は本心のわかりにくい、というより本心を明らかにできない立場だけれども、それにしても2人に挟まれた義経さんが哀れだった。
でも、彼が謙虚であれば、まだなんとかなっただろうけど、傲岸なところがとても残念。まあそういう時代だったのだろうけど、とにかく残念で哀れなお話。
最後はあっさりしてしまっていたけど、顛末も哀れすぎるだろうから、これでよかったのかも。。
とにかく哀れ。ポジティブはどこに泣
Posted by ブクログ
遮那王がただひたすらに法と秩序の名を冠した獣の顎の下で時を過ごし・待ち・窺い続けたのが上巻ならば、あとはもう楔から解かれた猟犬の如くそれら獣が老いさばらえたのを目敏く見抜き、喉元に食らいつき、そして"役"を勤め上げて煮らるるのが下巻
といった具合だろうか。そんな所感
Posted by ブクログ
日本人ならほとんどの人が知ってるであろう義経。
日本人の義経像の形成にもかなりの影響を及ぼしたであろう小説。
意外にも講談や多くの物語で取り上げられてい弁慶との逸話や、奥州落ちの物語が欠落して、最後はアッサリ終わっている。何かしらの意図があるのかな。
いくらでも大冊にできたであろうに、文庫二冊に納めている。もっと書き込んで欲しい部分もあった。
Posted by ブクログ
最後に、「悪とは、なんだろう」とあるが、本当になんだろうか。戦功があるから輝いて見えていただけで、それがなければダメ男。あまり魅力を感じなかった。かといって、法皇のように義経を愉しめるわけでもなく。こういう男性が身近にいたら厄介だろうなあと思った。別の角度から見たら魅力的に映るのだろうか。
Posted by ブクログ
義経への解釈が、私のイメージに近くてよかった。
周囲に鈍感で生意気に見える戦の天才…みたいな。
民衆からみれば判官贔屓や伝説が生まれるような、魅力的な人物なのだと思うけど、
敵味方から見ると、「何をしでかすかわからないヤバいやつ」「イレギュラー」と言いたくなるような…そんな人物な気がする。
革新的な戦法は今でこそ当たり前だけど、当時は掟破りのルール違反。誇りやタブーを気にしない革新的な戦法。
兄に認められたいが、まるで兄のことがわかっていない。嫌われることばかりやる。
陰謀渦巻く時代において、あまりにもピュアな人物だったのでは。政治がわからないってそういうことかなと思いました。
司馬先生といえば資料だし、現実的に見た義経像なんじゃないかな。
それにしても司馬先生は戦国時代以前は苦手なのかな…と感じます…。キレがない…。