司馬遼太郎のレビュー一覧

  • 花神(中)

    Posted by ブクログ

    医者から後半いつの間にか軍師へ。徳川の保身や長州の狂気など凄い時代です。
    主人公がなかなか変人なので、お話に入り込みにくいかもしれない。

    0
    2019年05月29日
  • 故郷忘じがたく候

    Posted by ブクログ

    たまたま手にとってみたら、私の趣味である茶道の陶芸家の沈寿官の話だった。以前茶道の青年部のみんなで沈寿官氏のところに行ったことがあったので記憶の点と点をつなぎながら楽しく読めた。
    「斬殺」とあと一作入っていたが、長州の世良とガラシャの話?だったようだが私にはちょっと難しくて最後まで読めなかった。

    0
    2019年05月15日
  • この国のかたち(一)

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    司馬遼太郎が歴史小説を書くようになった原点の本
    戦時中、満州で戦争に従事し理不尽な思いをしたその原因を参謀本部の「統帥権」の暴走である。としてそこから日本人がどのような民族であるかを展開している。

    0
    2019年04月21日
  • 新装版 箱根の坂(上)

    Posted by ブクログ

    先日、東大阪市の司馬遼太郎記念館に行ったことをきっかけに購入しました。

    これまで戦国時代(織田信長、武田信玄、斎藤道三、毛利元就等)にフォーカスした作品は読んだことがありました。しかし、応仁の乱から戦国初期は扱っている本の絶対数も多くなく新鮮だろうと思い手に取りました。

    上巻を読み終わって、伊勢新九郎が北条早雲になるとは到底想像できません。中巻以降の展開が楽しみになる一冊です。

    0
    2019年04月06日
  • 菜の花の沖(一)

    Posted by ブクログ

     この時期、嘉兵衛おぼろげながらかれ自身が生涯をかけてつくりあげた哲学の原型のようなものを、身のうちにつくりつつあった。
     そのことは、かれの気質や嗜好と密接にむすびついている。
     潮汐や風、星、船舶類の構造とおなじように、嘉兵衛は自分の心までを客観化してしまうところがあった。すくなくとも自分のすべてについて、自分の目からみても他人の目からみてもほぼ誤差がないところまで自分を鍛錬しようとしている。
     つまりは正直ということであった。しかし不正直ほど楽なものはなく、正直ほど日常の鍛錬と勇気と自律の要るものはないとおもいはじめていた。
     自分と自分の心をたえず客体化して見つづけておかねば、海におこる森羅万象がわからなくなる、と嘉兵衛はおもっている。

     嘉兵衛が貞代に感じた不愉快な感情は、煮物のにおいのように貞世の感覚にすぐつたわった。貞代は、
    (いやな男だ)
     と、ばく然とおもった。そういう感情が湧き出てしまった以上、貞代の理性は嘉兵衛のどういう部分がいやなのかということをさがし、自分を納得させねばならない。そういう目でみてゆくと、なんとも油断のならない男のように見えてくる。
     第一、若いくせに言うことに淀みがない。若いということは自分自身の気持ちが整理ができないということなのである。たいていの若者は何を問われてもたじろぎ、首をかしげる。貞代のように物事の整理がついた大人からいえば、そういう若者に接すると助言者としての快感をもつのである。

    0
    2019年03月24日
  • 翔ぶが如く(十)

    Posted by ブクログ

    明治維新から西南戦争までを描く長編小説。西郷隆盛の実像と虚像のギャップ。桐野のポジションと能力のギャップ。描かれる多くのギャップが切なさを感じさせる。集団と個人、文化と個人の関係性、担ぎ担がれる組織形態、など、読める切り口は多い。
    NHK大河『西郷どん』で感じた違和感を拭うために読む。が、、、長い、、、全編に閉塞感が漂い、読んでいて若干つらい、、、『翔ぶが如く』ってタイトルと違う、、、

    0
    2019年03月16日
  • 馬上少年過ぐ

    Posted by ブクログ

    これまでは司馬遼太郎氏の作品と言えば燃えよ剣しか読んだことが無く、また、その燃えよ剣がまったく合わなかった。他の作品も刊数が多く、チャレンジしにくい。
    そんななか、たまたま本屋で手に取ったのが、この短編集であった。
    七つの短編が綴られているが、なんと生き生きと、かつ緻密に主人公やその世界が描かれていることか。彼らが活躍する関ヶ原の時代や幕末の息吹を感じ、時代や運命の不思議さ(絵師や一介の野伏が表舞台にたって活躍する)と、それに翻弄される主人公たちに引き込まれる。

    英雄というのは、時と置きどころを天が誤ると、天災のような害をすることがあるらしい

    とは、なかなかに含蓄のある文章であり、心に残っている。

    0
    2019年03月04日
  • 花咲ける上方武士道

    Posted by ブクログ

    タイトルに“武士道”と入っていますが、主人公の高野則近は公家です。
    「公家密偵使」として、江戸に行くことになった、則近の道中を描いた時代エンタメ。
    道々、刺客に襲われ、色んな珍事に巻き込まれながら江戸への道を進む則近。主人公がとにかく女性にモテまくるのも司馬作品お約束です。
    百済ノ門兵衛、名張ノ青不動などクセの強いキャラ達も味があります。

    0
    2019年01月22日
  • 菜の花の沖(五)

    Posted by ブクログ


    ひたすらロシアの話。

    成り立ちから。長い。

    けど、次への壮大な前フリなのだ。

    がんばれ、自分。

    0
    2019年01月04日
  • 菜の花の沖(四)

    Posted by ブクログ


    業容拡大。

    内ではバカな役人と付き合いつつ、外はロシアの影がちらつくところ。

    これまでの支援者に猜疑の目で見られるあたり、切ない。

    0
    2019年01月04日
  • 街道をゆく 8

    Posted by ブクログ

    熊野近辺の知識を得たくて読んでみたが、あっさりしていてやや拍子抜け。
    一方、種子島と熊野の関係等、思わぬ知識が得られ、楽しかった。

    0
    2018年12月31日
  • 新装版 播磨灘物語(4)

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

     禅であるかぎり、悟りをひらかねば田舎の一ヶ寺のあるじでさえなれない。恵瓊もまた恵心のもとできびしく修行してやがて印可を得た。悟道に達したということになるが、一般に悟りというのはあるいは得ることができても、それを維持することが困難なように思える。生涯、それを維持するために精神を充実させつづける必要があるが、ふつうは、俗世間のおもしろおかしさのために、ただの人間以下にもどってしまうことが多い。
     もどったところで、禅僧としての地位の高さから世間はそうは見ず、また当人も自分自身を自分に対して弁護するために多くの禅語や禅宗独特の修辞を動員したりする。たとえば、自分は融通無碍の境地にあるのだと思い込むだけで、自分のたいていのことは、まず自分が許してしまうのである。
     恵瓊には、多少そういうところがある。

     臣ハソレ中才ノミ。
     という意味のことをいった。
     秀次はかさねてその意味を問うた。
     如水は、自分がもし上才なら何も太閤に仕えておりませんでしょう、すでに天下をとっています。かといって下才でもなさそうであるこということは、このように、真似ごとながらも諸侯に列していることでもわかります。要するに中才でありましょうな、とひとごとのようにいった。
     このことは、如水の本音だったらしい。
     かれは年少のころから物事の姿や本質を認識することが好きであった。さらにはその物事の原因するところと、将来どうなるかを探求したり予想したりすることに無上のよろこびをもっていた。認識と探求と予想の敵は、我執である。如水がうまれつきそれに乏しかったことでかれは右の能力においてときに秀吉をあきれさせるほどの明敏さを発揮したが、同時に我執が乏しいために自分をせりあげることを怠った。中才である、と如水が、あたかも他人を観察するように言いつくしたのは、さまざまな意味をふくめていかにもこの男らしい。

    0
    2018年12月24日
  • 新装版 播磨灘物語(3)

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

     たしかに官兵衛は妙な男だった。
     この男はつねに、物事を、表と裏や前後左右から見てしまうために、藤兵衛への絶対的な怨恨というものが、心の中で成立しにくいのである。
     悪い取巻がいた。藤兵衛はその取巻連中との政争にやぶれたわけであって、藤兵衛を恨むわけにはいかない、と思っている。

    0
    2018年12月24日
  • 新装版 播磨灘物語(2)

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

     戦争、政治という諸価値の入りまじったややこしい事象を、官兵衛は心理というものに帰納して考えようとする。
     心理という、このあたらしい言葉で彼の行き方を解こうとするのは、用語として粗雑の気味もあるが、要するに官兵衛は、ひとの情の機微の中に生きている。ひとの機微の中に生きるためには自分を殺さねばならない。
    (私情を殺せば、たいていの人の心や物事はよく見えてくるものだ)
     官兵衛は早くから気づいていた。官兵衛に私情があるとすれば、一つしかない。が、平素は忘れている。むろん、かれの父親にも洩らしたことがなく、かれ自身、真剣にそれを考えてみるということなどもなく、要するに、いまの日常からいえば桁の外れたことなのだ。
     官兵衛はおそらく、みずからそれを思うときでも、ひそかにはにかまざるをえないであろう。つまり、天下を得たいということなのである。天下を得て志を万里のそとに伸ばしたいというのはこの時代の男どもがおおかた抱いていた鬱憤であり、当然なことながら官兵衛だけのことではない。官兵衛の場合は含羞(はにかみ)をもってそれを思うだけである。

    0
    2018年12月24日
  • 新装版 播磨灘物語(1)

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

     官兵衛には、およそそういうところがない。
     かれはただ自分の中でうずいている才能をもてあましているだけであった。その才能をなんとかこの世で表現してみたいだけが欲望といえば欲望であり、そのいわば表現欲が、奇妙なことに自己の利を拡大してみようという我欲とは無縁のままで存在しているのである。そういう意味からいえば、彼は一種の奇人であった。

    0
    2018年12月24日
  • 夏草の賦(下)

    Posted by ブクログ

    先祖が、長曾我部元親に毒殺されたのだが、出てこなかったな。司馬先生に、取り上げて欲しかったなあ。まあ、阿波の弱小城主では、致し方なし…

    0
    2018年12月09日
  • 義経(上)

    Posted by ブクログ

    京都生まれだからか牛若丸は馴染みと親しみがあり、なんとなくな感じで好きだった。改めて歴史を知ることで京都人の判官贔屓が理解できたことでその根拠が解った気がした。
    義経の“青さ”と“不器用な実直さ”は魅力でもあり、それに弁慶たちも京都人もそして私も引き込まれたんだろう。
    また昔は弁慶は強いとの印象があったが、ただの強さではなく父親のような温かな強さであったと改めて感じた。

    0
    2018年11月11日
  • 功名が辻(四)

    Posted by ブクログ

    大河ドラマにもなった大人気歴史小説の最終巻。この巻の本編では、関ヶ原の戦いから土佐での地位を築くまでが描かれ、その後「あとがき」として、主人公である山内夫妻の最晩年の様子が描写されている。本編のラストは後味のあまりよくないものであるが、これが本書をただの出世物語で終わらせない深みを与えていると思う。

    0
    2018年10月09日
  • 義経(上)

    Posted by ブクログ

    この作品を読むまでは、源義経と聞けば、半ば神格化された英雄だと思っていました。

    しかし、本作品で描かれている義経は人間臭く読んでいて新鮮でした。弁慶との出会いもある意味、史実に忠実なのかなーと感じました。
    上巻はまだ義経が雌伏の時にあるので、下巻が楽しみです。

    0
    2018年10月08日
  • 功名が辻(三)

    Posted by ブクログ

    大河ドラマにもなった大人気歴史小説の第三巻。この巻では秀吉の死から関ヶ原前夜までが描かれている。この巻では特に、山内夫妻の東軍につくと決断してからの機転と駆け引きが、読んでいて胸のすく思いがするほど面白かった。最終巻である次巻の展開が今から楽しみである。

    0
    2018年09月26日