司馬遼太郎のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
初めて読むのかと思いきや10年前の8月に読んでいた。もしかして家の中にもう1冊ある……気がしてきたっ。
シリーズ第2作にして韓国を訪ねるとは、司馬遼太郎は韓国に親しみや縁の深さを感じていたのだろう。文章から1970年代ののどかな韓国がそこはかとなく感じられる。
俗に「司馬史観」なんていわれ非難がましく言われたりもするけれど、少なくともこの本のような思いつくままを綴ったかのような紀行本として読めば、何にも縛られない正直な言葉や考え・思いが伝わってくるような気がする。
史観つながりでいえば、いま韓国を非難する人の何と多いことか。彼らはどういう史観をもっているのだろう。司馬遼太郎のなかには、韓国や朝鮮半島への親しみとともに、過去について(謝りはしなくても)日本が韓国・朝鮮半島に対しひどいことをしたという意識があるよう。それは司馬遼太郎に限らず、四半世紀ほど前までの戦争を知る日本人がまだ多くいた時代の多くがごく当たり前にもっていたものだと思う。この本を読んでも古来からの浅からぬ仲があるというのに悲しいこと。 -
購入済み
戦国の世
応仁の乱以降の乱世。
まるで見聞きしてきたかのような
筆さばきに感服しました。
乱世の初期は、戦ばかりの
武者の世の中かと思いきや
様々な思惑が関与する時代だったことが
窺える。
今の日本人では決して、此のような
思考には至らないであろう。 -
Posted by ブクログ
この時期、嘉兵衛おぼろげながらかれ自身が生涯をかけてつくりあげた哲学の原型のようなものを、身のうちにつくりつつあった。
そのことは、かれの気質や嗜好と密接にむすびついている。
潮汐や風、星、船舶類の構造とおなじように、嘉兵衛は自分の心までを客観化してしまうところがあった。すくなくとも自分のすべてについて、自分の目からみても他人の目からみてもほぼ誤差がないところまで自分を鍛錬しようとしている。
つまりは正直ということであった。しかし不正直ほど楽なものはなく、正直ほど日常の鍛錬と勇気と自律の要るものはないとおもいはじめていた。
自分と自分の心をたえず客体化して見つづけておかねば、海におこる森羅万象がわからなくなる、と嘉兵衛はおもっている。
嘉兵衛が貞代に感じた不愉快な感情は、煮物のにおいのように貞世の感覚にすぐつたわった。貞代は、
(いやな男だ)
と、ばく然とおもった。そういう感情が湧き出てしまった以上、貞代の理性は嘉兵衛のどういう部分がいやなのかということをさがし、自分を納得させねばならない。そういう目でみてゆくと、なんとも油断のならない男のように見えてくる。
第一、若いくせに言うことに淀みがない。若いということは自分自身の気持ちが整理ができないということなのである。たいていの若者は何を問われてもたじろぎ、首をかしげる。貞代のように物事の整理がついた大人からいえば、そういう若者に接すると助言者としての快感をもつのである。 -
Posted by ブクログ
これまでは司馬遼太郎氏の作品と言えば燃えよ剣しか読んだことが無く、また、その燃えよ剣がまったく合わなかった。他の作品も刊数が多く、チャレンジしにくい。
そんななか、たまたま本屋で手に取ったのが、この短編集であった。
七つの短編が綴られているが、なんと生き生きと、かつ緻密に主人公やその世界が描かれていることか。彼らが活躍する関ヶ原の時代や幕末の息吹を感じ、時代や運命の不思議さ(絵師や一介の野伏が表舞台にたって活躍する)と、それに翻弄される主人公たちに引き込まれる。
英雄というのは、時と置きどころを天が誤ると、天災のような害をすることがあるらしい
とは、なかなかに含蓄のある文章であり、心に残っている。