司馬遼太郎のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
【感想】
本物語の10分の7が終わり、ようやく西南戦争が始まるかぁ。
開戦に至る数々の過程を省略すべきではないが、「やっと」感が強い。
むしろあと3巻ですべて終結するのかと思うと寂しさもあるが・・・
幕末は英雄だった西郷隆盛の凋落が本作品には詰まっている。
自身の能力が低下したからなのか、それとも周りのプッシュに諦めを持ち、投げやりの上で開戦する決意を持ったのか。
おそらく後者だろう
西郷自身の手記がないため、彼が抱えていた苦悩と絶望に関しては一切わからないが、彼が決してただの虚像ではないと信じたい。
終盤になるにつれて、西郷と大久保の差を感じる作品になってきた。
【あらすじ】
明治十年二月、ついに西郷が立ちあがった!
圧倒的な士気で熊本城を攻める薩軍と援軍を待つ政府との闘いが始まった。
熊本、萩における士族の蜂起をただちに鎮圧した政府は、鹿児島への警戒を怠らなかった。
殊に大警視川路利良の鹿児島私学校に対する牽制はすさまじい。
川路に命を受けた密偵が西郷の暗殺を図っている―風聞が私学校に伝わった。
明治十年二月六日、私学校本局では対政府挙兵の決議がなされた。
大久保利通の衝撃は大きかった…。
【内容まとめ】
1.西南戦争はごく単純に言えば、私学校における若者の暴発から出発し、その暴発に西郷が身を委ねた事で起こった。
西郷は敗北を決意したか、なるようになれというような自暴自棄に身をゆだねた。
2.「木戸はつねに池のふちにいる。大久保はつねに飛び込んで池の中にいる。」
3.薩人は、木強者(ぼっけもん)を喜ぶ。
木強者とは、学問はさほどになくても勇敢、頑固、質朴、平素、必要以上に死を軽んずる者を言う。
【引用】
p69
薩人は、木強者(ぼっけもん)を喜ぶ。
木強者とは、学問はさほどになくても勇敢、頑固、質朴、平素、必要以上に死を軽んずる者を言う。
この種の男を薩摩隼人の典型とした。
p118
「木戸はつねに池のふちにいる。大久保はつねに飛び込んで池の中にいる。」
鯉を捕まえねばならぬときの2人を謳った評価。
p264
幕末の西郷は、あくまでも勝利を目標とする政略と戦略を考える人物であった。
しかし彼は、ここで必ず勝つという政略と戦略を考えるべきであったが、少しも考えた形跡はなく、考えたことと言えばせいぜい挙兵の名目だけである。
敗北を決意したか、なるようになれというような自暴自棄に身をゆだねたか、そのどちらかというほかない。
p290
二十歳以上の大人たちの集まりとは言えないほどに子供っぽい雰囲気が一座を浮かれさせていたし、この奇妙な非厳密さは、西郷と桐野それに篠原といった一種異様な3人の楽天家が醸し出している精神操作であるとしか言いようがなかった。
p302
西南戦争はごく単純に言えば、私学校における若者の暴発から出発し、その暴発に西郷が身を委ねた事で起こった。 -
Posted by ブクログ
モンゴル旅行の予定があったので一読。
【ザッと内容】
司馬遼太郎自身のモンゴル渡航記×オゴタイ・ハーン(チンギスハーンの後継者)の歴史とその背景×数奇な人生を辿ったモンゴル人ツェベクマさんの回想、この3つが折り重なった一冊。小説ではないし、歴史書ではないし、渡航記というわけでもない。文中で司馬遼太郎自身が我ながらただただ書き綴っていると表現している。
【こんな人にオススメ】
・これからモンゴル行く人
・モンゴルの文化や歴史について興味のある人
【感想】
司馬遼太郎がほんとにただただ書き連ねたような一冊。この一冊を読めばなんとなくモンゴルという国の概要を掴むことはできよう。特に印象的だったのがモンゴル人らしいとされているオゴタイハーンの思想。とにかく遊牧的で、「財宝や金銭は全て過ぎいく。永遠なものは何か?人間の記憶である」と考える。どうやらこの考え方を大国の王が本気で実践していたらしい。衝撃的であった。
モンゴルという国自体が近代化しきれない根っこにはこの考え方があるようである。現代のモンゴルでは環境汚染も問題になっているが、技術がないというのも大きな理由の一つであるし、この小説を読むと納得感が増す。
ぜひモンゴルに行く前に一読いただきたい。
モンゴルの史実が文の多くを占めているのが少し残念で、司馬遼太郎の感じたものやツェベクマさんのストーリーの内容がもっとあったらよかった。一気読み的な類のものではなく、読み物。 -
Posted by ブクログ
司馬遼太郎が描く軍師・黒田官兵衛は、全4巻。
著者後期の作品(1973~1975年執筆)だからか、同じ戦国時代が舞台の「国盗り物語」や2年前に読んだ「峠」と比べ、登場人物の滾るような闘志だったり、白熱した展開、興奮冷めやらぬ読後感…といったものはなく、ただ淡々と物語が進んでいくような印象を受けました。だからといってつまらないわけではなく、黒田官兵衛、すなわち如水のあらましであったり、これまで知らなかった荒木村重など、戦国時代の見え方がまたひとつ明らかとなり、面白い作品でした。
ところで、如水という人物。あの秀吉が嫉妬したとされる天才軍師ですが、作中でも多く語られていたように、とにかく欲望の影がみえません。そればかりでなく、(特に荒木村重に囚われてからは)達観的で、野望というものを持たない人物として描かれています。一方で、秀吉の補佐をひとつの仕事として捉え、そこに美学を感じているように思えるところは、時代背景こそ異なりますが、一介の村医者から戊辰戦争を率い、日本陸軍の創設者となった大村益次郎と重なるなぁと思ったり。
そう考えると、欲の少なく、冷静沈着である如水を描く作品だからこそ、すらすらと流れるような物語の運び方にひとり納得の思いを感じるところです。