司馬遼太郎のレビュー一覧

  • 胡蝶の夢(一)

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    「人間は、本来、猛獣かひどく気味のわるい動物だったかもしれん」
     と、いった。そのくせ人間は虎のように一頭で生きるのではなく、群居しなければいきてゆけない動物なのである。群居するには互いに食いあっては種が絶滅するから食いあわないための道徳というものができた。道徳には権威が要るから、道徳の言い出し兵衛に権威を付け、いやがうえにもその賢者を持ちあげてひろめた。しかし道徳だけでは、事足りない。人間の精神は、傷つけられやすく出来ている。相手を無用に傷つけないために、礼儀正しい言葉使いやしぐさが発達した。人間にとって日常とはなにか。仕事でも学問でもお役目でもなく、それぞれの条件のもとで快適に生きたい、ということが、基底になっている。仕事、学問、お役目はその基底の上に乗っかっているもので、基底ではない。
    「快適にその日その日をいきたい、という欲求が、人間ならたれにでもある。あらねばならんし、この欲求を相互に守り、相互に傷つけることをしない、というのが、日常というものの元の元になるものだ」
     だから、群居している人間の仲間で、行儀作法が発達した。行儀作法は相手にとっての快感のためにあるのだ、と良順はいう。

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    2018年02月25日
  • 翔ぶが如く(二)

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    相変わらず、余談のオンパレード。
    重複もはなはだしい。
    人格に触れることばかりで、まるで虚構船団のようだ。

    ここまでが序章、と思いたい。

    しかも、千絵という章は蛇足もいいところではないか。
    急にメロドラマ風の安い設定。謎であった。

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    2018年02月20日
  • 最後の将軍 徳川慶喜

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    鳥羽伏見の戦いで敵前逃亡する、大政奉還は自己犠牲ではなく政権放棄の気持ちが強かったなど慶喜の気質が分かるものであった。松平春嶽が言ったと言われる「慶喜は百の才智があっても、ただ一つの胆力がない」。なる程と思えた。

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    2026年01月17日
  • 翔ぶが如く(三)

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    【感想】
    大久保利通の若干の狡猾さはあるものの、彼とて親友の西郷を出し抜く事に心を痛めているような描写もあり可哀相だなと思った。
    しかし、後年にも語り継がれる西郷の偉大さからは想像できないほど、晩年(というか明治時代)の西郷は愚鈍な人間っぷりだった。
    それもそのはず、西郷には桐野利秋というフィルターがかかっていたからねぇ。
    優秀な人材はもちろん、些細な情報からでさえ彼は蚊帳の外になってしまった。

    YESマンで周りを固めた「お山の大将」になってしまえば、こうも愚かになってしまうのだろう。
    そう思えば、自民党圧勝のこれからの日本がどうなるのか、先行きが怪しく感じてしまう・・・

    あと個人的に、今の都道府県名が明治初期の官軍・賊軍に由来しているという事実を初めて知った。
    いい勉強になったね


    【あらすじ】
    西郷と大久保の議論は、感情に馳せてややもすれば道理の外に出で、一座、呆然として喙を容るるに由なき光景であった―。
    明治六年十月の廟議は、征韓論をめぐって激しく火花を散らした。そして…西郷は敗れた。
    故国へ帰る彼を慕い、薩摩系の士官達は陸続として東京を去ってゆく
    内戦への不安は、現実となった。


    【内容まとめ】
    1.西郷の征韓論は財政上きびしく、散々待たされた挙句、破談してしまった
    2.幕末とは打って変わってしまった西郷。桐野たちの護衛の為、世論と触れ合う機会すら失ってしまった。
    3.結果、西郷は江戸を去る事になったが、この時点では西南戦争を起こすつもりなどなかったとのこと


    【引用】
    p66
    いちいちの能力論をもってしては、どうにも西郷という人間が出てこない。
    西郷は単なる仁者ではなく、その精神を常に無私の覇気で緊張させている男であり、その無私ということが、西郷が衆を動かしうるところの大きな秘密であった。

    p234
    大久保と西郷は陽と陰
    源頼朝と源義経、徳川家康と豊臣秀吉のときのように、一つの体制を作った人物が好まずにそこからはみ出て漂泊してしまう人物が好まれる。

    陽気な人格というものは欠点でさえ愛嬌になり、失敗でさえ気の毒になるという効用を持っているが、陰気ということはいかに誠実で謹直であっても、得体の知れぬ肚黒さを感ずるということがあるらしい。

    大久保はこの上なく謹直な男で、およそ栄達に驕るというところがなかったが、彼がのちに外国人を招待するために建てた粗末な西洋館の住宅さえ、薩摩人を激昂させ、歌舞伎における赤面のように驕りに驕った大久保像として流布された。


    p274
    新政府が熊本県と言わせなかったのは、一種の差別による。
    大藩のうち、戊辰戦争に参加して新政府を樹立させることに功のあった藩は、その城下の地名をもって県名にした。
    鹿児島県、山口県、高知県、佐賀県、福井県がそうである。

    また、遅ればせながらも積極的に参加した旧藩地も、この待遇を受けている。
    岡山県、広島県、鳥取県、福岡県、秋田県など。

    これらに対し、若松(福島県)、仙台、金沢、米沢、松江といったものは成立せず、それぞれその旧藩地における小さな郡名などをとって県名とされた。
    白川県もそうである。

    戊辰戦争における「官賊」という色分けを、こういった形で烙印した。

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    2018年01月28日
  • 翔ぶが如く(二)

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    征韓論を巡る駆け引き、公家は恐ろしい 公家は強い方に着くという事がよくわかる。三条実美は西郷の渡韓を一度は認めておきながら、伊藤 大久保に言いくるめられて、撤回する。怒る西郷。

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    2019年05月03日
  • ビジネスエリートの新論語

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    司馬遼太郎によるビジネスマン向けの指南書。

    といっても実際に書いたのが50年前なので、さすがに古臭い感じ。

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    2018年01月15日
  • 翔ぶが如く(六)

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    静かなる西郷。
    明治に入り、様々な思想が沸騰直前のようだ。
    まるで富士山が噴火しそうでしない感じの日本の状態が書かれている。

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    2018年01月10日
  • 翔ぶが如く(一)

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    「小さく撞けば、小さく鳴り、大きく撞けば、大きく鳴る」とは龍馬が行くで龍馬の西郷評だが、その人となりを第一巻では色々描写している、島津斉彬との関係、盟友、大久保利通との立場の違いなど。来年の大河ドラマの予習になった。

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    2019年05月03日
  • 翔ぶが如く(三)

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    ネタバレ

    征韓の如何を問う廟議の始まりから西郷が薩摩に帰り、大久保との決裂と、その大久保や川路利良らにおる近代国家の骨格作りと、混乱の兆し。より深く、丁寧に当時の人々の観念を考察し、作者なりの考えを断定する。物語の進行が遅く、読みずらいが知的好奇心を満たしてくれるし、再読により見えてくるものが多い小説という気がする。
    由利公正による“五箇条の御誓文“の草稿は鼻紙に鉛筆で書かれたものとはね。
    まだ3巻、いまだにタイトルのような豪快な展開にはならず、といっていい。地道に読みます。

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    2017年12月28日
  • 十一番目の志士(下)

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    1965年連載の、司馬遼太郎さんの小説。舞台は幕末。主人公は架空の人物です。珍しいですね。
    司馬さんの小説の中では、「初期の終り」みたいな時期でしょうか。

    #

    主人公は天堂晋介。長州藩士。と言っても下層、ほぼ農奴のような出身。
    この人が、実は超絶な剣の使い手。
    高杉晋作に見いだされ、幕末の混乱期の京都で、「長州の殺し屋」として新選組などを向こうに回して、殺人を繰り返す大活躍…という内容。

    史実で、「薩摩の中村半次郎」「土佐の岡田以蔵」は「人斬り」として有名ですが、長州藩はそういう人物が伝わっていない。
    そんなところに着目して書かれた小説なのでしょう。
    なんだかんだと土方歳三あたりと対決を繰り返し、でも生き延びて、最後も死なずに終わる、という内容。

    #

    正直、司馬さんの小説としては、第1級のオモシロサ、ということはありませんでした。
    その分、「架空の主人公で娯楽小説家に徹したら、司馬さんはこうなるんだなあ」というのを楽しんでしまった、という風情。
    とにかく女性にもてまくる、というか、縁がとにかく多いです。
    そして、あらためて史実に縛られずに書かれた感じを味わうと、ほとんど「ゴルゴ13」ですね。
    もっと言うと、現代の常識的なフェミニズム感覚で言うと、女性陣が怒りそうなくらい、「男性本位」な女性像ばかりです。
    まあ、実際に江戸時代で言ったらそうだったのかも知れませんが、男性主人公の都合で描かれる女性たち、という意味では、ほんっとゴルゴ13です。
    それはそれで、まったりと愉しむ分には、なるほどなあ、やっぱり執筆年代も60年代だもんなあ、そして司馬さんも実はフェミニズム度は低いしなあ、と読みました。

    #

    そして、主人公が強いわけです。剣を取ったら。
    もう、とにかく強くて笑っちゃう。その意味でも、司馬さん版「ゴルゴ13」。
    あんまり強いんで、どんどん「絶体絶命の危機」がきつくなるのだけど、徐々にだれてくる(笑)。
    しかもその剣技が、よくわからない(笑)。
    とにかく精神論みたいな気合いみたいな感じ。
    時代劇ヒーローで言うと、眠狂四郎の円月殺法みたいな。「なんじゃそりゃ」な感じです。
    恐らくは週刊誌連載でしょうから、終わり際なんて、「うーん、作者の方が飽きたんぢゃなかろうか」という手触りが、なんともはや、微笑ましいレベルでした。

    #

    やっぱり、こういうの書かせたら、池波正太郎さんとかのほうが、オモシロイ。

    …と、書いている司馬さんも思ったのではないでしょうか(笑)。

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    2017年12月19日
  • 十一番目の志士(上)

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    1965年連載の、司馬遼太郎さんの小説。舞台は幕末。主人公は架空の人物です。珍しいですね。
    司馬さんの小説の中では、「初期の終り」みたいな時期でしょうか。

    #

    主人公は天堂晋介。長州藩士。と言っても下層、ほぼ農奴のような出身。
    この人が、実は超絶な剣の使い手。
    高杉晋作に見いだされ、幕末の混乱期の京都で、「長州の殺し屋」として新選組などを向こうに回して、殺人を繰り返す大活躍…という内容。

    史実で、「薩摩の中村半次郎」「土佐の岡田以蔵」は「人斬り」として有名ですが、長州藩はそういう人物が伝わっていない。
    そんなところに着目して書かれた小説なのでしょう。
    なんだかんだと土方歳三あたりと対決を繰り返し、でも生き延びて、最後も死なずに終わる、という内容。

    #

    正直、司馬さんの小説としては、第1級のオモシロサ、ということはありませんでした。
    その分、「架空の主人公で娯楽小説家に徹したら、司馬さんはこうなるんだなあ」というのを楽しんでしまった、という風情。
    とにかく女性にもてまくる、というか、縁がとにかく多いです。
    そして、あらためて史実に縛られずに書かれた感じを味わうと、ほとんど「ゴルゴ13」ですね。
    もっと言うと、現代の常識的なフェミニズム感覚で言うと、女性陣が怒りそうなくらい、「男性本位」な女性像ばかりです。
    まあ、実際に江戸時代で言ったらそうだったのかも知れませんが、男性主人公の都合で描かれる女性たち、という意味では、ほんっとゴルゴ13です。
    それはそれで、まったりと愉しむ分には、なるほどなあ、やっぱり執筆年代も60年代だもんなあ、そして司馬さんも実はフェミニズム度は低いしなあ、と読みました。

    #

    そして、主人公が強いわけです。剣を取ったら。
    もう、とにかく強くて笑っちゃう。その意味でも、司馬さん版「ゴルゴ13」。
    あんまり強いんで、どんどん「絶体絶命の危機」がきつくなるのだけど、徐々にだれてくる(笑)。
    しかもその剣技が、よくわからない(笑)。
    とにかく精神論みたいな気合いみたいな感じ。
    時代劇ヒーローで言うと、眠狂四郎の円月殺法みたいな。「なんじゃそりゃ」な感じです。
    恐らくは週刊誌連載でしょうから、終わり際なんて、「うーん、作者の方が飽きたんぢゃなかろうか」という手触りが、なんともはや、微笑ましいレベルでした。

    #

    やっぱり、こういうの書かせたら、池波正太郎さんとかのほうが、オモシロイ。

    …と、書いている司馬さんも思ったのではないでしょうか(笑)。

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    2017年12月19日
  • 翔ぶが如く(二)

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    【あらすじ】
    西郷隆盛と大久保利通―ともに薩摩に生をうけ、維新の立役者となり、そして今や新政府の領袖である二人は、年来の友誼を捨て、征韓論をめぐり、鋭く対立した。
    西郷=征韓論派、大久保=反征韓論派の激突は、政府を崩壊させ、日本中を大混乱におとしいれた。
    事態の収拾を誤ることがあれば、この国は一気に滅ぶであろう…。


    【内容まとめ】
    1.もはや西郷vs大久保の一騎打ち。誰も間に入れない。
    2.公卿はこの2人の前では無能
    3.明治初期の時代、薩摩隼人がヤバすぎる。能力が高すぎる


    【感想】
    この時代において、薩摩隼人の影響力の高さは半端がない。
    そしてその勇ましさはもはや野人。怖すぎる・・・

    そして、桐野利秋や島津久光のせいなど色んな説や理由があるだろうが、維新後の西郷隆盛の没落っぷりは見るに堪えないな・・・
    幕末のあの素晴らしさは一体ドコにいってしまったのか。
    大御所だからか、大久保以外は直接物を申せないところもキツイな。
    西郷は決してそうではないが、やはりトップになると周りの影響でこうも愚鈍になってしまうのだろう。

    自分がトップになることは中々ないと思うが、このようにならずに常に周りが見えないといけないと思った。


    【引用】
    p70
    西郷の金銭観に触れておくと、彼は若い頃に郡方の下っ端の書記をしていただけに算盤が達者で暗算も上手だった。
    京都での奔走当時も藩費を使った場合は必ず算盤を入れ、残金を明瞭にしておいた。
    しかし自分の俸給となると、全部散じてしまうというところがあったし、勘定もしなかった。


    p206
    この男は、天寿を全うするなどはまったく考えていない。
    幕末、ずいぶん人を斬ったかわりに俺もどこかで死ぬと覚悟していた。
    桐野は、「自分は死ぬべき時と場所に死ぬことができぬやつだ。」
    「西郷老人のみが自分に死所をみつけてくれる。」と言っていた。


    p212
    大久保について、触れる。
    要するに彼の道楽は、国家を改造するというその仕事以外になかったと言っていい。


    p217
    大久保は大地にしがみついても参議になぞなるまいと肚を決めていた。
    なって廟堂(びょうどう)に登った場合、西郷と血みどろの戦いになることが分かっていたし、島津久光の勢力を敵に回す事も明らかであった。しかも勝つ見込みは僅かしかない。
    たとえ勝っても、西郷配下の桐野らがクーデターを決行して自分を殺し、あくまでもその策を貫くだろうと思っていた。
    桜田門外の井伊直弼の二の舞ではないか。


    p248
    薩摩にあっては、侍が侍がましくなるには二つのことだけが必要だとされていた。
    死ぬべき時に死ぬ事と、敵に対しては人間としてのいたわりや優しさを持ちつつも、闘争に至ればこれをあくまでも倒す。
    たとえ無学であっても薩摩では少しも不名誉にはならない。
    爽やかな人格でないという事が、薩摩にあっては極端な不名誉なのである。

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    2017年12月18日
  • 歴史を紀行する

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    歴史にゆかりのある地方を著者がめぐって、その地の歴史に想う。土佐人の論議好きで大酒のみ。会津人の足のひっぱりあい。近江商人は帰化人。腐っても佐賀人。眠れる加賀。京おんなは好いても惚れぬ。薩摩人の外交上手。岡山の桃太郎伝説。南部のなさけぶかさ。三河侍の律儀さ。逆さひょうたんの長州。大坂は薄命な権力の土地。

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    2017年12月02日
  • 翔ぶが如く(二)

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    西郷と大久保のこの国を作り上げる苦悩の始まりが描かれている作品だが、当時のこの国を考えてみると征韓論についての意識、思想が国の存続を大いに左右する大変な転換期であり、三条実美や岩倉具視の公卿の存在がよくわからない行動でしたね。

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    2017年11月30日
  • 街道をゆく 35

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    先に読んで現地に行くべきか、後から読んで噛み締めるか、微妙なところではあるが、結局もう1回行けば良いという陳腐な結論に至った次第。
    日本との関係を念頭にオランダを旅するという発想は全然なかったし、その意味で本エッセイは新鮮でもあります。そして奥様の「ゴッホさんは疲れるねぇ」なる感想、問答無用で同意します。

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    2017年11月28日
  • 花神(中)

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    ネタバレ

     これまでの蔵六には、情熱の対象が明確であった。人間ではなく、科学と技術である。かれは、オランダ文字をたどることによって、この未見の世界をすこしずつひらき、かれの頭のなかに、ほかの日本人にはない風景をつくりあげた。そこにはニュートンの力学であり、解剖台上の臓腑があり、蒸気機関のパイプとメーターがあり、そして曠野に進退する大群と砲声があり、このかれの頭脳のなかの風景のなかにかれは棲みに棲んで、飽くところを知らなかった、自然、生きた人間どもの誰彼に興味を薄くしかもたなかった。
     そういう蔵六のことをお琴は、
    「とんぼ獲り」
    と、規定してしまっているが、蔵六にすれば、かれは自分の頭脳のなかの風景を追っかけ、それを追うことが、かれを各地に転々とさせる結果になった。青春は、その過程のなかですぎた。おもえば、一瞬のうちにすぎた。ひとがいう青春は、蔵六にはなかったといえるであろう。
     が、蔵六はいま、にわかに青春のなかにのったような気がするのである。動乱を恋い、生命をそこに燃焼させようとする壮士の青春が、いまはじめて蔵六のなかに誕生したかのようであり、蔵六自身、この自分の整理をさせ圧迫しつつある感情の変化に、じっと堪えている。
     原因をつくったのは、桂であろう。
     蔵六はいままで、世間も人も、自分の学問を需要し、蔵六自身を需要しなかったことを知っている。それが、この男なりに不満であり、その不満は鬱積していた。
     その蔵六を桂は需めたのである。
     わずかに、
     ーー村田にだけ話せ。
     というそれだけのことであったが、しかし人間が大昂揚するのは、そういうことであるかもしれなかった。

    「お会いしても、しなくっても、どっちでもいいことです。イネどのは、二十代のお父上を自分の夢の中で作られ、それとともに生きて来られた。それ以外に、あなたにとって真実のお父上はいない。人間にとって真実とはそういうものです。この真実は医学をもってしてもいかんともしがたい。この真実の前には、へんぺんたる事実は、波のしぶきのようにくだけたは散るものです。事実とは、長崎出島で再会されたシーボルト翁のことだ。あれはたしかにシーボルト翁に相違ない。しかし事実にすぎない」
    「蔵六先生は、事実を軽視なさるおつもりですか」
     イネは、思想として反撃した。西洋医学は事実にもとづく学問であり、事実に対して冷厳であらねばならぬことを蔵六やイネにおしえてきた。蔵六もイネもおなじく事実の教徒である。その蔵六が、妙なことを言いだしたことにイネはおどろき、「医学の徒たるものが、主観的事実を持ちあげて事実の上に置くということはおかしいではないか」という意味のことを抗議したのである。イネが思うに、蔵六式にいえば、たとえばマジナイ師たちが主観的事実としているマジナイが、西洋医学よりもまさるということになるのではなか。
    「それはカン違いです」
     と、蔵六はいった。蔵六ほど事実を冷厳な態度で尊重している人物はすくない。
     いま蔵六がいっているのはそういうことではなく、医学の踏みこめない人間の内奥のことである。蔵六にいわせれば、イネにとって二十代で日本を去ったあとのシーボルトなどは、事実どころかマボロシであり、ほんとうのシーボルトは、イネの精神をそだて、いまもイネの精神のなかにいる主観的真実のシーボルト以外にない、人間というものはそういうものである。事実的存在の人間というのは大したことはない、と蔵六はいうのである。

    「あの長崎から参られたお女中は、むこう五日間泊まられるそうじゃ。いずれ五日のうちには、いかな村田先生でも、狂おしゅうおなりになるじゃろ」
     といったが、久兵衛が察するとおり、階上の蔵六は、寝床のなかで歯噛みする思いで、自分の欲望に堪えていた。なぜ堪えるのか、とい蔵六は自問しない。自問したところで、
    「堪えるべきだ」
     というだけが、蔵六の自答である。堪えることの意味や内容、あるいは理屈などはない。元来、人間の行為や行動に、どれほどの意味や内容、あるいは理屈が求められるであろう。なぜ親に孝であり、なぜ君に忠であるのか、と問われたところで、事々しい内容などはない。うつくしい丹塗りの椀の中に、水を満たそうと飯を盛ろうと、また空でそこに置こうと、丹塗りの椀の美しさにはかわりがないのである。孝や忠は丹塗りの椀であり、内容ではない。蔵六は堪えしのぶことによって、自分のなかに丹塗りの椀をつくりあげている。丹塗りの椀の意味などは考えておらず、ただ自分は丹塗りの椀でありたいとおもっているだけである。

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    2023年02月28日
  • ペルシャの幻術師

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    年取って説教ばかりになった司馬遼太郎だが、さすがにデビュー作ともなるといい意味で生硬というか、あまり”らしさ”が感じられない。かといって、最盛期の人物表現の上手さ(秀吉など他の作家の物を読むと、性格が違うだろうと考えてしまうほど、遼太郎の描く人物像が定着してしまう)も無い。
    特に飛びぬけたものも無いが、さすがに大作家になる素地のようなものは感じられる。

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    2017年11月16日
  • 豊臣家の人々

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    何をいまさらなどと思いながら、津本陽の口直しに読み始めた。
    意外や意外、昔から本棚にあったのに、どうも読むのは初めてらしい。まったくこの形式に記憶がない。でも、新鮮さもない。”ああ、いつもの司馬遼太郎だ”。

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    2017年11月16日
  • 街道をゆく 7

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    (01)
    媒体は週刊朝日,本書収録分は1973年から75年頃に取材され,記述され,掲載されたものである.三重,滋賀,大阪,奈良,兵庫(淡路),島根,岡山などへの旅の記録であるが,筆はもちろん周囲の地域や,海や島,半島や大陸へと及んでいく.
    彼らの旅行は,著者のほかにも,挿画家,編集者などのほかに,ところどころの郷土史家(*02)が伴われ,取材や描写は,経営者をはじめ,道で出会った人,そこで働く人たちまでに及ぶ.
    昭和50年代にかけては,鉄道やバス,旅客船など,ひととおりの公共交通手段も整っていたであろうが,彼らは主に自動車での移動を試みている.
    こうした条件のもとに描かれる風景は,それでもなお懐かしい.著者が歴史作家であるという理由もあるだろうが,古代から中世近世を経て,近現代までの土地土地の風景や,人が住まうにいたった情景をさらりと描いている.
    「街道をゆく」というテーマであるから,土地への執着は深くはない.それは自動車という移動手段にもより,時にはどたばたと強行な移動もしているから,土地と土地のつながり,人がどこから来てどこへ行こうとしているのか,という観点や目線による浅さでもある.
    その浅さは,思考や発想の軽さを容易にし,多くの場面で著者の大風呂敷な文明観が開陳される.砂鉄の話,漁法の話,松や楠の話,戦闘と防御の技術の話などは注目に値する.
    心安く,数々の印象的なエピソードを楽しみながら旅行記として読むのも楽しいだろうが,大風呂敷の歴史的な空想が広げてくれた世界観を楽しむのも本書の読み方のひとつであろう.

    (02)
    宮本常一のテグスをめぐる説,四手井綱英の松枯れについての言及など,歴史的な史料だけでなく,著書が,当時の最新の学説等も漁ったうえで,これらの旅行記を執筆していることは覚えておいてよいだろう.

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    2017年10月28日
  • この国のかたち(一)

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    司馬遼太郎の小説をある程度読んでから読んだ方がよい。司馬遼太郎の歴史に対する見識がよくわかり、小説の背景知識を得ることができる。これを読み再度小説を読むとより理解が深まるだろう。ただ、司馬小説を読んでいないと興味が湧かないと思う。

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    2017年10月09日