司馬遼太郎のレビュー一覧
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『史記』と言えば司馬遷が有名だが、それを踏まえた上で読むと面白いかと思われる。
史記は、個人にクローズアップし、生き生きとその人間の魅力が描かれているが、この著作は歴史現象として描かれている。
下準備もなく挑戦すると、地名なのか、人名なのか、国名なのか、分からなくなる人もいるだろう。
『項羽と劉邦』というタイトルの割には、二人に対してあまり好意的な感じがしない。
むしろ「自然発生的な現象」として祭り上げられたという感じが強くある。
これは司馬遼太郎の独特の英雄史観や歴史史観と思われる。
本当の主役はショウカであり、兵站の大切さを説いている所は、実に新しい考えであると思われた。
しかし彼はあくまで補佐役である。
二年ぐらい前の大河ドラマが『どうする家康』であったが、ちょっとそれに近いものを感じた。
「本当は能力がない劉邦を能力のある部下たちが支えて天下人へと昇華していった」 という考えがベースになっている。
この考え方は個人的には好きではない。
この考えを推し進めていくならば「日本野球界の期待値が大谷翔平という人間を育て上げただけである。
実際に彼にその力があったのではなく、国民的な待望論としてのエネルギーが集まったため、大谷翔平という人物が出来上がった。」という説と同じになる。
もしそうであれば、日本人の野球待望論として、第二の大谷翔平・第三の大谷翔平と作り上げて欲しいものである。
そんなことができるはずがない。
彼は彼の努力の上に、その実績を生み出している。
この小説は学術的歴史書としての意味が合いが強い。
それゆえに歴史小説としての人物がありありと描かれることを期待すると、期待外れ となる。
著者の勉強量と歴史的資料を集めた正確な記述に対する情熱に対して、尊敬と敬意を込めつつも、やはり いきいきと生身の人間が葛藤する面白さのようなものは『史記』には及ばない。
個人的には時代参考書くらいの位置づけとなった。
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甲賀と伊賀のみち
伊賀上野から御斎峠を経て紫香楽宮跡に至ります。
甲賀と伊賀で戦場諜報の技術が発展した共通点、一方で伊賀衆よりも時勢の中で立ちまわりに長けていた甲賀衆という対比がとても興味深いものでした。
大和・壷坂みち
橿原市に位置する今井の街並みから、高取山の高取城へ。高取城跡に残る石垣から、加藤清正の堅牢な一級品の石垣に思いを馳せます。
明石海峡と淡路みち
大都市はほぼ例外なく平地に築かれていて、もし、山中に大都市が発展したらどんな街になるのだろうかと想像したことがあります。
現在の中心感覚は、行政の府を内陸部から湾入した海浜に持ってきた豊臣秀吉の感覚を祖としており、中世の武家の本拠地は内陸の要害地がおおかった、という記述にふと空想が掻き立てられました。
肥沃な土地を好む照葉樹林と貧なる土地を好む松。人の手が入り整備がされると土地が痩せて松が優勢に、やがて人の手が離れ自然状態になると照葉樹が優勢にという話はなかなかに民俗を感じました。
砂鉄のみち
日本はもともと鉄に関しては後進の国で、大陸側の中国・朝鮮は早くから製鉄の技術が育まれていたという。
鉄を作るには火力がいる。火力を得るには木材がいる。樹木が育つには水がいる。このことから「樹木が鉄をつくる」との言葉には含蓄を感じます。水が豊富な日本は樹木に恵まれ、製鉄技術が伝えられたのちには大きく鉄器が発達する。乾燥、湿潤という地理条件による鉄器の発達の差はなるほど、感じました。
「木器や石器が道具の場合、人間の欲望は制限され、無欲でおだやかならざるをえない」「鉄器の豊富さから欲望と好奇心という、現象的にはいかにもたけだけしい心を育むのではないか」という鉄器にみる文化性の違いも面白かったです。
熱田神宮に素戔嗚尊を祀った南新宮社というお社があり、その脇に曽志茂利社があります。当時はその聴き慣れない名前に違和感を覚えたものでしたが、本書の素戔嗚尊の出身地が「ソシモリ」との記述を読み、名の由来はここからかと謎の一つにヒントを得ました。 -
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ネタバレ下巻はちょうど本能寺の変で、信長が斃れたあたりから始まる。
信長が斃れても四国統一は認められず、秀吉の四国征伐、降伏して土佐一国に押し込められることになる。
秀吉が元親を完服させるために、大阪城を案内するあたりが読んでいて面白い。秀吉の人となりがよく描かれていると思う。
最後は最愛の息子信親が戸次川で島津軍に討たれてしまうことになるが、島津の家老新納忠元が打ったことを悔やみ、泣いて詫びるところが、哀愁がある。
信親が生きていれば四国はどうなったのか、思わずにいられない。
ちなみに、漫画のセンゴクで、長宗我部は格好良く描かれていたので、私の脳内ではそのキャラ造形で再生していた。
そういえば、センゴクでは元親の都市計画が語られており、すごい興味深かったが、この司馬さんの物語ではあまり語られていなかったのが心に残った。 -
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今年の大河ドラマ、『青天を衝け』では、主人公渋沢栄一の旧主ということもあり、割と慶喜がドラマにも登場した。
が、実はこの人物について、よく知らない。
「なんだかよくわからない人」というくらいしか、イメージがない。
この本が今年、リバイバルしたのも、私と同じように思っている人が多いからなのかな、なんて思ったりもする。
大変能力の高い人だったそうだ。
そして、何でも自分でやってみないと気が済まない。
投網、調髪、大工仕事…およそ、藩主の子息としてする必要のないことでも、器用にやってのけたという。
意外だったのは、彼が雄弁な人だったということ。
後年、口を閉ざし続けたのは、立場上やむを得ないことだったかもしれないが、その寡黙さは性格的なものかと思っていたのだ。
本書では、その慶喜が、出自と時代のために、過剰に期待され、将軍の座に据えられていく様を描く。
そして、慶喜の、自分を歴史上の存在として客観的に、かつ他人事のように見る、独特なキャラクターと相まって、幕臣や諸侯の中で単なる「権謀家」に位置付けられてしまう様を描いていく。
本書は、歴史書ではなく、あくまでも小説だ。
にもかかわらず、何かものすごい説得力を感じる。
司馬遼太郎の作品としては、比較的早い時期のものらしい。
そして、あとがきによれば、司馬自身がこの人物にかなり魅せられているともある。
晩年の司馬はどう捉えたのだろうなあ。ということも気になる。 -
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慶喜だからこそ大政奉還は実現したのかも。もし慶喜が薩摩長州と戦っていたら、日本は清国の二の舞になってたかも。そう考えると慶喜は日本の救世主だ。権力に拘らない貴族中の貴族の慶喜だからこそできたことかもしれない。でも、もっと自分の部下を大事にしたら、もっと良かったかも。徳川家康のように。そしたら、歴史は違っていたろう。徳川幕府が薩長を押さえつけ、大改革をして、徳川新政府を作り、新しい日本を作る。太平洋戦争も回避し、独立も守り、今も儒教思想が基礎となり世界から尊敬される立派な日本人がどんどん出てくる。教育崩壊などない。。。
ところで、薩摩のような大久保利通みたいな、謀略に長ける人間には、気を付けよう、と思った。 -
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自身が思う美と忠誠を生涯にわたって体現した乃木希典。ひとつひとつの挙動からクライマックスの切腹に至るまで、全てが美しく思えてくる。死を前提とした武士道、己の信じた善を(成否を案ずることなく)実行する陽明学に通ずる部分があるという。
彼の陰鬱さや滑稽さ、間の悪さもひっくるめて、明治帝や児玉源太郎がそうだったように我々もいつのまにか魅了され心を揺さぶられる。『どこかひとの庇護意識を刺激する』という表現がまさにぴったり。
中盤、日露戦争における旅順攻略のあたりは坂の上の雲で読んだ内容で中ダレしたけれども、司馬遼太郎の眼鏡を通して見た乃木希典とその周辺はとてもドラマチックで一気に惹きつけられた。
お七、妻静子は最期に何を考えたんだろう。ひとは15分間で覚悟を決められるものなのだろうか。または乃木希典という人物が静子の心も動かしたのか。いやはや自分にはそこまでスピる自信がないな…。
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『街道をゆく10』は「羽州街道、佐渡のみち」。地元山形の「羽州街道」を読んだままにしてたのだが、今夏の佐渡旅行を思い出しながら「佐渡のみち」を読み終えた。
大佐渡を「大陸の影」と勘違いした太宰治の逸話、鏡のように静かな真野湾、そして小木の海など、実感をこめて読むことができた。
最後の「無宿人の道」では、旅行時にはそれほど感じなかった水替人足に送られた無宿人の哀れを感じた。
「江戸幕府は、同時代の地球上のいろんな政府にくらべ、ほめられるべき点も多い。しかし最大の汚点は、無宿人狩りをやっては、かれらを佐渡の水替人夫に送ったことである(p257)」