長嶋有のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ある部屋に住んだ歴代住人達の日常生活を描いた話。主人公は人というよりも、部屋そのものであるように思える。
歴代住人の生活が順番に描かれるのではなく、些細なつながりを起点にして、住人の様子が描写が目まぐるしく行ったり来たりする。解説で村田沙耶香も触れているように、住む時期の異なる住人が同時に存在している感触を持った。この空間を固定したがゆえに可能になった、他の物語にはない時間性がこの作品にはあり、こういう物語の描き方があるのかと驚く。
何でもない日常が、本人達の知らないところで、つながったり、重なったりすることに感動した(月並みな表現だけど‥‥‥)。日常生活の細部を描ける長嶋有の長所が上手く生きた作品だと感じた。
補足だが、時事ネタを丁寧に盛り込んだ点も、ある住人の残酷な未来が飾られることなく一行でポンと置かれていてぞくっとするところも、良かった。 -
Posted by ブクログ
長嶋先生特有の人間描写、言葉の選び方がそれぞれ光っています。夏のプールの水面に映る水しぶきが、同じに見えてもいっ時いっ時すべてが違っているように唯一無二の輝きです。私は特に長嶋先生がもとより大好きなので贔屓目も入ってしまうのだけれど、小さな事柄の楽しみ方の向かう方向、行き着くところが同じ気がするので。
マンションの中庭の子どもプール、地域の市民プール、果ては与那国、ロンドンにまで場所を広げての人と人のかかわり合い。それぞれの視点から淡々とそれでも心根は熱く読み込めて何度もページをひっくり返しながら。
夏の濃い緑の林の木漏れ日、プールの塩素のかすかな匂い、暑すぎる日差しが感じられる小説です。 -
Posted by ブクログ
これ凄い好き。
私なんか全然本読んでないなーって思った。
若林さんがそもそも繋がっている、なんなら飲み仲間作家さんとの鼎談から始まって。初めましての作家さんも登壇してくるんだけどこんな会話繋がって凄いなー掘り下げてるなー面白いなーってのが連続するんだから。
タイムリーにみたかったなー。もっと対談して欲しい作家さんいるなー。私が好きな作家さんの本がお勧めされてて嬉しいなー。
もう紹介されてる本片っ端から全部読みたいっ!!すべての回でその時話題に上がったテーマでお勧めの本を作家さんが紹介するんだが、これが垂涎なんです。紹介の仕方にも唸る、だってどれもこれもすっごく読みたくなる。
沢山の本の中からキラっと光る物を探し当てた気分。 -
Posted by ブクログ
▪️サイドカーに犬
洋子さんが薫に「私の脚さわってみる?」と聞くシーンが好きだ。寂しさや怖さを紛らわせるために抱きつく場合を除いて、子供が大人に触れることは何かタブーのような気が当時はしていた。少なくとも大人の脚に触れた記憶は自分にはない。(忘れているだけかも知れないが)
脚に触れるとき、きっと薫はドキドキしたであろう。大人ってこうなんだと。大人ってかたいんだと。脳内にある大人という存在に感触が加わることは薫の世界を広げてくれたであろう。
ヤマシタトモコさんの『違国日記』(漫画)を読んだ際にも感じたが、ルールは大人から与えられるものではなく自分で決めていいものなのだ。大人なんて実は大したことないのだ。と気づかせてくれる存在は本当に貴重だと思う。
自分が初めてそれに気づいた時、おい、だったら人生ってめちゃくちゃ楽しいじゃねぇかと、まだ自分は人生のスタートラインに立っていなかったのかと、瞳孔を開いてこれまで見ていた景色を再度見渡したことを思い出した。
修羅場から逃亡するお父さん、ダサくて最高だったな。 -
Posted by ブクログ
アナログ世代にはわかりずらいかも知れない内容だけれど、長嶋有先生の芯は私もやっぱり同じなのかも!と思わずにいられない。
あらゆる場面での言葉の選び方、感情表現の仕方が丁寧でこちらも丁寧に読み込んでしまう。連作短編集なのかも、という形を取ってはいるけれど全て繋がっていることに意味があり、登場人物たちも笑っちゃうほどイキイキしている。うっかりそこいらへんですれ違ったらわからないけど、彼らの会話を聞いたりしたら十年来の友人を装って声かけてしまいそう。
専門用語わからないにしても、雰囲気だけはわかったつもりになって相槌打つ自分が見える気がする。笑われそうだけど。
毎回、新刊のたびにベクトルの向き方が一緒と考えているけれどおこがましいにも程がありますが、楽しみにしていた新刊、またじっくり眺め回してます。
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Posted by ブクログ
『サイドカーに犬』と『猛スピードで母は』の2編
個人的には前者の方が好みなのでそちらについて感想を書きたい。
ドイツ製のライトは洋子さんの芯の通った1人の女性を体現するアイテムだったと思う。
洋子さんと私の一夏の関係を描いた作品だったが洋子さんの存在が現在の私にどう影響し最後の「そろそろ」とは何を指すのか。
恐らくこの期を逃せば、私は独り立ちのできない理想をいえば洋子さんのような女性にはなれないのだろう。母のハンドバックを借りたと言う描写から未だに親離れしていと考える。
偽装硬貨が夏休みの終わりを知らせるベルというのは粋で最高のオチであった。
この作品は夏休みという限られた期間、無駄のない文といくつかのアイテム(チェーホフの銃)という必要最小限に洗練された話だった。
後者について一言書くとすれば
憂鬱でどんよりとした話であったが心が沈むほどには重く感じない。慎の成長とラストの爽快な絵がそうさせているのか救いようのないバッドエンドの手前であったからなのか。 -
Posted by ブクログ
男の子をもつ父と母。特に何にも事件があるわけじゃなく(あっても完全なる傍観者)、悩みや困難や痛みがあるわけじゃなく(あっても日々の雑事)、将来への希望や不安があるわけじゃなく(あってもやっぱり日々の雑事)、つまり、どこにでもある日常の生活の繰り返しをただ切り取って描いているだけなのに、
長嶋先生の手にかかると小説になる。
ほのぼのとも違うし、まったり、という言葉とも一味違う。この大きなマンションの隣ではなく違う棟に私も住んで時々これからもこのご家族と世間話をしたい気になる。
「あらぁコースケちゃん、今度小学校なのね〜」
『舟』こちらも普通の女子高生の何でもない日常。
なのに、この短編小説も長嶋先生らしさに満たされている。言葉の選び方やつまらない(?)面白さをみつけるのが絶妙!
図らずも自分自身の高校生時代に逆戻りして、友人の日記帳を見ちゃた感じ。そこに世代間のジェネレーションは感じるが(笑)