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Posted by ブクログ
ある部屋に住んだ歴代住人達の日常生活を描いた話。主人公は人というよりも、部屋そのものであるように思える。
歴代住人の生活が順番に描かれるのではなく、些細なつながりを起点にして、住人の様子が描写が目まぐるしく行ったり来たりする。解説で村田沙耶香も触れているように、住む時期の異なる住人が同時に存在している感触を持った。この空間を固定したがゆえに可能になった、他の物語にはない時間性がこの作品にはあり、こういう物語の描き方があるのかと驚く。
何でもない日常が、本人達の知らないところで、つながったり、重なったりすることに感動した(月並みな表現だけど‥‥‥)。日常生活の細部を描ける長嶋有の長所が上手く生きた作品だと感じた。
補足だが、時事ネタを丁寧に盛り込んだ点も、ある住人の残酷な未来が飾られることなく一行でポンと置かれていてぞくっとするところも、良かった。
Posted by ブクログ
とある古アパートの一室の、歴代住人たちの日常を切り取った短編集。
って書くとめちゃくちゃありきたりなんだけど、同じ章の中でも時代が目まぐるしく前後して、歴代住人たちのエピソードが入り組みながら、パズルのピースのように少しずつ展開されていく。
読み味は軽いのに、全体像は緻密に組み立てられているというアンバランスさ。
実はめちゃくちゃテクニカルなことをしてるんじゃないだろうか。長嶋有恐るべし。
大きな謎や事件が起こるわけではないので、そのあたりに話の推進力を求める人には退屈に感じるのも分かる。
ふと他人の家の中が見えてしまった瞬間に、「こんな生活してんのかな〜」なんて、つい考えてしまう自分にはめちゃくちゃ面白く読めた。
たぶん今後も読み返すお気に入りの一冊になりました。
Posted by ブクログ
横浜北部にある第一藤岡荘。都内へのアクセスもよく、かと言って郊外だし家賃はお手頃。出来た当初の60年台は4人家族が住める、火災報知器も完備と謳った風変わりな間取り。
その角部屋でもない五号室に住んだ人々の暮らしを描いている。
60年台から10年台の50年間。
言わば五号室の生涯だ。
五号室の間取りは極めて詳細に描かれている。
日本が変化した時代。それぞれライフスタイル、年代、人数、性別、出身国も異なる人々を、五号室という額(フォーマット)に収めて鑑賞する形だ。
額である五号室は読者が思い浮かべられるほど鮮明に、壁のコゲ一つまで描写される。これにより人々の暮らしへの解像度が上がるという仕組みになっている。
他の読者様のレビューを見るといささか退屈と感じる方もいらっしゃるようだが、私としては、淡々とした日々を軽快な語り口で、人々の間の抜けたようで時に温かく、時には決意を秘めた心情を垣間見、五号室の空気を共に暮らすように楽しめた。
なぜか引き出しに代々残されていく外した蛇口、シンクには水不足ステッカー。
数十年の時を経て暴かれる、風呂場の水漏れの原因。
複数名が思いつくもの、打たれることのなかった玄関の柱の釘。(靴べら、バット!を掛けるため)
互いにその暮らしを知り得る由もなくも、その跡を共に刻んでいく。
入居するものがいるという事は、退去したものがいるのだ。
何か、人の繋がり、さらには優しさのようなものさえ感じる。
それらを俯瞰するような藤岡荘の住民たち。
少女ナナや隣の医師(実は…)、外国人移住者たちが、時の移ろいを見せる。
同じ部屋の中で変わってゆくもの、変わらないもの。
放っておいても変わるものは変わってゆく。
流れる刻の中、それぞれに生きればよい。
そんな赦しをもらった気がする。
Posted by ブクログ
『三の隣は五号室』長嶋 有
こういう小説もアリなのか。純文学って本当に面白い。
ある人の何気ない暮らしが全く知らない別の人の暮らしに少しのドラマを与える。これを読んでいると、自分のマンションの『前の人』はここでどんなことを考えたんだろうとか、どこにベットを置いてどんなテレビを見てたんだろうとか分かるはずもないことを色々と想像してしまった。
解説で村田さやかさんが書いてたけど、自分もいつかはこの部屋において誰かの『前の人』になるだろうし、自分はその誰かのことなんてどうでもいいんだろうな。
何にもしていない時間でも人は思った以上に「生きて」いて、自分とは別の誰かに何かしらの影響を与えている。すごくドラマチックだなぁと思いました。
Posted by ブクログ
第一藤岡荘の5号室を舞台に、同室に居住した合計13代の住人が織りなす物語。方法論としては「問いのない答え」と同様、多くの人々・出来事が連想ゲームのようにつながっていくというところなのだろうが、「問いのない答え」よりもさらに研ぎ澄まされているように感じる。何しろ、場所は同じ五号室でも、時間を前後していったり来たりしながらなんの違和感もなく、しかしなんでもないのにちょっとひっかかる言葉が、結構ページ数を離れてもしっかりと想起されるようにできている、というのは物凄いことではないだろうか。そこで描かれていることは他愛のないことかもしれないが、しかし時を超え人々が共有するものがある、ということが、何か意味があるような気がしてくる。それが大事なのではないか。なお本作は住人達の名前が第1代から13代までどこかにその代の数字を含んでいるということで、アパートものの傑作である「めぞん一刻」へのオマージュを捧げていると思われるが、アパートものの傑作としても数えられるであろう。
「人生にはしばしば、そういう時間がある。誰も自ら語らないし誰から語られることもないが、あるはずだ。側溝や、自動販売機の下に転がっていった小銭に手を伸ばしたり、瓶になにげなく差し込んだ指が抜け亡くなったり、タイルとタイルの間のもう落ちない黒ずみをこすったり、洗面台の排水溝に落としてしまった母親の指輪を拾い上げようとしたり。そういうときのあらゆる苦闘を『人生の時間』と誰も思っていない。だけど、仕事や恋愛や、なにか大事な時間を経たのと『同じ』人生の時間上にそれらのこともあるはずだ。」
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小説・文芸
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