葉室麟のレビュー一覧
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心に染入る良い物語だった。
藤沢周平原作の時代劇映画をを見ている様な清々しさを感じた。
(藤沢周平さんの時代小説を読んでいないもので・・・)
三人の男たちの友情にまつわる物語。
名家老と呼ばれるまでの地位に上り詰めた小弥太こと松浦将監。
郡方の日下部源五、そして数十年前に処刑された農民の十蔵。
50才を過ぎ人生の終盤に差し掛かった彼らが、藩内で密かに進行している大きな事件に命を懸けて立ち向かう。
人物の描写が秀逸で登場人物たちのそれぞれぞれ想いが切ないくらいに伝わってくる。
幼少時代から語られるエピソードは詩情豊かで、人間というものの根本のところは幼少期に体験したことにより形作られると感じさせ -
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先に「決戦!関ケ原2」を読んでしまったので、こちらも。
今回は徳川家康(伊東潤)、可児才蔵(吉川永青)、織田有楽斎(天野純希)、宇喜多秀家(上田秀人)、島津義弘(矢野隆)、小早川秀秋(沖方丁)、石田三成(葉室麟)。
2を読んだ時も感じたが、この戦いほど様々な思惑が交錯した戦いもないように思える。裏切りや傍観や致したかなく、という気持ちで参戦する者、戦いが終わった途端に保身や論功行賞に走る者、純粋に戦うことを突き詰める者、自分自身でなく自分の国をどう守るかに徹する者…。
この戦いでの勝者と敗者ははっきりとあるものの、その後の人生や評価、あるいは自分自身が顧みての勝者と敗者はそれぞれで、何が勝 -
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海北友松の話。海北家の次男に産まれたため、寺に出されて、武士になりたい、でも絵も好きだということで明智家の斎藤内蔵助との関わりのことがずらずらと友松の一生として、春日局が語ると言うことで物語が流れる。狩野元徳との関わりが濃厚で、その才能が認められ、下絵画家としても関わるが、自分の生きる道は水墨画と言うことで表紙にもあるような龍、風景を墨の濃淡だけで描き、それを現代まで残す。今京都の国宝展に来ているような、雪舟の様な水墨画を残したその力強さを表すような、一生。画家シリーズをここ1年ぐらい読んだが、やはり一番は等伯。先日の宗達とはどっこいどっこい。やはりあまり画家の一生についての文献が内ので、筆者
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5名の小説家による歴史座談会。山本兼一さんが亡くなられたので、途中から4名になっています。信長・秀吉・家康・幕末がテーマの4回。
やはり、同じ歴史上の出来事でも、それぞれが着目する点って違うんだな、と当たり前なんだけど新鮮に感じました。それだからこそ、数々の歴史小説を読む意味もあるというものです。まだまだ読書量も勉強も足りません。
司馬遼太郎の影響について言及されているのも興味深い。ざっくりいうと、司馬遼太郎を超えて行け、ということですな。あの竜馬を超えるのは大変でしょうねぇ。
三国志演義と三国史は別物。それに気づいたのっていつだろう?史書でなく小説・マンガから触れることが多いのが歴史だと思 -
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女性を主人公にした歴史物って、力強くも繊細で勇気づけてくれる。大河の篤姫しかり、綾瀬はるか演じる八重しかり。
・・・とそんな気持ちで読み始めたら、、早速の挫折。
あの、奈良時代の人間関係の複雑さ。血筋だけでも混乱するのに名前が難しい。登場人物の関係性がちんぷんかんぷんになり、話の展開がよくわからない。
そんなんで、とうとう、読みながら家系図を作成。
・・・それが功を奏したのか、その後展開もわかりやすく、話が読める!(このやる気が学生時代にあれば・・・)
藤原家と蘇我家の対立から、国を安定させたいと願う光明子の父、藤原不比等の政。
光明子が生きた60年の間に天皇が4人も存在し、うち二人は夫と娘 -
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初出 2015〜16年「一冊の本」
葉室麟には珍しいミステリー仕立て
町医者の娘で女医の伊都子は、大坂への遊学願いを認めるという条件で、女たちが監禁されている白鷺屋敷に住み込む。
女たちは、ひと月前に藩主と対立して上意討ちにあった佐野家の妻女たちと女中たちで、自害しないように見張り、身籠っている者がいれば報告せよと伊都子は命じられる。
女たちと暮らしているうち、外から来る男たちが次々に死んでゆき、伊都子は恐怖にかられていく。犯人が誰で、なぜ殺したのかと。
武士の意地を通して命を捨てていった男たちに対して、命を守り、命を繋いでゆくのが武家の女の戦いなのだと覚悟が語られるが、それでも自分 -
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初出は2015〜16の月刊文庫「文蔵」
日本史の資料集に松の墨絵が載っていた海北友松が、絢爛とした色彩に溢れる狩野永徳の門人で安土城の障壁画を描いていたとは知らなかった。
海北氏は浅井長政の家臣で、友松は長男でないために京の東福寺に入って僧の修行を積んでいたが、絵の修行に励み、美濃出身の斉藤内蔵助と親しくなり、「蛟龍」と見た明智光秀の知己を得る。また同じ武家の出の修行僧と親しくなるが、彼はのちに安国寺恵瓊と呼ばれるて毛利氏の外交僧になる。
海北氏が浅井氏と共に信長に滅ぼされ、友松は寺を出て狩野派の絵師として生きる。信長を仇と憎み、斎藤道三が「美濃国譲り状」を信長に与えたという話しが嘘