葉室麟のレビュー一覧
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面白かった!
第二十回司馬遼太郎賞受賞作品
途中、ぐっと来ました
三大お家騒動と呼ばれる黒田騒動をベースとした物語。
主君である藩主を謀反の疑いありとして幕府に訴えた栗山大膳。幕府の大名家取り潰しの標的となっていることを知りながらも、主君を訴えます。
その目的は?
細田家や将軍家光の目論見が錯綜する中、藩主に疎まれながらも、藩の行く末を思い、鬼となり幕府と戦っていきます。
そして、その大膳を支える卓馬と舞、権之助
ぐっと来たシーンは翌日を出陣の日として、決起・別れの場面。
卓馬と舞の想い、大膳とは二度と会えない可能性のある別れ。
大膳の戦いの結末は?
「もののふ」としての矜持を感じられる物語。心打たれる物語でした。
お勧め -
Posted by ブクログ
「四賢候」の一人として、幕末小説などにたびたび登場するが、主役としては取り上げられてはいない松平春嶽が主人公。
幕末にあって、最も偏りのない人物として評価する著者が、彼を中心に動乱の時代を描いた歴史長編。
『大獄 西郷青嵐賦』が、倒幕側から書かれたのに対し、本作は幕府側から描いた幕末史といえよう。
攘夷鎖国で揺れる時代。橋本佐内と横井小楠を重用し、「大政奉還」を持論に、日本の国の行く末の舵取りを図ろうと懸命に模索する春嶽。
大老に推されながらも固辞する彼を、側近は、人物識見とも大老にふさわしいが、野心と我執が足りないと。
春嶽は、将軍継嗣問題で慶喜を推したが、彼に「小才子」の資質を見抜いており、その変質漢振りに翻弄される。
春嶽と慶喜との違いを、坂本龍馬は論断する。
「春嶽候は雄藩連合での<公>の政事をめざしちょる」に、「一橋候が行おうとしちょるのは、徳川家のためだけの<私>の政事だ」と。
この慶喜が、龍馬暗殺の黒幕!?
春嶽と龍馬により大政奉還を余儀なくされたと思い込む慶喜が、若年寄の永井玄蕃頭に「坂本なる浪人は邪魔だな」と、つぶやく場面がある。
その意を忖度して龍馬を殺せ、とほのめかしているとの著述。
龍馬暗殺の黒幕を巡っては、その直後から様々な説が入り乱れているが、著者が示唆するこの解釈は如何。
維新後、役職を退いた春嶽と妻の勇姫が、「西南の役」を起こした西郷について交わす場面がある。春嶽を通じて著者の思いを語って印象深い。 -
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現代ものが続いた後に、時代ものを読むとやはりホッと気持ちが落ち着く。まして手に取るのが葉室麟ならば、なおさらなのは読書人共通の感ではないだろうか。
副題が「西郷青嵐賦」と示す通り西郷隆盛の前半生の行動が焦点ゆえ、本作では吉之助で通している。
藩主斉彬に見いだされ、八面六臂の活躍をしながら、井伊直弼による安政の大獄を逃れ奄美大島に潜居するまでの、ほぼ史実に基づく歴史長編。
架空実在を問わず、己の信念に真摯に向き合い清冽に生きる漢(おとこ)を叙情たっぷりと描く九州出身の著者ゆえ、西郷は書かずにいられない人物だったのだろう。
吉之助のひととなりを彼の発する言葉で表現している。
「涙も出らん男が強うなってどがいする。ひとが強うなっとは、ひとに優しくするためごわんど」
「力により、弱き者を虐げる異国は不義の国じゃ。わが国は道義の国でなけりゃ、ならん。さもなければ異国に負けるのじゃ」
一蔵にも語らせる。
「吉之助さあと話していると、死ぬという暗い話をしながらも明るい気持ちになるのはなぜなんじゃろう」
この一蔵とは、いつか袂を分かつことを早い段階で吉之助は見抜いていた。
「おそらく一蔵どんはおいの敵になりもそ。憎くて敵になるのではごわはん。・・・一蔵さあの道を行くか、おいの道を行くかで争う日も来もそ。そんとき一蔵どんなどげな手を使ってでもおいを倒そうとするじゃろ」
一蔵との違いについて吉之助は語る。
「人を動かすのは心だけじゃ。久光様も一蔵どんも力はひとを動かすと思うちょる。・・・力で押さえつけられて本当に動く者はおらんじゃ。ひとを動かすのは心だけじゃ」
日米通商条約は井伊大老が進めたと歴史上はなっているが、違勅の責めを負わせるべく、幕府の実務者に橋本佐内が仕掛けたとしている。井伊が望んだのは、あくまで調印の延期だったとか。史実として真相は・・・。
また、自分の死は、父の斉興による毒殺だとの思いを抱きながら、斉彬は死の床につく。彼の排除は、斉興の側近に井伊が示唆したと、井伊自身が語る場面がある。史実として真相は・・・。
歴史的事件を著者なりの構想で描いたこの作品、歴史ファン西郷ファンは読むべき一冊だろう。
また、解説で、本作と対をなす悪品として松平春嶽が主人公の『天翔ける』を挙げている。続いて読まずにいられない。 -
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弟子に「強い」とはどういう事かと尋ねらた峯均(みねひら)は
それは負けぬという事だと答える。
「負けぬということはおのれを見失わぬこと。
勝ってもおのれを見失えば、それはおのれの心に負けたことになる」
弟子と師匠の話として聞けば深い、と思う。
ちょっと違うかもしれないけれど
負けた試合こそ自分が伸びる要素を含んでいる、と誰かが言っていたけれどまさにそうかもしれない。
葉室作品には和歌をそこここに散りばめた作品が多いけれど、本作では和歌よりも香の道に光を当てている。
私には身近ではない香の話だけれど何故か香の道は禅(これも身近ではないけれど)に通じ、それゆえに武士道の心にも通じているような気がした。 -
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「西国無双」と称えられる立花宗茂の半生を描く歴史小説。
戦国の世を描きつつ、この作者らしく、妻との心のふれあいが程よい加減で書かれているので、宗茂が人として生き生きと感じられる。
立花の義は、決して裏切らぬこと。
この時代に、これほどまでに不器用で気持ちの良い生き方をした武将がいたとは、恥ずかしながら西国に無知な私は、改めて感動してしまった。
そして、この作品で描かれる家康にも、泰平の世を作るためには手を汚すを恐れぬ、という徳川の義がある。
今まで自分が見ていたものとは違った角度で、関ヶ原からの歴史を見られたように思えて、とても満足の一冊でした。 -
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「蜩ノ記」の羽根藩シリーズ第2作。続編と思いきや、他のレビュアーも書かれているとおり、「蜩ノ記」とは独立した物語です。とても読みやすく、作者の執筆のスピードも早かったのではないでしょうか。
一度落ちた花が、再び花開く話ですが、そこに至るまでに2つの犠牲があります。主人公の身近な人達の死です。主人公もほとんど死に近いところまでいくのですが、戻ってきます。そして、武士としての潔さの延長にある死を選ぶのでなく、生きぬいてことをなす、したたかさに裏打ちされた強さが描かれます。
主人公に影響を与えたはずの父親は描かれませんが、当初は冷たかったものの主人公の成長とともに賢母として顕現する継母が描かれます。賢母と愚息という構図は藩主とその母親にも現れ、悲劇を起こす元となり、終盤では救済をもたらします。悪い男性は描かれるが、悪い女性は描かれないなど、読後には人物像に偏りを感じもしますが、読んでいる最中にはそんなことは気になりません。時間も忘れて読むことになるでしょう。 -
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絵師海北友松が主人公の小説だから美術小説かとの予測は、いい意味であっけなく覆った。
兄により仏門に入れさせられた友松が、武門に還俗することを願いながら絵の道を選択する。
その過程で出会う狩野永徳や安国寺恵瓊それに斎藤内蔵助との交流により、時代に深くかかわって行く。
世間から嘲られようと、人として美しくならねばとの思いで生きる友松の生き様を辿る歴史長編。
本能寺の変の黒幕等については古来諸説あるが、本書では、道三が信長に与えたという「美濃譲り状」をひとつの拠り所としている。
その偽書であることを証した、道三の娘で信長の正妻である帰蝶が”黒幕”との説。彼女が、信長を狩ることを、美濃衆の斎藤内蔵助に明かしたと。
あの宮本武蔵が、友松の弟子であったとの記述もあるが事実らしい。こういうことを知ることも歴史小説を読むことの楽しみのひとつと言えよう。 -
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関ケ原の戦いで西軍に与しながら、旧領に戻れた唯一の大名・立花宗茂の半生。
『その忠義鎮西一、剛勇また鎮西一』と秀吉にも激賞された宗茂が婿養子として入った立花家の義は『裏切らぬということ』。
秀吉に大名として取り立てられた宗茂は秀吉に対する義を通して関ケ原の戦いでは西軍に与するが、その西軍は寝返る者が次々現れ、毛利は宗茂が大坂城での籠城を進言しても決断出来ない煮えきらなさに愕然とし憤って九州へ戻る。
いくら『立花の義』を貫きたくても、その戦いがそもそも『不義の戦』であるのだから何と張り合いのないことだろうか。
ここからが宗茂の長い戦いの始まり。九州においては黒田如水や鍋島直茂に攻められるのを躱し、加藤清正の援助を受けるも彼の家臣になることを厭い京へ出て、一大名となる道を探る。
何となくのイメージで奥州南郷の大名となるまで様々な交渉や裏取引みたいなこともあったのなかと思っていたが、京の日々はただただ耐えるだけだった。
厳しい日々になることを承知でついてきた二十数名の家臣たちはそれぞれ身分を隠して金を稼ぎ、主である宗茂がいつしか大名として返り咲く日を『夢』として耐え忍んでいた。
印象的なシーンがある。
家臣たちが庭先に干飯を作るために飯を干していたのに、急な雨が降り出して留守を守っていた宗茂は慌てて室内に取り込もうとする。
たまたま客人として来ていた本多忠勝が『暮らしに窮して主が日頃にないことをするのを目にして不甲斐なき思いをいたすのは家臣の方でござろう』と稽める。
後に帰ってきた家臣たちの中にはせっかくの干飯がダメになって落胆する者もいるが、長年使えてきた重臣は宗茂の主たる態度に胸を張る。
武士は食わねど高楊枝の更に上をいく、主たる矜持に切なくなるも感心する。
その後、大坂城での戦いを前に徳川家に召し抱えられることになるのだが、宗茂は最初徳川家康に対してあまり良い印象を持っていない。
それはいわゆる真っ向勝負ではなく、『汚い手を使っ』た天下取りだったからだ。
しかしそこにこそ家康のいう『徳川の義』があることを知り、将軍家に『立花の義』を尽くそうと決意する。
この作品には様々な『義』が登場する。
『徳川の義』に『真田の義』、家康に仕え様々な謀を用いてきた本多正信にもまた彼なりの『義』があった。
印象的な人物は正室の誾(ぎん)千代。
父・道雪から立花城の城督を譲られていた彼女は、宗茂を婿養子として迎える際に『この城の城督はわたくしで、あなたは代官です』と言い切る。まるで「女城主直虎」のようだ。
女ながらに武者姿で屋敷を守り、夫・宗茂を助けるために清正勢に向かって女武者たちに銃を撃ち牽制したり、賊に襲われていた公家らしき姫君を助けたり。
これほど勇ましい女性だけに周囲からは『鬼女』と呼ばれることもあるようだが、宗茂にとっては優しい妻であり同志だった。
宗茂が京で耐え忍ぶ生活をしている最中に病死してしまったのが残念。しかし妻亡き後も宗茂は常に彼女のことを思い、彼女なら何と言うだろうと考えながら行動している。
当時の男性だけに側室や継室もいるが、いずれも自ら積極的に動いたということではなく成り行きでそうなったという感じ。実際のところは分からないが、主として慕われるのとは違いモテモテというタイプではなかったようだ。
十九年の時を経てついに旧領へ戻るシーンは感慨深い。心の中で亡き妻と対面するのも映像が見えるようで良いシーンだった。
何より不遇の時をずっと支えてきた家臣たちの感慨は如何ほどだったろう。共に『夢』を持ち続けて良かった。
いつか大河ドラマの主役に取り上げ欲しいなと思う。 -
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大名にして作庭家としても名を残す小堀遠州。
彼を訪ねてきた相手に、往時を回顧する形式の歴史小説。
茶道具が各章のタイトルに付され、茶人としてあるいは作庭に関わった人々との交流が描かれる。
千利休、古田織部、石田三成、加藤清正、後水尾天皇、本阿弥光悦、沢庵、藤堂高虎、伊達政宗等々のエピソード。
彼らの人物評とともに、彼らと交わす言葉に、茶の心が綴られる。
「茶で心を安んじるとは、おのれを偽らぬことだ。ひとは世にある限り、身分や力でさまざまにおのれを飾り立てておる。…そのような虚飾を脱ぎ去り、あるのままのおのれと向き合い、おのれを知ることにほかならぬ…」
「建物や庭の形を見るのではなく、それらを眺めるひとの心を見つめねばならぬと思った。それは、すなわち、茶の心だ」
「恨みに報いるに恩を以てするのが茶の心…」
茶の心、すなわち生き方の指針か。 -
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秀吉に「東国にては本多忠勝、西国にては立花宗茂、ともに無双の者である」と讃えられた立花宗茂の一生を描いた歴史長編。
宗茂は婚礼のおりに、新妻誾千代から「立花の義とは、裏切らぬことでございます」と告げられる。
関ヶ原の戦では西軍に属した為、流浪の身となるが、その言葉通りに、生涯自らの道を歩み通す。
誾千代の「お前様は西国無双の武将にございます。必ずや返り咲いて、誰にも負けぬ無双の花を咲かせくださりませ」との言葉を胸に、十数年の浪人生活を耐える。
やがて、本多忠勝の推挙もあり、家康に領地を与えられる。
大坂の陣の際、家康から「秀忠とやがて将軍となる世嗣の傍を離れぬな。決して人を裏切らぬ立花の義を世に知らしめよ。さすれば秀忠と次なる将軍もひとを信じることが出来よう」とさえ認められる。
そして、旧領地へ大名として戻り、誾千代の願いを果たすことができる。
宗茂と誾千代との愛情物語として読むこともできる。
後年、宗茂とともに領地へ赴く菊子が京の公家葉室頼宜の姫とあるが、著者の筆名との関係は? -
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ネタバレ2021年、7冊目です。
織田信長の娘、冬姫の生涯を描いたものです。
信長の娘にして、名将蒲生氏郷の妻である冬姫の一生を描いています。彼女が生きた時代は、戦国時代の真っただ中から、徳川の世になるまでです。非常にたくさんの歴史上の人物との関わりが描かれています。
大胆な設定ですが、冬姫の母は、信長の正室である帰蝶の娘とされています。
それゆえ、他の娘たちとは別格で、父信長に目を掛けられます。
物語は、「女のいくさ」といわれる女性たちの戦いが描かれています。
戦国時代の男の戦に関わる表現描写はほとんどありません。
父信長の目指した世の在り様を実現しようとする夫氏郷を支えていきつつ、
自分なりの「女のいくさ」をしていきます。
信長の妹お市の方、その娘の淀の方との確執が、織田信長の目指したものを
どうそれぞれが咀嚼して受け継いでいったかの違いとして出てきています。
戦国時代のたくさんの小説を読みましたが、全く違った「姫」さまの視点で、
この時代を捉え、その生き様を描いたことに新鮮味を感じました。