あらすじ
筑前の小藩・秋月藩で、専横を極める家老・宮崎織部への不満が高まっていた。間小四郎は、志を同じくする仲間の藩士たちとともに糾弾に立ち上がり、本藩・福岡藩の援助を得てその排除に成功する。藩政の刷新に情熱を傾けようとする小四郎だったが、家老失脚の背後には福岡藩の策謀があり、いつしか仲間との絆も揺らぎ始めて、小四郎はひとり、捨て石となる決意を固めるが──。絶賛を浴びた時代小説の傑作、待望の文庫化!
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深く澄んだ湖を見ているような気分にさせる素晴らしい作品です。力を尽くして作り上げた静謐、受け継がれると良いですね。毅然とした生き方、そして信念。私も見倣わなければ…
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小四郎の秋月藩を救う覚悟に胸うたれる。藤蔵や、昔からの仲間が土壇場で助太刀に来るシーンがすごく良かったし、みちと言う女学者が、行動的でまた良い味だしている!
様々な政治的謀略に巻き込まれながら、一心にその信念を貫こうとする気持ちが清々しい。
「自らの大事なものは自ら守らねばならぬ。そうしなければ大事なものは、いつかなくなってしまう。」
「山は山であることに迷わぬ。雲は雲であることを疑わぬ。人だけが、おのれであることを迷い、疑う。それゆえ、風景を見ると心が落ち着くのだ。間小四郎、おのれがおのれであることにためらうな。」
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自分のふるさとの歴史が小説になっているというのは不思議な感じですが、とても楽しんで読むことができました。
地理はわかっていますし、歴史もある程度勉強しているので、それと物語が結び付いていくのが面白かったです。
小説としてももちろん面白かったのですが、数倍楽しめたかも。
地元の人はよんだらいいなぁ、と思いました。
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福岡藩と支藩である秋月藩の興亡がものがたりのベースとなっている。本社と支社、親会社と子会社など、現在の会社組織に見事に当てはまる。
サラリーマンである自分自身の立場をオーバーラップさせながら読むことができた。
主人公の幼少期のトラウマと生き方が常に表裏一体でものがたりを一本の線で通している。
葉室作品らしいあっという間に読んでしまうストーリーである。
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義母からいただいたので、読みました。ジャンル的には余り読まない時代小説ですが、この本を通して人気があるというのも理解しました。生きている時代は違えど、人として武士として生き方として、とても参考になりました。
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いかにも葉室作品らしい、真っ直ぐな武士を描いた物語。義に殉じるようないわゆる武士道ではなく民衆の幸せを第一に考えて愚直に生きる主人ですが、これに立ちはだかる悪役の権力者達も決して一筋縄ではいかない面を併せ持つ。時代小説にありがちな勧善懲悪ではなく、正しく生きることの難しさを絶妙なバランスで表現されているところにいつも惹かれます。
石橋建設に関わるエピソードはどうやら史実らしく、福岡県の朝倉に今でも残っているみたいなので、一度見に行きたいな。
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いつの時代にも、どんな事象にも、どんな政策にも裏と面がある。
とかく若さは明るみに出ている正義の面だけを見て動きがちなのだけれど、老獪な大人に操られている危険がある事に気が付きにくい。
学びて思わざれば則ち罔し(くらし)、思いて学ばざれば則ち殆し(あやうし)。
むずかしい。
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人は美しい風景を見ると心が落ち着く。なぜなのかわかるか
さてなぜでございますか
山は山であることに迷わぬ。雲は雲であることを疑わぬ。人だけが、己であることを迷い、疑う。それ故、風景を見ると心が落ち着くのだ
私は、葉室さんの作品の魅力の1つに、作中人物の高潔さがあると思う。あの逆境のどん底で藩の経済を救いつつ、逝く、百姓娘いとのなんと高潔なことか
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福岡出身の私にとって秋月は小さい頃何度か行った思い出の土地である。覚えている記憶は、紅葉と葛餅。最近では台風や水害で話題になっているが、本作は私の知っている秋月をふんだんに詰め込んだ作品だった。
話自体は歴史物でよくある巨悪と対峙する青春一代記物。怖がりの小四郎が同年代の仲間とともに乗っ取りを狙う福岡藩と戦い、自藩を守っていく。戦いの場面や友情の話などそれぞれの要素で高揚するものがあったが、それがどれも秋月の美しい風景に根付いているのが素晴らしい。
史実に根付いているからか、最後の悪に徹しても自藩を守ったというのが少し納得はいかなかったが、「織部崩し」の青春期から守るものが増えた「成年期」の葛藤など現代にもよく観られるテーマも歴史小説らしく清廉に美しく描いていて、読んでいて清々しかった。
その中でも、いとが「葛」を見つけ出し、それを名産に借金を返していくことに繋げるシーンは鳥肌物だった。ここが葛餅の原点なのかと。
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山は山である事に迷わぬ。雲は雲であることを疑わぬ。ひとだけが、おのれであることに迷い疑うのだ。それゆえ風景をみると落ち着くのだ。
・・・心にストンとおちる言葉です。
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組織のために貧乏くじを引くということ。
じぶんたちは正しいことをしていると思っていても、大局から見るとどうなのか、反対派からするとまた違う思いでよかれと思って動いていたりするぞ、と。よく分かる。
しかしこれってさ、男社会、おっちゃんルールじゃないのか?と思わなくもない。この伝統的ルールでずっと闘うわけ?(これは本の感想ではないのだが)
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若い頃は誰でも夢と希望と青臭い正義感から沸き起こる衝動に身を任せて行動するものである。その頃の目で見れば、世の中がなんと汚れていて怠慢で不遜で卑怯で…とにかく反抗する対象にしか見えないことか。自分の若かりし頃にもあった、その世の中を変えていこうとする気概を思い出せば少々苦いものが体中にこみあげてくる。
しかし、今の若者からみたら俺なんかもそういう世の中のキチャないもので汚染されきった人間なんだろう。人とはいつのまにやらそういうもんに染まっていく。いつまでもパンクや反抗やアナキストなんざやってられない現実の壁に何度もぶち当たっていくのが社会なんだからしゃーない。
「山は山であることに迷わぬ。雲は雲であることを疑わぬ。ひとだけが、おのれであることを迷い、疑う。それゆえ、風景を見ると心が落ち着くのだ。おのれがおのれであることにためらうな。悪人と呼ばれたら、悪人であることを楽しめ。それが、お前の役目なのだ」
「金というものは天から雨のように降ってくるものではない。泥の中に埋まっている。金が必要であれば、誰かが手を汚さねばならぬ。どれだけ手が汚れても胸の内まで汚れるわけではない。心は内側より汚れるものです」
この作品の引用である。よーは、気概の持ち方なのである。世の中すべての人に評価される生き方なんかはない。あちらを立てたらこちらが立たず、どうせそうなら何を立てるのが一番良いか、決めるのは自分の価値観である、評価は勝手にやってくれればよい、そこを気にすると余計に汚れが目立って無様になるのは食べ汚しに似てるかもな。
ついつい人の評価を気にして萎縮してしまいがちな、チンケなおっさん(俺)は、この本を読んでまた一つ「エエやんあいつらがどう思おうと、開き直って生きたるねん」と汚れをしみ込ませていくのであった。
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九州の小藩秋月藩が舞台。本藩福岡藩との確執を背景として描く。 主人公間小四郎。命を賭して秋月藩を守るために自分を押し殺し、全てを投げ打つ覚悟を決める。志を同じくする仲間との触れ合いそして離散。人生の縮図を見事に描ききっている。最後の引き際もお見事!
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期待通りに心が洗われました。捨て石になるという考え方は絶えて久しい気がしますが、とっても日本的で心を鷲掴みにされます。蜩ノ記といい、涙なし葉室作品を読むことは難しいようです。憧れるけれど侍に生まれなくて良かったと思う卑怯者な私。
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福岡藩の支藩を舞台に繰り広げられる藩内政争。流罪を言い渡され、晩節を汚す憂き目に遭って尚も泰然とする余楽斎の過去を描く。
「私は逃げなかっただろうか」
終盤の此の台詞が沁みる。今まさに落魄の最中にある人間を描いているとは思えぬほど清澄な余韻を残して物語は幕を閉じる。武士の誇りと云うものがあるのなら、本作の結末は、其の誇りの一つの有り得可き形なのだろう。
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内容(「BOOK」データベースより)
筑前の小藩・秋月藩で、専横を極める家老・宮崎織部への不満が高まっていた。間小四郎は、志を同じくする仲間の藩士たちとともに糾弾に立ち上がり、本藩・福岡藩の援助を得てその排除に成功する。藩政の刷新に情熱を傾けようとする小四郎だったが、家老失脚の背後には福岡藩の策謀があり、いつしか仲間との絆も揺らぎ始めて、小四郎はひとり、捨て石となる決意を固めるが―。絶賛を浴びた時代小説の傑作、待望の文庫化。
平成29年12月11日~19日
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福岡藩の支藩である秋月藩の藩士、間小四郎の物語。家老の悪事から藩を守るため、本藩からの政治介入から守るため、時には謀議を企て、悪人になることも厭わず生きた。最後は流罪となるが藩のため民のためにを貫き、すがすがしい表情を浮かべる。「静謐こそ、われらが多年、力を尽くして作り上げたもの。されば、それがしにとっては誇りでござる」。政事に携わる者たちの思いを上手く描いた時代小説だ。
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2014.1.22
葉室さん集中3冊目。
蜩ノ記よりこっちが好みでした。
何故かな。
どの時代小説でも思うんですが、こんな友情入るのが好きな模様・・・。
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この方の書く人物は、皆、心に一本芯が通っていて格好いいですよね。片や小藩を救うべく、片や乗っ取るべく、策謀策謀の連続で読み応えのある話でした、が、終盤盛り上がりきらない感じでちょっと残念。個人的には藤蔵さんが熱いです。
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人災、天災を撥ね飛ばす"泣き虫小四郎"の秋月藩奮闘記。幼少からの彼を囲む男たちもさながら、みつ、もよ、とせ、千紗、七與…いとの作った雪のような葛、みちの漢詩。清らかで一途な心をもつ…"秋月の女たち"に惚れ惚れする。
Posted by ブクログ
見知った土地で起きた昔の出来事を知ることができたのがとても良かった。誰がどう腹の中で考えて動いているかと言うものはなかなか分からないもの、でも命を賭しても今の政治を変えようと思う気持ちで動く人々は、諦めが蔓延した今とは違ってキラキラしてるな。
子どもの頃からの仲間たちが時代に翻弄され大人になり立場の違いからギクシャクしながらも変わらぬ友情で・・・っていうところは好きだけれど、そして確かにわくわくしたけどその一番の盛り上がりのシーンがあんまりにもありきたり過ぎて、とはいえそこが盛り上がりがあっただけに物語の終息が、小四郎一人の話だけになってしまったのが何とも物足りなく。
小四郎の最後の頃のほかの仲間たちのことも書いて欲しかったなー。
Posted by ブクログ
全体を覆う暗いトーンは当方好みであるが、その起因が何となく作家の消化不良にあるような気もしなくはない。
清濁併せ呑むまでの必然性が上手く提示されていないと思われるが、この作家の限界なのかどうかは次作以降により詳らかになろう。
(この作品後、直木賞を受賞しているあたり、賞を獲ることが全てではないが、期待は持てるというもの。)
Posted by ブクログ
世評の高い本ですが、どうでしょう。
もちろん、悪い本ではありません。でも、少々肩透かしを食った感じがあります。期待が高すぎたからかも知れません。
帯に「感動と静謐に満ちた傑作」と縄田一男さんは書いてます。
しかし次から次に起こる事件は、どちらかと言えば静謐と言うより煩いほどです。登場人物の設定にも違和感を感じます。悪家老に見えた織部、策士の三弥、悪女の七與、そして伏影と呼ばれる隠密集団、余りに多くの脇役たちが現れ、結果として書き込みが不足し、捻った挙句の予定調和という気がします。
どうしても藤沢さんの「蝉しぐれ」との比較になってしまいます。「蝉しぐれ」で藤沢さんが描いたのは、藩の騒動を背景にしながら、一人の少年の成長と友情の物語でした。
この作品も同じことを目指したのではないかと思います。
しかし、あまりに多くの要素(事件・人物)を入れ過ぎたため、そうした「成長や友情」と言った要素が弱まり、なんだか薄っぺらく感じてしまうのです。もっと主人公の内的葛藤を表現できれば、より高い感動を描けたのではないかと思うのです。