P265
「そうでもせんと、お前、全てが終わった後で、自分の頭をその銃で吹っ飛ばしかねん様子だぞ、ボイルド」
フライト刑事とボイルドの関係で、マルドゥック・スクランブルのバロットとベル・ウィングの関係を思い出した。よき理解者であり、先生と生徒であり、友人でもある温かい繋がり。ボイルドが自身を虚無に委ねてしまってからも〝爆心地(グラウンドゼロ)〟へと向かう速度を度々緩めてくれたフライト刑事は、ボイルドの人生にとってウフコックと同様、揺るがない良心であったと思う。
ヴェロシティを通して好きなシーンは沢山あるけれど、『マルドゥック・ヴェロシティ(新装版)(1)』で、ラナがボイルドの胸ぐらをつかんでキスをするシーンと、続く会話もそのひとつ。
この瞬間に恋愛的な要素でときめいた訳では無く(というか、そういった表現は求めていません)、ラナがオードリーのことを想ってした行動の真っ直ぐさに痛みと優しさを同時に感じて、強く印象に残りました。
―ラナはボイルドの胸ぐらをつかんでキスした。相手が受け取るにせよ受け取らないにせよ、とにかく渡しておかなければ気が済まないというようだった。そしてすぐに顔を離して言った。「今のは、オードリーのためにしたんだ。あたしが、どうってんじゃないんだ。オードリーの代わりに、あの子がしたかったことをしたんだ」(P269より)―
(中略)
―そこで初めてラナがこちらを見た―微笑/絶望を乗り越えた者の生命感。「オードリーが言ってくれたんだ。その悪夢は、どうせあんたがその両手で自分の頭を吹っ飛ばすまで続くだろうねって。それであたしは、なんでか知らないけど安心した。気が楽になったんだ。なんでだと思う?」
「オードリーは、お前自身に、お前の中の悪夢を摘出させたんだろう」(P271より)―
ヴェロシティのラストはボイルドが〝重力(フロート)〟を収縮させ、自身を炸裂させることで終結している。ラナがオードリーの言葉で気が楽になったように、ボイルドもまた炸裂によって、自身で自身の悪夢を終わらせた。シザースの役目もあるので偶然と言うべきなのかもしれないが、オードリーの言葉をなぞる結果となったことは、彼女への追悼になったのではないだろうか。
そして、最も好きなシーンはO9メンバーが街に出て来て間もない頃の、チンピラに絡まれても動じずにやり過ごすシーン。ほんの数行のシーンだけれど、第一級の忍耐を見せてくれたクルツとオセロットの渋さに痺れた。この一人と一匹にはずっとずっと相棒で居て欲しかったなあ(:_;)
ヴェロシティ(新装版)(3)のカトル・カール戦、P45〜P48にかけてのレイニーとワイズの動きもめちゃくちゃcoolで印象に残っています。オセロットがいるように見せかけ、ワオーンと鳴きまねをしながらニヤリと笑うワイズの行を読んだとき思わず自分もニヤッとしちゃいました笑
ワイズは容姿について特に記述が無かったと思うので頭の中でシーンを再現するのが少々難しかったですが、良いポジションのキャラクターだったなあ!と思います。
マルドゥックを初めてシリーズで読み進めたとき、ヴェロシティがボイルドの物語だと分かった瞬間とてもはしゃいだ気持ちになったのを覚えています。再読する度にもやはり、冲方氏がこのシリーズにおいてボイルドという男とO9のことを深く知るためのプロセスを設けてくれたことに嬉しくなりますし、なにより何度読んでもおもしろい!!大好きな作品です。