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デビュー前から、海北友松という男を書きたかった――葉室麟。遅咲きの著者による50作目の記念すべき小説は、武人の魂を持ち続けた絵師を描く本作『墨龍賦』。武士の家に生まれながらも寺に入れられ、絵師になった友松だが、若き明智光秀の側近・斎藤内蔵助利三と出会い、友情を育んでいく。そんな折、近江浅井家が織田信長に滅ぼされ、浅井家家臣の海北家も滅亡する。そして本能寺の変――。友松は、海北家再興を願いつつ、命を落とした友・内蔵助のために何ができるか、思い悩む。迷いながらも自分が生きる道を模索し続け、晩年に答えを見出し、建仁寺の「雲龍図」をはじめ、次々と名作を生み出していった海北友松。狩野永徳、長谷川等伯に続き、桃山時代最後の巨匠となった男の起伏に富んだ人生を描く歴史長編。4月11日から京都国立博物館で友松の大回顧展が開かれることで早くも話題だが、本能寺の変の舞台裏についても、著者自身の推理が端々に光っており、絵師の目から見た戦国絵巻としても愉しめる。
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御朱印集めで寺社を巡るようになり、お寺や神社に関連する美術や宗教、歴史に携わった人たちの歴史に興味を持つようになりました。
恥ずかしながら、海北友松という絵師の名前は知りませんでした。
建仁寺の雲龍図を描いたという、その史実に興味を持ち本書を手に取りました。
僕は戦国武将では織田信長が好きですが、立場が違えば織田信長も敵と映る…当然といえば当然のことですが、新鮮な視点でした。
読み終わって思うのは、歴史の流れというマクロな視点と、海北友松の生き様を描くミクロな視点とが、とてもいい具合に絡み合っていて、戦国時代をトレースしながら海北友松の息遣いに触れることができ、ページをめくるにつれて興味を掻き立てられました。
最後に少し触れられていますが、海北友松と宮本武蔵に縁があったことに驚くとともに、最後の最後まで歴史の面白さに浸ることができました。
Posted by ブクログ
2018.1.7.雲龍図で有名な絵師、海北友松を主人公に描かれた物語。海北友松の息子に春日局が語るという設定。昨年、春、海北友松展が開かれ、改めてみた雲龍図に驚き、是非読みたいと思ってようやくかなった。
絵師の物語とはいうものの、浅井長政の家臣、海北善右衛門綱親の三男として生まれ当時の習い(戦で明日の命も分からぬ武門では一族の中からひとりを仏門に入れることがしばしば行われた)から東福寺に預けられた友松は還俗して武士になるという夢を持っており、物語の大半は当時の武士との交流が描かれていた。展覧会で説明されていたように明智光秀の家臣であった斎藤内蔵助との交流が詳しく描かれており、雲龍図のモデルは明智光秀と斎藤内蔵助との説にあの図がまた生き生きおもいだされた。また、安国寺恵瓊とは腐れ縁という感じだったが、建仁寺に友松が数々の襖絵を描いた所以もなるほどと思え、興味深かった。絵師の一生というより戦国武将を描いた歴史物という風情だったが面白く読めた。
とても好きだった作者の葉室麟さんが亡くなられ、喪失感でいっぱいである。
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海北友松の話。海北家の次男に産まれたため、寺に出されて、武士になりたい、でも絵も好きだということで明智家の斎藤内蔵助との関わりのことがずらずらと友松の一生として、春日局が語ると言うことで物語が流れる。狩野元徳との関わりが濃厚で、その才能が認められ、下絵画家としても関わるが、自分の生きる道は水墨画と言うことで表紙にもあるような龍、風景を墨の濃淡だけで描き、それを現代まで残す。今京都の国宝展に来ているような、雪舟の様な水墨画を残したその力強さを表すような、一生。画家シリーズをここ1年ぐらい読んだが、やはり一番は等伯。先日の宗達とはどっこいどっこい。やはりあまり画家の一生についての文献が内ので、筆者の想像力によるが、あまりにも飛躍しすぎ、作り物過ぎも宜しくないけど、これはまあまあ。
Posted by ブクログ
初出は2015〜16の月刊文庫「文蔵」
日本史の資料集に松の墨絵が載っていた海北友松が、絢爛とした色彩に溢れる狩野永徳の門人で安土城の障壁画を描いていたとは知らなかった。
海北氏は浅井長政の家臣で、友松は長男でないために京の東福寺に入って僧の修行を積んでいたが、絵の修行に励み、美濃出身の斉藤内蔵助と親しくなり、「蛟龍」と見た明智光秀の知己を得る。また同じ武家の出の修行僧と親しくなるが、彼はのちに安国寺恵瓊と呼ばれるて毛利氏の外交僧になる。
海北氏が浅井氏と共に信長に滅ぼされ、友松は寺を出て狩野派の絵師として生きる。信長を仇と憎み、斎藤道三が「美濃国譲り状」を信長に与えたという話しが嘘だとの証拠をつかみ、道三の娘で信長の妻帰蝶に渡すと、帰蝶は信長を「法華の蜘蛛の巣」にかけるという。これが本能寺の変に繋がっていくというのがメインの展開。
葉室燐の作品にしては、今ひとつ感動的な要素が足りないように思う。
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