池上彰のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
佐藤優さんと池上彰さんが対談しながら、日本の左翼の変遷について教えてくれる。この2人だからこそ、対談してまとめるだけでしっかりした新書が一冊できあがるというのは羨ましいかぎり。
第1弾の本書では、戦後から1960年ぐらいまで。日本共産党の戦後初期の動き、社会党の変遷、55年体制の完成と、日米安保改定による極左の誕生あたりまでが語られます。極左は共産党ではなく社会党が育てていたことなど、全く知らなかった。
本書のあとがきにあるように、コロナ禍後を見据え、格差が拡大しつつする日本で再び起き上がりつつある左翼が、忘れ去れつつある過去の誤ちを繰り返さないよう、その過去を振り返っておこうという主旨で企画されたようです。
学生時代、革マルだとか中核派だとかをチラホラと目にした年代ですが、基本的にそっちには全く拘わらなかったのでほとんど何も知らないものの、一体どういう経緯で何をしているのか興味はあった。自分より1世代、2世代前の人々にとって共産党だとか左翼の諸派がどのように見なされているのかも感覚的には理解できなかったが、知りたかった。本書の続編も読んで、そいうことを知識として知るだけでなく、理解したいと思う。 -
Posted by ブクログ
意外や意外、期待外れ……、
だったかなぁーw
断片的に知っていたことが繋がったり、中途半端に知っていたことが、「あれってそういうこと」とわかる面白さは確かにある。
また、対談(であって、対談じゃないんだけどw)形式なので読みやすいとも思う。
でも、なんだろ? なーんかツマンナイ(^^ゞ
テレビ東京で時々やってた、池上彰の「現代史」がわかりやすく、かつ、視点が面白かったので、そんな風なのを期待したんだけどなー。
読みやすくはあるんだけど、いかんせん細かい情報が多すぎちゃって。
左翼の習性とはいえ、間違い探しレベルのちょっとの意見の違いに目くじら立てて、どんどん分断していって。
その分断した派閥それぞれに代表者がいるから、もー、なにがなにやら?w
その流れを、かつて左翼に魅かれて組織にも属していたらしい二人が、記憶でしゃべっているフリして、資料だか台本だか見ながら(?w)、出来事が起きた年月日まで懇切丁寧に教えてくれるもんだから。
なんだか、教科書を読んでいるみたいって言ったらいいのか?
とかいうものの、教科書って、そんなだったっけ?(^^ゞ
佐藤氏の言う、これからの世論が左翼化するかもしれないから、かつて、すごく頭が良く、正義感にかられているんだけど頭が左がかった人たちが起こしたような暴力事件を起こさないように、こういう本を今出したというのはすごくよくわかる。
でも、なら、左がかった論理に囚われた人たちというのは、なぜか揃いも揃って仲間を粛清し合う習性を持っている。
それは、日本だと、連合赤軍の「総括」や学生運動の内ゲバ等々。
海外だと、文革、カンボジアのポルポト、本家ソ連の一連の粛清等々。
それらは、全てマルクスだの、レーニンだの、毛沢東だのの著書や言葉を、自らの論理の正しさを示す根拠として勝手な解釈をして、ちょっとでも意見が違う人たちがいれば「反革命分子」の名のもとにどんどん殺していった。
でも、それら殺した人たちも殺された人たちも、みんな、すごく頭がいい人たちで。時の政治や資本家たちの横暴を正そうと義憤に駆られて行動を起こした人たちだった。
それは、この本の著者である、かつて左翼思想に魅かれた佐藤氏と池上氏はもちろん、その同世代の人たちも同じで。
みんな、知識欲の旺盛な頭のいい人たちで、かつ、世の中に善意の眼差しを向けられる人たちだった。
つまり、令和の今にこの本を手に取るような、知識欲が旺盛で頭もよい、“良い人”ほど、左がかった発想を根拠に人を殺しまくる可能性がある。
……みたいに書いちゃった方が、左翼思想(左がかった考え方)の恐ろしさを理解しやすかったんじゃないかと思うんだけどなぁー(^^;
ま、その辺りはつづきの連合赤軍や学生運動の頃を語る本に載せる予定なのかもしれないんだけどさ。
でも、これだと、池上氏も佐藤氏もかつて左翼に魅かれていたというのあるのか、二人が青春時代にのめり込んだ左翼思想や運動を懐かしむための本のような印象を受けてしまうんだよね。
(ていうか、「ここら辺りで左翼の歴史のおさらい本出したら売れるんじゃない? 佐藤氏と池上氏のブランド力もあるし」、みたいな出版社のノリなのかな?w)
自分は、なぜか子供の頃から左がかったことを言う人たちというのが嫌いで(^^ゞ
朝日新聞(に限らず、マスコミというのはおしなべて左がかってるけど)や、いわゆる戦後の進歩的文化人が大嫌いだったw
かと言って、最近流行りの徒党アイドルが制服着てるのを見ると、「なんか軍国主義っぽくってキモチワルっ!」とか思っちゃう方なんでw、右がかってもいないと思う(^^ゞ
そんなわけで、左は嫌いなはずなんだけど、でも、子供の頃、駿河台の坂を下りていくと必ず目に入ってくる明大のタテカン(って言うんだっけ?)を見て、なんかインテリっぽくってカッコイイよなーと大学生活に憧れたりもした(爆)
そんな自分が大学生になったのは、学生運動なんて昔、昔の大昔…みたいになった頃で。
通っていたのも、〇〇大学闘争なんて歴史のなかった大学だったから、友だちとの話題も女の子やファッション、あとは趣味の話ばっかりで。
せっかく大学生になったのに、みんなノンポリすぎだよなーと、ちょっと寂しかった記憶がある(^^ゞ
そんなわけで、(世代が違うとはいえ)佐藤氏や池上氏が若い頃に左翼思想に魅かれた感覚って、実はそこそこよくわかる。
もっとも、戦前戦中を「天皇陛下万歳」で生きてきた人が、戦後に一気に価値観がひっくり返ったことで、みんな混乱して。そこに戦前戦中を否定する俺/私ってカッコイイよね?的に左翼思想が持て囃された面があるらしい、というところまでは実感できない。
ただ、Eテレの100分de名著の『金閣寺』の回を見ていて、三島由紀夫みたいな人でも戦後、アイデンティティーを見失う混乱に陥ったというのを知った時、人々が左翼思想にとびつかざるを得なかったその時代というのが少しだけわかった気がした。
言ってみれば、「持続可能な社会」を謳いつつ、そのすぐ後で(到底持続可能とは思えない)グルメ情報を流すTVがまさにそんな感じなんじゃないだろうか?w
左翼思想って。どこかアカデミックな匂いがあって、学生同士で議論し合うみたいな、自分の大学時代にはなくなっていた、古い良き学生生活的なロマンチックさがあるんだよね。
現代では学問に打ち込むなんてダサい人と思われちゃうわけだけど、でも、学生が無垢に勉学に打ち込める古き良き大学や学校の時代が戦後の一時期にあったんだと思うのだ。
恩田陸の小説によく出てくる地方の進学校の様子がかろうじて最後なんだと思うんだけど、学問に打ち込むことがダサくなっちゃた現在でも、それへの憧憬を持っている人は多いと思うのだ。
だから、かつて左翼思想に魅かれた人たちが「ブルジョア」だの「プロレタリアート」だのと目を輝かせて友だちと議論し合ったたみたいに、小難しい漢語や横文字を並べたり、妙に飾った文章を書いたりする(いわゆる中二病的にw)んだと思うのだ(^^ゞ
そんなこと書いてる自分だって、本多勝一が自らの学生時代のことを書いた『旅立ちの記』なんか読むと、純粋さ? 真摯さ? にその学生時代をうらやましいなーって思うもん。
そういえば、自分が大学4年になった時、新入生に過激派の〇〇派の人が入ってきたとかで。
いや、新入生といっても、どう見たって40代くらいのオジサンなの(^^;
それ以来、昼休みになると、その人と仲間が庭で「なんだらのぉー、なんだらでぇー」と叫ぶ、オキマリの学生運動しゃべりで演説するようになったw
それって、うるさいのもうるさいんだけど。
それより何より、なにが哀しくてウチの大学みたいなおバカばっかなとこで学生運動するんだろうね?wと、みんなで呆れていた。
そんな風だったから、その人たちもさすがに寂しかったのか何なのか?w
ある日、ふと演説を止めて。近くで昼メシを食べていたた学生に「これについてキミはどう思う?」みたいに語りかけちゃったもんだから、さぁ大変w
語りかけられた学生は、頭をタリラリラ~ンと振り振り、「ボク、バカだからわかんなぁ~い」と茶化したもんだから、もー、みんな大爆笑。
その人、もー、怒っちゃって(^^;
顔を真っ赤にして、「大学生にもなって、こんなことがわからないはずがないんだ」とかなんとか叫んだまではよかったんだけど。
まー、興奮しすぎたんだろう。
口から唾が飛んで、語りかけられた大学生の足元にポトンと落ちちゃったもんだから、「あぁー、きったなぁ~い」とか言われて、一瞬絶句w
その後は、庭にいた全員から「きったない! 帰れ!」コールを受けて、すごすご帰っちゃったなんてことがあった(^^ゞ
今思えば、あの頃って、そういう時代だったんだろう。
決して不平や不満がないわけじゃないけど、でも、誰もがそれなりに毎日を楽しんでいたあの時代のあの場所で。
プロレタリアートだのブルジョアだの革命だの叫んで、その人たちにとっての青春だった“学生運動ロマンティシズム”に浸っている方が馬鹿だw
それは、何かというと“生き辛い”と言われる現在だって同じだと思う。
確かに、今っぽいインテリ的たしなみとして、社会主義と共産主義はなにが違う?みたいな話は“映え”るのかもしれない。
でも、コロナ後の日本で格差が拡大したからって、共産党が支持を集めて、みんなで革命を叫ぶようになるんだろうか?と思ってしまうのだ。
格差が拡大したらしたで、アメリカの巨大IT企業が貧乏人でもギリギリ払えるくらいの金額のサブスクのサービスを提供してくれて。
みんなでそれをして、“映え”る毎日を楽しんで暮らす、それが今の日本人のような気がする(^^;
まー、それこそコロナより恐ろしいパンデミックとか、あと巨大気象災害とか。
あとは、基幹産業である自動車産業が海外の電気自動車に完敗したり、人口減で働き口がほとんどなくなって、もはや暴動でも起こすしかないってなったら、その言い訳の拠り所として左翼思想を引っ張り出してくるなんてことは、もしかしたらあるのかもしれない。
でも、それよりは、佐藤氏が序章で言っている、グレタとかいう子の温暖化への抗議活動は現代版の左翼思想だ、みたいな話の方が現実味があるような気がするけどなぁー。
ていうか、自分はあれは左翼思想というよりは、ファシズムのような気がしてしょうがないんだけどどうなんだろう?
ぶっちゃけ、あの子が演説するのを見ていると、ヒトラーが演説している姿がダブってくる…っていうか(^^;
あれ? そんなこと言うと、今は怒られるんだっけ?(^^;
いや、自分も環境保護は大賛成なのだ。
地球温暖化=二酸化炭素の増加に疑問がないわけではないけど、でも、温暖化の海水温上昇によって一昨年の台風19号みたいなのが来ちゃう以上、もはや二酸化炭素削減でもなんでも、温暖化を防げるとされることは何でもやるしかないじゃん。
でも、ヨーロッパと日本では気候が全然違う。
ヨーロッパの人が考える自然エネルギーを使った温暖化対策が、そっくりそのまま日本で使えるとは思えない。
だって、1年の半分が台風シーズンの日本で風力発電と太陽光発電って、現実的な話なのか?
それよりは、世界第3位のエネルギー量があるという地熱ではないのか? 何でそういう話にならないの?
そもそも、二酸化炭素を吸収する木を切って太陽光発電のパネルを並べるのって、どう考えたって環境破壊だろ!(^^ゞ
それで「持続可能」とか言って悦にいってる人って、まるでマルクスやレーニン、毛沢東の著書や言葉をいいように解釈して異なる意見を封殺してるのと同じじゃんって、あ、やっぱり左翼思想?(爆)
ま、冗談はともかく(いや、冗談でもないんだけどねw)。
何年か前、広瀬隆の『ロシア革命史入門』を読んだ時、自分は、「共産主義って、結局文学者の発想なんだなー」という印象を受けた。
すっごく乱暴な決めつけ方だとは思う。
でも、重箱の隅をつつくように意見の違いを見つけ出しちゃぁ、人を殺して。「革命だ」と悲壮感的ロマンティシズムに浸っているその様に、学者特有の中二病っぽさを感じてしまったのだと思う(^^ゞ
ただ、戦後の豊かな時代に生まれ育った自分と、帝政ロシアの圧政下で革命を起こさざるを得なかった人たちでは、考え方や常識、死をめぐる感覚が全然違うだろうし。
また、戦後の厳しい時代を知っている佐藤氏や池上氏とも、微妙に差があるはずだ。
さらに言えば、軍国主義の戦前戦中を生きて、戦後に今までの常識がひっくり返ったその感覚を知っている人とも違うだろう。
そういう人たちからしたら、「左翼思想は文学者のロマンティシズムなんて、なに馬鹿言ってんだ!」なんだろう。
でも、「今って、そういう世の中じゃないよね?」とも思う。
だって、北朝鮮が掲げているスローガンの「白い米と肉のスープがたらふく食える生活」(だっけ?)とか聞いて、日本人はキョトンとしちゃうのが普通でしょ?
もちろん、佐藤氏が書いているように、コロナ後にはキョトンとしてはいられない世の中になる可能性はあるだろう。
でも、そうなった時にかつての左翼の人たちが起こした過ちがまた起こることを憂うなら、そうなった世の中を実感できない現在にそれをうったえてもしょうがないんじゃないのかなーと思ってしまうのだ。
なら、左翼運動の新たな形として環境保護や人権保護があるなら、それが誰もが正しいこと感じるからこそ、社会全体が気づかぬ間に陥ってしまう危険な面があるんだということを、かつて左翼が起こした誤りを例にあげて指摘してほしいかなーと思う。
だって、少なくとも今の日本では、格差が広がったことで起こる左翼運動よりも、そっちの方が危険だもん。
ていうか、何かというと問題視される格差が悪いのではなく、悪いのは貧困だと思うけどな。
金持ちがいようといまいと、貧困がなくならなきゃ意味はない。
その辺を曖昧に貧困は格差のせいだと言うのは、左翼が得意とする一般庶民へのすり寄りだと思う。 -
Posted by ブクログ
我々一般人が「学び直す」ためのヒントを、知の巨匠コンビが対談形式で豊富な経験に基づいて惜しみなく伝えてくれている。
「リスキリング」というよりも「再武装」という表現が面白い。ハードかつソフトな人生の戦略本。
YouTubeでも学びたい、SNSも使いたい、新しいことも試したい、、、なんて折り返し点を過ぎてもまだ思ってしまうけど、壁が目前に迫ってきたら彼らの教えにハッとし、現実的に取捨選択するんだろうな。
それにしても、お二人の経験値と学びの深さ・広さはやはり凄い。
アウトプット、棚卸し、若い世代との付き合い方etc.できるところから取り入れて、準備していこう。
情報の波に溺れず、限りある時間を有意義に過ごして、軽やかに壁を乗り越えていけたらいいな。 -
Posted by ブクログ
とても読みやすかった。頭にストンと入ってくる文章だった。
大学生の頃に読んでおきたかったな。
池上さんの授業を受けたことがあるのでなおさら。
どのような意図であの授業をやっていたのか分かっていれば、もっとまじめに受けただろうな…
歴史とか文化とか色々なものに興味を持っていることは自覚してたけど、それに時間を割く意味を与えてもらえた。
これからもっと本を読んでいきたい。
内面を豊かにしていきたい。
以下見返したいこと
教養=リベラルアーツ
リベラルは様々な枠組みから自由になること
変化の激しい時代において、教養こそが次の解を出す
社会に対して傍観ではなくコミットメントする
すぐに役に立たないことは、あとから役に立つ
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Posted by ブクログ
日本語についての楽しいエピソードの数々。アクセントにより意味が違う!すごい言葉だ。「サポーター、ショップ、パンツ、チーム、彼氏、彼女」平板な発音が若い人たちが仲間うちであることを暗に示している。驚いた!
笑ったのは次の話し。「日本の社長が海外から来た視察団の歓迎会で「本日はお日柄もよろしく、遠路 はるばるお越しいただいた皆様をお迎えできたことは、欣快至極でありまして・・・・・・」と決まり文句に満ちた長大なあいさつをしたところ、通訳が、たった一言「ウエルカム」と訳した という笑い話」ありそうなこと。最近の人権に配慮した表現が入ってきて、背の低い人を「垂直に挑戦を受けている人」また「髪の毛の不自由な人」への表現の変化!これには苦笑である。
初めて知ったのは「スイートルーム」のスィートが」sweet ではなく、一続きの意味であるsuite。「フリーマーケット」のフリーは freeではなく、 flea(蚤)。長年の無知を恥じた。そして日本語には二人称はない。「あなたは」と話しかけることが失礼になる。これも全く驚き。 -
Posted by ブクログ
お金に関する知識の入門書。
多少思考に偏りがあるかも...
と疑いながら読みましたが、
決して池上さんが金融商品をすすめているわけじゃないとゆうところも、多少安心して読めたかなと思います(笑)
投資(ETFや債券)・保険(生命保険や年金)・税金(所得税や特別会計、NHK受信料)・ニュースのお金(デフレやGDP)・身近なお金(キャッシュレス社会や格安商品の仕組み)など。
情報が浅く、広く書かれており、わかりやすいです。
入門書としては手に取りやすい1冊かと思います。
個人的には、仮想通貨=暗号通貨の考え方に目から鱗でした。
ビットコインが流行る理由も頷けました。ただ、監視できても取り締まる人がいない現状がリスクが多いにある理由や、仮想通貨の利用が広がったきっかけが2009年のギリシャ経済危機(ユーロ危機)ということなど。
随所、歴史に紐づいて解説があるので、
読んでいて、さすが、楽しいです。
※2009年サトシ・ナカモトとゆう人物がビットコインのソフトウェアを発表しビットコインの運用が始まった(日本人のような名前だが日本人ではない)