生きにくさを生き抜き、純粋かつほんものの愛を知り得た、
邪なところはないのだけれど、でも柔弱かつ素朴すぎるくらいの性格で、
さらにはいろいろな不安神経症的であったり恐怖症的であったりする性質のある祖父。
そして、身体の弱いヒロイン(祖母)・真利子の前向きな美しさ。
彼らを包みこんだ光と闇があります
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光は人間的な温かみであり、闇は人間の憎しみや賢しさに起因するものでありました。
この作品に書かれていることでまずハッとしたのは、
冒頭付近でも語られる、
この人間の憎しみが祖父の不安神経症や恐怖症を作り上げているところに繋がっている点です。
世の中、強迫観念を強くもってしまう人がほんとうに多いと僕は感じていて、
それは局面によっては僕もそうです。
そういった強迫観念の大もとには「不安」というものがあって、
それが恐怖を作り上げてもいますし、
DVなどの暴力とも絡んでいると僕は見ています。
それは支配欲や権力欲といった人間の欲望の根源にも
不安が横たわっているように見えるからですが、
そういった不安から生まれ出るものの大きな一つのものとして、憎しみはあるのではないか。
そして、その憎しみが他者に向けられて、そこにまた新たな不安が生まれ、
その不安が憎しみを再生産していく、という図式があるようにイメージできます。
もっと細かく言うと、不安→強迫観念→(昇華しない強迫観念の果てとしての)憎しみ、となります。
この物語で、不安や恐怖、強迫観念をもつ祖父の心理は、憎しみへと至りません。
そこが祖父の強さでした。
自分で負のサイクルを終わらせることができるタイプです。
そしてそれは強固な意志によるというよりも、
性格的に、精神性的にそうであって、
その根本には戦争体験で男性性を打ち砕かれたから、
という原因を見てとるのも間違いではないかもしれない。
仮にそうではあっても、
祖父は、憎しみを持たない精神性をもつ男性へと再生を果たしたと言えます。
祖父は、男性として欠落している、欠損した精神性をもっている、
と評価されてしまうような人物でしょうけれども、
そこには、自分ひとり丸ごとを賭して「悪」を断絶する勇気がある、と感じられもします。
なまっちょろくて、弱弱しくて、全くもってかっこよくないのですが、
根源的な部分での勇気を持っているのでした。
でもって、そんな祖父が愛というものととても近しかった。
素晴らしい女性と結ばれることができた。
ただ、その関係の儚さは、祖父が、自分にまとわりつくものだけでも断絶しようとしてきた
「悪」による作用だった気がしてなりません。
そんなに簡単に片付くようなものではないですし。
……という感想も、この物語の一面しか語っていません。
もっと豊饒なものが、この300ページくらいの作品には息づいています。
たとえば、江美子さんというキャラクターもとても素晴らしかったですね。