あらすじ
祖父の寛太に誘われた、壊れた自転車でゆく旅。その過程で寛太から聞く、限られた時の中で精いっぱい自分たちの命を生きた恋人たちの物語。あの戦争で心に深い傷を負った寛太と、彼が本気で愛した美しい少女・真利子。旅の果てにあるものは?
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Posted by ブクログ
安心安定の市川拓司でした。
優しい世界を描かせたら、右に出る者なしと断言できる。
そんな素敵なお話でした。
今作も特段な設定ではない。祖父を軸に孫とその彼女。祖父の昔話を二人に語っている。
大雑把に説明すればこれだけなのだが、そこは流石の市川ワールド。
“純”で“一途”で“温かい”。
読みやすい表現が、さながら絵本を読み聞かせる母親を彷彿させる感じがしました。
筆者夫婦も寛太と真利子と良く似ている。むしろ夫婦をモデルとし、寛太と真利子が居る。
筆者のエッセイを読んだとき、そんなふうに書いてあったと思います。
変わり者の旦那と、それを見過ごせない思いやりの奥さん。
ちゃんとバランスがとれてるんだよなぁ…。
だからこんなにも優しい世界が描ける…。
特に気に入ったところに、P72「ほんと、あなたたちってユニークね。どれもこれも、少しひととずれてるの」とある。
これは作品中では寛太と真を指すが、筆者も右ならえらしい。筆者の奥さんならきっとそう言うだろう。
P180からP185にかけての、真と麻美のキスシーンも市川ワールドならではの描き方。純愛そのものを透き通る様に綺麗に、そして温かく表現している。他の作品にも見られるが、やはり市川拓司の世界は愛おしいぐらい優しく書き綴っている。
最後にP206の「不器用な者たちだけが愛に身を殉じていくんだ」とある。
この一文は市川ワールドにおける真骨頂でもあるだろう。
少しずれていても構わない、共に歩むことが大事、如何なる時も寄り添う、筆者の根底にはこんな要素が含まれている。
だから読者は納得します。
貴方がた夫婦がそうなのだから…。
久々の市川拓司、優しい世界は盤石でした。
素敵なお話を、ありがとうございました。
Posted by ブクログ
市川拓司さんの作品は、
いつも透明で美しい愛が綴られている。
今回も 持ても綺麗な作品だった。
世界はいつも、純粋に愛する2人を
理不尽に呑み込もうとしてくる。
そんな世界でも 変わる事なく愛し続けられることは
誰にでも出来ることでは無い。
この2人の流れる時間は
きっと他の人が入り込む余地すらない、
2人はきっと、普通の時間とは別の時間に生きているのだろぅなと思う。
Posted by ブクログ
始業前に読み終わり真っ赤に目をはらして涙をぬぐっているのを職場の人に見つかって、スギ花粉が酷くてと取り繕いました。人間嫌いを公言しているくせにまだ救いを求めているのが恥ずかしくなると同時に人に優しくありたいと切に思いました。
Posted by ブクログ
寛太
真の祖父。
真利子
真の祖母。
大沢真
野川麻美
真の彼女。高校三年のときのクラスメート。
真の父
優治。フリーのイラストレーター。
槻川啓司
寛太と同じ中学。同じ絵画教室に通っていた。代々医者の家系。
江美子
寛太と同じ中学。同じ絵画教室に通っていた。
水樹
啓司の看護をしている。
Posted by ブクログ
祖父・主人公である孫・その恋人の3人で、祖父と祖母が昔暮らしていた場所まで旅する物語
その道中で語られる祖父と祖母の過去が
切なくて悲しく、まさに純愛と呼べるものだった
ただ、後半の惰性感が少しだけ残念でした。
スパッと終わっていれば余韻は凄まじかったと思うけど
あくまでこれは個人的な意見です
・十二歳の春の雨の日の午後に、私の心に宿ったもの憂い気分は、十三歳の秋に感じていたそれとは断じて違う。心とは一回性のの現象なのだ
・不器用な者たちだけが愛に身を殉じていくんだ
・遊園地は人が幸せになりに行く場所だもの
・わたしたち、がんばったよね?
このあたりの言葉は話の内容も相まって、かなりグッときました。短くて良い言葉が並んだ素晴らしい本で、読んでよかったです。
Posted by ブクログ
以前観た映画『そのときは彼によろしく』の原作者が市川拓司さんでした。
そしてその当時、僕と交流のあったネット友だちたちが
「市川拓司っていいですよね」
と語り合っているのに接し、
そうなのか、いいのか、そのうち読んでよう、
と思いながら、やっとのことで読んだ一冊がこの作品になりました。
読み終えてですが、いやぁ、よかったです。
祖父の人生の物語を知る孫、というかたちの物語。
生きにくさを生き抜き、純粋かつほんものの愛を知り得た、
邪なところはないのだけれど、でも柔弱かつ素朴すぎるくらいの性格で、
さらにはいろいろな不安神経症的であったり恐怖症的であったりする性質のある祖父。
そして、身体の弱いヒロイン(祖母)・真利子の前向きな美しさ。
彼らを包みこんだ光と闇があります。
光は人間的な温かみであり、闇は人間の憎しみや賢しさに起因するものでありました。
この作品に書かれていることでまずハッとしたのは、
冒頭付近でも語られる、
この人間の憎しみが祖父の不安神経症や恐怖症を作り上げているところに繋がっている点です。
世の中、強迫観念を強くもってしまう人がほんとうに多いと僕は感じていて、
それは局面によっては僕もそうです。
そういった強迫観念の大もとには「不安」というものがあって、
それが恐怖を作り上げてもいますし、
DVなどの暴力とも絡んでいると僕は見ています。
それは支配欲や権力欲といった人間の欲望の根源にも
不安が横たわっているように見えるからですが、
そういった不安から生まれ出るものの大きな一つのものとして、憎しみはあるのではないか。
そして、その憎しみが他者に向けられて、そこにまた新たな不安が生まれ、
その不安が憎しみを再生産していく、という図式があるようにイメージできます。
もっと細かく言うと、不安→強迫観念→(昇華しない強迫観念の果てとしての)憎しみ、となります。
この物語で、不安や恐怖、強迫観念をもつ祖父の心理は、憎しみへと至りません。
そこが祖父の強さでした。
自分で負のサイクルを終わらせることができるタイプです。
そしてそれは強固な意志によるというよりも、
性格的に、精神性的にそうであって、
その根本には戦争体験で男性性を打ち砕かれたから、
という原因を見てとるのも間違いではないかもしれない。
仮にそうではあっても、
祖父は、憎しみを持たない精神性をもつ男性へと再生を果たしたと言えます。
祖父は、男性として欠落している、欠損した精神性をもっている、
と評価されてしまうような人物でしょうけれども、
そこには、自分ひとり丸ごとを賭して「悪」を断絶する勇気がある、と感じられもします。
なまっちょろくて、弱弱しくて、全くもってかっこよくないのですが、
根源的な部分での勇気を持っているのでした。
でもって、そんな祖父が愛というものととても近しかった。
素晴らしい女性と結ばれることができた。
ただ、その関係の儚さは、祖父が、自分にまとわりつくものだけでも断絶しようとしてきた
「悪」による作用だった気がしてなりません。
そんなに簡単に片付くようなものではないですし。
……という感想も、この物語の一面しか語っていません。
もっと豊饒なものが、この300ページくらいの作品には息づいています。
たとえば、江美子さんというキャラクターもとても素晴らしかったですね。
最後の方はうぅぅと泣けてしまうので、一人で部屋で読むことを推奨します。
好い読書体験でした。
Posted by ブクログ
人に対してここまで優しくなれるものなのだろうかと思うほど優しさに満ちあふれた話。 固くなりかけていた心が読みながら柔らかくなっていくような気がした。 いつもこんな感覚でいたいものだ。