夏目漱石のレビュー一覧
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高校の国語の教科書に載ってた作品。
今更ながら、初めてちゃんと読んだ…!
1節が短くて、意外と読みやすかった。
恋愛に関する愚かな行動は私ならしないけど、
先生の生死に関する考えは、今なら分かってしまう。
自分を含めた人間の原罪みたいなものを抱え込んで、
逃れられなくて、でも仕方なく生きている。
大事な人を傷つけたくはないから、
むやみに深い関わり合いになりたくない。
というかなれない。
恋愛や結婚は特に、覚悟がいること。
殉職ってこれまで理解できてなかったけど、
ただのきっかけでしかないのかな。
それまでずっと、死ぬ時機を待っていただけで。
私はこの手紙を受けて、どう生きていくのだろう。
奥さんは、何を思うのだろう。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ日本で最も読まれている長編小説のひとつと評される、夏目漱石『こころ』。
1914年(大正3年)4月20日から8月11日まで、『朝日新聞』に「心―先生の遺書」として連載され、同年9月20日、岩波書店より漱石自身の装丁で刊行されています。
百年以上を経た現在も、世代を越えて繰り返し読まれている作品となっています。
小説は、
上「先生と私」
中「両親と私」
下「先生と遺書」
の三部から構成されています。
高校の国語教科書では、多くの場合、この「下」からの抜粋が用いられていたのではないでしょうか。
高校当時、小説の抜粋という読み方がどうにも許せない生意気な女子学生だった私は、
そのまま新潮文庫版『こころ』を買いに、同級生の家の本屋へ向いました。だって田舎だからそこしか無かったんだもん。
ロングベストセラーの要因のひとつに、教科書掲載があることは確かだと思います。
ただ、それだけで百年以上読み継がれるとは思えません。
加えて、この小説は再読率の高い作品なのではないかと感じています。
実際、私自身も何度か読み返している、珍しい小説の1作です。
物語としての強度、明治の作品とは思えない文章と文脈の運び。
それに加えて、この三部構成の緻密さが、読み終えた読者を再び冒頭へと戻します。
ラストに至って、先生と出会う場面「上」をもう一度確かめたくなる。
そうした読書のローテーションにはまりやすい構造も、『こころ』の人気の要因の一つではないでしょうか。
こうして何度か読み返すうちに、私はこの作品がしばしば評されるような「明治精神の終焉」を描いた小説なのか、少し疑問を抱くようになりました。明治天皇の崩御、乃木希典の殉死という時代的事件の直後に書かれ、小説内でもそれは数度言及されてはいます。
しかし、先生が死へと向かう精神のありようは、あくまで個人的なものとして描かれているように思えます。
森鷗外が乃木の殉死を強く評価し、短編まで書いたのに対し、夏目漱石はこの件について当時明確な意思表示をしていないようです。
その沈黙の代わりに、『こころ』では、Kの死と先生自身の決断を、徹底して個人の倫理として描く。それが、殉死そのものへの漱石なりの回答だったのではないか、と考えてみたりしましたが、どうでしょうか?
さて、先生と私の出会いは、鎌倉の海水浴場です。半裸中年男性である先生に、理由もなく惹かれていく。その視線を担うのが、この小説の語り部である「私」です。
このあたりは、夏目漱石の確信犯的な仕業とも思えます。
しかし、その意図的にも見える導入は、物語が進むにつれて、性愛ではなく、友情や信頼、尊敬といったホモソーシャルな関係性へと変換されていく。
森鷗外は、夏目漱石の『三四郎』に触発されて『青年』を書いたと言われています。
もしかすると、この鎌倉から始まる幾つかの場面もまた、当時発禁となった森鷗外の
『ヰタ・セクスアリス』への文学的返礼、あるいは、読者を引き込むための少しお茶目な大衆文学的導入だったのかもしれない。
少なくとも、そのこと自体は作品の到達点としては用意されていないように、私には感じられました。
『こころ』が描いているのは明治の終わりではなく、今もなお繰り返される「個人の倫理の行き詰まり」なのかもしれません。
だからこそ、この小説は、何度読んでも現在形で
読まれ続けるのではないのでしょうか。 -
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後期三部作の1作目
1912年(明治45年)朝日新聞に連載
短編を集めての長編で、章立ては以下の通り
・風呂の後
・停留所
・報告
・雨の降る日
・須永の話
・松本の話
・結末
主人公は田川敬太郎。大学卒業後、就職が決まらず、友人の須永市蔵の叔父、田口に就職の世話を依頼。任された仕事は、なんと探偵。ある男を尾行する描写が、地味〜いにおもしろい。
中盤から後半が、この小説の本丸。さらに、おもしろくなる。その中心人物は、田川の友人、須永。彼の恋愛話。恋愛対象の女性は、千代子。2人は、いとこ。知的でナイーブで1人の女性のことで頭がいっぱいになり考え過ぎてしまう男性心理に、共感はできないのですが、おもしろい。この2人の間に、高木という男性が登場し、ちょっとした三角関係。
「純粋な感情程美しいものはない。美しいもの程強いものはない」
こんな素敵なことを考えている、須永。気弱で、はっきりしないところが、強調されてしまって、本当にもったいない人。
須永の出生の秘密が後半、明らかになる。
心理描写の巧みさ、文章全体から溢れ出る、何とも言いようがない味わい。日本語の奥深さが感じられる言葉選び。余韻が残り、読者に考えが委ねられる終わり方。再読したくなる要素が満たされている。夏目漱石、素晴らしい。私はとても好きです。 -
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人事を観察し、ただ驚嘆したいという視点から見られた須永は、その点において「観察できない」他者の内面に恐れを抱く人ではないか。
須永は自身の懊悩を当然よく自覚しているし、他者にもそうした不可視の内面がありうることを知っている。そしてそれを千代子に予感するからこそ、近づくに近づけない。
そうした懊悩は、いわば彼自身の「外発」性に起因するということだろうか。松本の精神的私生児としての須永は、外面的には画一化して現れつつその実内面に主体性を秘める複雑な社会に疲弊し、関西へ向かう。関西弁の中に個性を見出しつつ精神を癒すのはその点でありうべき展開である。
漱石において「金策」と「恋愛」は当然重大事だが、こと後者において、「内面」や「主体性」に気づいてしまった近代人が、「女の主体性」とどう向き合うべきかという煩悶が、たとえば以後の作品でも問題にされているような気がする。 -
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神様のカルテを読み、主人公の愛読書だったことから興味を持ち読み始めた。
これまで夏目漱石は学校で学んだ程度で自発的に読んだことはなかったため、最初の一冊が本書となった。
有名(と言われている)出だしの1文から始まり芸術の意味など強く共感できるスタートであったが、難解な言葉の数々で読み終えることが目的になりそうなほどに必死になった。
彼の哲学を美しい情景と併せて読む本だと解釈した。読み終えてみると、言葉は難しいが考え方は共感できるし内容は大変シンプルなところは好き。
漢詩など斜め読みでほぼ飛ばした部分もあるので、こんどからはその部分をゆっくり読んで理解を深めるもよし、また気に入った文章をかい摘まんで読むもよし、という接し方をするとこの本は面白いと思った。
白衣のポケットに入れている気持ちとは違うかもしれないが、常にかばんに入れてちょこちょこ読んでいる。 -
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ネタバレ「ええ、まあ有難いわ」と三千代は低い声で真面目に云った。代助は、その時三千代を大変可愛く感じた。わかる、急に真面目な態度取るの可愛い。
代助の結婚や未来へのモラトリアムは甘えだけど気持ちはわかる、彼はただ彼の運命に対してのみ卑怯であった。何も選択せずその日暮らしだと確かに楽だよね。
真剣な話し合いの時には酒を飲まない方が誠実だという価値観、この頃もあるのね。
251ページから物語がやっと動き出す感じ、グンと面白くなる。「僕の存在には貴方が必要だ。どうしても必要だ。」ストレートな告白がいいねやっぱり。
夜明けを「世界の半面はもう赤い日に洗われていた。」って表現するのかっこいい。
最後は狂気に向かうと解説されていたが、世間体や家族、友情を捨ててまで愛を選んだ代助が幸せなその後を迎えることを願う。 -
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ネタバレ第一夜が美しすぎる。
一度読んだ後に本を閉じ、余韻に浸りながら眠りました。え? 夏目漱石ってこんな綺麗なの? こんな綺麗なんだ……続きは翌日に。
「こんな夢を見た」
話の切り替わりのフレーズで気が引き締まり、ハッと現実に戻った後、次の夢に入っていく感じがする。
後半はそのフレーズが無いので、夢から覚めずにずっとふわふわと夢を見続けているような感覚がする。
楽しい。
他収録されている作品ですが、
「文鳥」の、文鳥の姿・動き・生きる様子……死んだ鳥の姿勢って、ああだよな、という部分まで鮮明に書かれていて、元鳥飼いとしてはリアルに想像してしまいました。
普通に悲しい。
そのときの感情の動きもとても鮮明。
誰かのせいにしたいのと、認めたくないのと、受け入れられない罪悪感。
普通に悲しい。
最初から最後までずっと美しい冬の早朝みたいな空気感があって、沁みます。
■最後に
小品の詰め合わせのため一つ一つが読みやすく、後半は「事実を卓越した技術力で描写したエッセイ集」という雰囲気。
個人的にはもうちょっと夢十夜の幻想に浸りたかったな。 -
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ネタバレ学生時代に教科書で少しだけ読んだ作品、いつか読もうと思い続けて十数年経ちましたがやっと読むことができました。
「精神的に向上心のないものは、ばかだ」
過去にKが語った言葉は、恋心に悩む今のKにとってはあまりにも残酷な言葉だと感じました。さらにそれを今になって引っ張り出し、念を押すように語った先生の行動はあまりに卑怯な手と言わざるおえませんでした。しかし、人というのは、いざという時には、先生や先生を裏切った叔父さんのように、打算的で邪な考えをもって行動してしまう生き物でもあるということを、私たちも心の片隅に覚えておくべきことなのかもしれません。 -
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こんな夢を見た。夏目漱石が夢からインスピレーションを受けて書いた10編の短編を近藤ようこが漫画に仕立てた。
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「ルームメイツ」を連載時から読んでいる近藤ようこさんが夢十夜を描いたのか。と、大喜びで手に取りました。実は夢十夜は高校の頃以来なのですが、うっすらとしか内容を覚えていないし、夢現のどこにも足がつかないような不確かさが怖かったので再読しようとは思わなかったのですが。それでも、そうそう、こんな内容だった、と思いながら、そして近藤さんの絵がなおのこと夢現の浮遊感を醸し出していて腹の底が落ちつかない感じで楽しめました。漱石の文章と近藤ようこさんの現実離れした絵が相乗効果になってたゆたう夢を見ているようで楽しかったです。