夏目漱石のレビュー一覧

  • それから

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    1909年(明治42年)。
    国語の教科書のイメージが先行しているせいか、文豪作品は優等生的で退屈と思われがちだが、読んでみると必ずしもそうではない。最初こそ文体が堅苦しく感じられるかもしれないが、慣れてしまえば大したことはない。というか文体に慣れてしまえば、実はいわゆる古典的名作こそ、その中身は反社会的で、病的で、自意識過剰で、ひねくれていて、だからこそ面白い、ということに気づく。むしろ、書店で平積みにされているベストセラー本の方が、文体がくだけていて読みやすいというだけで、中身は「仲間を大切にしよう」「努力することは素晴らしい」「成功こそ人生」など、教科書以上に教科書的な内容だったりする。

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    2014年07月21日
  • 門

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    ネタバレ

    「秋日和と名のつくほどの上天気」から、物語はつらい冬を越えて、春にいたる。
    「うん、でもまたじきに冬になるよ。」

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    2013年12月27日
  • 明暗(新潮文庫)

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    実は漱石の作品中、最もお気に入りかも。
    兎に角登場人物が皆周りの腹を伺いつつ、本音をひた隠す。
    と言うかこれは本当の現実だと思う。本音って誰も世に公言したことがないはず、だからこそ家族という最小単位であっても社会には緊張関係が絶えず存在する。
    しかしこの厳然たる事実にはあまり皆目を向けたがらない、何故なら精神的に厳しいであろうから。漱石はそれに拘泥し、延々とそれこそ終わりなき描写に終始する。
    未完だが、漱石には終わらせる腹積もりはあったのだろうか?
    色んな妄想をかき立てるある意味至高の本です、当方にとっては。

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    2013年12月12日
  • 二百十日・野分(新潮文庫)

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    二百十日
    単純で剛健な豆腐屋の圭さんと金のある禄さんの阿蘇山登山を、ほとんどふたりの会話で描写する。
    主題は華族、金持ちに対する庶民の批判。その批判を圭さんに言わせ、禄さんが軽くかわす。おそらく、この小説が書かれた時代は、格差社会の入り口でもあり、かつ人々が理想を持ち始めた時代。したがい、漱石も単純には新興の金持ちを批判はできなかったのではないか。禄さんの態度が漱石に近かったような気がする。
    ユーモア小説としても抜群の出来。熊本の宿屋で半熟玉子をふたつ頼むと、ひとつは固ゆで玉子、もうひとつは生玉子が来る。くすぐりが効いている。

    野分
    正義や理想主義のために教師の職を辞し、雑誌記者として細々と

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    2013年10月17日
  • 明暗(新潮文庫)

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    小林が津田に言う。"君は度胸が坐ってないよ。厭なものを何処までも避けたがって、好きなものを無闇に追懸けたがってるよ。なまじ自由が利くためさ。贅沢をいう余地があるからさ。僕のように窮地に落とされて、勝手にしやがれという気分になれないからさ"。気持ちを開放出来なければもはや不自由である。わざわざ温泉場まで追いかけていって、津田と清子はどうなっていくのだろう。だからと言って、他の作家が書いた続篇を読みたいとは思わないな。前後期三部作から自分で想像するのも一興。

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    2013年10月16日
  • 明暗(新潮文庫)

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    明と暗。
    夫婦、親子、男女、兄妹、貧富・・・
    数々の明と暗を登場人物に織り込みながら、時には明が暗となり、暗が明となる。
    心理描写は精細にそして奥深く、読む者を惹きつける。
    未完であることも作品として完成度を高めているような気もする。

    漱石を読む面白さの一つが、明治という価値観が純粋な形でぶつかり合う時代背景を知ること。
    社会主義の萌芽、資本主義の価値観に戸惑う中産者階級、自己に目覚める女性・・・

    以下引用~
    ・「普通世間で偶然だ偶然だという、所謂偶然の出来事というのは、ポアンカレーの説によると、原因があまりに複雑過ぎて一寸見当が付かない時に云うのだね」
    ・「僕は味覚の上に於いても、君に軽

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    2013年10月16日
  • 坊っちゃん

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    小学生時代に読んだ本を半世紀ぶりに読むと印象が変わって面白い。歳をとったせいか、”そんなに人に突っかかってたら苦労するよ~”と言いたくなる場面ばかりで。清が愛おしい。最初の停車場の別れで”何だか大変小さく見えた”という表現はよく覚えている。最後の”後生だから、清が死んだら坊っちゃんの御寺…”で「後生」という言葉を覚えたような。解説で平岡氏が坊っちゃんと清の二人の生活は”四ヶ月程度であろう”と言うがその根拠は?「鹿男あをによし」の”鹿せんべい、そんなにうまいか”はこの話のオマージュだった、と今頃気がつく。

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    2013年10月10日
  • 虞美人草(新潮文庫)

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    難解な中にもこの時代の美しい文体を楽しむことができる。
    宗近の云う「真面目になること」は自分の心に備え置いてきたことと重なり合う。

    「真面目になれる程、自信力の出る事はない。真面目になれる程、腰が据わる事はない。真面目になれる程、精神の存在を自覚する事はない。天地の前に自分が厳存していると云う観念は、真面目になって初めて得られる自覚だ。真面目とはね、君、真剣勝負の意味だよ。遣っ付ける意味だよ。遣っ付けなくちゃいられない意味だよ。人間全体が活動する意味だよ。口が巧者に働いたり、手が小器用に働いたりするのは、いくら働いたって真面目じゃない。頭の中を遺憾なく世の中へ敲きつけて始めて真面目になった気

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    2013年08月07日
  • 虞美人草(新潮文庫)

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    ネタバレ

    【Impression】
    「虞美人草」が一体誰のことなのか、結局は藤尾さんであると分かるんだが、虞美人草の花言葉は「平穏、無償の愛、慰め」などであるらしい。

    作中の藤尾さんは全くの正反対である。
    最後は意中の人を得る事が出来なかったため死んでしまうような、気性の荒い人である。

    この正反対にある状況は一体どういうことを意味しているのか、いや、面白かった。
    文章が綺麗で、詩的で、漢語のにおいがする、また読み返したい本
    【Synopsis】
    ●宗近と糸子、甲野と藤尾、そこに小野が加わり、表面的には平穏に、内面では策略を巡らせた人たちとの恋愛もの。宗近と甲野はこの策略に飽き飽きしている、小野は利己

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    2013年07月29日
  • 門

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    2013/04/11-2013/04/22
    星4.8

    僕は果たして大学生になったので、色々と名作と謳われる文章を読んでみることにした。その第一号が、この『門』。夏目漱石作。
    僕は理系であって、読解というものは比較的苦手とする所なので、こういう込み入った文章を読むにはゆっくり消化しながらでなければいけないから、少し疲れた。しかし、僕の日常にあるような、読後の疲労感というものには不思議と見舞われなかった。
    陰か陽かと問われれば陰に値するだろう物語だのに何故だろう、物語を通して問題は全く解決していないように思われるのに何故だろう、陰鬱な気持ちにはならなかった。

    もしかするとそこらへんが、この文章

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    2013年04月26日
  • こころ

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    夏目漱石の『こころ』をNHK100分de名著のテキストといっしょに買ってみる。

    「先生」は自分が死に至るまでの経緯と理由を、唯一「真面目」だと認めた「私」に宛てた手紙のなかで述懐。
    この「手紙」という媒体に残した・書ききったという行為が、自らが生きた世界に何らかの痕跡を残したいという人としての本能的な行為であったように思う。手紙にしては長過ぎるけどな。

    それにしてもスネに傷を持ったことを抱えながら生きることは出来ないのだろうか。そういう意味でまったく救いのないストーリーだと思った。
    が、テキストの姜尚中は、漱石自身は死を肯定も否定もせず、死あってこそ生を見出だすことができるみたいなことを言

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    2013年04月01日
  • 明暗(新潮文庫)

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    何と言う小説。

    水村美苗さんの「続明暗」を読みたいな、と思い再読したのだけど。

     此処に津田という男がいる。主人公である。会社員で、まずは悪くない勤め人で、30前後のようで、新婚である。その妻が延子。
     粗筋で言うと、津田が胃腸らしき病気である。大層ではないが数日入院して手術が必要だ。会社と、世話になっている親戚筋に挨拶して入院。手術する。
     津田の家庭はやや使い過ぎで、毎月の給料では足りない。京都の親が仕送りをくれていたが、仲違いしてそれが途切れた。金策に困る。

     延子は新婚で、津田との愛情、夫婦のあり方にぼんやり不安がある。
     津田の妹、秀子。津田の上司の吉川氏の奥さん。…などが、「

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    2014年05月29日
  • 文鳥・夢十夜(新潮文庫)

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    こんな夢を見た。

    自分はとあるサーカスで働く道化の少年である。白と黒の化粧をし、同じ色の白黒の道化服を着て、毎日客の前に立っている。年齢は幼く、サーカスのヒエラルキヰでいえば底辺に属するような位置である。賃金も大変に少ないが、しかし、自分はさして悲しんではいなかった。自分の隣には、道化の相棒がいるからである。相棒もまた、白黒の紛争をしているが、少しだけ赤色の混じった服を着ている。身長は自分よりわずかに高いが、自分より痩せていた。
    自分と相棒はサーカスの部屋でいつも同室であり、二人で共有している錆の浮いた焼き菓子の缶箱がある。
    古びたその中には、菓子は入っていない。入っているのは、僅かばかりの

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    2023年01月24日
  • 草枕

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    こいつはいい。最後の言葉がいい。無責任な写真家のような。グレン・グールドはどこが好きだったのだろうか?主人公の様な生活できたらいいな。

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    2013年01月24日
  • 夢十夜 他二篇

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    面白い。想像したよりも面白かった。
    個人的には一夜と三夜の話が好き。
    これは漱石自身の夢をもとに書かれたものらしいけど、本当にこんな様々にみたのかね?
    ロマンチックだったり、怖かったり、滑稽だったり。
    それにしてもどれもたんたんとしていて、それでいてドラマチックなのが流石。

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    2013年01月18日
  • 虞美人草(新潮文庫)

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    『夢十夜』で初めて漱石を知り、『草枕』で文体に衝撃を受け、この『虞美人草』で面白さにどっぷりと嵌った。漱石の小説の中で一番好きかも。
    よく「漱石は女性が描けない」とか言われるけど、だからって別に男性が描けているとも思わない。小説を書いている。

    それはともかく、この人間関係、マンガ的で面白い。ちゃんとキャラが立っている。男も女も。
    それを「通俗的」だと言われれば確かにその通りなんだろうけれども。
    職業作家としての初めての長編小説。「面白い小説」を書こうと苦心したんだろうな。
    装飾華美な文体や、ほんの少しハミ出ている「セオリー」たる主張のようなものがちょっとくどいような気もするけど、それはご愛敬

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    2012年12月11日
  • 草枕

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    他の作品と同様、リズミカルな日本語が読んでいてとても小気味好い。凄すぎますね、一つ一つの言葉選び。正に文豪。
    自分という人間を、芸術家という存在を、こうも深遠に描くことができるのは本当に圧倒されるし引き込まれる。分かりたい、と思いながら読むことができる。

    私の未熟な読む力ゆえ分量の割に時間がかかったが、時間をかけるべき作品だった。それは間違いなくそう思う。

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    2012年08月24日
  • 行人

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    ネタバレ

    漱石の手に心臓を掴まれた気がした。
    第四章『塵労』は読んでいて苦しい。

    「ああおれはどうしても信じられない。どうしても信じられない。ただ考えて、考えて、考えるだけだ。二郎、どうかおれを信じられるようにしてくれ」
    「僕は死んだ神より生きた人間の方が好きだ」
    「死ぬか、気が違うか、それでなければ宗教に入るか。僕の前途にはこの三つのものしかない」
    「僕は迂濶なのだ。僕は矛盾なのだ。しかし迂濶と知り矛盾と知りながら、依然としてもがいている。僕は馬鹿だ。人間としての君は遥に僕よりも偉大だ」
    「どうかして香厳になりたい」

    ああ、苦しい。
    駄目だ。
    泣く。

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    2012年03月01日
  • 吾輩は猫である 下

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    猫の視点から、読心術から、独白から語られる、あてども無く続く近代文明批評、文化批評、社会とは個人とは愛とはユーモアとは、なしくずしの放談・・・。
    現代を生きる僕たちにも綿々と続いている苦悶・懊悩。
    猫の達観にはほど遠い。

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    2012年01月05日
  • それから

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    文学上の「高等遊民」を感じようと読んだ作品。解説で吉田熈生が「息苦しい感じ」と評す漱石の文体を肯定できるようになるには年月がかかった。ストーリーは「自然」に人を愛そうとする遊民・代助の社会的不許の愛である。ただし注目に値するのは、物語の幹ではなく枝葉にある。視線の行方、煩悩の文字、不快な相互理解の描写、それらの精微な表現がこの作品の醍醐味であろう。やはり漱石を読むには、中学生時代の私は幼すぎたね。

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    2011年12月23日