夏目漱石のレビュー一覧
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糸瓜忌のBBで「仰臥漫録」の代わりにプレゼンした作品。但し集英社文庫で。理由は解説が優れているから。だけどそもそも岩波書店が発行した最初の書物が「こころ」だった。岩波文庫の解説は古井由吉!実父の臨終間際を放って東京行きに飛び乗る道徳性、日露戦争ではなく勃発直前の第一次大戦に見る作品の背景、この2つは意見が違うが「先生」とKと「私」という3人の大学生の精神分析が面白い。Kは郷里を欺いた報いで学業も生活も破綻していく。猜疑心が強い「先生」は端からそれが許せない。自他共にだ。どう読んでも49章と50章は圧巻。
岩波文庫創刊時のラインナップ。先日の読書会で、今年も岩波文庫を1冊も読めなかったと言って懺悔した人がいた。何の皮肉か100年前も現代も、漱石を読むことはヨーロッパの精神を知ること。自由、友情と恋愛、財産と利子と売買、それらが中産階級に拡った明治という時代。朝鮮を通じて中国北部へ侵出する国策に走る日本では独立とは侵略と国際的孤立を意味した。そして個人のレベルでは団結なき孤独。大逆事件があったし。コレは確かに政治小説だ。K→私(先生)→今の私へと繋がれた静ってどんな女性?何時何処を開いても一言一句がデジャブ。 -
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夏目漱石の『こころ』刊行から百年、らしい!
ということで、漱石のこころに触れるための、名言が作中や書簡などから抜粋されて掲載されている。
読んだことのないものも多数あった。
心を打たれるものもあれば、反面、内容の解釈ができないものも多数あった。
本書の構成として、言葉の注釈は幾つか加えられているけども、”名言”に対する解説は一切なく、読者にその解釈(味読)をゆだねている形になっている。
余計なことはしないという、良い計らいだ。
漱石の言葉に触れる良い機会だった。
やはり原著/原作に当たることが大切だと思う。
※最近、名言のみを集めた本が多数出版されているけども・・・。
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【内容(「BOOK」データベースより】
頑固で短気で癇癪持ち…。そんなイメージとは裏腹に、門弟たちの良き相談相手として慈父のように慕われていた漱石。遺された小説、随筆、評論、書簡、俳句、漢詩等にも、百年後を生きる我々の指針となる言葉があふれている。ユーモアと真理に満ちた234のメッセージを厳選した名言集。
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【著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)】
夏目/漱石
慶応3(1867)年東京生まれ。帝国大学文科大学英文科卒業。東京高等師範学校、松山中学、第五高等学校の教職を経て、イギリスに留学。帰国後、第一高等学校、東京帝国大学で教鞭を執るかたわら、『吾輩は猫である』『坊っちゃん』を執筆。明治40(1907)年より朝日新聞社員となる。『明暗』を執筆中の大正5(1916)年死去した
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【目次】
第1章 自我
第2章 学問
第3章 未来
第4章 自由と孤独
第5章 正義
第6章 覚悟
第7章 恋愛と家族
第8章 処世
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ネタバレ物語としては「三四郎のキャンパスライフ」というなんでもない話だけど、人物描写が今でも通用するのでおもしろい。今もこんな人いるよね!みたいな。冒頭、名古屋が出てくるのもちょっとうれしかったり。
漱石先生はときどき文明開化の総括的なことを作品の中で登場人物に語らせるのだけど、文明開化によってまるっと西洋の文明を受け容れてしまうことでがらっと風土が変わってしまった日本に、戸惑っている感じが伝わってくる。きっと漱石先生自身がそうだったのかなと思うのだけど、西洋文化を喜んで受け入れられる人がいる一方で、新しい動きに馴染めなずもやもやしている私みたいな人が、明治時代にもいたのだなぁ。
いま與那覇潤さんの「日本の起源」を少し読み始めてすごく感じたのは、日本は古代から、制度にしろ経済の仕組みにしろなんでも、すでに出来上がったものをポンともってきた借り物で作り上がった国なんだなーということ。民主主義しかり原発しかり。日本の中でこつこつと育てられてきた文化や技術ではなく、外からそのまま持ってきて取り入れちゃった感じ。漱石先生が作品の中で語るとまどいや警告は、こういう事に対する危機感にもつながる気がする。
それから、周りの人間を振り回す與次郎という友人が出てきてイラッとさせられるんだけど、三四郎も廣田先生もそんな彼をどこか面白がっているところがある。この時代は西洋の文化をまるっと受け容れたように、他人のこともまるっと受け容れる鷹揚な雰囲気があったのかな、とハッとさせられました。自分の個性ばかりを強調しいろんなものを受け容れるのを拒否してギスギスしている現代とは、ずいぶん違う感じがした。
(春陽堂大正4年(1915)発行の縮刷版(大正9年九版)で読んだので、引用のページもそのページになっています) -
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1909年(明治42年)。
国語の教科書のイメージが先行しているせいか、文豪作品は優等生的で退屈と思われがちだが、読んでみると必ずしもそうではない。最初こそ文体が堅苦しく感じられるかもしれないが、慣れてしまえば大したことはない。というか文体に慣れてしまえば、実はいわゆる古典的名作こそ、その中身は反社会的で、病的で、自意識過剰で、ひねくれていて、だからこそ面白い、ということに気づく。むしろ、書店で平積みにされているベストセラー本の方が、文体がくだけていて読みやすいというだけで、中身は「仲間を大切にしよう」「努力することは素晴らしい」「成功こそ人生」など、教科書以上に教科書的な内容だったりする。
『それから』はというと、そういう「友情・努力・勝利」といった前向きな価値観に対し、徹底的にノーという小説である。まず、主人公・長井代助の設定が「大学を卒業しているのに定職に就いていない30男」であり、高等遊民というと聞こえがいいが要するにニートである。金がなくなれば実家にもらいに行き、親から説教されてものらりくらりとかわすだけで、世間の価値観に染まらない自分こそ上等な人間であると内心誇りに思っている。のみならず、実業家としてがつがつした生活を送り、かつ、がつがつすることこそ成功者の証と信じて疑わない父親のことを、心の貧しい気の毒な人間だと考えている。当然、そんな了見で一生やっていけるはずもなく、やがて親友の妻・三千代と道ならぬ恋におち、父親から勘当され生活費の支給が途絶えて、軽蔑していた社会に孤立無援で出ていかざるを得なくなる。
この反道徳的な小説が、明治42年の朝日新聞に連載されて人気を博していたという。今よりもはるかに同調圧力の強い時代に、よくこんな脱力系の小説が受け入れられたものだと感心する。年代的には、日露戦争の記憶も生々しく、日韓併合を目前に控えたマッチョな時代だったはずだが、光が強ければそれだけ影も濃くなるということだろうか。富国強兵が国是の時代にあって、少なくとも朝日新聞を読んでいた人々の間には、精神の均衡を保とうとする本能が無意識のうちに働いたのかもしれない。
「何故働かないって、そりゃ僕が悪いんじゃない。つまり世の中が悪いのだ。もっと、大袈裟にいうと、日本対西洋の関係が駄目だから働かないのだ。」
「日本は西洋から借金でもしなければ、到底立ち行かない国だ。それでいて、一等国をもって任じている。そうして、無理にも一等国の仲間入りをしようとする。だから、あらゆる方面に向って、奥行を削って、一等国だけの間口を張っちまった。なまじい張れるから、なお悲惨なものだ。牛と競争をする蛙と同じ事で、もう君、腹が裂けるよ。」
「こう西洋の圧迫を受けている国民は、頭に余裕がないから、碌な仕事はできない。悉く切り詰めた教育で、そうして目の廻るほどこき使われるから、揃って神経衰弱になっちまう。話をして見給え大抵は馬鹿だから。自分の事と、自分の今日の、ただ今の事より外に、何も考えてやしない。考えられないほど疲労しているんだから仕方がない。」
「日本国中どこを見渡したって、輝いている断面は一寸四方もないじゃないか。悉く暗黒だ。その間に立って僕一人が、何といったって、何をしたって、仕様がないさ。」
『それから』より100年後の私達は、代助が働かない理由を、負け犬の遠吠えだと笑いとばすことができるだろうか。ともかくも、漱石に端を発する近代以降の日本文学が、進歩思想に対する徹底的な懐疑とともに始まったという事実は、記憶しておいていい。 -
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二百十日
単純で剛健な豆腐屋の圭さんと金のある禄さんの阿蘇山登山を、ほとんどふたりの会話で描写する。
主題は華族、金持ちに対する庶民の批判。その批判を圭さんに言わせ、禄さんが軽くかわす。おそらく、この小説が書かれた時代は、格差社会の入り口でもあり、かつ人々が理想を持ち始めた時代。したがい、漱石も単純には新興の金持ちを批判はできなかったのではないか。禄さんの態度が漱石に近かったような気がする。
ユーモア小説としても抜群の出来。熊本の宿屋で半熟玉子をふたつ頼むと、ひとつは固ゆで玉子、もうひとつは生玉子が来る。くすぐりが効いている。
野分
正義や理想主義のために教師の職を辞し、雑誌記者として細々と暮らす白井道也先生、裕福な中野君、理想主義者であるが道也先生ほど徹底できない高柳君、三者三様の交流を通して当時の日本人の考え方を描写する。二百十日と同様、この作品でも漱石はどの生き方が正しいかという態度を取っていない。高柳君と中野君、中野君と道也先生、道也先生と高柳君の交流はあるが、3人が一堂に会する場面はない。これにより、それぞれの階級が別の階級をどう思っているかがわかる。漱石が言いたかったのは、明治時代の後期、日本が世界に向かっていくなかで、どんな階級であれ、内なる理想を持つべきということと思う。最後の道也先生の演説の場面で「すべての理想は自己の魂である」「西洋の理想に圧倒されて眼がくらむ日本人はある程度において皆奴隷である」。この演説から100年以上たった現在でも我々は、やはり理想を持つことを心に刻むべきである。 -
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難解な中にもこの時代の美しい文体を楽しむことができる。
宗近の云う「真面目になること」は自分の心に備え置いてきたことと重なり合う。
「真面目になれる程、自信力の出る事はない。真面目になれる程、腰が据わる事はない。真面目になれる程、精神の存在を自覚する事はない。天地の前に自分が厳存していると云う観念は、真面目になって初めて得られる自覚だ。真面目とはね、君、真剣勝負の意味だよ。遣っ付ける意味だよ。遣っ付けなくちゃいられない意味だよ。人間全体が活動する意味だよ。口が巧者に働いたり、手が小器用に働いたりするのは、いくら働いたって真面目じゃない。頭の中を遺憾なく世の中へ敲きつけて始めて真面目になった気持ちになる。安心する・・・」 -
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ネタバレ【Impression】
「虞美人草」が一体誰のことなのか、結局は藤尾さんであると分かるんだが、虞美人草の花言葉は「平穏、無償の愛、慰め」などであるらしい。
作中の藤尾さんは全くの正反対である。
最後は意中の人を得る事が出来なかったため死んでしまうような、気性の荒い人である。
この正反対にある状況は一体どういうことを意味しているのか、いや、面白かった。
文章が綺麗で、詩的で、漢語のにおいがする、また読み返したい本
【Synopsis】
●宗近と糸子、甲野と藤尾、そこに小野が加わり、表面的には平穏に、内面では策略を巡らせた人たちとの恋愛もの。宗近と甲野はこの策略に飽き飽きしている、小野は利己的にこれを利用している、藤尾は母と共に何とか小野と婚約しようとしている
●表面的には比喩や揶揄、暗喩、皮肉、が飛び交い、ここぞとばかりに機を窺っているやり取り、それを分かっていながら策略に乗っかる甲野、策略に真っ向から戦う宗近、「真面目」をキーワードに小野は立ち直る。糸子は藤尾と宗近が婚約することに反対している、学問はないが非常にロジカルな面を持っている。
●虞美人草に例えられているのは誰なのか、恐らく糸子ではない。糸子は平穏ではない、慰めでもない。甲野の母親と真っ向から対立し、一歩も譲らない。藤尾は死んで漸く「虞美人草」になったのか、平穏を漸く手に入れたのか。 -
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2013/04/11-2013/04/22
星4.8
僕は果たして大学生になったので、色々と名作と謳われる文章を読んでみることにした。その第一号が、この『門』。夏目漱石作。
僕は理系であって、読解というものは比較的苦手とする所なので、こういう込み入った文章を読むにはゆっくり消化しながらでなければいけないから、少し疲れた。しかし、僕の日常にあるような、読後の疲労感というものには不思議と見舞われなかった。
陰か陽かと問われれば陰に値するだろう物語だのに何故だろう、物語を通して問題は全く解決していないように思われるのに何故だろう、陰鬱な気持ちにはならなかった。
もしかするとそこらへんが、この文章を名作といわしめる要因なのかもしれない。主人公の宗助が、悲観しすぎず、楽観しすぎず、を保ちながら、解決を模索する。その中で物語の時系列は折り込まれていき、重層的な感じを読者に与える。
読み始めた頃は、なんだか文章の方向がはっきりせずにもやもやしていて、本当にこれは名作なのかと疑いすらしたけれど、読み終えて分かるのは、この作品はその「もやもや」を意図的に狙ったかのような構成だということだ。読んでいく中でもやもやが解消されたり発生したりする流れが、とても楽しかった。
つまりは、名作だったなぁ、ということだ。 -
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何と言う小説。
水村美苗さんの「続明暗」を読みたいな、と思い再読したのだけど。
此処に津田という男がいる。主人公である。会社員で、まずは悪くない勤め人で、30前後のようで、新婚である。その妻が延子。
粗筋で言うと、津田が胃腸らしき病気である。大層ではないが数日入院して手術が必要だ。会社と、世話になっている親戚筋に挨拶して入院。手術する。
津田の家庭はやや使い過ぎで、毎月の給料では足りない。京都の親が仕送りをくれていたが、仲違いしてそれが途切れた。金策に困る。
延子は新婚で、津田との愛情、夫婦のあり方にぼんやり不安がある。
津田の妹、秀子。津田の上司の吉川氏の奥さん。…などが、「延子は、いまいちな嫁ぢゃないか」、と言う。
津田はプライドと保身だけではっきりしない。ふらふらする。そうして無事に退院する。
退院したら、吉川の奥さんが、「湯治の旅に行け」、と、言う。津田が独身時代に惚れ抜いて、振られた女、清子。その清子に会いに行け、と言う。
津田はかつて、吉川の奥さんの紹介で清子と交際した。そして、津田は清子に振られた。清子は津田を振って、別の男と結婚した。で、津田もしょうがなく延子と結婚した。延子は、そんなことは何も知らぬ。
その清子が今、ちょっと病気で、その温泉宿にいる。吉川の奥さんが、津田に「行け」、と言う。なんで振ったのか、聞いてこいと言う。会社は夫に言って、休みにしてやる。金はあげる。延子にはタダの湯治と言え、と。その間に延子には私が「教育」してやる、と。
津田は情けなく言いなりになる。湯治に行く。清子と再会する。色々会話をはじめる。どうなるどうなる。 東京の延子には何が起こるのか。怖くて不安な心理小説である。
だが、そこんとこで、漱石は死んでしまう。
未完。おいおい!!
というわけで。
会社員と専業主婦の夫婦が、ちょっとやりくりに困りながら、夫が胃腸らしき病気で入院して退院して湯治に行く、という粗筋(笑)。
それが、最高に面白い。
もう、心理描写が全て。
ヒトというものは、プライドと競争と、人情と依存と見栄と、世間体と愛情に、揺れて揺られて高瀬舟、というマコトに情けなくも可笑しくて、ゾッとするものである、というサスペンス。
津田が妹と、妻延子の噂をしている病室に、当人の延子が、ガラッと入ってくるところなど、単純に小説的な痛快さ、タマラないカタルシスがある。
うーん。文章のテンポ、格調、日本語の快楽。心理を解剖して観察するのだが、淡泊端然、偉ぶらず、の諧謔精神。
好みとしては、至高の小説。
10代の頃に漱石は、夢中に読破したのだけど、40になって改めて舌を巻く。
(脱線すると、漱石初体験に「我輩は猫」は、最悪。アレは第一章ダケならともかく、通して考えれは漱石最悪の退屈小説です。初めは「坊ちゃん」「こころ」あたりが良いと思う。オモシロイから。)
25年ぶりくらいの二度目の体験、この歳になってなお更に、愉快興奮な読書だった。
初の青空文庫。タダっていうのもヘンな心地ではあるけれど。 -
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こんな夢を見た。
自分はとあるサーカスで働く道化の少年である。白と黒の化粧をし、同じ色の白黒の道化服を着て、毎日客の前に立っている。年齢は幼く、サーカスのヒエラルキヰでいえば底辺に属するような位置である。賃金も大変に少ないが、しかし、自分はさして悲しんではいなかった。自分の隣には、道化の相棒がいるからである。相棒もまた、白黒の紛争をしているが、少しだけ赤色の混じった服を着ている。身長は自分よりわずかに高いが、自分より痩せていた。
自分と相棒はサーカスの部屋でいつも同室であり、二人で共有している錆の浮いた焼き菓子の缶箱がある。
古びたその中には、菓子は入っていない。入っているのは、僅かばかりの金銭である。自分達の賃金から生活費を引いた時に残った、些少の蓄えである。
いつか、ここを出て、二人で成功しよう、と相棒と話している。
缶箱の中では、手垢で汚れた硬貨がわずかに散らばるばかりである。けれど、自分も相棒も、夢が叶う事を疑ってはいなかった。
客の前に立って芸をするうち、相棒のほうが芸に優れている事が分かってきた。ジャグリング、綱渡り、宙返り。相棒はなんでも器用にこなすが、一つ弱点があった。相棒は人付き合いが苦手であった。異様な程に引っ込み思案で、他の団員ともあまり口をきかない。客に対しても同様である。練習ではあれ程見事に芸をこなすのに、客の前に立つと不思議なくらいに何も出来なくなる。そもそも、道化が人前に立つのが苦手、というのが無茶な話なのだ。
そこで、自分は相棒と他の人間との緩衝材になる事に決めた。自分はさして芸も上手くはなかった。しかし、相棒が唯一打ち解けて話せる相手であったし、それなりに人あしらいも上手いと自負していた。
団員と相棒の仲を取り持ち、客の前では相棒の助手を勤める。相棒の代わりに口上を述べ、相棒にリラックスするように心がけさせた。
その甲斐あってか、歳を経る毎に自分と相棒の二人は有名になる事が出来た。二人で共有していた焼き菓子の缶は大きな宝石箱へと変わっていて、その中に入っているのは、真新しい紙幣がぎっしりと詰まっていた。
自分は鼻高々であった。相棒のおかげ、という事も勿論承知していたが、心の何処かで、この成功は自分の功あっての事である、と思っている。相棒の事は信頼していたが、心の何処かで、自分がいなければならないのだ、と思っていて、自然と相棒への言葉も居丈高になっている。
相棒といえば、相変わらずに芸は見事であるが、自分に対してはいつも眉根を下げた困ったような笑みで喋るようになっていた。人あしらいは上手くはないように見え、些か卑屈にさえ感じていた。
自分は他の団員にも、相棒は自分がいなければ駄目だ、と語っている。他の団員は自分の傲慢に辟易したような顔をしているが、自分が気付かない。
ある時、とうとう痺れを切らした団員が、自分に、相棒はお前がいうような人間ではない、と言った。
自分がむっとしているのが分かると、団員は自分をある場所に連れていった。そこはサーカスの練習場であったが、そこに相棒が黙々と練習していた。驚いたのは、その周囲に、何人も団員が集まって談笑していた事である。相棒が何かを言うたび、周囲はどっと湧く。その口上は相棒に気づかれぬ位置で聞いている自分よりも、余程人あしらいの上手いものであった。
自分はそれを聞いて、さっと赤くなった。ひどい羞恥の感情である。相棒が、芸だけでなく、人との付き合いやあしらいも、自分などより上手くなっていた事に気づいた自分は、己の傲慢さに顔が上げられなくなる程に苛まれた。
自分は走ると、相棒との相部屋に駆け込んで顔を覆った。誰にも会いたくはなかった。
その羞恥の感情といたたまれなさは、相棒と二人で貯めた宝石箱を見て、余計に高まった。
これを、何処か自分一人の手柄だと考えていた自分にほとほと嫌気がさしている。その上自分は、相棒を見下してさえいたのだ。相棒のあの困ったような笑みは、自分の傲慢に呆れ、哀れまれていたのではないかと考えて、一層に恥ずかしくなった。
此処にはもういられない、と自分は考える。恥ずかしかった。本当に恥ずかしかった。
自分は宝石箱の中身に一切手をつけず、サーカスから飛び出した。もう帰るつもりはなかった。それ程までに恥ずかしかった。
相棒ならば、一人でも上手くやるだろう。むしろ押さえ付け、遠慮を強いる自分がいないほうが、上手くやれるのではないかとすら思った。
自分は夜半の街を駆けた。駆けて駆けて、走って、どれくらいになるのか。不意に、自分を呼び止める声がした。振り向くと、自分の後ろに相棒が立っていた。奇妙な顔である。
相棒は何事かを叫んでいるのだが、自分はその言葉がどうしても聞こえない。
そうして、そこで目が覚めた。
だから、相棒がその時言った言葉が、傲慢であり逃げ出した自分に対する罵倒だったのか、それとも心優しい相棒の同情の言葉だったのか、自分にはわからない。
多分一生分からないだろうと思っている。