【感想・ネタバレ】それからのレビュー

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Posted by ブクログ

「自然」でありたいと希望し、近代の論理に抗って三千代を選ぶ代助。しかし、後半の代助の心の動きは「自然」ではないように感じるところがある。柄谷行人はそれは姦通を扱ったから、無意識の発露であるからという。漱石は「拙」であっても「自然」であることを目指していたが、むしろ「自然」であるためには「拙」になってしまうのかもしれない。中世に戻りつつある現代において漱石を読む意味はこの辺りにあるのか。

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2017年01月16日

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漱石前期三部作の第二作。
自他共に認める、高等遊民である主人公代助の親友の妻を愛してしまうことによって、実社会に落とし入れられていくまでを描く、漱石による愛の物語。

まず、代助が高等遊民を自称名乗るに当たり、それに合わせて描かれる高等遊民らしい描写に圧倒されるだろう。
特に漱石の他作品(特に初期作品)を読んだことがある人なら、彼の幅の広さを感ぜられる。
漱石自身が持つ百面相とも言える、作品毎の表情の変化は、それだけで読むに値するのかもしれない。

漱石は文学論上半自然主義派の余裕派に分類される作家であるが、この「それから」内では余裕を感じつつも、自然主義的要素が所々に見ることができる。(あくまで私の主観であることをあしからず笑)

「三四郎」の痛快さを継承しつつも、さらに人間心理の描写を緻密に表現し、比較的暗い作品という印象を受けた。

ちょっと読むには若すぎたかもしれない。代助と同じ年頃になった時に読み直してみたい。
そしてその際の自分の感想が楽しみである。笑

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2015年03月12日

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1909年(明治42年)。
国語の教科書のイメージが先行しているせいか、文豪作品は優等生的で退屈と思われがちだが、読んでみると必ずしもそうではない。最初こそ文体が堅苦しく感じられるかもしれないが、慣れてしまえば大したことはない。というか文体に慣れてしまえば、実はいわゆる古典的名作こそ、その中身は反社会的で、病的で、自意識過剰で、ひねくれていて、だからこそ面白い、ということに気づく。むしろ、書店で平積みにされているベストセラー本の方が、文体がくだけていて読みやすいというだけで、中身は「仲間を大切にしよう」「努力することは素晴らしい」「成功こそ人生」など、教科書以上に教科書的な内容だったりする。

『それから』はというと、そういう「友情・努力・勝利」といった前向きな価値観に対し、徹底的にノーという小説である。まず、主人公・長井代助の設定が「大学を卒業しているのに定職に就いていない30男」であり、高等遊民というと聞こえがいいが要するにニートである。金がなくなれば実家にもらいに行き、親から説教されてものらりくらりとかわすだけで、世間の価値観に染まらない自分こそ上等な人間であると内心誇りに思っている。のみならず、実業家としてがつがつした生活を送り、かつ、がつがつすることこそ成功者の証と信じて疑わない父親のことを、心の貧しい気の毒な人間だと考えている。当然、そんな了見で一生やっていけるはずもなく、やがて親友の妻・三千代と道ならぬ恋におち、父親から勘当され生活費の支給が途絶えて、軽蔑していた社会に孤立無援で出ていかざるを得なくなる。

この反道徳的な小説が、明治42年の朝日新聞に連載されて人気を博していたという。今よりもはるかに同調圧力の強い時代に、よくこんな脱力系の小説が受け入れられたものだと感心する。年代的には、日露戦争の記憶も生々しく、日韓併合を目前に控えたマッチョな時代だったはずだが、光が強ければそれだけ影も濃くなるということだろうか。富国強兵が国是の時代にあって、少なくとも朝日新聞を読んでいた人々の間には、精神の均衡を保とうとする本能が無意識のうちに働いたのかもしれない。

「何故働かないって、そりゃ僕が悪いんじゃない。つまり世の中が悪いのだ。もっと、大袈裟にいうと、日本対西洋の関係が駄目だから働かないのだ。」

「日本は西洋から借金でもしなければ、到底立ち行かない国だ。それでいて、一等国をもって任じている。そうして、無理にも一等国の仲間入りをしようとする。だから、あらゆる方面に向って、奥行を削って、一等国だけの間口を張っちまった。なまじい張れるから、なお悲惨なものだ。牛と競争をする蛙と同じ事で、もう君、腹が裂けるよ。」

「こう西洋の圧迫を受けている国民は、頭に余裕がないから、碌な仕事はできない。悉く切り詰めた教育で、そうして目の廻るほどこき使われるから、揃って神経衰弱になっちまう。話をして見給え大抵は馬鹿だから。自分の事と、自分の今日の、ただ今の事より外に、何も考えてやしない。考えられないほど疲労しているんだから仕方がない。」

「日本国中どこを見渡したって、輝いている断面は一寸四方もないじゃないか。悉く暗黒だ。その間に立って僕一人が、何といったって、何をしたって、仕様がないさ。」

『それから』より100年後の私達は、代助が働かない理由を、負け犬の遠吠えだと笑いとばすことができるだろうか。ともかくも、漱石に端を発する近代以降の日本文学が、進歩思想に対する徹底的な懐疑とともに始まったという事実は、記憶しておいていい。

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2014年07月21日

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文学上の「高等遊民」を感じようと読んだ作品。解説で吉田熈生が「息苦しい感じ」と評す漱石の文体を肯定できるようになるには年月がかかった。ストーリーは「自然」に人を愛そうとする遊民・代助の社会的不許の愛である。ただし注目に値するのは、物語の幹ではなく枝葉にある。視線の行方、煩悩の文字、不快な相互理解の描写、それらの精微な表現がこの作品の醍醐味であろう。やはり漱石を読むには、中学生時代の私は幼すぎたね。

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2011年12月23日

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「代助は決してのらくらして居ゐるとは思はない。たゞ職業の為ために汚されない内容の多い時間を有する、上等人種と自分を考へてゐる丈である。」

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2011年12月18日

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代助の三千代への愛が真実の愛であるのに、代助が謂うところの義侠心によって、三千代を平岡に譲ったことが私には腑に落ちない。これでは真実の愛よりも義侠心のほうが代助にとっては価値あるものになるのではないか。私には、やはり謎だ。 代助から打ち明けられて初めは泣いていた三千代だが、「…けれども私もう度胸を据ゑてゐるから大丈夫なのよ。だつて何時殺されたって好いんですもの」と代助に言うのだが、ここで三千代の愛は代助の愛より強いのではないのかと想った。 三千代が愛しい。

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2011年05月05日

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僕にとっては夏目漱石二作目、虞美人草に続いてです。
前に読んだ虞美人草は面白いかといわれると微妙でしたが、それからは面白かった。今の時代の人が読んでも面白いと思える作品。主人公の代助の心情描写には共感を覚えました。

描かれている恋愛観も素晴らしいものでした

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2010年12月23日

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主人公の代助は現在で言えばネオニートと言う言葉で一蹴されそうな身分。職につかず親の仕送りで生計を立てている。しかし普通のニートや引きこもりのように学びもせずただ娯楽に耽っていたりと言うことはない。彼は日々芸術など高尚な世界との交流を楽しみ学ぶ高等遊民であり、ニートと言う言葉で片付けるにはあまりにも舌足らずと言う気がする。

3回読んだが、難しいところが多い。三四郎より簡単だったと言う人がいたが、僕にとっては哲学的表現が多いように感じ三四郎より難解であった。

色々と難しい代助の人生観は度々理解できないものがあるが、共感できたりするところが多い。彼の人生観をただのニートの言い訳とみなすのはあまりにも勿体無いであろう。それはこの作品が100年経った今でも盛んに読まれていることによって裏づけされていると言える。

前半200ページ(いわゆる『起』の部分)はややだるいところもあるが、哲学が好きな人にはお薦めできる。後半の100ページ(ここに『承転結』が詰め込まれている。しかし個人的にはこの物語は転で終わっており、結は無いような気がする。結の部分は3部作の最後をしめくくる『門』で語られているのだろうか)で話は怒涛の展開を見せる。

しかし働かない身分での妻帯が許されて、不倫が許されないなんて、当時の社会の掟って現在と随分違うのね〜と思う。

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2009年10月04日

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大学時代に読んだはずなのに、こんなにおもしろい話とは思わなかった。
やっぱり、その時々で感じるものって違うんだな。

ダイヤモンドかポテトーか、結局なやむところは同じで、
漱石に先見の明があったのか、それとも人間なんてものは今も昔も変わりないということなのか…

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2009年10月04日

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夏目作品で一番印象に残っていた本。
やはり「僕の存在にあなたが必要だ」の箇所は
今読んでもキュンとくる。

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2009年10月04日

Posted by ブクログ

代助が何時間も本を読んだり、
庭を眺めたり、あてもなく散歩したり、
アンニュイに陥ったりするカリスマニートぶりをもっと見てたかったけど、
そのままだと家族も親友も敵にまわしてしまうらしい。
歩きたい、っていう以外の目的を持って歩くのは歩行の堕落だ、
という代助の考え方、好きだ。

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2009年10月04日

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長いレポートを書いた因縁のある作品。『それから』の「それから」ってどう思いますか?
代助―三千代の生活が、なんか作者の力で崩壊してしまったようなそうでないような感じがして、未だにモヤモヤしています。

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2009年10月04日

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当たり前だけど略奪愛に対して世間や家族はいい思いはしないのはわかっていても応援したくなる。代助のだらけ格好悪いところも嫌いになれない。人はなかなか決心できず、行動できないものだと再確認させられた。門を早く読みたいと感じた。

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2020年09月07日

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主人公は数えで30になる青年「長井代助」。
彼は裕福な家に生まれており、実家のお金で一人暮らしをして書生を置き、読書をしたり演奏会に行くなど、働かずに自由気ままに生きています。
夏目漱石の作中でしばしば登場する高等遊民と呼ばれる人々の代表格として挙げられることが多い人物です。
代助は作中、友人の平岡の「何故働かない」という問いに「日本対西洋の関係が駄目だから働かない」と答えます。
曰く、「西洋の圧迫を受けている国民は、頭に余裕がなく碌な仕事ができない」、「悉く張り詰めた教育で目の廻るほどこき使われるから揃って神経衰弱になる」と、そして、「働くなら生活以上の働きでなくちゃ名誉にならない」とも述べています。
ただ怠けたいから働かないというわけではない、人は麺麭のみにて生くるものに非ずの精神が本書では述べられていて、高等遊民という生き方に関する考えが本作では読むことができます。

放蕩家の長井代助は過去に「平岡」と「菅沼」という友人がいた。
菅沼には「三千代」という妹がいて、代助は三千代を深く愛していた。
ある日、菅沼の母がチフスにかかり、その看病にあたっていた菅沼もチフスで、母と共に亡くなってしまう。
菅沼の父は止事無き事情により北海道で困窮しており、後に残った三千代を心配した代助は、銀行に就職した平岡に仲立ちし、二人は夫婦になる。
仕事もせず嫂に甘えて親の金で遊び歩く代助は、父親の説得も聞き入れず、財閥の令嬢との縁談を勧められるがそのつもりもなかった。
一方で三千代は結婚後に子供を亡くし、体調も崩してしまう。また、平岡は職を失い多額の借金をしていた。
自分が身を引いたことで三千代が幸せになることを固く信じてていた代助はそれが裏切られる結果となったことにショックを受ける。
物語はそんなところから開始となります。

夏目漱石の前期三部作の2作目ですが、前作の三四郎とは重ねるところはなく、誠実で一本気な三四郎がどう成長しても代助にはならないです(そう望んでいます)。
結局のところ代助は、今で言うところのニートのダメ人間で、そのくせ友人の奥さんに恋慕を抱いてしまうという、概要を書くと非常にひどい物語と言わざるを得ません。
ラストも大団円となるわけはなく、主人公は前向きなスタートをすることとなり、一つの完結ではありますが、結局いろいろな問題が未解決のままとなっていて、明るい未来が見えないというのが正直な感想です。
ただ、後半の盛り上がりはすごく良かったです。
序盤は情報も少なくて雰囲気も暗く、とっつきにくいと感じますが、後半の代助が男を見せるシーンは大変良かったです。
面白かったです。今は「門」を読んでますが、こちらも期待です。

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2018年12月24日

Posted by ブクログ

古典的名作という事に騙されてはいけない。内容はかなり先鋭的。今現在でも充分通用する主題を描いてます。もちろん時代が時代なので、それなりの古臭さや時代錯誤的なところはありますが。

なにせ主人公の徹底したパラサイトぶりががすごい。プラス徹底したニート(高等遊民という便利な言葉はあるが)。しかも、姦通罪というおどろおどろしい法律があった時代の不倫なので、不倫に向き合う二人の深さがなんとも言えない。

現代の薄っぺらい恋愛物とは一味も二味も違う。あらためて、古典の凄さを感じた次第です。若い人にぜひんで欲しい。

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2018年08月29日

Posted by ブクログ

『三四郎』『門』との内容的関連から「三部作」と称される小説。前作『三四郎』が青年の自己形成を主題としたBildungsromanの趣が強いのに対して、本作の主人公・長井代助は物語の開始時点で高等教育を修了し、父や兄からの経済的援助のもとに高等遊民的な生活を送っている。その生活が、平岡とその妻三千代の登場によって撹乱される。三千代への愛、平岡との友情、家族との関係など、様々なファクターを考慮しつつ、代助は自己内省を深めていく。その末に到達した結論は、合理性(ここでは父の薦める通りに見合い結婚をすること)ではなく、三千代への愛を貫くことだった。しかし、それによって家からは勘当され、平岡との友情も破綻し、遊民的生活に安住することも出来なくなる。その意味で、本作のクライマックスは、三千代への告白よりも、全ての光景が赤に染まっていく、あの狂気寸前の代助の情景描写に他ならない。

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2012年11月21日

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身につまされるというか、なんというか。
本ばかり読んでも実生活が充実していなければ何にもならない。入鄽垂手。人間は生活に向かわなければならない。
このあたりは、「罪と罰」や「金閣寺」とも共通する。

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2012年08月10日

Posted by ブクログ

 高等遊民、いわゆる放蕩息子の話。金も知識もあるが、愛だけは手に入れようとしなかった、代助が三千代に真の思いをつげることで、安逸にとどまっていた運命が廻転する。人生の主題はいつでも、それから・・・で続いていくのである。

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2012年08月08日

Posted by ブクログ

前から読みたいと思っていた一冊。
儚い恋の物語であって、どこか無常感を感じさせるような内容だった。
今も昔も、恋愛感情の純粋さというものを、持っている人は強いのだなと感じた。

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2012年04月17日

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明治時代のニートこと代助の横恋慕。

明治も平成も人(青年)はそんなに変わらないということ。もっとも、現代では人妻を奪ったからといって親に勘当されることはないだろうけど。そう言う意味では、人は「自然」に従って生きやすくなったのかな?

面白かった。三部作の最後「門」も読むぞ。

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2011年06月25日

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最近だが通勤の満員電車の中で狭苦しく冊を開いている。
そんな中で迫りくる代助と三千代の心の荒波に、思わず涙がこぼれた。

繊細な心の動きを華麗に表現しているのは凄い!

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2011年05月23日

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恋人たちは自然にお互いが惹かれあうならば、正直に、そうあるべきなんだなぁ。タイミングも肝心だと思った

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2011年04月28日

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漱石は情景描写がとても上手です。
とにかく細かく細かく描いている 
それでいて粘っこくなくサラサラした文体 
だから読み手は映像を思い浮かべやすいんだろうな

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2009年11月11日

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朝日の連載終了。読むのは25年振りぐらいなのかな。大した内容では無いんだけど、まぁ、興味を持って読めた。ストーリーは遅々として進まないけど当時の社会状況に対する漱石の皮肉とかユーモアを、頭でっかち高等遊民の主人公に語らせている部分が興味深い。相変わらず、現代にも通じるような箇所も多く、人間大して変わって居ないなと、感じた。

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2015年09月08日

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ネタバレ

『門』の次に読んだ。漱石らしい文体で淡々と進んでく。それが結構読みにくく、中盤で飽きてしまった部分もあった。

個人的な山場は代助のニート弁解論とラストの鬼気迫る描写。
「何故働かないって、そりゃ僕が悪いんじゃない。つまり世の中が悪いのだ。もっと大袈裟に云うと、日本対西洋の関係が駄目だから働かないのだ」から始まるニート演説はまさしく声に出して読みたい日本語。
クライマックスの「焦る焦る」「ああ動く、世界が動く」につながる場面のスピード感は圧巻。ニートできなくなることへの絶望の強さが切々と伝わってくる。

主人公が最後までだらしなく、途中読むのが辛い所もあるが、上記二ヶ所だけで読む価値がある作品になっている。

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2013年03月08日

Posted by ブクログ

この本を読むきっかけは
面白かった本の中に
出てきた本だったため

いったい主人公達はどんな時間を
過ごしていたんだろう?

この本を好きな人にプレゼントをするってどんな本なのかな?

そんな気持ちで読み出しました

漱石らしい口調で ゆったり進行していく感じ

怠け者の男と つかみ所のない変わった女性と旦那さんの三角関係に…
恋に落ちていく様の描写が良かった

でも最後は やっぱり駄目な男だなぁと
いう気持ちになってしまった

女目線と男目線違う感想になるんだろうな(*^_^*)

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2013年01月27日

Posted by ブクログ

ニートの話。気持ちはわからんでもないが、共感は出来ない。人に迷惑かけ過ぎ。
しかし、一度嫁いだら離婚出来ないなんて、本当に硬直的なシステムだよな。現代に生まれて良かった。
というか梅子のような兄嫁が欲しい。兄嫁に優しくされたい。

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2011年11月15日

Posted by ブクログ

ネタバレ

三千代のために代助は、食うために働くのか、働きのために働くのか。うーん、そんなこと考えてる余裕はもはなかった。とにかく走り出した代助の姿が印象的

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2012年02月27日

Posted by ブクログ

 読むのに時間がかかった。難しいというと語弊があるし、読みづらいとまでもいかないが、長時間連続で読めなかった。

 主人公はは現代でいうニートである。

「働くなら、生活以上の働きでなくっちゃ名誉にならない。生活の為めの労力は、労力の為めの労力でない」から働かないという。すなわち、食べるための労力は堕落の労力であり、不名誉なことであると。

 そんな主人公は愛する女性のために、生活のために働かなくてはならなくなる。


 そこで話は終わる。この話の「それから」が気になる。

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2009年10月04日

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 漱石。                                                                           何を言っても、大仰に上滑りしそうだし、逆に、どんな言葉を連ねても、 このひとつの、はるかで巨大な存在には足りないなあ、と、ただ感じる。                                                                               この本ではなくて、坊っちゃんでも三四郎でも夢十夜でも、良かったのだが、なんとはなし、主人公の厭らしさ、怠け者っぷり、傲慢なクセして、 繊細な性格が、小気味よくて好きで、最後の場の赤い色が、いつまでもちらちらと目に残る。

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2009年10月04日

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