夏目漱石のレビュー一覧
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まず,なぜ「それから」という題名なのか? 分からない。
そこで,もう一度,Audibleで聞き直しているのだが――。
ある人のレビューによると「それ」というのは『三四郎』という作品を指しているのだとか。ならば,もう一度,三四郎を読み直してみるしかない。
内容は,現在にも充分通じる「人妻との恋愛小説」だ。対象となる奥さんは,自分の古くからの友人の奥さんである。しかも,その結婚がうまくいくように導いたのが,主人公なのだ。
数年を過ぎて,主人公も友人も,思想や生き方が変化していることに気づき,なんだかぎこちない関係になっている。
元々新聞小説だったらしく,当時の社会的な状況も取り入れられている。
漱石らしい作品というには,わたしはあまりにも漱石の作品を読んでいない。
家には岩波書店の漱石全集が本棚に鎮座している。大学時代に買ったものだ。
ボチボチ読んでいこうかな。
でも多分Audibleに頼るだろうけど。 -
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テンポが良くて読みやすい。
主人公の性格と語り口がクセになる。
坊っちゃんは、嘘がつけなくて単純で無鉄砲でわかりやすい。そして情に厚くて信用できる。
客観的に見れば、坊っちゃんの判断は危なっかしいんだけど、読者としてはその単純さに妙な爽快感がある。
そしてそれが、テンポのいい語り口調と完全に噛み合ってる。
赤シャツは確かに信用ならない人物として描かれているけど、結局証拠は何もない。
こいつ気に食わねえ!やっつける!!って突っ込んでいくのは気持ちいいけども。
山嵐は本当に信用できるのか?っていうのも、坊っちゃんの視点だけだと結構怪しいんだよな。
推理小説みたいに「真犯人は誰だ!」と読むと、情報が足りない。そもそも語り手の坊っちゃんの偏ったフィルターを通しているし。
最後に証拠を突きつけて赤シャツの悪事を暴く展開になるのかと思ったら、それも微妙な状況証拠で結局暴力で制裁するし。これでスカッとはしないんだよな。
坊っちゃんは竹を割ったような気持ちいい性格はしているけど、結局悪いやつを裁く人間じゃなくて、嫌いなやつを殴る奴なので、お前も大概だぞってかんじはする。
誰もが裏表のある人間関係の中で、何を基準にして、誰を信用するかって話なのかも。
面白かったけど、まあ普通かも。
読みやすくて短いから良い箸休めにはなった。 -
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画家である主人公が「非人情」の旅をするお話。
現代の私でも共感できるところがあって良かった!
特に冒頭の台詞は、SNSで情報が行き交う生きづらい現代のように、昔の人も人間の世界はどう生きても住みづらいと考えていて、今も昔も変わらないんだなと思った。
時々出てくる主人公の芸術論が好き!
(「非人情」の境地から眺めることで世界を絵画や詩のように純粋に味わうことができる、など)
最後は、那美の顔に浮かび上がった「憐れみ」の感情を見て、人間の持つ「憐れみ」こそが美だと気づく。
『源氏物語』で紫式部が冬の良さを詠んだように、「美」は派手で華やかなものだけではなく、人間の表情のなかに潜む感情の中にも見出すことができる! -
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気のせいか、これは主人公・三四郎が東京の大学生活を楽しむ青春小説には見えない。少なくとも彼について、「ワクワク」「刺激的」「成長」といった、青春を連想させる表現は、作中でほとんど見受けられなかった。
むしろ、東京という真新しい環境で出会う、たくさんの新しいこと、理解できないことを前に、彼は困惑しているように見える。
初めて見る東京の景色。
初めて関わる、自分と違うタイプの人たち。
彼は故郷の熊本から上京するさなか、見知らぬ若い女性に自分の行動を「度胸がない」と一蹴されて驚愕する。あれは「この新しい世界では自分のやり方が通じない」と初めて突きつけられるシーンのようにも見える。
東京の学生生活では、広田先生の世の中の独特な見方に感化され、友人である与次郎の人間性に違和感を覚えつつも付き合い、みね子に思いを寄せながらも本人の気持ちがわからずにいる。
みね子が言う「ストレイシープ(迷える羊)」という言葉は、そうした三四郎の戸惑い、迷う姿を象徴しているのだろうか。
ある意味、三四郎は現代の僕たちのことかもしれない。
物語の舞台である明治初期の東京は、「個人主義」という欧米の思想が流れこみ、急激に近代化していき、それまでの古い日本の価値観が根本から揺らぐようになった。その中で、かつての「これが正解」という枠組みに沿って生きて、本当に幸せなのか、疑問を持ちはじめた人も多いのではないか。
そうした模範解答が薄らいだ結果、「じゃあ自分はどう生きれば幸せか」「どんな進路を選び、何を大事にして暮らせば豊かなのか」がわからなくなった。
三四郎も故郷を離れ、東京という急速に近代化する別世界で、たくさんの新しい経験をし、かえって自分を見失っているように見える。
そうした迷子(ストレイシープ)になっている姿は、いまAIの急速な発展により、それまでの仕事観・人生観を根本から揺るがされ、生き方に迷っている、僕ら現代人に似ている気がする。
この物語は、三四郎という青年が田舎から都会に出て、いろんな経験をして成長する姿を描いているというより、むしろ「自分はこの変わりゆく世界でどう生きるか」という、人間の普遍的な問いを投げかけている作品ではないだろうか。
人生における混沌、迷い。
それを、一人の人間を主人公としたごく小さな人間関係の中、しかしこれでもかというほど、緻密で美しいタッチで表現しているように感じた。 -
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松山に行く機会があり再読。
40年以上ぶりか。
思わぬほどに、「坊っちゃん」に共感。
漱石は多分今の僕より若くして亡くなっているし、世の中で理不尽に揉まれてはいないように思うが、それでもあんまり、宮仕にいい感情を持ってなかったんだろうと思った。
この本は、この本に共感を覚える人が多いからここまで残ったとすると、坊っちゃん同様、被害者を自認する人が多数派なのかな。
この本では、松山在住の大多数と東大出をはじめとした少なからぬ人が加害者であり、多数派のはずなんだが。
赤シャツ的な小狡いやつや、その太鼓持ち達も、そいつらなりに、自分以外の小狡さや阿諛追従を許せないと思っているのかもしれない。
もしかしたら、自分も誰かにとっては「赤シャツ」や「野だ」なのかもしれない。
働かなくてはならぬ、ということが、罪なのか。
貧しさが憎い。 -
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ネタバレ学生時代以来、10年以上ぶりの再会。
当時は言い回しに難解さを感じて読み切ることができなかったが、今回はすらすらと最後まで読み切ることができた。
前半に「私」を通して見る「先生」と後半に先生自身から語られる「先生」は同じ人物であるはずだが違う印象を受けた。
前半の先生は、世間を達観しているようなどこかふわふわと宙に浮いたような人物だと感じたが、後半の先生は年相応のどこにでもいる、血の通った学生に感じた。
登場人物に決まった名前がないため、自分の近くもしくは自分自身に起こったことのようにも感じられ没入できた。またゆっくりと読み直したい作品。 -
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真面目でやさしく、ちょっとどんくさくも見える三四郎くん大好き
東大に通うために熊本から上京した三四郎くん、はじめは勉強のことしか考えていないようなちょっとかたすぎる子だったけれど、与次郎との出会いをきっかけに人間関係も行動範囲も広がり、大学生っぽくなっていく
そのへんがいかにも大学一回生って感じでエモみを感じた
学業のみついて言えば堕落かもしれないけれど、総合的には芝蘭之香と言えるのではないでしょうか
美禰子さんとのことは三四郎くんや野々宮さん的にはすっきりしないところだろうけど、長期的に見れば美禰子さんよりも君たちにお似合いの人はいるよって思った
与次郎も同じようなことを作中で言ってましたな
序盤の汽車で出会った女があとから再登場するものと思い定めて読んでいたのに、あれきりだったのには驚いたが、読み終えてから振り返ってみると、あのエピソードは三四郎くんの人間性を説明するためのチュートリアル的なしかけだったんだなあと理解された
ストーリーにしても表現にしても、派手ではないんだけれど、読み応えが軽くなく、難しくもなくてめちゃくちゃちょうどよかった
流れでそれからと門にも挑戦したい -
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なぜ今頃になって、漱石の草枕なのか。
それ夏川草介の『神様のカルテ』を読んだからだ。
主人公の医師が、いつも白衣のポケットに入れているのが、この『草枕』の文庫本で、もう、随分ボロボロになっている。
『神様のカルテ』には、冒頭の有名な一節も出てくるのだが、それよりも、『草枕』の内容全体が夏川草介の文章表現や生き方に影響を与えているような気がして気になったのである。
読んでみて、なかなか独特の表現が続く物語だなと思う。日本語のリズムを感じた。
「山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹(さお)させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」
絵描きである主人公の温泉宿でのふしぎな体験談。
自分が求めているものが、なんなのかも分かるようで分からない。
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ネタバレ長期休みに、広島県の尾道から愛媛県の今治まで、しまなみ海道を自転車とバスで旅行しました。その夜はせっかくなので松山市に宿泊、憧れの道後温泉本館で疲れを癒しました。町中「坊ちゃん〇〇」に溢れていて、かくいう私も行き帰りの新幹線では『ぼっちゃん』を再読しました。久しぶりに読んでみると、「マドンナの出番はこれだけ? そして彼女の行く末は?」「うらなりさんは九州でどうなるの?」「わずか40日程度の話だったの?」と、新鮮な驚きがありました。それにしても、四国最大の都市である松山のことをこのように描いた江戸っ子『ぼっちゃん』と夏目漱石を、松山の方々は何故にここまで愛してやまないのだろうかとも思いました。
主人公の「坊ちゃん」は、江戸っ子で曲がったことが大嫌い。新任教師として四国の中学校に赴任しますが、そこで巻き起こる人間模様や理不尽な社会に真っ向から立ち向かう痛快劇です。同僚に山嵐(数学教師)、赤シャツ(教頭)、野だいこ(画学教師)、うらなり(英語教師)とあだ名をつけて一種斜に構えている反面、住み込みの下女であった「清」との無条件な愛情にあふれているところが、清の呼ぶ『坊ちゃん』たる所以だと感じました。 -
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ネタバレ「芋虫」「駆け込み訴え」は読みやすかった。「駆け込み訴え」は聖書の新たな読み方って感じ。イエスがマリアに恋してたのかどうなのか、気になります。
「瓶詰地獄」は初めは近親相姦の罪か、くらいにしか思わなかったが、太郎の異常さに気付くとやばいです。アヤ子は太郎のことを好きじゃないが、太郎が好きだと勘違いしていると仮定すると、アヤ子に同情しかない。
「刺青」は谷崎潤一郎はこういう女が好きなのかなぁというのを感じた。少女が途中から女と表記が変わってるのも良い。女が作った網(色仕掛けとか?)に引っかかってきた男を肥料として成長するのを蜘蛛に見立ててるっぽい。足フェチっぽいのに、背中に墨を掘ったのは意外だった、なんでなのか調べてみようかな。
「影」は難しいけど、文章が綺麗なのとハラハラドキドキ感は伝わる。けど、難しくて日を置いて再読したい。
「白蟻」は推理小説。頭使いました。
「身毒丸」は恋には抗えないみたいな感じなのかな??
「浮舟」は難しすぎる。
「桜の森の満開の下」「夢十夜」は既読でした。