夏目漱石のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
中盤こえるくらいまでやたらと難しい言い回しがくどくどと続く印象。漢籍や西洋の書籍からの引用が多いとかそういう話ではない。解説で、正宗白鳥は今作を批判したと読んだが、わからんでもない。
しかし終盤になると俄かに展開が速まり、筋に重きを置いたからなのか、格段と読みやすくなった。小野さんが突如として「真面目」になったのには少し狐に摘まれた感じがしたが、宗近一の言葉はなるほど人を動かす熱さがある。思わずじんと来た。
これまでに漱石の作品は『吾輩は猫である』『坊っちゃん草枕』『彼岸過迄』『こゝろ』『明暗』を読んだが、どれもそれぞれに特徴があっておもしろい。向田邦子の文章も好きだが、あの人のは反対にどれを -
Posted by ブクログ
夏目漱石の自伝的小説。親族に無心され続ける中での思いがまとまっている。以下、印象的な文。
・(兄へ)「みんな自業自得だと云えば、まぁそんなものさね」これが今の彼の折々他人に洩らす述懐になる位彼は怠け者であった。
・「みんな金が欲しいのだ。いや、金しか欲しくないのだ」こう考えてみると、自分が今まで何をして来たのか解らなくなった。
・彼は金持ちになるか、偉くなるか、二つのうち何方かに中途半端な自分を片付けたくなった。然し今から金持ちになるのは迂闊な彼にとってもう遅かった。偉くなろうとすれば又色々なわずらいが邪魔をした。そのわずらいの種をよくよく調べてみると、矢っ張り金のないのが大原因になっていた。 -
Posted by ブクログ
人生初となる夏目漱石本、チャレンジしてみました。
読み始めてしばらくは、生きている時代の違いに加えて、文豪の操る空気感に圧倒されたというか、どう受け取っていいかわからない雰囲気だったんですが、これは通常の『話を楽しむ』という目線で見るのでなく、そもそもスタート地点から描かれているものの趣旨を理解することがとても大事だな、と、読み終わって一層感じてます。
最初に『智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。』と、有名な語り出しから始まるところは、究極な話、この核心的なところで、この主人公は自分の画業(または創作のヒント)のために気分転換をしに出かけ -
Posted by ブクログ
「草枕」と同じく、とてつもなく難解な地の文。いやぁ、すごいですね。よくこんな文章が書けるものだと感心します。恐ろしい教養です。
それもすごいのですが、なんといっても会話がすごい。登場人物それぞれに何か秘めたるものがあり、自分の思惑に話を持っていこうとするが、相手はそうはさせじ意識的にか無意識にかする。そういったやり取りが、とてつもなくスリリングです。
登場人物の中ではやはり「藤尾」が魅力的です。おそらく漱石としては、藤尾を完全な悪女として描きたかったのでしょうが、思いのほかに筆が進んでしまったのでしょう。欠点があるのも人間らしさとして、また魅力の一つになっています。
その点で、最後の展開は納得 -
Posted by ブクログ
ネタバレ前作の『虞美人草』とは打って変わって、生々しい現実が牙を剥くような、異様なおぞましさを放つ作品でした。
恋愛事件のために東京の家を出奔した主人公の19歳の青年は、周旋屋の長蔵に誘われるまま坑夫になる決心をし、栃木の足尾銅山に向かう。途中、周旋屋から勧誘された"赤毛布(あかげっと)"や"小僧"も加わり、奇妙な行程を経た末銅山にたどり着く。
飯場にひとり放り出された青年は、異様な風体の坑夫たちに嚇かされたり嘲弄されたりしながらも、地獄の坑内深くへ降りて行く…。
漱石の許を訪れた未知の青年の告白をもとに、小説らしい構成を意図的に排して描いたルポルタージュ的異 -
Posted by ブクログ
読むのにどれくらいかかっただろう。
2ヶ月弱か?
中学か高校の『こころ』ぶりの夏目漱石
いつも帰国した時にテキトーに本を買い漁って読むんだけど、ついついその時のセルラン上位の読みやすいが後味少ないいわゆるライトノベル…?というのか?に飽き飽きして、ちょっと文学を読んでみた
結果的にめちゃくちゃ時間を使って、2週間1ページも読まない日、逆に一晩で100ページ読む日
夏目漱石が世に対して、自身に対して、猫を通して風刺する感じの内容
哲学デブの手紙からの猫のdisりは読んでて食らった
人は理解できないものをありがたいと思う
そして最後、なんか2ヶ月一緒に過ごした猫の最後を知ってちょっとセンチ -
Posted by ブクログ
不思議と三四郎本人に共感というか、まるで自分事のように読めた。自分は三四郎タイプの人間だ。
新しい世界に飛び込み、あれこれ思いを巡らせるけれど、どこか受け身で積極的には動かない。特に人間関係。
人間関係も与次郎が持ち込んできたものを中心に成り立っていて、自分から友達を作ろうと積極的に行動したわけではない。故郷にいるおかんですら、未だに影響力がある。
連れだって歩く時も、イベントに連れ出される時も、どこか傍観者。
催し物に呼ばれて行くと、友人知人は自発的にあれやこれやと動いて、運営サイドにまわっている。自分はそれをはたから眺めるだけ。
当然、人間関係の強いベクトルが向いてくる恋愛にうまく立ち回れ -
Posted by ブクログ
自分なんかが評価していい一冊ではない。
圧倒的な語彙と表現力。自分はその半分も理解できていないと思う。
どのような努力を重ねたら、このような日本語力を身につけることができるのだろう。漱石は確か英語もできるはず。
ストーリーというより、言葉の渦の中をゆらゆらとただ流されていくという感覚で読んだ。漱石の言葉の波の中をただ旅をするが如く。
途中で言葉の注釈を読むのをやめた。流れが止まるから。言葉の正確な意味などわからなくても、なぜかその情景、感覚が誌面から伝わってきた。不思議な感覚だった。
もっと言葉を知れば、きっとまた違った感覚を得ることができるのだろう。何度も繰り返し読むことで、きっと -
Posted by ブクログ
#899「二百十日・野分」
漱石の割と初期に当る中篇二篇です。
「二百十日」は、「剛健な趣味を養成する」ことを目的に、阿蘇へ温泉旅行へきた圭さんと碌さんの会話を中心に話がトントン進みます。一見のんきな落語風の会話で笑はせてくれますが、資本家嫌ひの圭さんが放つ一つ一つの発言が時代を抉ります。
「野分」では、文学者白井道也と、高柳君・中野君の二人の若者が中心人物。白井道也は地方で教師をしてゐたが、学生たちに追ひ出されること三度、つひに東京で妻と二人で引きこもる生活に。
「二百十日」のテエマを更に進化させ、終盤の道也の演説は本作の白眉であります。観念的にならず、物語としても興味深く、ラストの