夏目漱石のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ネタバレ映画『国宝』を観ていたら何故か読みたくなって再読。何故だ……。(その分析も楽しいけどここでは省く!)
前回は中学生か高校生の頃だから、下手したら10年とか20年振りの再読。
学生時代は動きのある部分だけに気をとられて、感動していたし、心を掻き乱されていたけれど、一度読んでいるからか、今回は静の部分というか、なんてことない日常の表現の豊かさを読めた気がする。
例えば主人公が実家に帰省した時の、卒業を大袈裟に褒める親に対する、若さゆえの軽蔑にも似た感情とか、不毛なご近所付き合いとか。
自分が生まれるはるか前に書かれた作品なのに、今も昔も、そういった青年の微妙な感情は変わらないんだと思い、面白かった。
でも変わらないと感じるのは、まさに作者の表現の豊かさのおかげなのだと思う。
あと、前回は先生とKの関係性にばかり囚われていたけど、静の部分に重心が傾いたことによって、
自ら死へ向かっていく先生と、死に抗う私の父の対比、そしてその間で揺れ動く私を、なんというか、俯瞰してみることができた気がする。
どこか浮世離れした美しさと、人間臭さが混じりあって、不思議な感じがした。
どうして死の方が、物語の中ではいつだって美しいのだろう。
やっぱり夏目先生の文章はため息が出るほど、繊細で美しい。一文一文がまさに『こころ』のような作品だと思う。 -
Posted by ブクログ
ネタバレこの「私の個人主義」は、1914年(大正3年)11月25日に学習院の開校記念講演会で、夏目漱石が学習院の生徒(中等科・高等科の若者たち)に向けて行った講演の内容が書籍化されたものだ。
学習院と言えば、当時の華族など上流階級の家庭のご子息等が通う学校ということで、一般庶民の学校とは少々趣きの異なる学校であったはず。漱石はその若者たちにあえて、意識してほしいことを講演したのだと思われる。そして、その内容は現代の若者へのメッセージとしても、十分に価値のあるメッセージだろう。もちろん、若者だけでなく、現代人に強く響くメッセージでもあると思う。
初めのほうでは自己紹介がてら、自身の経歴について話すが、若いころの漱石はむしろ自分探しの人生だったようだ。大文豪も、若かりし日には、我々と同じように悩んでいたのを聞くとなぜかホッとするではないか。
「この世に生まれた以上、何かしなければならん、といって何をしてよいか少しも見当がつかない」と、こういう不安を抱えたまま、大学を卒業、松山での教師生活から、熊本での教師生活を経て、さらには海外での学習のチャンスにも恵まれて留学はしたものの、ノイローゼになってしまう。そういうことを講演の中で告白する。ここでの悩みの中で気づいたのは、自分は「他人本位」の姿勢のなかに漂っているのではないかということ。「他人本位」の姿勢とは、漱石の言葉によれば、「自分の酒を人に飲んでもらって、後からその品評を聴いて、それを理が非でもそうだとしてしまういわゆる人真似のようなもの」と。つまり、周囲の意見にばかり影響されて、自分というものがないというような姿ともいえる。
この頃の文学界では、何でもかんでも西洋がいいという風潮があり、周りが言えば自分も乗っかる。また自分は本当はそうは思っていなくても、それに同調してしまう。そういう「他人本位」の風潮に乗っかる姿勢を改めて、文芸に対する自己の立脚地を固めようと、すなわち「自己本位」で行こうと決意したことによって、そこから漱石は「自分は強くなった」と感じ、「何事にも気概が出てきた」と述べていた。「自分の鶴嘴(つるはし)をがちりと鉱脈に掘り当てたような気がした」とも語っている。
この体験談は、これから人生を歩む若者たちには、大変な指針になっただろう。そして、現代に生きる我々にとっても、重要な視点に気づかせてくれる。まさに現代のSNSの世界では、「他人本位」の姿もけっこう見られるのではないだろうか。
そして、もう一点感動したのは、特に学習院の生徒たちに向けた話題を選んでいたことだ。それは、権力や、金権に対する再認識の話だったと思う。学習院の学生たちは、将来、権力や金権を獲得しやすいポジションにいるとし、「自身の自由」もそういう権力によって獲得できる環境にいる。だからこそ、「他人の個性とか自由とか」を尊重できるようにならねばならないと訴えている。
「自己本位」「個人主義」というのは、ただの「利己主義」ではなくて、他者の自由を尊重し、また自身の自由に見合うよう自分の義務を果たすことだと述べていた。
いまから100年以上も前の講演だけれども、生の声が伝わってくるような気がした。 -
Posted by ブクログ
四国旅行するついでに、愛媛県が漱石ゆかりの地ということで、書店で買って読んでみた。愛媛県のイメージアップキャラのみきゃんカバー。かわいい。
読む前は坊っちゃんとマドンナの恋愛小説なのかなとか思っていたが、全然そんなことなく、無鉄砲で正義感のつよい坊っちゃんが、ずる賢くて意地悪な赤シャツ達に仕返しをするという話だった。話も勧善懲悪もので分かりやすく、昔の作品なのに読みやすくて面白かった。
坊っちゃんの気質は、現代の感性からすると頑固で偏見に満ちた、時代遅れなものかもしれないが、実直で裏表がない様が個人的には好きだった。そんな坊っちゃんを全て受け入れてくれる清との関係も微笑ましく心が温まった。
愛媛県では夏目漱石関連の観光地やグッズが大量にあったが、小説内では坊っちゃんにボロクソにけなされていて、面白かった。愛媛県は懐が深いぞな、もし。漱石は愛媛県で教鞭をとったときに嫌なことがあったのかな。田舎への偏見がすごくて笑った。 -
Posted by ブクログ
高校時代、授業では一部分のみの内容だったがストーリー全体が気になって電子辞書で最初から最後まで読んだ話。思い出にある話だったので再読。
先生の狡猾さが目についた。自分が身内から散々にやられていながら、自分も欲望に忠実に動いてしまう。そして友人を傷つけ、自分までも傷つける。先生は表面上には怪しい部分を見せなくとも、外からみえぬ内側で色々な感情が蠢き、無防備な姿を曝け出した友人の急所を一撃の元につく。インテリの、カラッとしていない陰湿な嫌な部分が見える作品にも思える。先生も友人も机上のことには長じていても、地に足ついた現実問題には無知なのか。客観的な目があればこういう結末には至らないように思うが、これも恋のなす技で片付けていいのだろうか。
のちに奥さんになるお嬢さんからは、Kや先生はどのように見えていたのか。恋に落ちると便利なもので相手の一挙一動を、真反対の2つの解釈を取れると感じる。先生のKに対する姿勢には、色々な点が自分は劣っていながら、この家に関わるもの(お嬢さん含め)なら自分のほうが知っている、慣れている、という根源的には相手より自分が上のポジションになりたい欲求と、そこにつけ込み密かに冷笑する傲慢さを感じる。フレネミー的である。
また主人公は先生のどこに惹かれたのか?海外では同性愛小説とされていると書いてあったのに、納得感があった。多少なりともそういう風に捉えないと、先生に対するこの執着?は説明できないような気がする。
お嬢さんも不幸な結婚をしてしまったものである。 -
Posted by ブクログ
漱石は『明暗』を執筆中の49歳という若さで亡くなっている。
本書は死の一年前に、朝日新聞に連載されたエッセイ。
胃病に苦しみ、その中で、『こころ』を書き上げ、これから『道草』を書こうかという漱石が、漱石山房で、束の間の時間、過去を回想して、自在な筆で随筆を書く。
その洒脱の筆に乗せられて、易々と読み進めてしまうが、ふと死に関する記述の多いことに気がついて慄然とさせられる。
時代は、第一次世界大戦の真っ最中。
欧州では、多くの若者が塹壕の中で死んでいっている。
死の蔓延する時代。
その中で、漱石は、胃病に苦しんではいるが、世間とは隔たった硝子戸の中で、平和の裡に随想を書いている。
しかし、そこには死の予兆がさりげなく入り込んでくる。
漱石の「猫」はあまりに有名で、漱石山房記念館には、「猫塚」がある。
しかし、猫だけでなく、漱石は犬も飼っていた。
その名はヘクトー。
『イリアス』に描かれるトロイの王子の名前だ。
奮闘空しく、アキレスに惨殺されてしまう。
何故、ヘクトーなのか?
「ジョンとかジョージといった平凡な耶蘇教信者の名をつけたくなかったからだ」という説明に笑いを禁じ得ないが、何故、ヘクトーであって、アキレスではないのか、オディセイアではないのか、それは語らない。
そのヘクトーは行方不明になったかと思うと、隣家の池で浮いているのが発見された。
(三島由紀夫『春の雪』で、花見の中、滝に掛かる黒い犬の死骸にヘクトーの面影を見るのはお門違いか)
近所の医師の家の犬は、噛み癖が治らず撲殺されてしまう。
現代では考えられないが、いや、現代でも一緒か。
自分で殺さないだけで、見えないところで殺させているだけか。
ヘクトーは猫の隣に葬られる。
漱石山房(漱石記念館)には、猫塚はあったが、ヘクトーの墓がその隣にあったとは知らなかった。
有名になった猫と違って、ヘクトーのことは誰も思い出さない。
漱石は猫を三代飼っている。
初代が、有名な猫。
二代目は子猫の時に踏み潰されて死んでいる。
このエッセイを書いている時に飼っているクロネコが三代目ということになる。
古い過去を思い出すと、当然、登場人物は死んでいる場合が多い。
そうした思い出の中で、女の死が際立っている。
浦塩で若くして亡くなった元芸者。
知人が語る馴染みだった女が19で首をくくった話。
そして、美しい女の死。
美しい女とは大塚楠緒のことだ。
この女との出会いと別れを書いた稿が妙に艶っぽい。
大塚楠緒を漱石の意中の人だったと言うのは、この稿の印象から来ていることは間違いない。
その描写から、彼女の艶やかな美しさが立ち上がり、それに惹かれる漱石の心がありありと分かるのだ。
彼女の死の報に接して、送った弔問の句が泣かせる。
「ある程の菊投げ入れよ棺の中」。
その句の「菊」にどきりとする。
なぜか?
その前々稿で書いているのが、夏目家の定紋の話なのだ。
夏目家の紋、それは、井桁に「菊」。
井戸を上から見て、そこに菊の御紋がある形。
その井桁が、棺に見えなくもない。
こころ惹かれた美しい人が若くして亡くなった。
その手向けとして、棺にありったけの菊を投げ入れたいという時、その菊は漱石自身でもあるのではないか。
本随筆で、漱石は死が慰謝であるという考えを披瀝している。
美しい人と共に、死の世界に旅立つというのは、漱石の見た夢であったのかもしれない。
手向けの句にある「菊」は、葬式の花だ。
だから、手向けの句に菊と描かれてもだれも不思議に思わない。
だが、そこにはもう一つ、夏目漱石自身という意味も込められていたとしたら。。。
39回の連載を以てこのエッセイは終了する。
その締めくくりは、「一眠り眠るつもりである」だ。
私をめぐる随想、特に、大塚楠緒への手向け句を想起すると、「眠り」という最後の句が、覚めない眠りのように思えてならない。
漱石は、洒脱でユーモアを込めて文章を書くが、その底には深い闇が見えて怖い。