無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで200万冊以上配信中!
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
Posted by ブクログ
「文豪」という言葉から連想される人物は誰だろう。様々な作家の名前が浮かぶが、夏目漱石の名前を挙げる人は少なくないと思う。「坊っちゃん」「吾輩は猫である」などを読んだことがある人も多いはずだ。そんな漱石の作品の中で、唯一センター試験で用いられたのが、この『彼岸過迄』である。◆大病による約一年半の休養の後、新聞紙上で連載が開始されたこの作品は、数本の短編が集まって、一つの長編小説が構成されるという形をとっている。作品全体の主人公は、田川啓太郎という青年であるが、短編ごとに主役が異なり、田川はストーリーテラー的な役割のみを果たすことも多い。短編の一つ「停留所」では、田川がある男の行動を調べて報告するという仕事に就くのだが、ミステリー的なこの物語の種明かしが、次の短編「報告」で行われるなど、短編の集合体ならではのギミックも用意されている。◆2008年のセンター試験で問題として用いられたのは、「須永の話」という短編の一部であり、物語の中心は、田川の友人である須永市蔵という青年で、彼が自らの恋愛について田川に語る形で進行していく。「凝結した形にならない嫉妬」「存在の権利を失った嫉妬」といった言葉で表される須永の鬱屈した感情についての出題があったが、漱石の用いるこのような表現をあまり見慣れていないであろう受験生にとっては、頭を悩ませるものであったかもしれない。◆現代から見ると文語的な言い回しが多く、読みにくさを感じることがあるかもしれないが、そのような表現に慣れておくのも今後の糧になることだろう。〈T〉
紫雲国語塾通信〈紫のゆかり〉2015年12月号掲載
Posted by ブクログ
僕に云わせると、恐れないのが詩人の特色で、恐れるのが哲人の運命である。僕の思い切った事の出来ずに愚図愚図しているのは、何より先に結果を考えて取越苦労をするからである。千代子が風の如く自由に振舞うのは、先の見えない程強い感情が一度に胸に湧き出るからである。彼女は僕の知っている人間のうちで、景も恐れない一心である。だから恐れる僕を軽蔑するのである
信念の欠乏
漱石の男ってみんなこんな、よく言えば思慮深く、悪く言えば理屈っぽい臆病。
愛してないのに嫉妬なんて卑怯って、ど正論。結局千代子はどうだったのか、明言されてないからこそ惜しいことをしたのか。惜しいことと思っているのか。そこらへんを永遠にもやらせる、これが知識人のやること。
前半いるか?と思ったけど、解説が秀逸。
Posted by ブクログ
【何気なき,由々しき事事】定職に就かず,何か心に面白きことはないかと日がな考えながら過ごす敬太郎。そんな男の元に現れては去っていく人々の語るところから,世の中を透かし見て得るに至った思いを著した小説作品です。著者は,日本近代を代表する作家の夏目漱石。
いくつかのエピソードと言っても良い話が収められているのですが,自分が特に興味深く読んだのは「須永の話」。煎じ詰めれば男女の恋仲の話なのですが,須永という人物が女性に叶わぬ恋をしているのではなく,叶わない恋に苛まれている自分を恋しく思っているのではないかと穿って(?)読み取ってしまいました。
〜要するに人世に対して彼の有する最近の知識感情は悉く鼓膜の働らきから来ている。森本に始まって松本に終る幾席からの長話は,最初広く薄く彼を動かしつつ漸々深く狭く彼を動かすに至って突如として已んだ。けれども彼は遂にその中に這入れなかったのである。其所が彼に物足らない所で,同時に彼の仕合せな所である。〜
久しく手にとっていなかった間に小説の読み方が自分の中でずいぶんと変化しているような☆5つ
Posted by ブクログ
語り手が変わっていく独特のスタイル。
語り手であり聞き手にもまわる主人公がいますが、ストーリーやテーマの中心になるのは、その友人だと思います。
夏目漱石好きなだなあ、と私が感じるポイントが存分に表れています。人間の内面が本当によく描かれています。そしてそのいちいちに、そういう気持ちわかるよ、と言ってしまいそうになるのです。
この時代は美しい。
個人の内面が、他者あるいは世間にいまほど影響されることはなかったでしょう。それだからこそ、内面を変容させることは困難で、彼らのように自分でどうにかするしかなかった。そこに苦しさと美しさがあるように、私には思えました。
Posted by ブクログ
後期三部作の1作目
1912年(明治45年)朝日新聞に連載
短編を集めての長編で、章立ては以下の通り
・風呂の後
・停留所
・報告
・雨の降る日
・須永の話
・松本の話
・結末
主人公は田川敬太郎。大学卒業後、就職が決まらず、友人の須永市蔵の叔父、田口に就職の世話を依頼。任された仕事は、なんと探偵。ある男を尾行する描写が、地味〜いにおもしろい。
中盤から後半が、この小説の本丸。さらに、おもしろくなる。その中心人物は、田川の友人、須永。彼の恋愛話。恋愛対象の女性は、千代子。2人は、いとこ。知的でナイーブで1人の女性のことで頭がいっぱいになり考え過ぎてしまう男性心理に、共感はできないのですが、おもしろい。この2人の間に、高木という男性が登場し、ちょっとした三角関係。
「純粋な感情程美しいものはない。美しいもの程強いものはない」
こんな素敵なことを考えている、須永。気弱で、はっきりしないところが、強調されてしまって、本当にもったいない人。
須永の出生の秘密が後半、明らかになる。
心理描写の巧みさ、文章全体から溢れ出る、何とも言いようがない味わい。日本語の奥深さが感じられる言葉選び。余韻が残り、読者に考えが委ねられる終わり方。再読したくなる要素が満たされている。夏目漱石、素晴らしい。私はとても好きです。
Posted by ブクログ
人事を観察し、ただ驚嘆したいという視点から見られた須永は、その点において「観察できない」他者の内面に恐れを抱く人ではないか。
須永は自身の懊悩を当然よく自覚しているし、他者にもそうした不可視の内面がありうることを知っている。そしてそれを千代子に予感するからこそ、近づくに近づけない。
そうした懊悩は、いわば彼自身の「外発」性に起因するということだろうか。松本の精神的私生児としての須永は、外面的には画一化して現れつつその実内面に主体性を秘める複雑な社会に疲弊し、関西へ向かう。関西弁の中に個性を見出しつつ精神を癒すのはその点でありうべき展開である。
漱石において「金策」と「恋愛」は当然重大事だが、こと後者において、「内面」や「主体性」に気づいてしまった近代人が、「女の主体性」とどう向き合うべきかという煩悶が、たとえば以後の作品でも問題にされているような気がする。
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
少年・青年マンガ
少年・青年マンガ
少年・青年マンガ
小説・文芸
少年・青年マンガ
小説・文芸
試し読み