夏目漱石のレビュー一覧

  • 坑夫(新潮文庫)

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    帯に「村上春樹の『海辺のカフカ』カフカ少年も読んだ名作!」とあるからそんな場面があったんだろうか、忘れたがなるほど相通じるものがある。最近読んだ桐野夏生の『メタボラ』をも思い起こさせる不思議な作品だ。

    といって当然こちらが先。あるものからのがれる逃避行の物語。逃げるってちょっと魅力的。

    だけど「坊ちゃん」がぽっと世の中に家出すれば、だまされてとんでもないところに連れて行かれる。連れて行かれたところが銅銀山の飯場。

    坑道に案内されて地獄を見、抗夫仲間にばかにされ、粗悪な食事がのども通らず、寝れば虫に悩まされる。しかし、そこは教養のある「坊ちゃん」人生が見えてくるからよしよし、というかなあんだ。

    いやいや、この筆の冴え。道理がわかってくる道順が漱石的でただごとではない。やはり一読二読の価値あり。

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    2021年08月30日
  • 明暗(新潮文庫)

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    津田由雄は30歳、延という23歳の女性と結婚して半年も経っていない。
    お延とか延子とか呼ばれる彼女は細おもて色白、目が細いのだけど眉を動かすと魅力的である。

    新婚なのに津田は病気で手術しなければならない、なのにしかしなにやら家計が苦しいのである。そのわけは新妻に高価な宝石の指輪をプレゼントしたから?いや、裕福に育った派手好きの彼女にいい顔をしたからに違いない。

    気が強い新妻は新妻とて、なぜだか不安に付きまとわれる。一目ぼれの弱み、彼の愛情を独占したくてたまらないが、いまひとつすっきりしない。深いわけがありそうなきざしがあるのだ。

    この夫婦がてんでばらばらならば、相談する津田の両親や親代わりの叔父夫婦と、延の親代わりの叔父夫婦らは、みんなそれぞれ、思い通りにはなってくれない。仲人も友人も妹も津田をつつきこそすれ、親身になってくれない。

    くれない、くれないと言ったって、他人は思い通りにならないもの。その他人だって津田がエゴイストと思っているのだから。

    その証拠に相思相愛と思っていた清子という人に逃げられた過去がある津田、どうもそんなところに原因があるらしい。らしいしかわからない。なぜなら漱石の死去によって絶筆になってしまったから。

    いろいろあって津田が別れた清子を「どうして?どうして?」と温泉場まで追って、ストーカーまがいの行動に移っていくのにはあっけにとられる。漱石さんいいところで筆を置いちゃった。

    とストーリーは通俗的?って思わない。ちゃんと立派な近代小説の始まりにして最高峰、そう、こんな長い会話文の(ドストエフスキーばりの)日本の小説が昔にもうあったんだね。迫力満点、おもしろいのなんの、さすが文豪。これを読んで小説を書きたいと思った人が多い、というのもわかる。いまごろわかって恥なんだが。

    書いちゃった作家さん、あろうことか続きを書いちゃった水村美苗さんの「続 明暗」すごく楽しみなような、こわいような。

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    2021年08月30日
  • 行人(新潮文庫)

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    漱石の作品を丹念に読んでいくと、教科書的文学史的知識を通り越してやはり文豪だ、天才だと実感する。100年前にこんなすごい文学を書いた天才が日本にいた、という誇りが湧いてくる。


    『行人』

    人間と人間の関係を、心理の奥深くに探求してやまない作者の彷徨は、苦しくも胸を打つ。

    前半、二郎は兄一郎のストイックな性格に翻弄され、兄の家族(妻、両親、妹)まで巻き込んで起こってくる葛藤を語る。兄嫁との三角関係まで疑われ、微妙な立場になる。あげく後半、兄の友人Hにも世話をかけ、手紙で描写される兄の性格とは。

    「ひとのこころはわからない」と人を信じられない。いえ、いい加減なところで妥協できない性格なのだ。

    そんな性格の人はめんどくさいからほっとこう、というわけにはいかない。

    誰でも本当はそこが知りたい。

    人を愛しながらも人を信じられず、こころが病んでいく。近代、現代のこころの病といえるこのテーマは、古くない。

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    2021年08月29日
  • 虞美人草(新潮文庫)

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     久し振りの夏目漱石。職業作家としての第1作とのことで、他の有名な作品と比べるとかなり力の入った(ところどころ難解で読みにくい)文体だなと感じる。ただ、内容は男女の恋愛を主軸に物語が展開しており、描写を全て理解してやろうと思わなければ、けっこう楽しめる小説だったと思う。

     哲学を学んだ甲野欽吾、その勝気な妹の甲野藤尾。欽吾の友人である宗近一と、あどけなさの残る妹の糸子。藤尾を嫁にと考えている男、小野清三。清三の恩師である父を持つ、清三との婚約の約束がある内気な娘、小夜子。この6人を中心に物語は展開する。
     藤尾と小野が両想いであるが、小野には許嫁である小夜子がいる。謙虚でおとなしい古い価値観の象徴のような小夜子(作中でも「過去の女」(p.151)と言われる)と、新しい時代の女性だと言わんばかりに勝気で野心的な藤尾の描写が非常に対照的だ。この小説は、例えるなら坪内逍遥『当世書生気質』のような、分かりやすい勧善懲悪の側面を持っており、小夜子は善、藤尾は悪と描かれているように見える。
    特に藤尾に至っては、ウィットに富んだ会話についてゆけない者を小馬鹿にしたり、我が強いが故に自分の言うことを聞く相手が婿として相応しいなどと言ったりと、性悪としてのキャラ付けが非常に強い。
     藤尾を選ぼうとする小野についても、小夜子を断るのが言いづらくて知り合いに頼んでやり過ごそうとし、不真面目で姑息な印象を付けられている。
     善玉として描かれる糸子や小夜子がいかにも「昔の女性」っぽく描かれているせいか、男に不都合な藤尾を悪玉扱いする家父長的小説だ!と捉えられそうにも見える。そもそも今の時代からすれば本小説内に出てくる結婚観はもはや化石同然であり、ますます「時代遅れの小説」という匂いを漂わせる。
     しかしながら、想像ではあるが……明治時代が進み急速に西洋化が進んでゆくなかで、人から道義心が失われてゆくように思われた。よって、「人生の第一義は同義にあり」(p.452)との考え方から物語がつくられ、道義を失った者の典型として藤尾と小野が描かれ、彼らに天誅を喰らわせた。ということではないだろうか。
     時代の価値観を蹂躙する者(小野・藤尾)、蹂躙される者(小夜子とその父)、これを仰ぎ見る者(欽吾・一)という3つの視点で描かれた、明治という激動の時代の功罪を描いた小説なのかな、と思った。

     『こころ』を初めて読んだ時から、夏目漱石に対しては真面目な人だという印象があった。この本の裏表紙に「許して下さい、真面目な人間になるから。」という作中の台詞が書かれており、この小説もまさに「真面目」さを希求した物語だと感じている。もちろん、真面目といっても、真面目に生きることとは何かという問いに明確な答えはないのかもしれない。嘘偽りがないこと?飾り気がないこと?正直であること?真心がこもっていること?などなど。真面目なつもり、誠実なつもりであっても、自分にとっても相手にとっても必ずしも良い結果をもたらすとは限らない。この小説で描かれた勧善懲悪にしても、本当に善・悪と呼べるものなのかは分からない。ただ、だからこそ、登場人物が思い悩む、漱石の小説が好きで様々な小説を読んできた。
     明治時代の小説であり、結婚観、恋愛観、男女観、道徳観、物語全体に古さを感じる。だからこそ、時代によって変わってゆく価値観と長い間変わらない価値観とは何なのか、何を大切にすべきか、真面目さとは何かについて深く考えることができたと思う。

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    2021年08月28日
  • それから

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    「自然」に生きることの難しさ。代助の過去の一つの後悔によって現在の暮らしが歪んでいくの様子は残酷といえるけど、いまいち代助には感情移入できんかった。三千代さんがいちばん不憫。

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    2021年08月27日
  • 乙女の本棚8 夢十夜

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    司書なのに漱石くらい読んでよ!と子にいわれ…与えられた。
    そうね、坊ちゃんや吾輩は…から入っちゃダメだったんだね。
    内容とビジュアルが良く合ってて、若い人の良い仕事に会えて嬉しい。

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    2021年08月13日
  • 彼岸過迄(新潮文庫)

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    ネタバレ

    この本は1910年に大病を患った夏目漱石が、復帰後に最初に書いた長編小説であり、後期三部作の一冊と言われています。
    長編小説といっても、この物語は6つの短編から成っています。短編がひとつの話にまとめ上げられ、長編小説になったものなのです。夏目漱石は当時新聞でこの作品を新聞で連載していました。毎日少しずつしか進まない物語を短編として仕上げていきながら、その短編を さらにまとめ上げたときに、長編小説が現れる。夏目漱石がかねてより思い描いていたというこの構想は、なんとも素晴らしく粋で素敵なものに思われるでしょう。

    この物語は、主人公、そして聞き手に田川敬太郎がおかれ、様々な登場人物から話を聞いていきます。オムニバス形式のような形で、田中敬太朗視点で物語は進められながら、しかし様々な立場の登場人物、それぞれが語る短編からひとつの長編の話が出来ています。
    登場人物は多くはありません。しかし、それぞれの関係性が複雑で、さらには語られる時系列もバラバラな為、少し話を整理しにくいように思います。一度読むだけでは所々分からなくなってしまう部分もあるかもしれません。しかし、だからこそ読み応えも十二分にあるでしょう。特に、後半になればなるほど、ややこしかった前半の内容が伏線となっている部分や、こういうことかと得心する箇所が多く出てくると思います。前半でついて行くのが大変だと思っても、後半では気付かぬうちに彼岸過迄の世界に引き込まれて読む手が止まらなくなりました。
    また、前述の通り、主に主人公が聞き手となっています。そのため、物語世界に存在していない私たち読者も、主人公と同じように、語り手となる登場人物の話をダイレクトに肌に感じ、のめり込んで聞くことが出来ます。ゆえに『こころ』のように、語り手となる登場人物の胸に秘めた葛藤や、苦しみが生々しく味わうことが出来るのです。
    しかし、最終章に「敬太朗の冒険は物語に始まって物語に終わった。(中略)彼の役割は絶えず受話器を耳にして、「世間」を聴く一種の探訪に過ぎなかった」という文があります。また、同じく最終章に、松本が「自分自身がひがんでいる理由がわからない」と涙するシーンがあります。
    これらの文は、いずれも現代に生きる我々の胸の内に波紋を呼ぶものではないでしょうか。非現実な物語の中で、誰もが一度は思ったことのある問いに改めて立ち返ることもできる。そんな物語のように思います。
    それらも踏まえ、夏目漱石の世界観を十分に感じられる作品でもあると思いました。

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    2021年07月31日
  • 現代日本の開化

    匿名

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    当時は講演として発表されたものであり、漱石の文才を感じさせる名文である。小説よりこういった評論のほうが彼は確実に上手い。

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    2022年09月28日
  • 私の個人主義

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    キーワード

    「道楽と職業」
     ・人のため=己のため(一般的な職業) ・己のため=人のため(科学者哲学者や芸術者) ・職業と道楽の内発性と外発性 

    「現代日本の開化」
    ・2種の活力と開化の関係 ・開化と幸福、生活の関係
    ・西洋の開化(一般の開化と日本の開化)

    「私の個人主義」
    ・人格と3か条 

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    2021年06月14日
  • 明暗(新潮文庫)

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    すごい執念深さ。なんだろう。人物描写、状況描写の細かさ、正確に表現しようとする精密さが半端ない。描写説明が長すぎて話の進みが遅く、ちょっとじれったくなってしまうほど。

    でも描写の内容は、すごい。この感じを文章で表現するなんて!と思うところだらけだった。とにかく夏目漱石ってめちゃくちゃ執着するひとだったんだろうな、と思いました。

    残り少なくなってきた時に、ん?到底あと少しで終わる感じではなく、まさか上下巻作品なのか?!と思って調べたら、作者病没の未完とのことでした。何も知らずに読んでました。
    どんな結末だったんだろう。。気になりますー!

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    2021年05月31日
  • 漫画 こころ

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    ネタバレ


    2021/05/15

    「先生と遺書」を昔授業でやったことあるくらいなので、
    漫画で全体の流れを読むことができ、わかりやすくておもしろかった!

    全体の話がわかったので、本の方も読んでみたいなぁ(´ー`)

    Kの覚悟がやっぱり、切ないし、先生の心に一生の傷として残すあたり少しKの中のサイコパスを感じた。

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    2021年05月16日
  • 坊っちゃん 9

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    ネタバレ

    小さい頃から真っ直ぐで、こうと決めたら曲げない性格の坊ちゃん。
    自分の身が危うくても、正義を貫く姿勢に単純に凄いと思いました。
    昔の物語ですが、学べることが沢山ありました。

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    2021年05月10日
  • 作家と猫

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    ネコあるあるが、作家の極上の言葉で表現され「うんうん」うなずいてばかり。こんな事も気づかれていたか!って、当然でしょう、長いネコと人間の歴史から見れば。「大勢集まって騒ぐより、ひとりコツコツ。ネコのわがままが好きで、だから自分もわがままなのだろうと思う」マルのオヤジ。

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    2021年05月05日
  • こころ

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    教科書にも載っていたけど。
    人間失格と並んだ名作。

    この2作が未だ崩れることのない名作って、
    つくづく人間っていう生き物の未熟さを思い知る。

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    2021年04月07日
  • 吾輩は猫である

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     苦沙弥先生をはじめとする登場人物を猫の視点に預けて痛快に批判する漱石の感性に脱帽である。個人的には口達者で自分勝手な美学者迷亭の言動が小気味よく面白かった。もっとも、彼のようにデリカシーのない人物が実際にいても友達にはなりたくないが(笑)

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    2021年03月07日
  • 虞美人草(新潮文庫)

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    意外にも面白く夢中で読んだ。確かに人物設定は類型的て役割通りかもしれないが、言葉による駆け引き、微妙に移ろう心理描写は漱石ならでは。経済的にも社会的にも恵まれ、精神的に安定し、大らかで義を尊ぶ宗近一家の描写には己が望んでが得られなかったものへの漱石の憧憬が感じられる。私もそれは同様だ。

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    2021年03月06日
  • 彼岸過迄(新潮文庫)

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    ネタバレ

    後期三部作の1作目。

    短編が集まって長編の形式を取っているし、序盤は割とお気楽な感じだから読みやすい。

    中盤からとても濃ゆい。前期三部作とは全然違う。
    あれも恋愛の話には違いないが、こちらの方がズドンと迫ってくる。
    男の嫉妬心と猜疑心がとても良く描かれている。
    私個人としては、須永の気持ちも分からんでもないけれど、千代子とくっついた方が幸せになれると思う。
    ただ、千代子の気持ちに応えられるか分かんないんだよね須永は。
    何だか二人の関係がもどかしくてもどかしくて。
    これは、現代人が読んでも十分に楽しめる。

    印象的なシーンも多々。
    楽しかったり、悲しかったり、物寂しかったりもするけれど、漱石の書く日本語は美しい。

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    2021年02月21日
  • 吾輩は猫である

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    誰もが知る超名作。人間の営みや世の真理に隠された明暗を純然たる猫の視点から解き明かすという甚だ興味深い作風。諧謔性の暴力ともいえるほどの極めてユーモラスな文体にはついつい笑みがこぼれてしまう。圧倒的会話量を以ってして迫真性を突きつけ、凄まじい熱量を感じた。細部に渡るディティールで稀代の滑稽味とリアリティを紡ぎ出す漱石のメソッドには感服の念が絶えない。日本随一の文豪の源流を肌で感じ、ますます敬愛が深まった。

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    2021年01月26日
  • 私の個人主義

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    ネタバレ

    標題の「私の個人主義」は大正三年、大病を患った後に学習院でおこなった講演の内容だが、今読んでもさすが漱石というか、構成もメッセージもすばらしい。青空文庫で読めるので未読の人はぜひ。

    講演として読むと、初めは前振りが長くいつテーマに入るのかと思うほどだが、気づくとすっとテーマに入っていて、それが最後のメッセージまでしっかりと繋がっている。

    前半は人生の指針としての自己本位主義、後半はその前提となる個人の自由とそれに伴う義務と責任、という内容。

    まず前半は、漱石自身の懊悩とその打破という経験を若い人たちへのメッセージに転化しているが、これによって人生の方向を決定された学生も当時いたのではないかと思う。この懊悩が普遍的であり、漱石が偉大であるだけに、この指針は説得力を持つ。

    一方の後半は、一転して、学習院という特権階級の学生たちに彼らの持ち得る力についての自覚を促し、それに伴う義務と責任を説く。「君たちは将来のリーダーだ」というメッセージはよくあるが、「君たちは特権階級だから責任を持ちなさい」というメッセージはもっと重要であるにもかかわらずあまり言われない。

    そして、すばらしいのは、前半の自由な自己追求の前提として、後半の倫理原則が説かれているところ。自由には義務と責任が伴う、という基本的な原則をこれほど見事に述べた講演も多数はないと思う。この講演を生で聞けた学生たちは幸福だった。

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    2021年01月22日
  • 虞美人草

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    神経症的な甲野、彼の異母妹藤尾、甲野家と縁戚続きで飄々とした感のある外交官浪人生宗近、その妹糸子、甲野達の友人である小野と彼の恩師の娘である小夜子、この六人の六角関係を扱う。
    序盤は古文、漢文、口語文を融合したような地の文と、登場人物の区別に苦労するも、人生に迷える小野君と彼を慕う小夜子に感情移入できた時点から、やっと物語世界に入って行けた。
    藤尾とその母を徳義心に欠けた人物として書くが、こういった人は当時はともかく現代では結構普通にいるような気もしないではない。甲野家の財産を我の物とするために画策する藤尾と母、それに利用される小野という構図。
    終盤でそれまで何を考えているかわからず、風に吹かれるとすぐ靡く柳のように見えていた宗近が縦横無尽の活躍を見せる。この場面の宗近は格好良かった。それによって小野が覚醒し、藤尾は大悲劇の中へ。
    すべてを見抜いていた甲野も渋い。
    小野と小夜子に同情的に思われる著者の、藤尾への仕打ちは苛烈を極めた。ひょっとしたら、漱石文学で一番悲惨な運命を辿った人物かも。
    内容的にも文章的にも読み応えがある一作。

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    2021年01月19日