夏目漱石のレビュー一覧
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「夢十夜」。
黒澤明監督「夢」の元となった、「こんな夢を見た」で始まる(実際には前半のお話だけだけど)不思議な十篇の物語。
「文鳥」。
細部にわたる情景や心情などのうつろいの描写に感嘆した。ひょっとしたら初めて夏目漱石の偉大さにふれたかもしれない。
「永日小品」。
随筆とも短編ともつかない、落語の小噺のようで、それでいて漱石の身の回りを語ったものもあり、お話が詰まったショートショート。漱石の才能に振り回される。
ページ数は少ないが、声に出してみるようにゆっくり読むのがおすすめ。
正直、教科書から出ることなくなじめなかった漱石のイメージが、変わった。 -
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1912年 朝日新聞連載 後期三部作
個々の短編を重ねた末、その個々の短編が相合して一長編を構成するという試みー プロローグで漱石が語る。
主人公は、卒業後求職中の青年・田川。
彼に関わる、あるいは、聴いた、物語。
冒険談・サスペンス・友人の恋愛談・生い立ち 等、語部を替えながら、其々短編として独立する。
前期三作に比べれば、ストーリー豊かで、読み物として面白い。
「雨の降る日」は、雨の降る日、幼女を突然亡くした一家を描く。突然の悲しみを、淡々ととやり過ごすような家族の描写が、痛ましい。感情表現はされず、「雨の降る日に紹介状を持って会いにくる男が嫌になった。」とだけ主人に語らせる。
漱石が、この頃、娘を亡くしたことを反映しているとのこと。
結末という章で、主人公・田川を、世間を聴く一種の探訪者である、としている。ストーリーの主人公は、友人・須永である事が多い。
ストーリーは、主人公によっては動かないという状況は、読者を田川目線にする事ができたのではと思うのです。
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ネタバレ夏目漱石の小説が好きなので為人を知りたく読んでみたわけですが、誰かに当てた手紙、講演内容、どこかの誌面へ寄せた文書などバラエティに富んでいます。
人生論集というだけあり、漱石の人生論を垣間見ることができる良書です。
まず。愚見数則は、教訓集のようなもの。
人として基本的なことだとを語っているわけですが、全てできているかというと微妙だなぁと我を振り返り反省したり、そうだよなぁと赤線を引いたり。
人を屈せんと欲せば、先ず自ら屈せよ
などは成功すればするほど高飛車になっていくであろうものなのに、漱石自身が語っているのが素晴らしいと思います。
また、私の個人主義は現代の多様性の話に通ずるもの。
読書会で読みたいくらいです。
学習院の入学式の祝辞で話した全文なのですが、まずは学習院に入る時点で君たちは権力者側だよと語る。
これは、上野千鶴子さんの東大のスピーチを思い出しました。
そして、自分の力で道を切り拓けと。
自分で見つけた自分の個性を大事に。
しかし、他人を引き摺り込むな、他人の個性も尊重せよ。
そんなことを言っています。
自分の価値観だけで相手を勘定し、判断するのはなんと危険なことかと感じます。
その上、相手を変えようとするなんてもってのほか。
ただ、組織に入ると案外普通にこういうことが罷り通るんですよね。
自分は管理職コースなので、この思想は忘れずに生きていきたいです。 -
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冒頭に、漱石から読者へのメッセージがある。
彼岸過迄という、なんだか気になるタイトルは実は、単に正月から書き始めた連載がそれぐらいに終わるだろうと付けられた名前らしい。
そうなの、という気持ちで読み始めた。
そこには、短編を連ねて、最終的に大きな一編になる試みをすると書いてある。
話の語り手は、うまく流れにまかせて生き抜いていくタイプの青年。
探偵に憧れたり、まめまめと占いを信じたり、職探しも縁故に甘えて気楽に成功させている。
一方、真の主人公ともいえる、彼の友人はといえば、考えてばかりで、行動ができない。
その理由が最初の方から匂わされているが、そればかりが理由ではない。
自分の心とばかり向き合い、いまだ何の現実的なチャンスもつかめていない。
考えてばかりの自分がもどかしくて、気楽になりたい。
これを読んだ方は、どちらが自分に近いと思うんだろうか。
ワールドカップの時だけ、昔からファンです顔で現れる自称サッカーファンに違和感を感じてお祭りに参加できない私は、明らかに後者だろう。
そんな自分に時々しんどい人の心に優しくかたりかける漱石。
そして、能天気な青年の話も半分あるので、重さが緩和されて、前者のお気楽タイプにも読みやすい。
また、続編?の行人より、気楽な終わりなのも救われる。 -
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私は、色々読んで、漱石の妻が嫌いだ。
この本を読んでいくにつれて、漱石が自分の妻と(浮気という観点ではないが)、心がちっとも通じている気がしなくて苦しかったんのかなーと同情を感じてきた。
この話は、後期三部作と言われる彼岸過迄から確かに続いている。彼岸過迄の須永と今回の行人の兄さんが似ている。
二人とも、最も身近な存在の女性の”本当の気持ち”を求めて、袋小路に迷い込む。
しかし、1作目の須永はが悩むのは少し複雑な事情がある関係の二人の恋愛関係が軸で、それ以外の要素もあるが、細かい気持ちの描写を読むと、それは恋だねとかわいく思える部分もあった。
ところが、今回の兄さんは、気持ちの読みにくい妻への疑いを通して、家族、ひいては長年の親友に対しても疑いの心を持ってしまって、もっと重症だ。
とはいえ、気持ちは分かるので、読んでいて悲しく切なくなる。
それに、兄さんが決して、悪い人なわけではなく、ただまじめで、ものをいい加減にすませることができなくて、人間関係が不器用なだけで、程度の違いはあれ、誰にでも身につまされるところはあると思うので、より救われない気がする。
行人というタイトルの意味も調べた。勝手に、行動する人という意味かと思ったが、修行者などの意味もある単語らしい。
奥が深い。
また、引用したが、兄さんは人の心を解ろうとして、弟の僕は分かるもんかと使っている漢字が違うのも興味深い。
すでにここからして、同じわかるという認識であろうと会話しているが、実のところか分かり合えていないということを伝えているんだろうか?
兄さんの使う解るは解剖して細かいとこまでの解る、弟の分かるはあぁ、悲しいんだなーとかそういったレベルの分かるを意味しているのではないだろうかと思った。
これがさらに進行したのが、こころで。こちらへ向けて、3部作はどんどんと不幸度が増していく。
こういった心の襞を解剖して、たくさんの人生の出来事をわかりやすく例として示してくれるのが、暗くてしんどいが、読める作品として仕上がっていて、さすが文豪だと思った。 -
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小説”草枕”の反戦主義
夏目漱石の小説は数編読んでいるが、この小説では漱石がこの当時に起きた日露戦争に反対していたことが明確であったように感じている。
漱石は必ずしも自身の政治的な立場や主張は氏の文学作品の中で強く述べてはいないが反戦思想は強く持っていたものと理解できる。この作品は勿論多くの評論等で述べられているように漱石の作品の中でも優れた小説であり、秋の夜長に読む作品としては最適なもののひとつであるように感じている。