夏目漱石のレビュー一覧
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ネタバレ大学の時に初めて読んで、多分これで3回目かな。
すごく、ぼやーっとした淡い恋愛(青春?)小説。まるでピンボケしたレンズで主人公たちの感情をのぞいてるような…
でも次第に淡々としてられなくなって、溢れる思いを投げかける場面もあって、最後は、切ない!
100年前の小説だから、当時の人にしか通じない話題もあったり、ところどころよく分からない言い回しがあるのも事実だけど、そこはスルーしても十分物語として楽しめる作品でした。
これを機に他の夏目作品も読み進められたらと思う。(こころは高校の授業で読まされたけど、当時の自分には苦痛だったな笑)
p95
「風が女を包んだ。女は秋の中に立っている。」
この一文がすごく好きです。 -
Posted by ブクログ
過去により満足な地位につけず、淡々と日々を送る。夫婦仲は良好。過去の重荷は、時間がゆっくりと解決する、そう思うしかなくやり過ごしていく。あり得た未来の姿としての坂井、過去の自分の映しとしての弟。そのコントラスト。
しかし不意の再来によりその手法は解決でないと知る。悟るために禅寺に赴くが、修行に専心することもできず、かといって問題を放擲することもできない。立ちすくむしかない。
門がメタファーなのは間違いないが、それが禅寺でのエピソードのメタファーだけなのか。作品全体のそれなのか。いや。後者なのだろうがどのような意味で?
また、屏風の一件もとてもメタフォリックなのだが、解釈が難しい。 -
Posted by ブクログ
夏目漱石の随筆集ですね。
12月9日は漱石の命日でした。
夏目漱石は文豪の中でも一番のお気に入りです。
岩波の漱石全集は三回くらい読みましたが、我が家が何回か引っ越す度に、何処かに紛れ込んで見つかりません。
誰かに貸した覚えもあり、三度買い換えたのが三度目もまた、何処かに行き方知れずのままです。
この本は、漱石の修善寺の大患後の生死感の移り変わりを綴ったものです。
鋭利な感受性と冷静な観察力で静かに語っています。
漱石は温故知新の人生を歩んだように思われます。古い芸術も愛し、自ら英語の教師として英文学を学び、学者の生活を捨てて文筆家の道を選んだ苦悶にも悩まされながらも、家族を支えるためも、「則天去私」の想いを見いだして綴った随筆集ですね。
漱石はそそっかしい人間らしさも兼ね備えて、人を愛し人に使えることも異なとしない好人物だったようです。
漱石がますます好きになる一書ですね。 -
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家族との関係、結婚についてや、夫婦関係、友達などが描かれていて読み応えがあった。
生きていく上で、人間関係は外せないけど、不器用でうまく人と関われない人もいる。私も得意ではない。
この本の登場人物の兄さんは、不器用で真面目で知識人だ。頭はいいけど、人との付き合いが苦手。考えすぎてしまって不安になってしまう。1+1=2のように答えの出るものや予測がつくことはいいけど、人のこころなんてわからない。こうしたらこうするだろうって、期待するから裏切られる。むしろ何も考えないで、期待しないで、意外な答えが返ってきても、あー、そうきましたか。ぐらいに柔軟に考えた方が人付き合いってしやすい。 -
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ネタバレ途中から一気に引き込まれて全部読んでしまった。自分の感覚でいくと、遠距離で、しかも5年も会ってないのであれば、そりゃ気持ちなんて変わって当然だろう、と思う。
ただ、それがいかに無理のある婚約だとしても、人にそれを伝えにいかせるのは小野さんのずるさであって、井上先生がキッパリ怒るのはよかったです。
藤尾さんはプライドが高く、素直じゃないけど、心から小野さんを愛していたようにみえ(それはけして打算ではなく)、プライドが傷ついたから自殺した、ではないと感じました。そして小野さんも藤尾さんの気高さとか美しさに心から惹かれていたのでは。
感じたことは、この時代では結婚って当事者の気持ちより、親の約束や建前だったんだなあということ。
それを当事者が遂行しなければ、当事者以外がそれを正しさだと説いて、遂行させることが美しいとされていたこと。
ストーリー全体に共感は感じないけど、言葉の一つ一つには、共感というか人生の真理をつくものがあると感じ、読み終わったあとも読み返すような良い作品です。
良い言葉メモ。
真面目になれるほど、自信力の出る事はない。真面目になれるほど、腰が据(すわ)る事はない。真面目になれるほど、精神の存在を自覚する事はない。
(中略)口が巧者(こうしゃ)に働いたり、手が小器用に働いたりするのは、いくら働いたって真面目じゃない。頭の中を遺憾なく世の中に敲(たた)きつけて始めて真面目になった気持になる。安心する。
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のつこつと読んだ。 昔いっぺん読んだことがあって、浜寺の料亭の場面だけが印象に残ってて、そこを確認したくって読んだら、かなり前の方にでてきてほんの数行だけやった。あとはほとんど忘れていてまるで初めて読む気分。 病院の場面が面白いっていうか映像として想像つかない。病室は畳張りで布団やったんやろうか。それやったら靴は何処で脱いでたんやろうかとか。どうも看護婦さんはそれぞれ専属で部屋の前の廊下で待機してるみたいな。声がかかるまで柱にもたれて本を読んで時間潰してる表現があったり、その看護婦さんに病人のこと聞いたら何でも教えてくれてプライバシーダダ漏れやったり。
その上病人の都合で入院したり退院したり。胃潰瘍の人にはお腹の上に氷嚢乗せてたり。今では想像もつかないことばかり。
漢字の使い方もええ加減なような気がする。ページによって送り仮名が変わってたり「初」と「始」の使い方も違うかったり。昔は手書きやったからそんなこともあり得たって感じかな。ある意味自由やな。でも、ま、この小説で描こうとしたことは、そんなことではない。兄一郎の苦悩を描いたんやろうが、そこに至るまでがのつこつのつこつ。 -
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古本屋で1983年出版のこちらを発見し手に取ってみた。
私の中の夏目漱石といえば写真のイメージのみで、はっきりとこの作品読んだといえるものはない。
中でもこちらはエッセイで新聞に掲載されたものだそう。
読み始めて、驚いた。
いくら現代語訳されたものとはいえ、1933年ごろに書かれたとは思えないくらいスラスラと読める。単純に面白い。
堅苦しい難しい言葉の羅列など一切なく、夏目漱石の過去の思い出、部屋に出入りした人とのやりとりなど回顧録の形を取っている。読んでいて夏目漱石の人柄がプラスになった。気難しく繊細なイメージだったが、気の利く(というより効かせすぎる?)、優しいおじいちゃん、と言った感じ。
大作家先生にこの絵を評価して、とかあげたお茶返せ、とか、しまいにはお茶はいいから金かえせ、とか大迷惑厚顔無恥のような人はいつの時代もいるものね。結果一生残る本に登場できたんだから良かったのかも?
他の作品も読んでみよう。 -
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漱石の朝日新聞社員としての処女作。
発表当時に都内で開かれていた東京勧業博覧会の様子や、直前に旅した京都の様子などを織り交ぜて当時の一般大衆にとっても面白い読み物にしつつ、エリート・漱石らしい知識や美麗字句が散りばめられた小説。とても面白かった!
糸ちゃんは甲野さんとくっつけてよかったし、甲野さんは糸ちゃんとなら幸せになれそう。宗近が言っていた「糸公は君の知己だよ。御叔母さんや藤尾さんが君を誤解しても、僕が君を見損なっても、日本中が悉く君に迫害を加えても、糸公だけは慥かだよ糸公は学問も才気もないが、よく君の価値を解している。糸公は金が一文もなくっても堕落する気遣のない女だ。」は本当にそうだと思う。
小野はクズだしなんで突然改心したのかよく分からないけど、良い義父と美人の小夜子ちゃんとまとまって良い人になれるといいな。宗近は外面と内面が一緒すぎて外交官なんぞ務まるのかと思うけど、意外に要領良くやるのかもしれない。
藤尾については、容姿の美しさを鼻にかけて男たちを手のひらで転がしていると思っていたら、実は自分が大きな手のひらの上でころころされるだけだった現実に(文字通り)死ぬほど打ちのめされるのだけど、このシーンを含めて特に後半はすごく舞台的な雰囲気があったように思う。漱石が藤尾を嫌っていたことはよく知られているし、そのせいで藤尾の立ち位置がややブレているようなことも言われるけれど、個人的には舞台的と思えばそこまで感じなかった。(そしてこの舞台的さこそが正宗白鳥あたりが散々酷評する由来だと思う。尚、正宗が漱石のことを好きじゃなかったおかげで、当時文学で知られる読売ではなく朝日に漱石が入社したのもなんだか面白い。もし読売だったら、漱石門下の森田とかが文芸欄をわちゃわちゃできなかったと思うので。) -
漱石といえば
三角関係
これに該当しない、こころ、と坊ちゃんが教科書の
素材として多用されているのはご存知の通り。
猫の話もありますが、あれは習作。
まあ、面白いですが、どれ、読み手の方々を楽しませてやろう、
と気合入れてる様子が浮かぶくらい、書いていて楽しんでる
様子が目に浮かぶようです。
今日では三角関係と呼べるか怪しいくらい淡白な話ですが、
虞美人草に繋がる習作と考えると、これはこれで有りかと。
虞美人草読んだこと無いなら、一読をおすすめしときます。
お好みで。