夏目漱石のレビュー一覧
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「こういう危うい時に、生まれつきを叩き直しておかないと、生涯不安でしまうよ。いくら勉強しても、いくら学者になっても取り返しは付かない。此処だよ、小野さん、真面目になるのは。世の中に真面目は、どんなものか一生知らずに済んでしまう人間がいくらもある。皮だけで生きている人間は、土だけでできている人形とそう違わない。真面目がなければだが、あるのに人形になるのは勿体ない。(中略)僕が平気なのは、学問のためでも、勉強のためでも、何でもない。時々真面目になるからさ。真面目になるほど、精神の存在を自覚する事はない。天地の前に自分が現存しているという観念は、真面目になって始めて得られる自覚だ。真面目とはね、君、真剣勝負の意味だよ。遣っ付ける意味だよ。遣っ付けなくっちゃいられない意味だよ。人間全体が活動する意味だよ。口が巧者に働いたり、手が小器用に働いたりするのは、いくら働いたって真面目じゃない。頭の中を遺憾なく世の中へ敲きつけて始めて真面目になった気持ちになる。安心する。実を言うとぼくの妹も昨日真面目になった。甲野も昨日真面目になった。僕は昨日も、今日も真面目だ。君もこの際一度真面目になれ。人一人真面目になると当人が助かるばかりじゃない。世の中が助かる。―――どうだね、小野さん、僕のいう事は分からないかね」(p367)
おそらく、漱石はこの一文に辿り着くために虞美人草を書いた。勧善懲悪小説は旧世界の古くさいイデオロギーに過ぎない。したがってつまらない小説である。つまり説教臭くて嫌だという批判もあっただろう。しかし、それでもあえて、伝えなければ世の中がヤバいことになるという切迫感が、焦燥があったことは明白である。 -
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夏目漱石は、おそらく近代日本の作家の中では例外的に、文学を理論的に考えようとした書き手である。漱石は、小説が「書かれるもの」=言語による再現であることに自覚的だったし、だから、小説の構成やさまざまな語りの技術=技法をおろそかにできないとも考えていた。一定の留保は必要ではあるが、漱石のテクストは、彼の文学理論の実作化という側面があることは事実である。そして、この自覚が、漱石と?外とを分けるポイントでもあるのだろう(?外は稀代の名文家であるが、小説的な構成、構想力という点では、漱石と比べて見劣りがする)。
それにしても、この構成は編者の磯田光一によるものなのだろうか。抄録がほとんどで、一つ一つの文章が中途半端になってしまっている。漱石独特の思考のリズムに慣れたころに文章が切られてしまうので、とてもストレスを感じてしまった。テクストの選定にもあまり意図が感じられない。「文芸論集」という看板がもったいない感じだ。 -
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「夢十夜」を改めて読み返したくなったので購入したが、
冒頭の短いエッセイ「京に着ける夕」の、
格調高い語り口と内容のギャップにお茶噴いた(笑)
いや、大文豪の手に掛かれば、
こんなちょっとしたエピソードも立派な作品になるということか。
「夢十夜」については、脳の働きと夢について研究している学者曰く、
いくつかの根拠によって、まったくの作り話ではなく、
漱石が実際に見た夢を述懐していると思われる……とかなんとか、
高校生のときに読んだ科学系の本に、
そんな風に書いてあったと記憶しているけれど、よく思い出せない(泣)
が、何にしても、夢の持つ不条理感に充ち満ちていて、すこぶる面白い。 -
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中学生になったばかりの頃に読みました。
教科書に,一章だけが紹介されており,思わず惹かれてしまったのです。それは,主人公の正義漢ぶりが,直情さが,不作法だが無造作で飄々としたところが,
人物として当時の私がとても憧れたからだと思います.
夏目漱石のコミカルで軽快な書き口に,勧善懲悪の爽快感が加わり,文学作品のなかでもとても読みやすい作品の一つです.
多くの版がありますし,また多くの映像や絵や漫画も生まれています.学生の皆様には一読を勧めたい一冊です.
中学生の時と,今とでは,この作品に対してどの様な感想の変化があるだろうか,一度試して見ようと思います. -
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ネタバレ「『彼岸過迄』というのは元日から始めて、彼岸過まで書く予定だから単にそう名づけたまでに過ぎない実は空しい標題である。」
そんな由来だったとは。漱石後期三部作、その一。
まず登場するのが敬太郎。冒険を夢見るロマンティストでありながら、実際は大学を出て職も見つからず汲々としている青年である。物語の前半はどちらかというと軽妙な筆致で、敬太郎を中心とする人間模様が描かれる。謎めいた隣人に探偵ごっこにと、読者を楽しませるようなエピソードが目立つ。
ところが後半になると雰囲気は一変する。敬太郎が主人公なのかとおもいきや、今度は彼の友人である須永の存在が物語の全面に出張ってくる。従妹の千代子との恋愛を通して須永の内面が赤裸々に吐露されるのだ。「須永の話」における彼の告白は痛々しいほどであり、『行人』の一郎に繋がる一本の道筋を予感させる。『人間の頭は思ったより堅固に出来ているもんですね、実は僕自身も怖くって堪らないんですが、不思議にまだ壊れません、この様子ならまだ当分は使えるでしょう 』須永に共感できる自分が怖くって堪らない。
須永の口から語られる終盤のシリアスな展開に思い切りのめり込んだだけに、振り返ってみると前半の滑稽味はどこか取ってつけたようなものに感じられる。新聞小説ということで色々事情もあったのかもしれないが、終わり方も幾分唐突に過ぎるのではないだろうか。
構成の点では少しまとまりに欠ける印象も受けたが、後期漱石作品を貫く主題は紛れも無く本書の中に息づいている。 -
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『三四郎』『それから』を読んでからかなり時間を置いて読んだ。『門』というタイトルからしてなんだか地味だし、「横町の奥の崖下にある暗い家で世間に背をむけてひっそりと生きる宗助と御米」なんて紹介文を読むにつけてもあまり食指が動かなかったのだ。今にして思えば、読むのを先延ばしにしていたのが実に悔やまれる。
よかった。ひょっとしたら前二作よりもよかったかもしれない。
思うに、漱石の作品には独特の雰囲気が漂っている。匂い立つような明治の東京の空気が。それは鮮やかな風景の描写からも、活き活きとした登場人物たちの会話からも色濃く感じられる。漱石の小説を読むたびに、私はその空気の中に浸る。筋を追うというよりもむしろ「夏目漱石的な感覚」に身を任せることを愉しむ。
そういう観点から見ると、この『門』は大変気に入った作品だ。落ち着いていて、うつくしくって。愛というよりは慈しみと呼ぶのがふさわしいような宗助と御米の関係が淡々と描かれる。読者は彼らの背負った業の深さを知っているだけに、現在の関係性のありかたには迫ってくるものがある。
最後の場面での宗助の言葉「うん、然し又ぢき冬になるよ」が効いているなぁ。思わず息を飲んだ。
この作品の持つ深みを全然言い尽くせないのが歯がゆい。歳を重ねるに連れてまた違った読み方ができるのではないだろうか。いつか再読しようと心に決めた。 -
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ネタバレ前半部分の絢爛すぎる怒濤の描写についていけず,挫折しかけた.
登場人物の立ち位置も全く頭に入ってこなかった.
セリフが中性的で,さん付けで呼ばれていたことから,小野さんを
女性と判断して読み進めた.しかし,小野さんが女性だと
話のつじつまが合わなくなることに途中から気付いた.それは,そこまでに自分で描いていた『虞美人草』が誤っていたことを意味し,絶望した.
しかし,後半は会話が多くなり,ようやく話の概形がおぼろげながら浮かんできた.物語の本質である小野さんと藤尾の恋が,
多数の人物が互いに絡み合ってできた複雑な事情の上に成り立つ
ものであると知る.この仕組みを理解するためには,前半部分が
どうしても必要であることには納得がいく.約100年経った今でも
彼らの恋愛関係には新規性が感じられ,とてもおもしろい.
この作品を評価するにあたって,ストーリーという観点からは申し分ないと思われる.
絢爛な描写を理解できたとき,評価にもう一つ星を加えたい. -
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夏目漱石未完の遺作。有名な本を今更読むと言うのが恥ずかしながら一度はやはり読んでおきたく。第一印象から文章や言葉選びが綺麗で、日常の言葉なのにあまりにクリアに伝わってくるのでどきっとしたりする事がしばしば。さすがでした。他の名著でもしばしば、読みながら何をぐだぐだしているんだろうこの本有名だけど面白いかなぁどうかなぁとか思いながら読み進めて行くのだけれど、後から思い返せばとても深遠で壮大で何日も、ずっと思い返してたりする。本の1つだった。未完なので結末ばかり気にされるけれど、良い物は個々の要素がどの全体とも綺麗に呼応する様に出来ているので、どこで切っても関係ないと思うんだよね。と言うのも良く言われる話ですが