夏目漱石のレビュー一覧
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購入済み
夏目漱石「こころ」に触れ
朝日新聞で100年ぶりに連載されたことをかなりたってから知った。
明治時代の大学生、勿論家庭もそれなりに裕福であろう。しかし、どうしてもその時代の大学生は、自分の生きざま、思想に陶酔しているように感じてしまう。
文学者であれ、芸術家であれ自分は特別な存在として身を置いているようだ。
それが、現代の若者と似ても似つくさない、ある意味とても魅力的に写る時代背景、ロマンを感じることができる。
明治、大正の堅物であるが故の純粋な恋心が伝わる。 -
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本作は、けっしてつまらないわけではないのだが、ビッグ・イヴェントなどもなく、ただ淡淡と日記のように物語が進行してゆく。それもそのはずで、解説などによれば、本作は漱石の自伝的小説であり、登場人物も周辺の人物と同定されるモデル小説でもあるそうだ。しかし、だとすれば、漱石の人間性には軽蔑を禁じ得ない。本作の主人公・健三は、漱石を投影したと思われる人物であるが、コレがまたどうしようもない人間なのである。妊娠中の妻に対しては、あまりにも無神経な発言を幾度となく繰り返し、いっぽうでしばしば金を無心に訪れる島田という男に対しても、強い態度で追い返すことはできず、けっきょくいつも言いなりになって金を渡してしま
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千年読書会、今月の課題本でした。学生の時に読んだ記憶があったので、手元にあるかと思ったのですがなかったため新潮文庫版を購入。他の漱石の蔵書と比べて大分新しい見た目となってしまいました。。
さて、本編の主人公は「代助」、とある資産家の次男坊で、大学は出たものの、30歳をこえても定職に就かず、フラフラと気ままな日々を送っています。当然結婚もしておらず、学生時代の友人「平岡」の妻「三千代」にほのかな憧れを抱いているものの、二人の幸せを祈ってる状況だったのですが、、その夫妻が仕事で失敗して東京に戻ってくるところから物語が動き始めます。
代助はいわゆる“穀潰し”なわけですが、家族には愛されてい -
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漱石らしいとても歯切れのいい文体が気持ちよくて、主人公の代助の、現代で言えばニートな身分でありながらインテリで偉そうな思考回路がおかしくてところどころ笑いながら読みました。前半は。
後半は、代助がどんどん追いつめられていく様子がちょっと痛々しい。自業自得なんだけど。
どんなに頭がよくても感情(特に恋愛感情)はなかなか制御できない。それなのにそこに理屈をくっつけようとして余計苦しんで…漱石の重い小説にはこういう主人公が多い気がします。
ぼんやりした終わり方がかえって印象的でした。
漱石の比喩表現は見事ですね。さすが文豪、と惚れ惚れしました。 -
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ネタバレ漱石未完の長編。
実は未完だというのは本を最後まで読むまで知らなかった僕。
それくらい先入観なしで読んでいたのがある意味奇跡かも。
漱石の小説は結構すきなのね。
なんかニヒリズムがどの主人公にもあるような気がして、
津田もそういう類の人間だ。
自分が本当に好きな女性と結婚できずに、
堕落をしてあげく親の金が支給されないとなるととんでもないことだと言わんばかりの感じ。
一応真面目な僕からすると働けって。
各々の登場人物が非常に特徴あるように描写されていて、
文章の美しさは三島由紀夫ほどではないけれども、
いつも漱石の小説に惹かれるものがある。
たぶん感情移入しやすいのだろうか。そうでもな -
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登場人物のキャラがしっかり立っておりあとは自然に物語が進んでいく。
前半とくに詩的だか仏教的だか何れにせよ難解な文章が挿入されており、それは飛ばした。
「僕が君より平気なのは、学問の為でも、勉強の為でも、何でもない。時々真面目になるからさ。なるからと云うより、なれるからと云った方が適当だろう。
真面目になれる程、腰が据わる事はない。真面目になれる程、精神の存在を自覚する事はない。天地の前に自分が現存しているという観念は、真面目になって始めて得られる自覚だ。
真面目とはね、君、真剣勝負の意味だよ。遣っ付ける意味だよ。遣っ付けなくっちゃいられない意味だよ。人間全体が活動する意味だよ。口が巧者に -
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草枕は眺めるように読む小説である。
主人公は日常の生活圏から逃げ、自己に沈静しながら、現れてくる世界をただ眺めようとする。それは「おのれの感じから一歩退く」ためである。漱石自身が苦しみに対処するためにそれが必要だった。
草枕は漱石が「自分の屍骸を、自分で解剖して、その病状を天下に発表」した小説である。余と那美さんは二人とも漱石の分身だ。漱石は自分の屍骸を美しい言葉で綴る。それが彼が苦しみから逃れるための方法だった。
読者はそれを眺める。しかし、漱石の言葉が美しすぎるがために、読者は自分が読んでいるものが彼の死骸だとは思わないのである。
漱石の病跡には諸説あるようだが、この小説に現れた病