夏目漱石のレビュー一覧
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解説などには、この小説が、『坊ちゃん』と並んで親しみやすい作品と長年思われてきたが……とあるが、個人的には全く親しみやすいとは感じなかった。恐らく親しみやすいと思われて来たのは、解説 (p.314) に
「新聞小説の利点を上手に活用しているといえば、新聞に掲載される日付と小説のなかの話の時期をほぼ重ねあわせた構成に、その一端をうかがうことができる。連載がはじまったのは9/1だが、三四郎の上京の車中風景を話の冒頭にもってきたのは偶然ではなく (……当時、大学の新学期は秋……)、紙面に出る時期を意識したからである……。……団子坂の菊人形の場面を織りこんでいるのも……同じような配慮から来ている。三 -
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「坊ちゃん」は、「物理学校」を卒業している。
「物理学校」とは、飯田橋にある「東京理科大学」のことだ。(大学の横の小道の坂には「泉鏡花住居跡」の石碑も建っている。その坂は神楽坂に並行している)
「坊ちゃん」は、愛媛県松山の旧制中学校に数学の教師として赴任する。
(小説では出来の悪い学生たちばかりがいるように描かれているが、旧制松山中学は四国の最高学府。漱石の教え子たちは、皆、政財界、軍隊、文学で活躍するエリートばかりだった)
「坊ちゃん」が、中学の教頭「赤シャツ」に釣りに誘われる場面がある。
(「赤シャツ」は帝大出身の文学士だから、それこそ漱石そのものだ)
釣りはしたことあるかと聞かれ、 -
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ネタバレ私小説に徹するという意味で、漱石の他の作品とは一線を画す小説。
海外留学から帰って大学の教師になった健三は、長い時間をかけて完成する目的で一大著作(『吾輩は猫である』に相当すると思われる)に取りかかっている。その彼の前に、十五、六年前に縁が切れた筈の養父・島田が現れ、金をせびる。養父ばかりか、姉・御夏や兄・長太郎、事業に失敗した舅までが、健三にまとわりつき、金銭問題で悩ませる。その上、妻の御住とはお互いを理解できずに暮らしている毎日で…。
徹頭徹尾、金、金、金。さして裕福でもない健三に群がり無心する親類縁者たちと、それに辟易させられっぱなしの健三。
金銭を描くことを文芸的にタブー視する作家 -
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祖父は明治、父は大正、私は昭和生まれ。
学生時代は明治の文学がまだあまり違和感なく読めたのかもしれない。
その頃、『こころ』をきっかけに夏目漱石作品をいくつか読んだ。
なぜだろうか。何十年かぶりに『三四郎』が読みたくなって手に取った。正直「ストレーシープ」という言葉しか覚えてなかったが、なかなかどうしてつかみから面白い。
「あなたはよっぽど度胸のない方ですね」のエピソード。何か自分が言われているような錯覚に陥った。苦笑。
田舎から都会に出たものにとって全てが新鮮で気後れを伴う。そのうえ、美禰子に翻弄されて、三四郎は一歩が踏み出せない。
逡巡しているうちに自分の周囲が変わっていくことって今でもあ -
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人の心の本当のところは、誰にも分からないということでしょうか。もしかするとそれは本人ですらわからないのかもしれません。人間関係の微妙なかみ合わなさが、いろいろなエピソードを絡めながら語られます。
謎を少し出してはしばらく後で回収し、そのころにはまた新たな謎が…という感じで物語を前に前に進める推進力は半端ないです。この辺、うまいですね。いつものことながら、お互いの心の内を探ろうとするやり取りがなかなかスリリングです。
特に嫂と二郎が宿に泊まることになった場面はすごいです。「三四郎」であった宿に泊まるやつのバージョンアップ版ですかね。これは真面目にやっているのかな。むしろギャグなんじゃないかと -
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ネタバレストレイシープ…
人が何をしたのかとか、状況の描写がとても多く、心情の動きみたいなものについて触れられてる部分が少なく、解説を見て当時夏目漱石はそういう書き方をしてたんだと納得。三四郎が美穪子をどうして好きになったのかとかそういう描写はなく、ただ人と人と話したこと、周りがどんな状況であったか、三四郎がどう反応したかとかが淡々と、詳しく書いてある。
三四郎は東京帝国大学に上京までして勉学に励むのに何事も受け身でもったいないなぁと思ってしまった。かと思えば、口数も少なくて自分の意見を言語化することも苦手なようだし、度胸もないし、自分のそんな性格をわかって最初上京した時に不安になったのかなと。
彼に -
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私の記憶が確かなら本書を中学生の頃に読んだはず。しかしながら読書とは無縁の生活をしていた当時の私にこの作品が読破できたとは到底思えない。暫くはその先が気になってならない印象的なエンディングも新鮮に感じられたくらいだから、1ページ目を読んで以降は、つまみ読みした程度だったに違いない。
本書、明治時代を背景に庶民の日常がご存知の猫目線で描かれており、その文体は落語の台本を読んでいるかのようで面白い。宛字と慣れない語句のために注解を読む事が多くなるが、それはそれで古き良き時代が知れて楽しい。
いつ読んでも新鮮味を失うことのない、不朽の名作と思う。