夏目漱石のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
赤毛のアンの作中劇の原作(アーサー王伝説をもとにしたテニスンの詩「ランスロットとエレーン」)を美しい日本語で読みたくて手にとった。
テニスンの「ランスロットとエレーン」は長編詩だが、漱石の「薤露行」は小説であり、きれいな文語調で綴られている。中世の騎士物語なので文語体がよくあっていた。さすが漱石といったところだった。
他の短編も、明治の東京の人の生活が垣間見え、とても面白かった。描写も巧みでユーモアに富んでおり、肖像がお札に印刷されるだけのことはあると思った。
アーサー王伝説は日本でも大人気で、ゲームやアニメなど、あらゆるファンタジーものの礎になっている。一方、海外で知られた日本の伝説が何かあるかと考ても、全く思いつかない。ジブリが竹取物語を映画化していたが、マニア向けの域を出ない。
アーサー王にあって桃太郎にないものは何か。アーサー王に普遍的な魅力があるのか、単に西洋に対する憧れが人気のもとなのか。当然のように世界中の人がおらが村の伝説を知っており、謎の改変が繰り返されて、新しい伝説すら確立しつつあるのはどんな気分なのか。などと色々と考えてしまった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ新潮文庫で読み、ちくま文庫全集で読み、これで三度目。
ちくま文庫でいえば第2巻(初期)と第10巻(小品)を並べ直したようなセレクト。
■鬼哭寺の一夜 ……新体詩。女人幻想。
■水底の感 ……藤村操「女子」(!)について。
■夢十夜 ……まあいつもの。
■永日小品(抄) ……蛇/猫の墓/暖かい夢/印象/モナリサ/火事/霧/声/心 ……二度読んだあと、ポッドキャストやCDやで何度聞いても、憶えられず、そのうち眠ってしまうのが、こちら。このままの付き合い方を続けたいとも思う。
■一夜 ……確かに「だからどうした」という感想。とはいえ「草枕」の萌芽があるとも感じる。「猫」や奥泉光の諸作でも度々感じることだが「益体もなさ」を愉しむ時間を持てることこそが読書の醍醐味だ、文章を読んで日常や生活からほんの少し遊離することが読書の経験だ、と。何か得られるものを求めるのではなく、文章を読む時間そのものが娯楽である、と。憂慮、煩悶、輾転反側、真面目腐った理念、から一線引いたところでものを書いていこうという表明のようにも感じる。百数十年後の読者としては、イデオロギーから一線引くための態度を漱石から得るというのも、ありかもしれない。大袈裟な言説は「ひとまず信じるな」というのは、押井守も言っていたことだし、吉本隆明も煎じ詰めればそう言っていたと思う。
■吾輩は猫である(抄) ……首くくりの松の個所。
■琴のそら音 ……なんか心配になったけど結局大丈夫で安心した、というだけの話。だが外界の描写と内面の描写が緻密に溶け合っているので、「どう心配になったか」「どう暗示が埋め込まれたか」「どう不吉な兆候に行き会ったか」読むうちに、体験しているように感じた。それが大丈夫とわかって解放され、床屋と客のいい口調の会話でさらに解放され、最後に嬉し恥ずかしな場面が来ても清々しい。読み手を操作する巧みさに充ちている。家政婦の婆さんもいいキャラ。心霊への興味と対応は「吾輩は猫である」にも似通った水準。
■趣味の遺伝 ……探偵は厭だ嫌いだというのは漱石のいつもの調子だが、自嘲しながらも探偵した結果が開陳される。なるほど「異性の」趣味の遺伝か! 夢野久作を連想せざるをえない。また、結構際どい夢想を繰り広げながら、出征兵士を送り出す群衆に遭遇する。逆かな、群衆の狂乱から、狂騒的な戦場を妄想する。その念入りさが凄まじい。なんとなく「愛のコリーダ」で吉蔵が行進する兵隊に逆行する場面を連想したりもして。ところで「陽気の所為で神も気違になる」という冒頭は印象深いが、それに続く数節で戦争の夢想に至るとは、忘れていた。
■倫敦塔 ……中野京子「怖い絵 泣く女篇」にあった、ポール・ドラローシュ「レディ・ジェーン・グレイの処刑」をナショナル・ギャラリーで見て、漱石は着想を得ている。ジョン・エヴァレット・ミレー「オフィーリア」が「草枕」の那美の着想の一部であるように、漱石と絵、という着眼点は大学生当時にはなかったので、今回実作を通じて気づけてよかった。
■幻影の盾 ……山尾悠子が「傳説」を書く際に「……と思え」という言い回しを拝借したという文体。漱石は3回、山尾は22回も! 拡大利用甚だしい。
■薤露行 ……断念。
■マクベスの幽霊に就いて ……断念。
■漱石幻妖句集 東雅夫 選 ……「菫ほどな小さき人に生まれたし」は有名だが怪奇の文脈で選ばれると、これはこれで。また「あんかうや孕み女の釣るし斬り」のあまりの残酷絵ぶりよ。
□編者解説 ……この文庫でシリーズを始めようとする気概ばっちり。 -
Posted by ブクログ
漱石の文学は一面的に読むものではない、この小説でも多面的に考えさせられる。
このことがひどく気になった。
主人公「健三」は大勢のきょうだいの末っ子で生まれてすぐ養子に出され、それが「健三」の精神的放浪になり、行き場所を失うのにつながり、本人が悩むとはなんてことだろう。
昔は家名を残すために養子縁組が多かっただろうし、子どもがない夫婦が寂しさのためもらい子しただろうが、「健三」の養子先は将来めんどうを(働いて)みてもらうがためもらったのだ。それでは子どもが道具ではないか。
養家先の不都合で9歳ぐらいの時に実家へ帰されたけれど、籍は養家先に20歳過ぎまであり、吝嗇な養父、養母の後難を恐れ、実父がそれまでの養育費を払い証文まで交すすさまじさ。
その実父もいらなかった子が返ってくるなんて、という態度なのだからたまらない。
三つ子の魂百までも、精神的苦しみは性格をゆがめる。
もう結婚して娘も3人いる主人公、その養父母に、きょうだいに、妻の父に金銭的にたかられるのだ。しかも夫婦の関係がうまくなく、錯綜した悩みに襲われる。
悩みに悩む主人公を、こんなに追い詰めてどうしようというのだろうと、怖気づいてしまった。『道草』なんて題はとんでもない。
全くこの通りではないだろうが漱石の自伝的作品という、なんとつらい人生だったのだろうね。
しかも、これがために文豪になったかも知れず皮肉なものだ。 -
Posted by ブクログ
夏なので幻想怪奇系積読消化するぞのじかんです。
これは最近買った本だからそんなに積読じゃないけど、積む予定だったから読めてよかった。
幻想怪奇かとゆーとそこまでではなかったけど、「琴のそら音」とか面白かった。
「薤露行」は、わたしはアーサー王伝説をぜんぜん知らんので、Wikipediaとかで調べながら読んでたよ。擬古文しんどかったけど、話に合った文体やとおもた。
あと、夏目漱石てやっぱり「人というのはこういうものだから」ていうのを描写するのがものすごくうまいというか、今まで意識してなかったようなそういうのを分かりやすく言語化してスーンと納得させてくれるよね。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ主人公敬太郎は、大学を出ても定職に就かず、ふらふらしている。
しかし人生にどこか浪漫を求めており、波乱万丈な生活を送る友人森本の昔話に憧れている。
いくつかの章に分かれているこの作品は、主に敬太郎の周りの人の語りによって進んでいる。
特に市蔵と千代子の幼なじみ同士の恋愛話はかなり現代っぽいのめり込める内容だった。
お互い素直になれない、少しひねくれた性格で、でもあえて素直になるのも今更何か違う…というもどかしい気持ちになる。
市蔵の、自分自身のことについて考えすぎてしまう性格はその出生の秘密からきている、という展開はかなり気の毒で苦しい気持ちになった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレきょうから、それから、が朝日新聞で再連載開始。
「三四郎」「それから」「門」の三部作のうち、
昨年、「門」を再読しました。
「三四郎」は、先日終わった再連載で再読。
で、また再連載を読むのが何か気が重かったので、
今日、「それから」を再読しました。
40年前に購入した真っ茶色の文庫。
朝日の再連載は岩波文庫の「それから」を基準にしているらしいが、
私が高校生の時に読んだのは角川文庫でした。
破れないように、ページをめくる時に少し気を遣いつつ。
あんまり読みにくいので、タブレットに青空文庫からダウンロードして読んでみる。ただし、バックは茶色くして。(^_^;)
さすがに漱石、というか、相変わらず漱石、斬新な文章ですね。
198ページの3~4行、同じ単語で押韻しているので、
「あれ、同じ行を読んじゃった」と何度も勘違いしてしまいました。
漱石に遊ばれた感じ。
三部作、十代の時に読んで一番面白かったのは「三四郎」。
漱石の作品の中で一番好きでした。
でも、今回の再連載で読んだらちっとも面白くなかった。
結局、去年に再読した「門」が一番ジンときました。
漱石研究家でもある姜尚中さんも、「門」が一番好きだとのこと。
自分も年を取った証拠だなあと感じております。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ前期三部作、三作目…
三四郎、それからと大きく違うのは、最初から夫婦である、と言う点である。
ただ、略奪愛という面では、それからの流れを汲んでいる。
弟の進学問題など色々ありながらも、二人で慎ましくと暮らす夫婦。彼らには"罪"があり、あることがきっかけで夫は禅に救いを求めるが、結局上手くいかずに戻ってくる。そして…という。
夫婦の日常生活の描写がとても綺麗だなと思った。
ただ単に、仕事に行ったり食事をしたりとか、その辺をぶらぶらしたりとか、ありがちな生活を送っているだけなのだが…。
多分だけど、夫は元々、禅とかそういうのは興味がなかったんだと思う。
だけど、自分が親友の妻を略奪して結婚し、その親友の行方は知れず。でも、隣人から久しぶりに、かつての友人の名前を聞き、怖くなったんだろうね。
だけど、友人の名前を聞いたことを妻にも誰にも言えず、何かに縋りたかった。それが禅だったんだろう。
こういうのって、誰にでもあると思う…。私にもある。だから、この点は夫にちょっと親近感を覚えた。
最後の方で「鶯が鳴いているのを聞いたと誰かが言っていたよ」と弟と妻が話していて、妻が「もう春の兆しが来ているのね」と喜んでいたが、友人の件もあり、でもすぐに冬が来る…なんて言う。不穏な終わり方。
彼は、この先も不安から逃れることが出来ないんだろうな。
-
Posted by ブクログ
ネタバレ前期三部作。ちゃんと読むのは実は初めてだったが…いいねいいね、これはいい。
自分の学生時代を何となく思い出した。
勿論、こんなに多彩な人たちが、周りにいた訳ではないが、いつの時代も青春ってこんな感じだよなぁと思った。
三四郎の美禰子に対する言動が、段々と積極的になってきたところで、突然現れた紳士と結婚してしまう。
ただ…美禰子の方も、三四郎を憎からず思っていたのではないだろうか…と言うのは、短絡的過ぎるだろうか。
9月11日から授業が始まるから学校に行ったのに、誰もいない。学生課へ行って「いつから授業が始まるのか」と聞くと、9月11日からだと言う。でも、授業がやっていないと言うと、「先生が来ていない」と言われる。そこで三四郎は「なるほど」と思うのだが…いやいや「なるほど、じゃねーよ」みたいに、思わずクスリとくる場面もあり、文豪の書いたものだからと、ちょっと敬遠してしまうのは勿体ない。
文章自体も読みやすいし、田舎から出てきた大学生の日常、と言う感じでよかった。
ただ、与次郎。借りた金は返しなさいよ。
-
Posted by ブクログ
夏目漱石の作品は、作品ごとにかなり好き嫌いが出てしまう。これまで読んだ中では、一番『門』が好きだったけれど、これも読むまではドキドキしていたくらいだ。
行人は、二郎を主人公としたストーリーで、何か大きく突き動かされるような内容ではなかった。しかし、当時の情景や習慣が、夏目漱石という作家によって上手に表現されていて、あたかもその時代に生きているかのような感覚にさせてくれる。
そういう点では『キレイな』小説だなぁという印象は残っている。
友人の入院、下女の結婚、兄の病気という日常の中で二郎が生きていく姿は、見ていてリアルな感じがするけれど、あまり没入できなかったので、この点数とした。