綿矢りさのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
出だしから最高。こういうセンス抜群の豊かな感性で自在に綴っていく語り口の読み物を欲していたことに気付かされました。自分に足りない、渇きを覚えていた成分がここに。
と思っていたら、文章の色合いは日常ドラマを綴るものへと少しシフトします。情感を喚起するものとは違うフィールドをつかって、現実的な感情の生々しい部分も描いています。それでも、カミソリの刃によるようなドギツイ切り付けはありません。淡々とした日常生活が尊重されている作品ですから、まあ、前原という男性上司のような面倒くさくて怖いタイプの人が出て来はするのだけど、全体的にいえば、あたたかな物語になっています。付けくわえて言うと、あたたかな物語の中にも人の怖さや悩みなどがしっかりでてきて、そこは楽天的には書かれていないので、横に流れていくストーリーの起伏としても、その最中で縦へ広がっていくイメージとしても、飽きさせない刺激となってもいて、読者を楽しませてくれます。
長女・綾香は婚期を逃したのではないか、と焦っている。次女・羽依はモテ女で男性関係で苦労しているが、そこで育んだ哲学を持っている。そして、三女・凛は大学院で難しい研究をしていながら就活もしていて、秘かな望みをこころに抱いている。そして、父の定年を機に自らも定年宣言し食事を作らなくなった母、一家で唯一の男である父・蛍。仲のいい五人家族です。でもそのぶん、家族のなかに縛られる目に見えない力も働いているふうです。
さて。
マジョリティの世界でそこいる人たちに辟易したり、深く傷ついたりして、そのために社会の細い傍流の世界で生きていく、というような作品が「文学的」と認められるように、ステレオタイプ的にではありはするのだけれど小説というジャンルについては思い浮かんだりするのです。それが綿矢りささんは、マジョリティに踏み込んでいって、見事に闘い続け、そこでの経験を言葉にしてしまう。マジョリティの世界で獲物として持ち帰ってきたものたちが、本書を成している。マジョリティの世界の計算高さや虚栄や意地悪や貪婪さやモラルとか節操のなさや自己中やら様々なストレッサーと取っ組み合いつつ、マジョリティの世界を謳歌することで経験できる煌びやかさや健全さや楽しさや恋しさや愛おしさなど様々な幸福的な体験を味わう。絶対、しんどいと思う。でも転んでも、なにくそ、と立ち上がり大地を踏みしめて進んでいくかのように、食らいつくバイタリティを感じさせる。どちらかというと自分は健康なタイプらしいから、とそうではない人たちにできない道を進むかのように、こういった、現実の美しさと醜さをその速いスピードで過ぎていくまま流してしまわず正対して、みんなに伝わるような客観的な状態に創り上げてこの時代の文化に刻み込む。いつしか、そんな勇猛といえるような作家になっていた。繊細なセンスを失わず、蛮勇を奮える作家という高みに到達していた。
では、引用しながら書いていきます。
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京都の伝統芸能「いけず」は先人のたゆまぬ努力、また若い後継者の日々の鍛錬が功を奏し、途絶えることなく現代に受け継がれている。ほとんど無視に近い反応の薄さや含み笑い、数人でのターゲットをちらちら見ながらの内緒話など悪意のほのめかしのあと、聞こえて内容で間違いなく聞こえるくらいの近い距離で、ターゲットの背中に向かって、簡潔ながら激烈な嫌味を浴びせる「聞えよがしのいけず」の技術は、熟練者ともなると芸術的なほど鮮やかにターゲットを傷つける。(p91)
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→次女・羽依が主人公の章です。このあと、社内ではひとりだけ土産のお菓子を配られない「お菓子外し」が起こり、休憩室に居ても率先する先輩女子の空気を読んで女子社員みんなに避けられ、新しい私服を着ていくと非難がましい目つきで見られ、仕事で聞きたいことがあってもつっけんどんにしか教えてくれないので要領が分からず、ミスが増えて無能だと叱られることも出てきます。
こういった事柄を自分事として言葉にしていくのは、たとえばその渦中に居ながらでは相当な心的負担がかかるものです。作者は過去にこういった激しい「いけず」の経験があったのだろうか、観察していたのか、それとも社会で勤め人をしている友人や家族などから話を聞いて咀嚼して落とし込んで使ったのか、ちょっと知りたくなります。いずれにせよ、フィクションのなかでしっかりリアリティを持たせてこういった内容が繰り広げられているのは見事だし、読者としてもこの部分を読むと自身がうまく言語化できなかったことが書かれていてありがたい気持ちになる人もいるのではないでしょうか。言葉にしたいのになかなかうまくいかないものが無意識に沈み込んでいくとコンプレックスになったりして、ある瞬間にそれが出てきて元気を失くすことがあるものです。そういった点で、無意識の言語化という行為は健全だったりもして、こうやって小説作品から助けを得られたりもするものなんだよなあ、とあらためて感じました。
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私を嫌いな人もいれば、好きな人もいる。みんなに好かれるなんて無理。当たり前のことなのに、ときどき憔悴するほど傷ついてしまうのは、自惚れがあるせいだろうか。(p101)
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→これも次女・羽依が思い考えているところです。こういうふうに、「いい人」でいたいという気持ちがデフォルトである人は珍しくはないでしょう。そこを、自惚れがあるせいだろうか、と内省できるところがとてもいいですね。
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前原は自分では気づいてないかもしれないが、人を本気で好きになった途端、その相手を苦しめ始めるタイプだ。普段周りの人間を己のパワーで従わせているから、誰かを好きになっても、歪んだ方法で相手との距離を無理に縮めるやり方しか知らないのだろう。傍目から痛々しく思えるほど、前原は一歩外に出たら自分のキャラを完璧に演じ通していた。(p187)
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→続いても、羽依。僕はこういった人の内面の奥のほうを考えてしまうほうです。不安障害だ、とか、パーソナリティ障害の傾向だ、とか、認知の歪みだ、とか。いわば本質ばかりみようとするため、どう表面に出ているかについては薄い認識になりがち。この箇所は、どういう行動になっていて、それがどういった理由なのか、行動原理を端的に突いているのが人に読んでもらうものとしての技術だなあと思いました。
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私にもそんな時期はあった。日常生活なのにまるでTVタレントのようにイメージ通りの自分でずっといるために、体内の電池を毎日新しいのに取り替えた。裏では暗い顔しているのに、人前に出たとたん明るくふるまって話したりしていた。高校生でもう卒業したけど、不思議なことに、大人になっても演技をやり通している人が時々いる。常にテレビカメラに撮られているかのごとく、弱みを見せず、誰にでも同じ笑顔を向け、妥協は許さないと努力を努力を続けてゆこうとする人間が。(187-188)
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→最後も羽依。言いかえると、「人前では仮面を被って生きていた」といえそうで、これは僕がそういうふうに生きてきたから(今でもその傾向はあります)とても刺さる箇所です。初めて就職した会社でも、先輩の女子社員に「社会では演技しなさい」としつけられました。それはそれで、建前なんかのことを言っていたのでしょう。くわえて、僕の場合は世間に母の病状のことを隠し続けねばならなかった。子どもの頃からそうやって生きていると、もうそういうもんだっていう生き方になっていきます。ただ、こうやって、仮面を被るような性格的要素が珍しいものではないことを知れる、というのはありがたいものです。
というところですが、モテ女・羽依は味わいのあるよいキャラクターなのでした。水商売でも成功しそうな、市井の哲学をもった女性という感じ。 -
Posted by ブクログ
恋愛で悩んだときに読みたい本だった。
あらすじを見たときに、今の自分の状況と似ていると感じ、本の中に答えを見つけ出したくて、この本を選んだ。
自分が大好きな人を選ぶか、自分を好きになってくれる人を選ぶか。どちらの選択が正しく、そして幸せになれるのかが余計にわからなくなった。しかし、現実的に考えることが大切と読み取れた。絶対に叶わないものに向かうよりも、実現可能な未来を想像してそこに幸せを見出すべきな気がする。
主人公が大好きなイチと主人公のことを好きなニの対照的な描かれ方が印象に残った。でも、大好きな人のことは良い面しか見なくなってしまうものである。自分もそのようになっているのではないかと振り返った。
最後の部分で主人公がニの良さに気づく部分が好きだった。その人がなぜ自分のことを好いてくれるのか、恋愛や結婚とはどういうことなのかを考えたときに、人は相手を選ぶことができると考えた。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ主人公・ハツの心の弱さを描いた作品だと思った。
グループ行動する高校の同級生を低レベルだと決めつける。部活動をうまくサボる陸上部を軽蔑する。クラスメイトに迎合していると思われないために笑いをこらえる。
全ては自分が特別でありたい、上位の存在でありたいと思う故の行動なのではないかと思う。
自分が異種であるかもしれないという可能性を意識的に排除している。にな川に同級生が低レベルであることを告げるシーンがそれを表してると思った。
でも、やっぱり心の隅では自分は高いレベルの人間なのではないと考えてしまうときがあるのだろう。そこで明らかに自分より下位のにな川に目をつけた。
自分よりも下位の存在の彼が悲しむ姿を見たい。痛ぶられてる姿が見たい。そしてそんな彼の背中を蹴りたい。そんな話なのだと思った。
高校生らしい捻くれ方を丁寧に描いた作品。下位のグループに染まってしまった親友との決別、にな川への依存が高まるラスト。この作品を締めくくるのに美しいラストだと思った。