綿矢りさのレビュー一覧
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「勝手にふるえてろ」を何年か前に読んで以来の、綿矢りささんの作品。当時、男性の描写があまりにもリアルで読んでいて(良い意味で)気持ち悪くなってしまいそれ以来あまり読んでいませんでした笑
今回この作品を読んでみて、当時の感覚にも納得!一人一人のパンチが強いキャラクターなのに、ちゃんとそれぞれの考えや感じ方に共感できる部分があるのは、一人一人の心の機微を繊細に描写してくれているからなんだ!と思いました。
海松子、という名前からしてもう個性的だと思ったのですが、それをも凌駕する不器用さ、ベクトルのおかしな鈍感さと敏感さ、なぜここで?という素直さ。全てひっくるめて、読み終わるころにはほんとに愛しいと感じるようになっていました。恐るべし。
新年一発目に読んだ作品でしたが、すごくパワーが湧きました!
2025.1.5 -
Posted by ブクログ
主人公の海松子は、人の口臭で食べたものを当てることを自慢げに特技だとしたり、脳内で人に失礼(本人は無自覚)なあだ名を付けたり、恋が分からなかったり、自分の身なりに全く興味のない女の子。
読み始めは海松子の気持ちを全然理解できなかったけど、読んでいくにつれて、海松子の心の中にどんどん吸い込まれていった。海松子の人生の一部を、まるでわたし自身が体験したような感覚に陥った。海松子を知る人は海松子をとても大切に想っているから、わたしも抱きしめられているような気がした。
二人の男性との恋がなかなか進まない世界だったけど、たまにロマンチックな描写が出てくると、眩しさについ目を閉じてしまった。起承転結はないけど、心が澄んで良い読み終わりだった。 -
Posted by ブクログ
(2023年12月21日の感想。帰りのバスで書く。)
アンソロジーっていいよね。宝箱みたい。いろんな作家さんたちが一度に会していて豪華。
この本を買った頃は丁度自分のなかで島本理生、窪美澄、一穂ミチのブームが来ていた。だからウッキウキで買って、そのあと暫く読めずにいたのを今になってようやっと読めた。
面白かったのは綿矢りさ「スパチェラ」
綿矢りさは、中学生の頃に『蹴りたい背中』、大学二年の秋に『勝手にふるえてろ』を読んだ。両方とも、それから今回の「スパチェラ」にも当てはまることだけど、今を生きる若い女の子を描くのが本当に上手。綿矢りささん自身は歳を重ねているのに、寧ろ作品のなかではより若く、より瑞々しく、そしてより甘く仕上がってきていて面白いと思う。
桜木紫乃「無事に、行きなさい」も印象的だった。
別れを告げる言葉を持たない民族のさよなら、無事に、行きなさい。別れる人の無事を願うことができるなんて懐が深いと思った。私は馬鹿みたいに重たいから、倫彦の無事なんて絶対願わない。私の預かり知らぬところで不幸になってくれと思う。
意外だなって思ったのは窪美澄「海鳴り遠くに」
この人こんなキャラクターも描けるのね、という点で意外だった。絹香のような子、珍しい気がする。最初に読んだのが『やめるときも、すこやかなるときも』だったから、多分その影響を引きずっているのだろうけど。年が明けたら『さよなら、ニルヴァーナ』読もうかなって計画中。 -
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ネタバレ綿矢りさの短編小説集、私小説と言えばいいのか?中には主人公を男性にしてフィクション感を出している掌編もあるが、限りなくエッセイに近いと思える作品が多い。
例えば冒頭作の「岩盤浴にて」なんて、掘り下げる深さと位置が面白くて一線を画しているが、一つ間違えたら日常系コミックとかに出てきそうな話。
表題作にして収録最後の作品である「意識のリボン」は、死後の世界観があるので小説風味は高いが、エッセイに寄せた表現で書かれていて、それが独特の雰囲気を出している。
意識があって外界があるという順番なんだろうな。勿論現実が内面に作用する事実はあるにせよ、主観的には自分の意識が、外の世界に対する感じ方を変えていく感触はすごく良く分かる。
「俺はそうじゃないなぁ」と感じる描写もちょいちょいあったけど、そこは個性差。それも含めて結構考えさせられる1冊だった。薄さの割に読後感は結構ボリューミーである。 -
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ネタバレハードカバーではなく、文庫本バージョンで!
たとえの 「まずしい笑顔だな 」という言葉に出合ってから、私は、「笑顔がまずしくならないように生きること」 を 目標に据えている。
前回 読んだ時と別のところで見どころを言えば、
美雪の愛ちゃんへの手紙だな。美雪の手紙はとても文学的で、本筋ではない、とりとめのない文章まで素晴らしい。
「あまりにも自分のために生きてきた」のところは、本当にすごく刺さった。
映画はかなり小説を忠実に描いてたように思ったけど、それでもないセリフとか、
たとえば、卒業式の日にたとえが「お前も一緒に来い」なんて映画では言わないのに気づいて、
そのセリフがない方が確かにいいかも、!なんて、私も思った。
ユカと多田くんの描写についてもそうだし、映画は映画としてのオリジナル性がしっかりあったんだなぁと思った。
小説での、終わり方こんなだったなんて、覚えてなかったけど、すごくよかったな
「ひらいて」
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今まで読んだ綿矢りさ作品の中でいちばんのお気に入りになった。京都という土地の四季の描写と共に感情の移ろいが描かれているからか、綿矢作品の中では比較的穏やかな作品だなとも感じた。波のように荒ぶる感情の「お腹いっぱい!」感がないので個人的にはとても好みだし、もう一度繰り返して読みたいとも思った。
綿矢りさ作品に時折出てくる「毒」のあまりの生々しさに、私は読むたびに時に胃もたれを起こしそうになったり時に大笑いしたりしている。いずれにせよこの「毒」は良いも悪いも作品の中の特に印象に残るシーンとして記憶に残されている。今回この作品を読んで、なるほどこの毒は京都という土地が生み出したものなのだな、と思わされた。作中にもあるように、京都は日本を代表する華やかな観光地であるが、さまざまな死や人間ドラマが蠢いてきた一千年の歴史の舞台でもある。そんな歴史のある京都という土地で生まれ考えてきたことが、人間を面白おかしく、シニカルに、そして的確に描写する綿矢作品の魅力に繋がってるのだろうか、とも思わされた。
作中に、
「京都の伝統芸能『いけず』は先人のたゆまぬ努力、また若い後継者の日々の鍛錬が功を奏し、途絶えることなく現代に受け継がれている」という一文が出てきたのだが、私はこれを見て思わず笑ってしまった。人間模様をこんなに描写できる綿矢りさも「いけず」な人だと私は思う。ただ、それは作中に出てくるような人を傷つけるようなものではない。「いけず」のスキルポイントを文章表現力に振り切って出来上がったのが綿矢りさなんだろうな、などと考えた。
「約束の日が近づいてくると憂鬱さは増し、前原への怒りも増した。いつかあいつの葬式に部下として行ってやろう、と前原のうちへ行くために乗った電車のなかで羽依は決意した。位牌にオリーブオイルを塗ってテカテカにしてやる。焼香の葉を深蒸し緑茶の茶葉にすり替えて香ばしい匂いを漂わせてやる。棺桶の顔のとこのミニ観音扉には、生前の似顔絵をマジックで雑に描いてやる。棺のなかに花を手向けるときにはキッチンタイマーも一緒に入れて、ちょうど出棺のときに合わせて、ピッピピッて鳴るようにしてやる。」
この文章も非常に印象に残った一節だ。しつこく迫ってくる元彼前原に対して、苛立っている感情を「怒り」という一言で終わらせずに(しかもほぼ感情語がないのに)じわじわと湧き上がる怒りの感情がよく伝わってくる。上手い文章は「形容詞を使わずにどう表現を変えるか」で決まる、と聞いたことがあるが、まさにこれが的確な例だと思う。