和田秀樹のレビュー一覧
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基本的には「まぁそうだろうな」とわかっていることばかりだったが、いくつか参考になる話もあった。とくに「自分に偏りがあることを認める」というもの。
さっそく大雑把な夫にイラッとしてしまったときに「私が綺麗好きすぎるんだよな〜」と自分の偏りを認めたことで、なんと!夫を許せたし、夫の大雑把なところがうらやましくなった。
すごく単純だけど、大事なことだった!
自己啓発系の本は知識を得るだけで満足するのではなく、その後自分がどう行動に移していくかが大切。「頭ではわかっていたけど行動に移せていなかったこと」を再認識できてとてもよかった!
これで満足せずにもっともっと具体的に行動に移していこうと思う。 -
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明日の仕事さえ見えない人もいる中年。75歳までは自活してくれといった安倍総理。
年金だって満額もらえないけど、今の会社経営は先細りでいつまで雇ってもらえるだか。
そんな人も多いだろう。私もそんなひとり。
この本の100歳なんてとても考えられない。
なるべく痛い思いはせず生活に困る前にさようならしたいと思っている。けれど、きっとそうはいかないだろうから、なにか対策はないかとこの手の本を読む。特に和田秀樹先生の本はエッセンスだ。
内臓は大丈夫でも足腰が持ちそうにない。社会との接点も減るだろうという定年後、そんなに長く行きる励みになるものあるだろうか。
この本で考え始めたのは、介護を受ける側としての覚悟だ。何なら許せて何は自尊心が許さないのか。自分の中の基準。そして、丁寧な暮らしを理想とする几帳面な人でも、雑に暮らすことをよしとする変化を受け入れる必要があるということ。
医療もそうで、今は仕事中に診察にいくので内容より早く診断してもらい早く処方箋をもらい会計を済ませるに尽きることが、フィーリングがあいいかに自分の話を聞いて親身になってもらう会話を楽しくできる医師に出会うまで頑張って探せば…という提案。
一人暮らしに誇りを持ち、時間に追われない生活をいかにエンジョイするか。これがテーマのような100歳の超え方だ。 -
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子どもは他人より上に立って優位に立ちたいという思いが必ずある。
その気持ちは、外では出さずに家でならいくらだって出していいと伝えてあげたい。少し遅いかもしれないけど、遅すぎることは決してないと思うから。
なんでも言える相手を「自己対象」というらしい。
子どもたちの自己対象でいられるよう、私の成長の場でもある。
友達とうまく付き合うとは、
同じことに笑い友達に共感することではない。
意見が違ってもそれを認めあえること。
自分の秘密を打ち明けてそれを受け入れてもらえること。
話をしていると心が落ち着く人、
ウマがあうひと、
一緒にいて元気になれる人。
子どもは決してみんなと一緒じゃなくてもいい。
これだけは負けない、というものを探すこと。
それも必死で。
”打たれ強い人というのは、打たれても平気な人ではない。
打たれた時に誰かに頼れる人のことだ。” -
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生老病死、
誰しも避けて通れない。
年を取ったら、わがまま放題の人が愛されやすくて、真面目な性格が、扱いづらくなるなんて、ちょっと腑に落ちない。真面目な人はやっぱり真面目な性格を直しようがないだろうし。
日本人は真面目さ故、癌になりやすいとある。
若い時は、50歳くらいまで生きられればいいかな、と思っていた。
子供が産まれ、孫ができ、あっという間に60歳を過ぎた。
やっと最近、ゆっくりできる時間ができた、と思っていたら、体が思うように動かなくなってきた。
漢方薬やサプリで、ごまかしつつ、
できることで楽しむしかない。
好きなことを始めるにも、まずは健康であること。
邪魔をするものが無い事。
90歳まで健康でいられるかどうかは疑問だが、
病気になったらなったで、素直に受け入れよう。
認知症になっても、笑って許してもらおう。
いくつになっても、あるがままに生きたい。
結局、後悔の無い生き方をすること。
でも、多少なり後悔はするだろう。
思うようにいかないのが人生。
できれば、苦しまないで死にたい。 -
ネタバレ 購入済み
健全な肉体に宿るメンタル
良く、これからの人生の中で今が一番若い――と、名言として書かれるもんだが、心が若いかどうか、気の持ち方で見た目年齢も変わると言う。
心身ともに疲れている時は老けるから、何となく理屈は分かる。 -
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落合陽一氏をはじめ、他の著名で学識の高い人たちがChatGPTについて論じている一冊だが、落合陽一氏が圧倒的に先を行っていて他を周回遅れに引き離しているというか、他の御仁達と次元が違い過ぎて面喰った。
落合氏の研究・活用実績の充実度、現在進行形のアプローチの深度、そして大局的見地からの抽象度の高さが群を抜いていてインパクトが非常に強いだけに、2章以降が補足や前置きのような形になってしまっている。ただ僕は率直にそれぞれの意見に興味深い点や参考になる点があったので、総合的に見ても面白い本だった。
微分可能オントロジーとしてのポテンシャルを活用したり、共感覚が如くマルチモーダリティを活用したアウトプットを生み出そうとすると、ChatGPT単体として使うのでは足りなくて、LangChainやLlamaIndexやプラグインを活用したり、組み合わせたり、エンベディングのチューニングなどが必要となるため専門家でないとまだ厳しい。
とはいえ日々新しいサービスが生まれているため、自分なりの目的を持って新しいサービスを常に探し続ければ自分の生活を飛躍させるような出会いがきっと見つかるだろう。
「論文を書いているうちに新しい論文が生まれる」ほどのスピードなのだから、もはや全体像を把握できなくなっている。個人的にこれはもう充分シンギュラリティと呼んでいいと思う。
本書のタイトルに立ち戻ると、「ChatGPTは神か悪魔か」というものだが、本書で皆さんがいうようにChatGPTは使う人によって神にも悪魔にもなる、というのが結論だ。
見る人、活用する意思、自分で考える力の有無。こういったものによってChatGPTが素晴らしい相棒や先生になることもあれば、それを使う者に振り回されて職を追われたり恐怖を抱いたり支配されてしまう人からは悪魔と見える。
二極化が進むのはかなり確度が高く思われる。
少なくとも「何が起きているか分からない」では遅いし、文句すらいえない。使ったことがない人、知らない人は、少なくともこれ一冊くらいは読んでおく方が、実用面でも心理面でも有益だろう。 -
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人生100年時代、老後とされた60歳以降の人生(40年)が、従来「サラリーマン人生」と呼ばれていた期間よりも長くなっている。一方で、過疎化の進む地方では、70代でもまだまだ「若手」として、地域活動や畑仕事などに精を出す人も多い。この人たちのような体力と精神力、豊かな人間関係を、一介のサラリーマンである自分は、今のうちからどうやって築けば良いのだろうか。
自分は、周囲の人よりも体力が無く、お酒も弱く、運動音痴である。今は静かに本を読んでいる時間も好きだが、実は20年後~30年後、毎日健康に楽しく生きていくことができるのか、不安に感じている。心身共に健康寿命を長くしたいのである。
このままだと自分は、「病院に沢山行き、何種類もの薬を日常的に飲用し、顔をしかめながら周囲への不満を口ずさみ、デイサービスへ行くことを嫌がる」老人になるかも知れない。
筆者は高齢者の「鬱病」について、初期症状が認知症と類似する点を挙げながら、注意すべきと論じている。好きなものを食べ、好きなことにお金を使い、多少認知症を患っても、周囲にハツラツと笑顔を振りまく老人になりたい。
自分の周囲でも、語学サークルや読書会といった、以前は若者が多かった会合に、中高年の方が増えてきた感じている。自分の近い将来を見据え、チャレンジ精神のある彼らから学ぶことは多い。親世代の年長者として、変な気遣いをして距離を置くのではなく、お兄さん・お姉さんのような距離感で接していきたい。