斎藤幸平のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
前作は娘のために書いた本だったが今回は無き父親との対話的な話。ギリシャ神話の例えとかよく出て読みにくい…
GAFAMに無償でデータを提供し続け、各 CEO達の莫大な富形成に知らずのうちに加担させられる現代の愚民達をクラウド農奴としかつての封建制に例えるのはまぁよくある話だけど、GAFAM批判し過ぎな気もする。それなりの恩恵を受けてるし…そう思う時点でテクノ封建制にやられているのかもしれないが…ちょっと思想が左よりすぎるかな。
自由を手に入れるために何を諦めるのか、本当の自由とは?とみんな思いつつこの資本主義社会の中でなんとか生きていく折り合いを見つけないといけない訳で…映画マトリックスの引用も出てくるが自分なら抵抗軍になるかどうか… -
Posted by ブクログ
少し実感とは異なっていたので、言い過ぎかなーというのが第1感であった。たしかにGAFAMのプラットフォームにのり、個人の様々な情報がデータ化され、アルゴリズムが全てを回していく事実はある。
でも一方で、それが分かっているからSNSに乗ってくる広告はまともに見たことないし、さらにいくらスマホが必需品とはいえ24時間のうち使ってるのは数時間だろう。本書に書いてある世界…クラウド農奴は一面から見れば存在するが、その農奴は全てをクラウド資本に捧げているわけではない。
ただ、いまのクラウド領主が本質的には何も生産していないというのはひたすら同意。ザッカーバーグもベゾスも最初は想いがあってビジネスを立ち上げたのだろうが、それが株式会社となり利益を追求するようになっておかしな方向に行ってしまったのだと思う。自分の仕事は金融系だが、正直社会に貢献しているとは思えず個人的な悩みはさらに深まるばかり。 -
Posted by ブクログ
倫理と経済は再び同期できるというストーリー。最後に、
1企業はCPOという倫理責任者とともに倫理研究部門を設置し、利益と倫理の同時に達成すべき点を開発せよ
2子どもに参政権を与えよ
3欲望をコントロールせよ
4AIそれ自体はインテリジェンスにはならない
などの提言がある。
特に 子どもに参政権を は深く納得した。倫理セクターは今後少しずつ導入されると思うが、哲学が実学として教育されてから時が経てばと思わなくもないので5〜10年ほど変わるだろう。
フィロソフィーマーケティングなどとマーケティングオリエンティッドの安い理論に陥らないことを願う。 -
Posted by ブクログ
「哲学界のロックスター」と言われ、来日講演したりEテレの番組にも出演したりしたことのある新進気鋭の天才哲学者である著者が、初の日本書き下ろしを出版したということで2024年の夏休み図書として購入。
本書は3部構成となっており、第1部ではまず、「倫理」「資本主義」「社会」について、あえて経済的側面から定義するところから論考が展開される。そしてそれらの定義や概念に基づき、資本主義のインフラを使って道徳的に正しい行動から経済的利益を生み出し、社会を大きく改善することができる、またはそうすべきだと冒頭で筆者は述べている。
かつてミルトン・フリードマンが主張した「企業の目的は利益追求である」から、「企業の目的は善行(DOING GOOD)である」に今こそギアチェンジしすべきだというのが本書を貫く思想である。
とかく近年では、地球環境破壊とはじめとする諸々の社会問題の元凶として”行き過ぎた資本主義”が槍玉に挙げられるが、そもそも「資本主義」とは複雑化する現代社会の一側面にすぎず、「資本主義社会」などという単一の社会システムは存在しないと筆者は強調する。
つまり、行き過ぎた資本主義が原因とされる社会問題は、資本主義の運用の仕方が誤っているのであって、資本主義(生産手段の私有、自由契約、自由市場)そのものではないとする。
本書の核である第2部では、著者が提唱する倫理と資本主義を”リカップリング”した「倫理資本主義(Ethical Capitalism)」について解説される。そこでのキーワードは「道徳的事実」である。これは主観的意見や文化、社会的アイデンティティに左右されない普遍的な事実を指す。この道徳的事実を発見したり拡張したり拡大させたりすることなどを「道徳的進化」と呼び、これからの時代は資本主義のインフラを道徳的進化のエンジンとして活用することで、誰もが道徳的に正しいと認めることを推進させながら利益を得ていくことが肝要であると著者は説いている。
第3部では、倫理資本主義を包含する倫理的・政治的価値の枠組みとして著者が提唱している「エコ・ソーシャル・リベラリズム」について、それを実現するためのいくつかの思考実験に基づいた具体的提案(企業への倫理部門と最高哲学責任者(CPO)の設置の義務付けと、子どもへの選挙権付与)が述べられる。
最後に次世代のAI倫理について言及されているが、筆者はAIに対して経済を一段と加速させることによって未来を形づくる、真に未来志向の技術だと楽観的立場を取っている。そのためには、AIはそれ自体いかなる意味においてもインテリジェントではないという「ソシオテクノロジー(社会的技術)」であるということを前提に利用すべきであると主張する。つまり、AIはあくまでも人間(社会)が使ってこそインテリジェントになるとする。
AIが普及した未来社会については、AIによって多くの仕事が失われるといったようなネガティブな予想が多い中で、著者のような国際的に影響力のある哲学者がポジティブな思想を有しているのは、AI社会に対するひとつの希望であると感じる。
本書全体を通じて、著者が単に専門分野の哲学・倫理学的見地ではなく、経済学、生物学、IT(AI・SNS等)などの多様な観点から新たな主義・主張を述べており、広い視野と深い洞察力に感嘆を禁じ得ない。
第2部でも述べられているように、著者が提唱する「エコ・ソーシャル・リベラリズム」の枠組みで近年すっかりブームとなったSDGsを再考すると、この開発目標も単に「地球を守れ」とか「自然を保護せよ」といった中身のないメッセージではなく、あらゆる生物の中で唯一自由意志を持った人類の社会経済的生活形態にかかわるものであることが理解できる。そうして考えてみると、持続可能性(Sustainable)という言葉の深みと重みを再認識する。
本書は未来予測本というより啓蒙書に近い内容であるが、新書ではあるものの280ページほどのボリュームであり、これまでの著者の集大成ともいえる熱量を感じた。と同時に、金融・株主資本主義が根付いた現代社会に倫理資本主義を浸透させることの困難さも感じた次第である。
また個人的には、倫理資本主義のネガティブな側面の片鱗が、岡田斗司夫氏が提唱する「ホワイト社会」という形でもう世の中に立ち現れてきているのではないかとも感じた。ホワイト社会は善行を積み重ねた道徳的進化を志向した社会ではなく、行動や発言が清く美しく、汚れなき漂白された「見た目がきれいな社会」を指すが、この社会を目指すことが道徳的事実とされ、倫理資本主義が曲解されてしまうのではないかと危惧してしまう自分に気付いた。これが杞憂に終わってほしいと願うばかりである。
いずれにせよ、価値観の多様化は止められない社会で、どのようにブレない倫理観を持って生きていくのかが今後の最大の課題のひとつであると考えさせられる一冊であった。
日本を含めて先進国のトップが代わっていった何年後かに、また本書を読み直してみることで、その時の社会で倫理資本主義がどのように受け入れられているかを考えてみたい。
ちなみに、哲学者独特の言い回しが少々読みにくいということもあり、評価は星3とした。 -
Posted by ブクログ
学者は、もっと現場で学ばなければいけない、ということで、人新世の資本論で有名な著者が、全国の社会問題の現場を訪ねて、見たこと聞いたこと、時に体験したことを文章化したもの。
表題はかなりキャッチーなコピー、だから、本人は真剣に論じてるのだろうけど、リアクション芸人と化してるように思えてしまった。
とはいえ、著名人が人々の関心を惹いてくれて、知らしめてくれて、考えさせてくれるような本書の試みは大事。頑張れ!斎藤先生。
まるで人ごとな声援ですみません。
ウーバーイーツ、テレワーク、林業、五輪問題、男性メイク、性教育から、気候変動、外国人差別、水俣病、部落差別、被災地、アイヌと多岐にわたってのルポになってる。
ぜひ、一読してもらいたい一冊ではある。