藻谷浩介のレビュー一覧
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ネタバレ「里山資本主義」の言葉を初めて聞いたが、とても魅力的な考えだと思った。今の社会はお金が最優先になっているけど、能登半島や東日本の震災のように、いざという時お金はただの紙切れとなってなんの役にも立たない。しかし、里山暮らしでは食べ物やエネルギーを自分達で自給した暮らしが可能なので、災害があってもあまり影響を受けない。もちろんお金は大事だからある程度稼ぐ必要はあるけど、里山の恩恵も利用する。出来ないことはお金に頼り、自給できるものは自給する。この二刀流の生活が1番基盤が強くて良い生き方だと思いました。自分も今ベランダ菜園をしておりゆくゆく田舎暮らしをする予定なので、とても参考になりました。お金だけに頼る都市型の生活は脆く壊れやすいので、うまく自給する割合を楽しみながら増やしていきたいと思いました。
◎メモ
・お金を適度に稼ぐけど、畑で野菜を自給、田んぼで米を自給、ライフラインを自給できると二刀流が1番強い生き方だ。
・たくさん働いてお金を稼いだとしても、時間がなくなり外食や家事代行など必要のないお金を使う必要が出てくる。そしてさらに稼ぐ必要が出るといったお金のループにハマり、本質的に自立した基盤の強い生き方と言えない。
・自分で薪で煮炊きし、ソーラーパネルで電気を自給し、食べ物も畑や田んぼで自給する。この生活ができたら、災害が起きたり物流が止まっても生きていける。お金ばかりに頼る生活は、いざとなったら脆い生き方だ。災害に遭ったときにお金なんてなんの役にも立たないが、水や食料は生きていく糧になる。
・エネルギーを外部に頼りすぎると、いざという時に弱い。
・里山資本主義は、マネーだけに依存しない生き方。自然の恵みを最大限生活に活かすことで、お金を使う割合を減らせるし、自分達で生活を作っていく楽しさを感じれる。
・お金は出来ないことを得たり達成するための交換ツールでしかない。自分達で出来るものは、自分達で自給する。
・山をエネルギー源にしたら、無尽蔵にエネルギーを得ることができる。 -
Posted by ブクログ
率直に、理想論すぎると感じた。田舎の良いところだけに目を向ける田舎礼賛のきらいを感じた。マネー資本主義のサブシステムとしての里山資本主義を掲げながら、途中でマネー資本主義の上での日本の未来を語り、主題がよくわからなかった。経済換算できない価値を大事にするという意味では賛同できる考えであったが、マネー資本主義を知らないとこのシステムの妥当性は判断できないと感じた。これはタンザニアの彼がいうシステムからの脱却とほぼ同義だと思う。結局のところ個々人が何に幸せを感じるかであり、里山資本主義が正しいというのは、お金で物を買うことに幸せを感じる人の主義を否定し、彼らの生きるところを奪うことになると感じた。マネー資本主義で発展してきた以上、里山資本主義はサブシステムでしかないと感じた。
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Posted by ブクログ
コロナ後の世界というのはわたし自身にとっても明確にいろいろな意味でそれまでと変わりました。
わたし自身は50代半ばですがワクチン接種は拒否しています。
コロナウイルス自体に関しましては、日本人にとってはもともと大騒ぎをするほど大して問題ではなかったのですが、健康な人達までもがコロナワクチン注射を受けてしまうことによって、ワクチン注射を打った人たちの体内で悪いウイルス・菌が増殖をしてしまい、その悪いウイルス・菌を周り・周囲や日本中にばらまいてしまうことになるという説を信じています。
そしてコロナ以前にはわたし自身では、「何とかコツコツと学び続けてさえいけば、生きていく道はあるのではないのかな」「学び続けてさえいくことが出来たならば、道は開けるのではないのかな」とぼんやりと考えていて、毎日平均6〜8時間くらいはなにかしらの学習をし続けていたのですが、今は自分なんかがいくら何かやっていっても格差、階級とかがどんどんと開いていって固定化していき、何も希望ややる気がでないような心境です。
鎌田實
人と人との関係であれば、フィジカルディスタンシング、ソーシャルコネクティング(物理的に距離を取り、社会的につながること)が大切になってくる。どうすれば、「離れてつながる」ことが実現できるのかを考えていかなくてはなりません
まえがき
第1章 人間とは生命とは
養老孟司
福岡伸一
角幡唯介
五味太郎
第2章 歴史と国家
ユヴァル・ノア・ハラリ
情報を得て自発的に動くことのできる人間は、警察の取り締まりを受けて動く無知な人間にくらべて危機にうまく対処できます。
ジャレド・ダイアモンド
イアン・ブレマー
大澤真幸
藤原辰史
長期戦に備えよ―歴史が伝えること
中島岳志
藻谷浩介
山本太郎
伊藤隆敏
第3章 社会を問う
ブレイディみかこ
斎藤環
東畑開人
磯野真穂
荻上チキ
鎌田實
人と人との関係であれば、フィジカルディスタンシング、ソーシャルコネクティング(物理的に距離を取り、社会的につながること)が大切になってくる。どうすれば、「離れてつながる」ことが実現できるのかを考えていかなくてはなりません
第4章 暮らしと文化という希望
横尾忠則
坂本龍一
柚月麻子
あとがき -
Posted by ブクログ
藻谷浩介さんは、「経済成長」ありきの社会設計に疑問を呈する人。
私も同じ考えで、成熟社会の維持継続を目指す政策に切り替えるべきだと思っている。
「成長とは何だったのか」の藻谷さんの意見を聞きたかったのだが、話題が発散しすぎてよく分からなかった。
本書は藻谷浩介さんが持論を語り、養老孟司さんに問いかけるというパターンで進む。
藻谷さんの主張が養老さんに軽くいなされる場面がしばしばあって面白い。
何故か、養老さんの振りで、南海トラフ巨大地震や富士山噴火の話題になる。
コロナで今の社会の仕組みの不備が表面化しても、一部の軌道修正がなされただけで一気に改変する動きはない。
もっと壊滅的な危機に遭遇しないと、根本的な考え方は変わらないというのが養老さんの意見。
例えば、首都直下型地震で東京や神奈川が致命的なダメージを受けて初めて方針転換できるのだろうと。
養老さんの「本気で考えるためには、本気で困らなければ無理ですよ」という達観した意見はその通りだと思った。
環境問題にしろSDGsにしろ、自分の生活に影響が薄いうちは誰も真面目に考えない。
教育論でも養老さんは面白いことを言う。
東大医学部には医学を学ぶモチベーションがなくても、偏差値が高かったからという理由だけで入学してくる人がいっぱいいるのだそうだ。
○○大学○○学部卒という肩書だけが欲しい人にはすぐに辞めて貰い、勉強したい人だけが残るのがいい。
なので、「大学に合格したら、すぐに卒業証書を与えよ!」と。
私は「経済成長」は、目先の利益だけを計算して、後々の維持や保守のコストは無視した都合のいい考えだと思う。
現在、日本は人口がどんどん減り、8軒に1軒が空家だというのに、近所でもマンションがバンバン建つ。
とりあえず売れる時に造ってしまえば儲かるからだ。後先のことは考えていない。
我が家もマンションだが、2度目の大規模修繕が近く、建築物は年月が経つと傷むことを実感している。
東京に住んでいると、高層ビルの老朽化が心配事の一つ。
コンクリートの中の鉄筋もさびるが、水の配管などが先にダメになる。
赤坂プリンスホテルは38年で取り壊されたが、ホテル中に張り巡らされた排気管の老朽化を直すより壊す方が安かったからだという。
もっと古い京王プラザホテルは大金をかけて修復工事をやったそうだ。
新宿の高層ビル群は40~50年になるので大丈夫なのかなと見るたびに思う。
築30年程の都庁も雨漏りしてるし、新宿駅も大雨が降ると雨漏りで水浸しになっている。
30年後に悲惨な状態になりそうなのがタワーマンションらしい。
高額な修繕費用がかかることが分かっているのに修繕積立費は低く抑えている。
つまり、ほとんどのタワマンは補修費が全く足りていない。
30年後には住民も高齢になり、修繕や取り壊しにお金を出す人はいないだろうと言われている。
他にも高速道路や橋など、バブルの時期に作られたものが作りっぱなしのまま多数存在している。
養老さんが言うとおり、「大地震が来て壊滅的な状況にならないと何も変わらない」のでしょう。
「日本の進む道」は、悲しい結論になってしまった(-_-; -
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著者が様々なデータを用いて自分の正当性を主張しているが、すでに現在においては定かではない。
まず書きぶりが新書なみというか、話しているような表現が続くのとても読みにくい。裁判沙汰になる著者の人柄をよく表しているともいえる。
その道では極端な主張では無いのかもしれないが、あまりにも口が悪い笑ので、信憑性に欠けるように感じる。
内容はタイトル通り。これを色々なデータから説明している。いまの日本経済についての一つの観点として理解できた。面白い。
高齢者たちが資産を簡単に相続していく、資産を消費していくと特になる仕組みがあればいいね。良いお墓があてがわれるとか。誰しも自分の努力が報われたい。高齢富裕層だって高齢貧乏層だってみんな同じ。社会からのいいね!という数字が可視化されるだけでもだいぶ違うのではないかと思う。
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2020年夏に刊行された本。コロナ後の社会の変化について。 人間、生命、歴史、国家、くらしと文化をテーマに21人の知性が語る。
インタビューと寄稿された文で構成されている。コロナが蔓延し拡大していた頃の見解なので、現在の視点で読むとやや違和感がある意見もあるけれど、総じてコロナをきっかけに、今後社会が大きく変化すること、先が見通せない不安がつきまとうことで一致している。コロナ発生から1年が経って、ワクチン接種が進んでいるが、なかなか終息しないのが心配。 経済活動は悪化しているが、でもマクロレベルでの指標と実態の乖離は、それほど危機的ではないように思う。 影響が出てくるとすれば社会構造の変化、人間の付き合い方の問題だろう。 この本は、賞味期限が短いと思うので、読むなら早めがよい。 5年から10年経って、彼らの予想がどうだったのか検証には使えるかもしれない。 -
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斉藤幸平「人新世の資本論」を読んだ流れで、この本を読んだことを思い出す。当時とにかく就職をする前で、関東から旅行以外で出たことのなかった自分がしばらく島根に滞在する機会もあり、田舎の人、食、風景の中に生きる豊かさ、美しさに打たれた。そこから翻ってみると東京の資本主義経済という不健康な巨大歯車の中、イチから下っ端としてお願いしてまで入れてもらって、わざわざ働きたくもない。この先明るい未来があるとも思えない。オルタナティブがあり得ないのだろうかという希望を持って手に取った本だった。
ところどころに光が差すこともないではないのだが、最後まで読み進めた結果は、「メインは今まで通り以外あり得ないから、まあ他の選択肢は予備電源程度に備えとこうよ」という大人なところに落ち着いていて、現実はまぁそうだよな、という諦め混じりの納得と、途中で見えたあの希望の光は何だったんだ、というやるせなさで読み終えた。→「人新世の資本論」に続く。 -
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ラジオ「荻上チキセッション」が夕方に移ってから聞くようになり、荻上チキさんとはどういう人かと探していて行きあたった本。読みたいと思った人の章のみ読みました。
養老孟司:「不要不急とは」という、今回もまた若干ずれた感のある内容なのだが、この用語への同氏の違和感は、医者でありながら現場ではなく解剖をやっている自分、また現在の老人で公職にもない自分の存在は不要不急なのではという根本から生まれている。そこからさらに、人間自体不要不急なのではという話。この辺りは、前回読んだ氏のインタビューで、老人はコロナ禍を乗り切ったところで生き甲斐はあるのかという疑問と相反するようで通じるところがあり、面白いなあと思った。それにしても毎回若干ずれてるのに毎回養老先生が出てくるのは、よっぽど好かれているということなんだろうなあ。
五味太郎:絵本作家だからなのか子供にあたたかい視点。そもそもの教育が、子供の権利のはずなのに子供に失礼だというところから発し、不安だったのはコロナ禍のせいなのか、収束して非日常から戻った際の「日常」は(特に子供にとって)そもそもよかったのかという議論。学校はありがたいけれど、現行の教育に対する疑問や批判が帳消しにされるべきではないということなのだろう。これまたコロナ云々を超えた根本的議論。
荻上チキ:検察庁法改正(定年延長)が見送られたことに見る世論の動きの分析。良くも悪くも議論が単純化されることで世論が盛り上がるというところに、なるほどなと思った。
ブレイディみかこ:息子が受けた、コロナ禍でのアジア人蔑視発言から、各人が自分のなかにある偏見に気づくきっかけになったという話。分析する息子さんも、その発言を注意した級友も、なんとも冷静ですごいなあと思う。またキーワーカーへの拍手の要不要論も、それが次世代に残すであろう影響から反対はできないというブレイディさん、現在がそうこうで終わらせずコロナ後に続いていく、次世代を育てていくという先を見据えた視点にハッとした。
(お名前を失念):会うことが暴力という言葉になるほどなあと思った。だから「あつ森」のように会わなくて良い平和なゲームが人気になると。裏を返せば、会うことの暴力に対峙できない人の中に、その分の暴力をネット上で振るう人がいるのではないかと思わないでもなかったが、生身とバーチャルの違い=暴力・重力という視点が面白いと思った。